ミラが事務所から出て行ってしばらく、足音が聞こえなくなったタイミングでようやくアルはほとんど止まりかけていた呼吸を取り戻した。
「プハァッ!な、なんなのよ、あれ・・・まだ空崎ヒナの方がマシに思えるわ・・・!」
「だから言ったでしょ、あいつは本当にやばいって。まぁ、私も直接話したのはこれが初めてだけど・・・」
「うぅ・・・少しだけ噂は聞いたことがあったけど、まさかあそこまでだったなんて・・・」
「そんな噂なんて聞いたことなーい・・・」
「す、すみません!アル様に全部任せて何一つ喋れなかった臆病者で・・・!」
「仕方ないわよ、あんなの・・・」
もはや取り繕う余裕すらほとんどないアルは椅子に深々と座りこみ、ムツキとハルカは脱力しながらソファに座り込んだ。唯一カヨコはまだ余裕を残していたが、それでも怖いものは怖かったのか精神的な疲労は隠せなかった。
そんな中で、カヨコはミラが最後に残した情報について思考を回す。
「それにしても、依頼主がカイザーコーポレーションか・・・たしか、アビドスの借金ってカイザーローンからって話だったはず」
「でも、わざわざ金を貸した相手を襲撃して何になるっていうのよ?返済が滞って困るのはカイザーローンじゃないの?」
「普通に考えれば、そうだけど・・・」
いっそミラの情報が間違いだった方がまだ納得できるだろう。
だが、自分たちやカタカタヘルメット団の依頼について把握している時点でその可能性は低い。
たしかに、よく考えなければいけないことだが・・・
「それで、どうするの、社長?」
「・・・計画は続行よ。報酬は前払いでもらったし、何よりあんな啖呵を切って今さら引き下がれないわよ。たしかにカイザーのことは気になるけど・・・それは依頼を達成してから考えればいいわ」
「・・・社長がそう言うなら」
「ムツキもさんせーい!」
「わ、私もアル様についていきます・・・!」
重要とはいえまだ情報が少ないということもあって、ひとまずは後回しにすることにした。
それに、先ほどの宣戦布告だってミラと遭遇する前にアビドスを倒してしまえば関係ない。
そのため、次の襲撃のため入念に下準備をすることを決め、同時にもう二度とミラと会うことがないようにと祈った。
* * *
「あっ、この前ぶりー」
「ひっ!?」
そんなアルの望みは、速攻で打ち砕かれることとなった。
諸々の準備を終えた後、アルたちは恒例のように柴関ラーメンに向かったのだが、そこで偶然にもカウンターでラーメンを食べているミラと鉢合わせてしまった。
午前中であれば柴関ラーメンでバイトをしているセリカとは顔を合わせないだろうと踏んでのことだったが、結果的に裏目に出てしまったようだ。
不幸中の幸いなのは、今のところミラの方から仕掛ける気配がないことか。
「あぁ、別にここでおっぱじめるつもりはないから。ここはラーメン屋で、ラーメンを食べるところだからね」
「・・・食べ終わって外に出たら襲う、ってこと?」
「それはその時次第かなぁ。現行犯以外で手を出すつもりはあまりないけど、もし物証が見つかったらその限りじゃないかも。たとえば爆弾とか、ね?」
ビクンッ!とハルカの肩が跳ね上がる。
ハルカは早朝に爆弾を数十カ所も配置したのだが、どうやら柴関ラーメンもその一つのようだった。
幸い、アルが壁になってミラの視線が遮られていたため、ハルカの醜態はミラの目には映らなかったはずだが、ピンポイントで爆弾のことを指摘してきたことから油断できる状況ではない。というより、いっそすでにバレていてもおかしくはない。
「ほらほら、そこで突っ立ってないで、早く席に座って注文したら?」
「・・・まぁ、それもそうか。大将、柴関ラーメンをお願い」
「あいよ!」
「ほら、社長も行くよ」
「へっ!?え、えぇ、そうね・・・」
ミラにビビッて軽く意識が飛んでいたアルは、カヨコに促されてようやく正気を取り戻した。
不自然にならない程度にできるだけミラから離れたテーブル席に4人で座ることしばらく、柴大将は4人前のラーメンをアルたちの席に運んだ。
「ほらよ、柴関ラーメンお待ちどう!」
