キヴォトスの白い龍   作:リョウ77

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大変長らくお待たせしました。
アリウスif第2弾、後編になります。
中編にしようか考えたくらいのボリュームになりましたが、今回で書ききることにしました。
何とかアリウス新章までに間に合ってよかったです・・・。


番外・アリウスIF編・3

「サオリ!」

 

ミラからの犯行声明を聞いたことでさらに足を速めたアズサは、古聖堂付近で指示を出しているサオリに詰め寄った。

 

「アズサか。私たちを手伝いにきた、というわけではなさそうだが」

「サオリ!代行は、どうしてあんなことを!」

 

たしかにアリウスの目的は“表舞台への復帰”だ。

だが、これでは復帰というよりも侵攻に限りなく近い。

本当にこれが自分達が求めていたものだったのかと問い詰めるが、対するサオリは軽くため息を吐いてから冷静に返した。

 

「アズサ、お前だって知らないわけではないだろう。アリウスの現状も、トリニティがどのような学園かも」

「だが、ここまでのことをする必要はないはずだ!」

「ある。まさか、トリニティが笑顔で我々を迎え入れてくれるような善人の集まりだとでも思っていたのか?」

「それ、は・・・」

 

サオリの指摘に、アズサは否定できず口をつぐむ。

たしかに、トリニティは外部から思われているようなお嬢様学校ではない。

内部では常に派閥争いが起こっており、格下相手への陰湿なイジメも珍しくない。

もしアリウスがトリニティに加入したら、そのような者たちの標的にされることは想像に難くない。

だからと言って、完全な独立はティーパーティーが認めないだろう。

故に、この戦争にはたしかに意味があるのだ。

 

「不穏分子を排除し、アリウスの存在を認めさせる。そのためにこの戦争は必要だった。代行がそう判断した」

「っ、そうだ。代行はどこにいる?」

 

この戦争を主導しているのは生徒会長代行であるミラだ。

であれば、ミラに直談判することで止められるかもしれない。

 

「今は先生を捕らえている部屋にいる」

「なら、私もそこに・・・」

「ダメだ」

 

だが、アズサの申し出を最後まで聞くことなく、サオリは銃口をアズサに向けた。

 

「代行からアズサの処遇は決められている。私たちに協力するようなら受け入れ、そうでないなら追い返すように、と」

「なっ・・・」

「どうやら、私が見る限りお前は反抗的らしい」

 

そう言うサオリの目は、かつての仲間であり教え子であるアズサに向けているとは思えないほど冷たく、真実アズサのことを敵と認識していた。

 

「このまま去れ。そうすれば、今回は見逃す」

 

サオリにそう宣告されたアズサは、思わず辺りの様子を見回す。

周囲にいるアリウスの生徒たちは、疑念に満ちた目でアズサのことを見ている。

その反応が、この場では自分こそが間違っているという事実を突きつけられているようで、それに耐えられなかったアズサはわき目も降らずにその場から走り去っていった。

 

「その、逃がしても良かったんですか?」

「今は腑抜けた暮らしで忘れているだけだ。代行がいるからこそ今のアリウスがあり、代行についていくことこそが正しいことを」

 

もしミラがいなければ、内戦が長引いて泥沼化していたかもしれないし、その隙を突いたベアトリーチェによって圧政を敷かれていた可能性もある。

ミラがいたから、裕福とは言えずともアリウスは安定を取り戻したし、さらには今まで考えもしなかった表舞台への復帰まで目前に迫っている。

であればこそ、ミラに従うことこそがアリウスを救ったことへの最大の恩返しであり、正しいことなのだ。

 

「思い出したにしろ、そうでないにしろ、もし次会った時にアズサが私たちに銃口を向けるのなら、それがアズサの選択というだけだ」

 

クーデター未遂の時点で、すでに銃口を突きつけ合っている。

今回は動揺していたようだから見逃したが、次は躊躇う理由もない。

 

「それより、ヒヨリは休んでいろ。代行が指定した期限より早く戦闘が始まる可能性もある」

「わ、分かりました!」

 

先生の下に駆けつけることを優先していたからか傷は浅いが、再攻勢に万が一があってはいけない。

もしアズサが先生を取り返すようなことがあれば、それをミラの要求に対する返答として攻撃を始めることになるだろう。

サオリの指示を聞いて休憩場所に戻っていくヒヨリの後ろ姿を見送ってから、今度はアズサが去っていった方向に視線を向ける。

 

「来るなら来い、アズサ。私はお前を・・・」

 

そこまで口にしたサオリだったが、本人がいないところで言っても意味がないと考え直し、準備を早めるべく部隊に指示を出しはじめた。

 

 

 

体が重い。

だが、それは疲労や負傷によるものというより、もっと単純に体が上手く動かせなくてそう感じているような状態だった。

だんだんとはっきりしてきた思考の中で、先生は何が起こったのかを思い出し始める。

アリウスが調印式を襲撃したことで、正義実現委員会と風紀委員会は瓦解、自分はアリウス生徒会長代行のミラによって気絶させられた。

その後のことは分からないが、あれからどこかへと連れ去られたらしい。

ぐるりと視線を動かせば、周囲は石レンガに囲まれた部屋で自分は簡易ベッドに寝かされていることが分かった。

 

「ここは・・・」

「目が覚めた、先生?」

 

不意に聞こえた声に、先生はバッと飛び起きる。

声のした方向を振り向けば、ベッドから少し離れたところでミラが丸椅子に座っており、後ろにはアツコも控えていた。

 

「ここは古聖堂の地下の部屋。今、先生には人質になってもらってるところ」

 

そう前置きして、ミラは先ほど出した声明の内容を先生にも説明した。

内容を聞かされるにつれて先生の表情は険しいものになっていくが、ミラは微塵も気にする様子を見せないまま話し続ける。

 