「来たあ!!いただきまーす!」
「ひ、一人につき一杯・・・こんなに贅沢してもいいんですか?」
「そこの白い嬢さんと同じ、アビドスさんとこのお友達だろう。替え玉が欲しけりゃ言いな」
「・・・!?」
柴大将の言葉に、アルがピクリと反応する。
だが、他の便利屋のメンバーはそれに気づかないまま会話を続けた。
「こんなに美味しいのに、お客さんが来ないなんて」
「場所が悪いんじゃない?廃校寸前の学校の近くだし」
「生まれ育った町って、時には利益よりも優先されるくらい大事なものになることもあるらしいからねぇ」
「そんなものかな。まぁ、美味しいからいいけど。それじゃ、いただ・・・」
「・・・じゃない」
「ん?」
アルの呟きに、カヨコが反応する。
いったいどうしたのか。そう尋ねる暇もなく、アルは叫び声を上げた。
「友達なんかじゃないわよぉーーー!!」
ある意味当然と言えば当然の叫びだった。
というよりアビドス側、特にセリカ辺りは同じことを叫ぶだろう。
だが、アルの激情の奔流はそれに治まらず、ダンッ!とテーブルに手を叩きつけた。
「わわっ!?」
「わかった!!何が引っかかってたのか分かったわ!問題はこの店っ、この店よ!」
「!?」
「どゆこと!?」
「・・・」
「あっ・・・」
あまりにも突拍子のない言いがかりに、ハルカとムツキも思わず驚愕と困惑の表情を浮かべる。
だが、できるだけ距離を取ったとはいえ柴関ラーメンの中はそこまで広くなく、アルの叫び声は余裕でミラにも届いてしまう。
そんなアルの叫びを聞いて変化したミラの雰囲気に気付いたカヨコだったが、止める間もなくアルの絶叫が垂れ流される。
「私たちは仕事をしにこの辺りに来たの!ハードボイルドに!アウトローっぽく!!なのに、何なのよこの店は!お腹いっぱい食べられるし!あったかくて親切で!話しかけてくれて、和気あいあいで、ほんわかしたこの雰囲気!ここにいると、皆仲良しになっちゃう気がするのよ!」
「社長、その辺で・・・」
「それに何か問題ある?」
「ダメでしょ!!めちゃくちゃでグダグダよ!私が一人前の悪党になるには、こんな店は要らないのよっ!!」
「・・・へぇ、ずいぶんと好き勝手言うじゃん」
興奮しきっていたアルの頭を一瞬で冷やしたのは、冷え切ったミラの言葉だった。
だが、それは冷や水や氷とは違う、ナイフのようにダイレクトに命の危機を感じる、無機質な冷たさ。
ギギギと錆び付いた動きで振り向いてみれば、そこにはミラが能面のような笑みを貼りつけていた。
「自分の行動の原因を他所に擦り付けるのは、それこそ小物のすることだと思うけど、そこのところどう思う?」
「それは、えっと、その・・・」
「あの時はそれなりに評価してたんだけど、それは私の思い違いだったのかな?」
ミラの言葉が、銃弾のようにアルを心身共に貫いていく。
柴大将も仲裁するべきか厨房で少し悩むが、さすがにアルの言ったことはちょっとスルーできるものではなかったため静観することにした。
「勘違いしてるのかもしれないけどね、アウトローにしろ何にしろ、肩書きとか称号は他者が評価するものだよ。口では何を言っても、行動が伴ってないなら他からは小悪党としか評価されない。私はそういうのにあまり興味はないから割りと好き勝手にやってるけど、自分の意志で志しているのなら、そこのところはよく考えた方がいい。とりあえず、麺が延びる前にラーメンは食べておきな」
「・・・はい・・・美味し・・・」
ミラからのガチ説教に完全に意気消沈したアルは、項垂れながらラーメンをすすり始めた。
自業自得とはいえ、あんまりと言えばあんまりな様子に柴大将や便利屋はかける言葉が見つからない。
痛いほどの沈黙をどうにかしたくともどう声を掛ければいいのか分からない中、柴関ラーメンに救世主がやってきた。
「ごめん、ミラ。遅れ・・・えっと、どういう状況・・・?」
「っ、シャーレの先生・・・!?」
「ひっ!?もっ、もしかして私たちを捕まえるために・・・!?」
「あっ、先生。こっちこっちー」
突然の先生の登場に便利屋が驚きを隠せない中、ミラはそんなの知ったことじゃないと言わんばかりに手招きして先生を呼んだ。