「そういうわけで、仮に丸く収まっても先生にはしばらくアリウスにいてもらうから。そうしないと、いつどこが攻めてくるかも分からないし、そいつらが無様に返り討ちにされるところも見たくないでしょ?しばらくは大人しくしててもらうよ。あっ、もちろんタブレットはこっちで没収しておくから」

 

そう言うミラの背後で、アツコが“シッテムの箱”を取り出した。

単純に連絡手段を奪っただけのつもりかもしれないが、戦闘の指揮だけでなく自らの身を守る手段としても必須であるシッテムの箱を奪われてしまった以上、先生に出来ることは何もない。

だが、それでもやはり先生は問わずにはいられなかった。

 

「・・・アズサから、君たちの目的は表舞台に出ることだって聞いてる。本当に、こんなやり方でよかったの?」

「良い悪いじゃない。こうするしかなかったんだよ。そもそも、どうせトリニティでもミカのクーデターに関わってたからって排除しようとしてた動きもあったんでしょ?」

 

ミラの指摘に、先生は黙り込む。

実際、トリニティ内ではアリウスの処遇について穏健派と強硬派に別れて対立していたし、さらにティーパーティーのホストであるナギサは強硬派寄りだった。

頭ごなしに否定するようなことはしなくとも、調印式を終えるまでは絶対にアリウスを引き入れるつもりはなかった。

だが、もし調印式が成功した場合、かつてトリニティがアリウスに対してしたように新たな武力集団である“エデン条約機構”の破壊力の確認のためにアリウスが標的になる可能性も、無いとは言えなかった。

 

「そんな状態で『仲良く手を取り合って協力しましょう』が成り立つと思っているほど、私たちもバカじゃないんだよ」

 

だから、今回の調印式襲撃の考えは間違ってはいない。

間違ってはいないが、正しいことであるとも言い切れない。

そのことをどう言葉に尽くすべきか考えていた先生だったが、不意にアツコが通信を取り出して誰かと話し始めた。

すぐに通信は切れ、アツコはミラに話しかけた。

 

「ミラ」

「ん?どうかした?」

「サッちゃんから連絡。アズサが来たみたい」

 

どうやら、アリウスの襲撃を知ったアズサが居ても立っても居られずに駆けつけてきたらしい。

正義感の強いアズサのことを考えれば、おそらくアリウスを止めに来たのだろう。

だとすれば、まだ説得できる可能性がある。

 

「そう。それで?」

「反抗的だったから追い返した、って」

「そっか」

 

そう思っていた先生だったが、その期待はすぐに砕け散った。

それよりも衝撃的だったのは、アツコはそのことについて淡々と報告するだけで、ミラの反応もアッサリとしたものだったことだ。

たしかにアズサの行動は裏切りと言えるが、判断と行動に一切の感情が介在していないことが子供とは思い難いような歪さがあった。

 

「トリニティのクーデター未遂の時点で、私たちから離れようとしている兆候はあったからね。あらかじめどうするか決めておいただけだよ」

 

軍事行動において、意に沿わない動きをする兵士など敵よりも厄介なものだ。

いざというときに邪魔をされないために排除するのは間違ってはいないが、普段と変わらない態度のまま、まるでシステム化されたように合理によって判断する冷徹な姿勢は、先生をして

寒気を覚えるほどだった。

 

「それじゃ行くよ、アツコ。先生も、また後でね。当然だけど外に見張りもいるから、逃げようだなんて思わないように」

 

そう伝えて、ミラとアツコは部屋から出て行った。

ガチャリと鍵が閉められた音を聞いて、先生はベッドに腰かけて俯く。

 

「みんな・・・」

 

今の自分には何もできない無力感に襲われながら、先生はせめて生徒たちの無事を祈った。

 

 

 

「やってくれましたね・・・!」

 

現在、シスターフッドでティーパーティーの代わりに治安回復を試みているハナコは、ミラによる犯行声明を聞いて表情を歪めた。

おそらく、言葉通りに要求しているだけではない。

過激派であれば到底受け入れられないような要求を突き付けることで、トリニティの内部分裂を加速させることこそが真の目的だろう。

一部が暴走して排除に動いたら、それを口実に確実にとどめを刺すつもりだ。

 

「ハナコさん!返答はどうしますか!?」

「ひとまずは後回しにしてください!答えを出すにしても、まずは混乱を治めて意思を統一しなければなりません!」

 

正義実現委員会と風紀委員会がまとめて薙ぎ倒されたのだ。暴走した一部だけでは間違いなく返り討ちに遭う。

だが、24時間以内に完全に治安が回復するかと問われたらNoだ。

今のままでは期限に間に合わず、中途半端な状態で答えを出さざるを得ない。

そうなれば、トリニティが内部から崩壊するのも時間の問題だろう。

 

「・・・本当に、やってくれましたね」

 

思わず同じことを呟いてしまうほど、ハナコは追い込まれていた。

だが、現状を嘆いている暇はない。

反省もほどほどに、ハナコは最善を尽くすべく再び指示を飛ばし始めた。

 

 

 

「私は、どうすれば・・・」

 

自分でもどうすればいいのか分からず、雨の中衝動に身を任せたまま走り続けたアズサは、路地裏で蹲っていた。

アリウスを止めようと思っていたはずなのに、サオリと話をしただけで挫けそうになってしまった。

今でもアリウスを止めなければならないと頭では理解しているはずなのに、その意思に体と心が追いついていない。

動かなければいけないのに、動けない。

どうすればいいのか、もはや自分でも分からなくなりそうになっていた。

その時、

 

「アズサちゃん・・・?」

 

座り込んでいるアズサの頭上から、声がかけられた。

それが短い間で慣れ親しんだと同時に今ここにいるはずがないものだったことに驚き、視線を上に上げた。

 

「ヒフミ・・・」

 

アズサの目の前には、心配そうな表情でしゃがんでいるヒフミがいた。

雨が降っているにも関わらず傘を差していないヒフミの全身はずぶ濡れだったが、ヒフミは気にも留めずにアズサに話しかける。

 

「その、アズサちゃんがいきなり走り出しちゃったので追いかけたんですけど、途中で見失っちゃって・・・それで探してたんですけど・・・えっと、何かあったんですか・・・?」

 

そう問いかけるヒフミの声音に困惑の色はあれど、心からアズサのことを心配していることがわかった。

考えてもみれば、アズサが居ても立ってもいられず何も言わないまま駆け出したのだから、心配するのも当然だろう。

それでも、今の状況で自分を心配してくれるのか、という考えも浮かんでしまうが。

近くにハナコとコハルがいないのは、立場的な問題だろう。

ハナコはティーパーティーを除けばトリニティ内で最も運営能力が高いため、今頃はシスターフッドの力を借りて事態の鎮静化を図っているはずだ。

コハルは、今は補習授業部に所属しているが元々の所属先は正義実現委員会だ。特別試験も終わったことで予備部隊として待機しているだろう。

どこにも所属していないヒフミだからこそ、ただの偶然であってもこうしてアズサを見つけ出すことができたのだ。

 

「・・・分からないんだ。どうすればいいのか」

 

そう言って、アズサは先ほどの出来事をヒフミに話した。

アリウスを止めようとしたこと、元上司であるサオリに拒絶されたこと、そして、他のみんなにも受け入れられなかったこと。

だが、アズサが本当に恐れていることは他にあった。

 

「こんなやり方、間違っていると思う。だけど、代行には返しきれない恩があるし、私では代行に勝てない。それに・・・この機会を逃がしたら、アリウスは本当に終わってしまうんじゃないかって、それが怖い」

 

アズサにとって間違った方法であるにしろ、成功すればアリウスの独立が達成できるだろう。

だが、失敗すればテロリストの烙印を押され、まともな生活を送ることは不可能になるだろう。

少なくとも、トリニティやゲヘナから追われ続けることになるのは間違いない。

そして、アズサ自身がそのきっかけになった時、ミラやサオリたちからどのような感情を向けられるのか、それが一番怖かった。

裏切り者として恨まれるか、あるいは望んでいたものを奪われ絶望されるか。

どうなるにせよ、アリウスとは決定的に決別することになり、補習授業部とも今までと同じように過ごすこともできなくなるだろう。

もし『自分達は人殺しである』と、『すべては虚しいものである』と教えられていれば、ヒフミたちを突き放し、目的の達成以外すべてを失うことになってでもアリウスを止めようとしただろう。

だが、そうはならなかった今のアズサには、それだけの覚悟がなかった。

ヒフミからプレゼントされたぬいぐるみに爆弾を仕込むような、目的のために今まで得た大切なものを手放せるだけの覚悟が。

失うことが怖い。それがアズサの足をすくませていた。

そんな不安を吐露したアズサに、ヒフミは少しの間目を閉じ、それから塞ぎ込むアズサの顔を覗き込みながら口を開いた。

 

「・・・私には、何が正しいのか分かりません。きっと、アズサちゃんにとってどっちも大切なことで、だから辛いんだと思います」

 

ヒフミでも、今の友達と昔の友達、どちらを優先すればいいかと聞かれたら、おそらくすぐには答えられない。

どちらも大切な存在なのであれば、悩んで当然なのだ。

それでも、敢えてヒフミから言うことがあるとすれば、

 

「ですから、私はアズサちゃんが()()()()()()()()ことじゃなくて、アズサちゃんが()()()ことを選んで欲しいです。アズサちゃんが選んだことなら、私もお手伝いします」

 

ヒフミの言葉に、アズサはバッ!と顔を上げた。

それはつまり、もしアズサがアリウスの味方をしたいと言ったら、犯罪の片棒を担ぐことになっても構わないと、そう言っているのだ。

だが、それでもヒフミの目は、アズサはその道を選ばないと確信しているようだった。

その目を見て、ようやくアズサは気が付いた。

アリウスでも、トリニティでも、自分はこの目に救われたのだと。何があっても自分のことを信じてくれる、力強くも澄んだ瞳に。

アリウスでは、トリニティに転校する前。不安はあったが、ミラやサオリが「アズサなら大丈夫」と後押ししてくれたおかげで新しい世界に飛び込むことができた。

トリニティでは、クーデターの直前。補習授業部のみんなと特別試験を乗り越えるため、自身の正体を明かして協力を持ちかけた時、軽蔑されるのではないかと恐れていたが、ヒフミたちは真っ直ぐな目で自分のことを信じ共に戦ってくれた。

であるのならば、今は自分のことを信じてくれているヒフミのために戦いたい。

 

「・・・私は、代行を、アリウスを止めたい。その先で、みんなと一緒に暮らせるようになりたい」

 

今アリウスを止めたところで、アズサに代案があるわけではない。

だが、アリウスが目指しているところにアズサが望んでいる光景がないことは確かだった。

今まで命令や使命感で戦うことがほとんどだったアズサにとって、自分から望んだ理由で戦うことは始めてだったが、それでもヒフミと一緒に戦えるのなら不安はない。

 

「そのために、まずは先生を助けないと。古聖堂のどこかにいるみたいだけど・・・」

 

今の状況をひっくり返すためには先生の力が必須だが、問題が二つある。

一つは、古聖堂の構造を詳しく把握していないこと。

当然のことだが、今回の作戦に関わっていないアズサに古聖堂の情報は渡されていない。

爆発によって倒壊している分探索範囲は減っているだろうが、それでも手探りで探すには広いし危険すぎる。

もう一つは、戦力が圧倒的に不足していること。

運良くアリウスにバレずに先生が軟禁されている部屋にたどり着けたとしたも、同じように見つからずに脱出するのは不可能だろう。

そうなった時、アズサとヒフミの二人だけでは不安すぎる。

トリニティからいくらか協力を取り付けることが出来ればよいのだが、先の襲撃で主要戦力は軒並み壊滅し、本校に残っている分もアリウス育ちの自分では逆に敵と見なされてもおかしくはない。