先生も良く分からない事態に困惑しながらも、詳しいことを聞くためにも一度ミラの元へ向かった。
「ごめんねー、突然呼んじゃって。情報共有も兼ねて話し合いをしようと思って・・・そういえば、アビドスの皆は?」
「ホシノがどこかにお昼寝に行ったみたいだから、戻ってくるのを待ってるよ」
「ふぅん?」
何か思うところがあるのか、ミラが意味ありげな反応をするが、それには触れずに先生は気になることを尋ねた。
「それで、いったいどうしたの?あそこですごい落ち込んでるけど・・・」
「ちょっといろいろあって。強いて言うなら、説教?みたいな感じ?」
「えぇ・・・?」
いまいち状況が飲み込めない先生に、ミラはざっくり先ほど起こったことを説明した。
一応、アルの名誉のために八つ当たり先が紫関ラーメンであることはぼかしたが、状況が状況のため先生はなんとなく察しながらもそこは掘り下げないことにした。
「なるほどね・・・つまり、アルはミラみたいになりたいってことなのかな?」
「それは違っ・・・わなくは、ないけど・・・」
先生の言ったことが強さだとかのことを指していたのなら、それは違う。目指すものが違うというより、そもそもなれる気がしないというのが正直なところだが。
とはいえ、ミラの立ち振舞いに自らが目指すアウトローを見出だしたのもまた事実であり、そういう意味ではミラのことを慕っていると言えなくもない。
だが、ミラとアルには違うものが多すぎる。目標も、性格も、実力も。
その差が、ミラに近づくための一歩をためらわせていた。
そんなアルの内心を察してか、先生はアルが前を向けるようにと声をかけた。
「多分だけど、ミラは本気でアルのことを叱ったわけじゃないと思うよ?」
「そうなの・・・?」
「ホシノから聞いた話だけど、『ミラは気に入った相手には言葉を優先して、気に入らない相手には拳を優先する』って言ってたから、それが本当なら説教だけで済ませたってことは失望したわけじゃないってことにならないかな?」
「それはまぁ、うん。そう、かな・・・?」
先生から話を振られたミラは、少し曖昧ながらも肯定を返した。
ホシノの評価は、あながち間違ってはいない。気に入った相手でも
ただ、それなりに自覚があるとはいえ、先生の口から改めて他の誰かにそれを話されるというのは、さすがに気恥ずかしいものがあった。
「だからミラから怒られることがあっても、凹むだけじゃなくて何が悪かったのかを反省して、それから自分なりにどうすればいいのか考えればいいんじゃないかな。それこそ、『ミラならどうするか』って考えるのもいいかもしれないよ」
「それは・・・たしかに・・・」
「アルが目指しているアウトローがどういうものなのか、具体的に理解してるわけじゃないけど、それがアルの夢なら私も応援するよ」
「・・・えぇ、そうよ。そうだわ!こんなところでへこたれてなんていられないわ!なんてったって、私は真のアウトローなんだから!」
先生の言葉のおかげで、見事にアルが完全復活を果たした。
その見事な手腕に柴大将は感心の、カヨコは感謝の眼差しを向け、ムツキとハルカも再びアルに話しかけにいく。
そして、ミラもまた先生を高く評価し、シャーレ前やアビドスで会ったときから何となく察していた先生の役割を改めて理解した。
あらゆる学区の垣根を越えた一種の超法規的機関、その顧問を担当する大人である“先生”。
わざわざ外部から呼んで大層な権限を与えた意味、連邦生徒会長の意図。朧気だったそれらのイメージが明確な形になっていく。
そして、その連邦生徒会長からの頼まれ事から、自分の役割もまたハッキリと理解し・・・
「ッ、先生!!」
考えるよりも早く、ミラは先生の体を抱えて翼で覆う。
次の瞬間、便利屋と柴大将もろとも柴関ラーメンが爆炎に包まれた。
アル>ミラ
尊敬半分ビビり半分な感じで、ガチ説教をくらうとめっちゃ凹んじゃいます。
単純に怖いだけじゃなくて、目指しているアウトローの形の一つだからこそミラの説教を真に受けちゃうって感じです。
やっぱアル社長アウトロー向いてねぇよ・・・。