どうすれば良いか悩むアズサだったが、それに助け船を出したのはヒフミだった。

 

「でしたら、私に任せてください!」

 

いつになく自信満々に断言してどこかに連絡をとり始めたヒフミに、アズサは思わず呆気に取られていた。

 

 

 

「隊長、返答の期限ってあとどれくらいでしたっけ?」

「まだ半日以上も残っているぞ。あまり気を抜きすぎるな」

 

アリウスが占拠している古聖堂内では、早くも弛緩した空気が流れつつあった。

期限が半分に迫っていてもまったく戦闘の気配がないため仕方のないことではあるが、気が緩みすぎるのも問題だと分隊長が叱責する。

とはいえ、それでもやることが少なくて暇だからか、隊員は壁にもたれかかりながら分隊長に気になることを尋ねた。

 

「24時間なんて、けっこう長いと思うんですけど。なんでさっさと片付けないんですかね?」

「独立のための口実と戦略だ。敢えて選択肢を与えることで、敵の行動に制限を持たせる。私たちに余裕があると思わせることもできるし、仮に向こうが敵対の道を選んで破滅したとしても、相手の自己責任と言うことにできる」

「でも、あのトリニティが大人しく降伏するとは思えないんですけど」

「代行もそれは織り込み済みだ。そういうわけだから、いつ戦闘が始まっても大丈夫なように・・・」

 

次の瞬間、隊員がもたれかかっていた壁が爆発した。

隊員と分隊長が吹き飛ばされ、周囲の物資も爆風に巻き込まれる。

突然の事態に古聖堂内が混乱に包まれる中、たまたま近くにいたサオリが騒音を聞き付けすぐさま現場に駆け寄った。

 

「何事だ!」

「敵襲!敵襲です!」

「敵の数は!?」

「わ、分かりません!監視網にはかからなかったため、少人数だと思われますが・・・」

 

偵察部隊の報告からトリニティやゲヘナに動きがないことは分かっているし、それがなくともいくらかの部隊を巡回させているためある程度の数であればすぐ気が付く。

アズサが裏切ったのだとしても、わざわざバレるように爆発させる必要はない。

完全に予想外の襲撃に動揺を隠せないサオリだったが、土煙の向こうから足音と共に人影が現れたのを見て銃を構え呼びかけた。

 

「貴様たち、何者だ!」

 

 

「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く・・・」

「ん、それが私たちのモットー」

「普段はアイドルとして活動してますが、夜になると悪人を倒す副業をしてるグループなんです♧」

「別にそれ私たちのモット―じゃないから!?あと変な設定付けないで!」

「覆面水着団のリーダーであるファウストの命令で、集合しました!」

 

煙の中から現れたのは、覆面を被った4人の生徒と思われる人物たちだが、着ている制服はトリニティのものでもゲヘナのものでもない。

また、その中の一人が名乗った名前には心当たりがあった。

 

「覆面水着団・・・いや、ファウストだと?いったい誰が・・・」

 

覆面水着団とファウストの噂は聞いたことがある。

なんでも突如としてブラックマーケットに現れた強盗集団であり、冷酷無比を体現したような人物たちであると。

だが、なぜそれがアリウスを襲う理由に繋がるのか。

ファウストによる命令だと言っているが、まさか今回の事件の関係者の中にいたというのか。

そんな思考を巡らせるサオリに答え合わせをするように、覆面水着団の後ろから新たな人影が現れた。

 

「私が、ファウストです!」

 

現れたのは、“5”と書かれた紙袋を被った生徒。

だが、顔が見えずともその容姿と声に心当たりがあった。

 

「トリニティの制服、だと?いや、その声、覚えがある。アズサの補習授業部の友人だったな?」

 

補習授業部のメンバーについては、アズサから聞いている。

直接話す機会はなかったが、アズサと特に親しそうな関係に見えたことから声と容姿は記憶していた。

その時の印象は特に特筆するようなものは見当たらない平凡な生徒だと思っていたが、人は見た目によらないと言うべきか、見事に騙されていたようだ。

 

「・・・アビドス。なるほど、このタイミングで他所から少数精鋭を引っ張り出してくるか。まさか、ここまでの手練れがまだ残っていたなんてね」

 

自らの未熟を恥じていたサオリの下に、古聖堂の中からミラが現れた。

突然の襲撃を聞いて駆けつけたのだが、予想外のところから現れた増援にミラも驚きを隠せなかった。

アビドスのことを具体的に知っているわけではないが、その中に複数の学園から要注意人物としてマークされている生徒がいるという話は聞いたことがある。

“暁のホルス”小鳥遊ホシノ。昔一目見た資料の写真とはまるで印象が異なるが、制服や風貌から同一人物なのは間違いないだろう。

 

「代行」

「サオリ、先生のところに戻って。こいつらは陽動。アズサが先生の奪還に動いているはず」

「! 分かった、すぐに向かう!」

 

サオリもミラが考えていることをすぐに理解し、返事もそこそこに古聖堂の中へと戻っていった。

 

「ありゃりゃ、もうバレちゃったかー」

「お友達はいるのにアズサがいないのは不自然だからね。今のあの子が友達だけに戦わせるとも思えないし」

 

アリウスの中でも人一倍真面目で正義感が強いアズサのことだ。友達を守るために自分一人で戦うことはあっても、その逆はないだろう。

意気消沈しているアズサを放置して攻めて来た、という可能性もなくはないが、それでは策が無さすぎる。

何かを企んでいるとしたら、やはり自分たちを囮とした先生の救出作戦と考えるのが妥当だろう。

アズサの性格を理解しているからこその読みを聞かされて、ヒフミは悲し気な表情を浮かべた。

 

「・・・そこまでアズサちゃんのことを分かってるのに、アズサちゃんの願いは聞き入れてくれないんですか?」

「賽はすでに投げられた。今さら引き返せる段階じゃないんだよ」

 

現在、ミラたちアリウスは前代未聞の襲撃事件を引き起こし、シャーレの先生を拉致したテロリストと認識されている。

今さら笑顔で握手を求めたところで信じてもらえるはずがない。

だが、確実に独立するには武力蜂起しか手段は存在しなかった。

もはや、勝敗を決める以外にこの戦争を終わらせる方法はない。

 

「さて、陽動とはいえ、たった6人で攻めてきたんだ。その度胸を評して、私が相手をしてあげる」

 

そう言うと、ミラの体からバチバチという音と共に赤雷が迸る。

放たれるプレッシャーにアビドスの面々は冷や汗を流す中、いつになく真剣な表情でホシノが盾を構えながら前に出た。

 

「・・・皆、代行とやらは私の方で抑えるから、他をお願い」

「「「「はい!」」」」「わ、分かりました!」

 

 

 

あれから何とか脱出方法を模索したものの徒労に終わりベッドに寝転がっていた先生だったが、不意に違和感に気付いて起き上がった。

 

「? 外が、騒がしいような・・・?」

 

再侵攻のための準備の指示や掛け声が聞こえてくることはあったが、今聞こえているものは明らかにそれとは違う。

銃声や爆発音も聞こえてくることから、おそらく戦闘が起こっている。

だが、いったい誰が攻撃を仕掛けたのか。

 

「なっ、お前!?」

「裏切りも、ぐあっ!」

 

考えを巡らせる先生だったが、唐突に銃撃音が鳴り響き外にいた見張りの悲鳴が聞こえた。

そして、扉を開けた生徒の姿を見て先生は思わず驚きの声を上げた。

 

「先生!」

「アズサ!?どうしてここに!?」

「それよりも、すぐにここから出よう。いつ見つかるか分からない」

 

いろいろと聞きたいことはあるが、ここは敵地のど真ん中だ。アズサの言う通り、見つかる前に脱出しなければならない。

 

「わかった。それと、アツコって子が私のタブレットを持ってるはず」

「アツコが・・・分かった。でも、やっぱり今は脱出を・・・」

「やはり来ていたか、アズサ」

 

不意に、先生の背後から声をかけられた。

アズサは即座に先生を背後に庇い、現れた生徒の名前を呟いた。

 

「サオリ・・・」

「こうなる可能性は、トリニティでのクーデターの時から予感していた。当然、代行もだ」

 

そもそも、トリニティのクーデター未遂の時点でアズサはアリウスではなく補習授業部を選んでいた。

増援は予想外だったが、この状況も作戦開始前から想定していた事態の一つに過ぎない。

 

「まさか、今更になって仲良く手を取り合えると思っているのか?たとえ私たちがトリニティを恨んでいなくとも、トリニティはそうは思わない。疑念に駆られる者、保身に走る者、最初から理解することを捨てている者、私たちを排除しようという不穏分子はいくらでも存在する。それらを排除しなくては、アリウスの帰還は成し得ない。アズサも、それが分からないわけではないだろう」

 

別にミラは復讐心を煽るようなことはしていないが、自分たちがトリニティからどのように認識されているかは話している。

自分たちの学園の過去の罪の証、復讐の機会を伺う亡霊、自分たちの利権を脅かす不穏因子。

挙げればキリがない負のイメージの数々は、別に誰が悪いとか単純な話ではない。

言ってしまえば、膨大な過去の積み重ね、個人ではどうしようもない歴史の奔流というものだ。

片付けるには多くなりすぎ、流れを変えるには大きくなりすぎたそれを解決するには、痛みを伴う道を選ぶしかない。

だから、ミラはそうした。

アズサもそれは分かっているだろうと問い掛けるサオリに、アズサは僅かに目を伏せてから口を開いた。

 

「・・・たしかに、そうかもしれない。それでも、手を差し伸べてくれた友達がいるから、私は今ここにいる。だから、私はそんな友達を守りたい」

 

たしかに、ミラならアズサの友人を引き入れるくらいの譲歩はするだろう。

だが、ヒフミたちであればトリニティを見捨て自分たちだけ助かるような道を選ばないという確信が、アズサにはある。

なぜなら、ヒフミたちにもトリニティで築いてきた縁があるから。

自分が今していることは、今まで育ってきたアリウスとの縁を切るようなものかもしれない。

だとしても、

 

「私は、ヒフミの、補習授業部のみんなのために戦う。そして、今度は私が代行やサオリ、アリウスの皆に手を伸ばす」

 

断ち斬られた縁を、今度は自分が繋ぎ直してみせる。

それが、自分ができる代行への恩返しになるから、と。

 

「・・・そうか」

 

アズサの決意を聞いたサオリは、落胆したように深くため息を吐いた。

アズサの離反は想定していた事態ではあるが、それでもサオリは最後までアズサがアリウスに戻ってくることを期待していた。

律義で真面目なアズサが、ミラに恩を返さないままいなくなるはずがない、と。

だが、結果的にアズサはミラへの恩返しよりもトリニティの友人を優先した。ミラなら友人を引き入れるくらいの譲歩をしたであろうにも関わらず。

そのことは非常に残念に思うが、特に恨んだり怒ったりする気はない。

ただ、敵に回ったアズサを排除するという想定された事態に対処するだけだ。

 

「私はお前を否定しない。だが、敵対するというなら容赦はしないぞ、アズサ」

 

そう言って、サオリは引き金にかけた指に力を込める。

アズサも呼応するように銃を構え直そうとし・・・懐からスモークグレネードを取り出して投擲、銃で撃ち抜いて即座に起爆させた。

 

「先生、こっちだ!」

「わ、分かった!」

 

視界が遮られているうちに、アズサは先生を連れて駆け出す。

幸い、サオリが現れたのは即興で用意した逃走ルートの反対側だったため、プランに支障はない。

 

「やはり、そうするだろうな」

 

この場におけるアズサの勝利条件は、“サオリの撃破”ではなく“先生の救出”だ。

もちろん、いつかは決着をつけることになるだろうが、アズサにとってそれは敵陣のど真ん中で先生(護衛対象)を連れている今ではない。

先生と共に生存して脱出することが必須条件のアズサと違い、アリウスにとっても必要とは言えど仮に殺してしまっても「仕方ない」で済ませられる程度には優先度は低いのだ。

さらに、キヴォトスの生徒と比べて先生の身体能力は低い。特殊な訓練を受けてきたサオリやアズサと比べたら雲泥の差だろう。

いくら罠で時間稼ぎをしようと、追いつくことは容易い。

何より、

 

「誰がお前に技術を叩き込んだと思っている」

 

かつてアズサを見出だし、指導したのはサオリだ。

アズサの戦い方は教本に書いてあることそのままのようなお手本通りのものであり、裏を返せばすべてがサオリの想定通りということでもある。

最低限の動きで罠を避けて追いかけるなど、造作もないことだ。

当然、逃げ先を予測することも同様に。

 

「動ける者は東階段に行け。地下から逃げ出そうとしているアズサと先生を捕らえろ」

『第七小隊、了解。至急向かいます』

 

アズサが向かった方向と罠の配置から逃走経路を予測し、空いている部隊に指示を出す。

古聖堂の東側はアビドスが襲撃してきた場所とは逆の方角。元々アビドスを囮にバレないよう先生を救出するつもりだったのだろうが、狙いさえ分かってしまえば構造を把握しているこちらが圧倒的に有利だ。

それでも上手く逃げ回っているようだが、階段はすぐそこまで迫っている。後は先行させた部隊と挟み撃ちにすればいい。

 

(あと一つ角を曲がれば、階段はすぐそこ。そこまで行けば・・・)

 

捕まえられる。

そう思いながら曲がろうとした次の瞬間、サオリの頭上が爆発した。

間一髪で後ろに跳躍したサオリは何とか爆発をやり過ごせたが、爆発によって天井が崩落し道が塞がってしまった。

 

「チッ、これでは追えないか。だが・・・」

 

挟み撃ちは出来なくなったが、袋のネズミに変わっただけだ。

逃げ道が塞がれた分、むしろ状況は悪くなったと言っていい。

こちらの状況を説明するため、サオリは包囲に向かったはずの第七小隊に通信を繋げた。

 

「第七小隊、アズサと先生がそっちに向かったはずだ。私は瓦礫で道が塞がれて動けないが・・・」

『た、隊長!階段が瓦礫で塞がれています!』

「なにっ?」

『どうしますか!?掘り出すにも時間がッ!?』

『なっ、いつの間に!ぐあっ!?』

 

返ってきたのは、想定外の報告と連鎖する悲鳴だった。

通信の内容から背後から急襲されたのだと考えられるが、アズサは言わずもがな、アビドスもミラが相手をしているなら簡単に通しはしないだろうし、ここにきて新たな増援が来たとも考えにくい。

だが、頭の中で地下の構造を思い出してすぐに答えにたどり着いた。

 

「まさか、爆破で新たなルートを構築していたのか・・・!」

 

階段の手前にも一つ部屋があり、屋上は地上に繋がっている。それも、階段とは壁で隔てられている地点に。

あらかじめ爆弾で穴を開けておけば、階段で待ち伏せている部隊に奇襲を仕掛けることもできるだろう。

近くに他の階段が存在しない以上、サオリではアズサに追いつくことはできない。

救出に十分な情報は持っていないだろうという認識が仇となってしまった。

戦闘音が止んでいることから、地上でも先生の救出を聞いて撤退したのだろう。

悔しさをにじませながら、サオリは通信をミラに繋げた。

 

「・・・すまない、ミラ。アズサと先生を逃がしてしまった」

『気にしなくていいよ。こっちも覆面水着団・・・というかアビドスを仕留めきれなかったし。特にあのシールド使い、下手をしなくてもヒナやツルギと同格だった』

 

敵と味方が入り乱れる乱戦のせいで思うように力を発揮できなかったのもあるが、それ以上にホシノの実力がミラの想定を越えていた。

さすがに生身の強度はツルギやヒナと比べれば劣るが、その分シールドによる防御性能が尋常ではない。ミラの雷球を防ぎきるなど、キヴォトスで他に可能な生徒がいるかどうか。

だが、感心している場合ではない。

 

『アツコ、ミサキ、被害状況は?』

『重傷者はいないけど、負傷者多数。すぐには動けない』

『物資もけっこうやられた。地下に置いてあった分は無傷だけど、外に出してた分は半分以上使い物にならない』

『なるほど・・・』

 

アツコとミサキの報告から、ミラは相手の目的を悟る。

おそらく、こちらを徹底的に足止めするつもりだろう。

先生さえ取り返してしまえば、治安の回復は時間の問題だ。

それまで出来るだけ時間を稼ぐために、物資や一般の生徒にある程度狙いを絞って立て直しを強要させた、といったところか。

アズサが先生を奪還すると確信していなければ実行できない作戦だが、ものの見事に一杯食わされてしまった。

とはいえ、まだ終わったわけではない。

 

『今から再侵攻の準備にかかる時間は?』

『最低でも2時間、万全な状態にするなら3時間は欲しい』

『なら2時間半で出来る限り準備を進めて。終わり次第攻撃を再開する』

『分かった』

『ヒヨリと偵察部隊はトリニティを監視。もし向こうが先に仕掛けてきそうならすぐに知らせて』

『り、了解です!』

『サオリも部隊の指揮に戻って。状況は一刻を争う』

「了解した」

 

すぐに指示をこなすべく、サオリはさっさと通信を切って懐にしまう。

 

「次こそ決着をつけるぞ、アズサ」

 

一瞬、アズサが逃げた方向を見て呟き、その後すぐに混乱状態に陥っているアリウスの生徒たちに指示を飛ばし始めた。

 

 

「みんな!」

「「「先生!!」」」

 

アズサたちに連れられてトリニティに行くと、ハナコとコハル、ハスミが出迎えた。

先生を奪還したことは、ヒフミがモモトークのグループで報告済みであり、そのおかげで騒ぎも大半が収束した。

ハスミは本来であれば動くのもやっとなほどの重傷人なのだが、コハルから先生の救出を告げられて居ても立ってもいられずコハルに手伝ってもらいながらシスターフッドの本部を訪れた。

 

「先生、ご無事でしたか!」

「うん、アズサやヒフミ、アビドスのみんなのおかげでね」

「アビドスが?」

 

思わぬ名前に反応したハスミが、先生たちの後ろにいるアビドスのメンバーに視線を向ける。

もしやこの機に乗じて何か企んでいるのかと探るような眼差しに下級生組は思わず緊張して体を強張らせるが、ホシノは普段と変わらない様子で答えた。

 

「友達にお願いされてねー。この後の戦いにも参加するつもりだから、よろしく~」

「・・・そういうことなら、分かりました」

 

ホシノの緩い調子に毒気を抜かれたハスミは追求をやめることにした。

友達と言っているヒフミとはどのような経緯で知り合ったのか気になるところではあるが、正義実現委員会と風紀委員会の戦力の大半が機能していない現状、一人でも多くの人手がほしい。それが手練れならなおさら。

これで戦力面の不安はある程度減ったが、増えた人数に対してシッテムの箱を奪われたままというは少し心許なくもあった。

 

「指示を出すためのタブレットが奪われたままだから、どれだけ手伝えるか分からないけど・・・」

「それって、もしかしてこれのことですか?」

 

そう言ってヒフミがカバンから取り出したのは、紛れもなく先生のシッテムの箱だった。

 

「そう、それ!どうしてヒフミが?」

「撤退するとき、近くに置いてあったんです。先生が持っていたものだったので、まさかと思って回収しておいたんですけど・・・」

「ありがとう、ヒフミ!」

 

ヒフミに礼を言いながらシッテムの箱を受け取った先生は、頭の片隅で疑問が浮かんだ。

シッテムの箱は、間違いなくアツコという生徒が持っていたはず。

それが先生にとって重要なものであると分かっているのであれば、わざわざ不用心に戦闘エリアの付近に放置しているとは思いづらい。

考えられるとすれば、ミラの指示かアツコの独断でわざと回収されるように配置したということになる。

これがもし前者であった場合、ミラの目的はもしかすれば・・・。

だが、今は推測を重ねる時間ではない。

ヒフミたちを勇気づけるべく、先生は力強い声で宣言した。

 

「それじゃあ、皆。反撃の時間だ」

 

 

 

先生が来てからは、全てが順調に進んだ。

トリニティ内の混乱は一通り治まり、生まれた余裕で戦力を整える。

風紀委員会と正義実現委員会の協力体制の構築も、先生や補習授業部が緩衝材となったことでつつがなく完了した。

唯一の不安要素として、ミラに敗北し先生を奪われたことでヒナが完全に意気消沈していたのだが、先生が励ましたことで復活を果たした。

そして、反撃を行うだけの戦力を整えてから満を持してアリウスが占拠している古聖堂へと向かった先生たちは、古聖堂手前のビル郡でミラたちと対峙した。

 

「さて、こうしてお互いに向き合うことになったわけだけど・・・先生が三校の連合部隊を率いているそっちが有利、ってところかな?」

 

素直に自分たちの不利を認めるミラだが、言葉の割に悲壮感は感じさせない。

おそらくは、すでに周囲の建物にミラの力で強化した部隊を配備しているからこその余裕なのだろう。

事実、ミラの後ろに控えているサオリたちはすでに赤雷を身に纏っている。

それを分かった上で、アズサが前に出てミラに問い掛けた。

 

「代行、本当に降参するつもりはないのか?」

「何度でも言うけどね、今さらなんだよ」

 

もうすでに仲直りをする段階は過ぎている。

もはや、勝者を決める以外にこの戦争を終わらせる手段は残っていない。

 

「アズサが友達のことを大切に思ってるなら、アリウスに引き入れるくらいのことは許容するつもりだったんだけどね。それでも、私たちと戦うつもり?」

「あぁ。私たちは、ここで代行を止める」

 

もうアズサに迷う理由はない。

ミラに問いかけられても、アズサは迷うことなく自分の意志を示した。

ミラの背後では、サオリがギリッとグリップを握る手に力を籠める。

だが、ミラはアズサの返答に怒ることも落胆することもなく、

 

「・・・そう」

 

ほんの一瞬だけ、ミラの口元に笑みが浮かんだ。まるで、アズサの返答に満足したかのように。

だが、それもすぐに消え、代わりに好戦的なものへと変えて赤雷を身に纏った。

 

「なら、その覚悟を見定めてあげる。アズサが選んだ道、その終着点をね」

 

 

 

「はぁ、はぁ・・・ぐッ・・・!」

 

全身から血を流すミラが、崩れ落ちるように膝をつく。

その背後では、アリウスの生徒たちやサオリたちが倒れている。

それに対し、アズサやヒナ、ツルギ、ホシノたちもボロボロになっていたが、それでも二本の足で立っていた。

 

「代行、私たちの勝ちだ」

「そう、だね・・・」

 

互いに満身創痍ではあるが、全滅同然のアリウスと違いアズサたちは僅かだが戦う余力が残っている。

勝敗は、すでに決した。

 

「・・・ここまで、か」

 

ミラは後ろを振り返ってポツリと呟き、ゆっくりと立ち上がる。

まさかまだ何かするつもりなのかと身構えるアズサたちだったが、警戒に反してミラは両手を上げた。

 

「私たち、アリウスは降伏する」

 

ミラの降伏宣言に、先生たちはホッと安堵の息を吐き、サオリたちは歯軋りをしながらも反対はしなかった。

ミラが決めたことというのもあるが、今の状態で逆転の目があると思うほどサオリたちも愚かではない。

だが、続けてミラが放った言葉は信じられないものだった。

 

「彼女たちは、かつてトリニティから排斥された私個人の報復のために操り、道具として使った。だから、情状酌量の余地を」

「代行!?」

 

ミラの発言に真っ先に反応したのはサオリだった。

ミラが言ったことは事実無根の出任せだ。

仮に道具として操ったのが本当だったとしても、それを選んだのは自分たちであり、ミラだけが背負うものではない。

ミラの発言に驚いているのはサオリだけでなく、ミサキやヒヨリも同じで目を丸くしていた。

古聖堂で聞いた話やサオリたちの反応から、ミラがそのようなことをする生徒ではないと考えていた先生も驚きを隠せない。

 

「君は・・・」

「そういうことにしておいて、ってこと」

 

苦笑しながらの言葉はそれが虚言であると告げているようなものだが、公の場での証言で取り下げるつもりはないのだろう。

たちが悪いのは、その証言が丸っきり嘘ではないということだ。

かつて幼少のミラがトリニティから追い出されたのは事実であり、目立つ容姿から証言も集まるだろう。

そうすれば、ミラ一人を犠牲にすることでアリウスは救われる。

 

「トリニティとゲヘナの最高戦力を一度はまとめて戦闘不能にした私の首で、アリウスの皆は見逃して。そして、叶うなら先生がみんなを導いてほしい」

 

アリウス全体とミラ一人、この天秤はおそらく釣り合うと判断されるだろう。今回の事件でそれを証明できるだけの力はすでに示されている。

アリウスを先生に任せるという要求も、おそらく通る。下手に突っぱねて刺激するよりは安全だし、何より先生も今のアリウスを見捨てるという選択肢はなかった。

 

「私のやり方では、これが限界だった。でも、私に勝った先生やアズサなら、きっとあの子達により良い未来を示せるはず」

 

だからお願い、と頼むミラに、先生は口を開けない。

ミラの言いたいことは分かる。分かるが、まるで既定路線であったかのように淡々と語るミラの要求を簡単に受け入れていいのか迷ってしまう。

何より、アリウスのメンバーのほとんどがミラの決定に納得していない。

その中でも特に動揺しているサオリが、ミラに問い詰める。

 

「そんな、どうして、なら、ミラはいったいどうなる!?」

「さて、前代未聞のテロリストの首謀者だしね・・・どうなることやら」

 

どんなに軽くても10年以上は投獄されるだろうし、あるいはキヴォトスから追放される可能性も十分にある。

少なくとも、アリウスの一切に関わることを禁止されるのは間違いないだろう。

 

「みんななら、これからも上手くやっていけるって信じているよ。まぁ、そういうことだから・・・じゃあね」

 

だが、もしそうなっても大丈夫なように基盤は整えた。

自分がいなくなっても今のアリウスなら乗り越えられるだろうという確信が、ミラにはあった。

とはいえ、その信頼を受け入れられるかどうかはまた別の話であり、

 

「そんな、ダメだ!待て、待ってくれ、ミラ!!」

 

サオリが必死に手を伸ばして呼び止めるも虚しく、ミラの姿は風紀委員会と正義実現委員会に囲まれて消えていった。

 

 

 

ミラの宣言によってアリウスが降伏し、先生が主導となってトリニティに身柄を引き渡されていく中に、サオリの姿はなかった。

ただ一人、サオリだけはその場から逃走していた。

がむしゃらに走って逃げた先の裏路地の中で、サオリは慟哭をあげる。

 

「こんな、こんなことが許されていいのか!これが、私たちを救ってくれたミラへの報いだというのか!!」

 

自分たちを救ってくれたミラへの恩に報いる。そのために日々を過ごしてきたはずだった。

ミラが罪を背負うなら、その時は自分たちも一緒ではなかったのか。

なぜ、今になってミラは自分たちを突き放すのか。

なぜ、他のアリウスの皆はミラの自己犠牲を受け入れようとしているのか。

アリウスが救われたまま、ミラだけが救われずに罪と業を背負おうとしている。

これが、自分たちが望んだ結末だったのか。

 

「ふざけるな・・・私は認めない!こんな結末、認めるものか!!」

 

そう叫ぶサオリの目には、たしかに憎悪の火が灯っていた。




続きはある、かもしれません。
飛び飛びですが構想はなくもないので。
ただ、抜けてる部分の肉付けができないとお蔵入りになる可能性大です。
敢えて言うことがあるとすれば、サオリの情緒はぶっ壊れてますし、事件の顛末を見たベアおばはウォーミングアップを始めています。

余談ですが、この世界線ではミカとコハルのイベントがスキップされてます。
アリウスが犯行声明を出して全方位に喧嘩を売った結果、トリニティがゲヘナに宣戦布告する口実の大半が吹き飛んだので、パテル分派が原作ほど暴走してません。
せいぜい治安維持を頑張ってるシスターフッドに「要求無視してさっさと攻撃しろやおらぁ!」と喧嘩を売ってるくらいですが、ユスティナ聖徒会が現れてないのでこじつけも出来ずデモ止まりになってます。
これらの理由からわざわざミカを担ぎ上げることもなく、結果的に本編の例のシーンが飛ばされたという感じです。
せいぜい、念のために様子を見に来たけど何事もなく、むしろティーパーティーのホストと二人きりになって緊張しまくってるコハルを見てミカが和む、くらいですかね。
・・・あれ?それだと最終編でコハルが詰むのでは?
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