ひとまずハナコと協力関係(?)を構築できたということで、残る目標はティーパーティーのみとなった。
だが、こればかりは今までとはわけが違う。
ティーパーティーは他校で言う生徒会と同じ役割を持っているが、ティーパーティーの持つ意味と権限はそこらの学校の生徒会とはわけが違う。それこそ“一国の政府”と言い換えてもなんらおかしくないほどの影響力を持っている。
自身の正体に勘づかれる可能性が高いどころか、そもそも接触することすら困難なのだ。
接触するための方法を模索している内に捕捉されて身分がバレたら最悪。一切手出しできないまますべてが終わる可能性だって高い。
ならばどうするか。
ミラの出した答えは非常にシンプルなものだった。
「うん、とりあえず放置かな」
いつものミラらしからぬ後ろ向きな結論だが、理由がないわけではなかった。
一番の理由は、”割に合わない“から。
まず、ティーパーティーに取り入ったところで得られるものも出来ることも少ない。
補習授業部やエデン条約、裏切り者に関する情報はトップであるホストの近くでなければ得られないだろうし、工作活動なんて論外だ。
さらに、ハナコから聞いたスケジュールでは特別試験は一週間ごとに行われるらしく、最後の三次試験まであと十日ほどしかない。
そろそろ行われる二次試験次第な部分もあるが、どちらにしろ時間が足りない。
幸いというか、ティーパーティーはそのエデン条約関連のことで活発に動いているため、内部に潜入せずとも情報を得られる機会は多い。
ティーパーティーから直接情報を得られるのがベストなのは変わらないが、この際贅沢は言っていられない。
それに、他ならないハナコ自身がミラよりも多くの伝手を持っている。
であれば、今ミラがすべきなのは徹底的に情報を集めること。
目下気になる生徒はハナコに任せるとして、自分にしかできないのはやはりティーパーティーの情報。
ひとまずは情報収集のための土台作りから始めるとして、本格的に動くのは二次試験が終わってからになるだろう。
気になるとすれば、それまでのティーパーティーの動向か。
セイアの予言を考えれば、そろそろ手段を選ばなくなってくる頃合いだろう。
こればかりはミラにはどうしようもなく、補習授業部に頑張ってもらうしかない。
その間に、自分で調べられることはなんでも調べる。使える伝手もフル活用する。
補習授業部の試練がすぐそこに迫っているように、ミラの戦いもまた刻一刻と近づいていた。
* * *
とりあえず、使える手札はできるだけ用意しておきたい。
というわけで、手っ取り早く会える伝手と話をしておくことにした。
「・・・いきなりですけど、イチカさんは私と正義実現委員会、どちらが大事なんですか?」
「へっ!?なっなんすかいきなり!?」
ちょうど巡回中ということで合間の時間にルート近くの喫茶店で待ち合わせたイチカは、ミラの唐突な発言に手に持ったティーカップを落としそうになった。
「いえ、巡回中なのにこうして私のことを優先して来てくれましたから、ふと気になってしまって」
「いやその、自分は困ってる人を助けたいというか、やっぱり立場的に正義実現委員会の方を優先しないといけないというか、あっもちろんアンさんのことが大事じゃないとかそういうのじゃないっすよ!?ただ、時間の都合とか、正義実現委員会の事情もあるというか、その・・・」
「えぇ、わかっています。冗談ですよ。すみません、意地悪を言ってしまって」
からかうようにクスクスと笑うミラに、イチカは大きく息を吐いた。
唐突なイチカ×アンの供給に周囲のカプ推しからは黄色い悲鳴が漏れ出ていたが、イチカ自身としてはそれどころではなかった。
今のミラの問いかけ、自分の勘違いでなければ・・・
(いざってときにどっちに付くか、そのタイミングが近づいてるってことっすよね・・・)
エデン条約の調印が迫っているなかで、ティーパーティーが正義実現委員会を危険視しているという話がそれなりの確度を持った噂として流れているのは小耳に挟んでいた。
さすがに以前ミラから(無理やり)聞かされた裏切り者問題については話題にすら上がっていないが、反対派によるデモ活動はだんだん過激になりつつある。
だとすれば、余裕がなくなってきたナギサが強硬手段に出るという可能性もなくはない。というか普通にある。
コハルはちょっと擁護できないくらい成績は悪いが、だからといってこのまま正義実現委員会に戻ってこないというのは寂しい。
・・・実際は正義実現委員会どころかトリニティにもいられなくなるのだが、さすがにそこまではイチカも聞かされていない。
「・・・まぁ、あれっす。さすがに公私混同はできないっすけど、できる限りアンさんの力になるっすよ」
「ありがとうございます。ですが、それを言うならこうしている今も公私混同になりませんか?単なるサボりかもしれませんが」
「そ、それはそれ、これはこれっす。ていうか、休憩時間なのは本当なんで・・・」
言い訳がましくなってしまったが、わざわざ休憩時間を使って会いに来たというのは本当のことだった。
正義実現委員会として、アンというかミラのことを警戒しているのはもちろん事実だが、それはそれとしてこの時間を楽しんでいないのかと言われると嘘になる。
外交のためにゲヘナに訪れることが多いというのもあるが、その中でも珍しく話が通じる相手ということで興が乗っているのかもしれない。
少なくとも、ハスミのゲヘナ嫌いの原因になった万魔殿の議長に比べれば遥かにマシだし、風紀委員長のヒナよりもフレンドリーに接してくるのも大きいだろう。
(こう言ったらアレっすけど、ツルギ先輩と比べてこのコミュニケーション能力の差はどこから出てきたんっすかね)
突出した個というのは、往々にして周囲から距離をとられやすい。
言語能力と表情筋に致命的な欠陥を抱えているツルギは極端な例だとしても、ヒナにしたって見た目にそぐわない威圧感から話しかけるのは相応の勇気が必要になる。
一応、ティーパーティーのホストに一人、トリニティでもトップクラスの武闘派でありながらやたらと距離感が近い生徒がいるが、あれはあれで立場的に恐れ多すぎるので自分達から気軽にとはいきづらい。
それらと比べれば、そういう演技をしているとはいえ自分から気楽に話しかけることができるミラはなかなかに稀有な存在だ。
本性を現したらまた別かもしれないが、ここまでトリニティに馴染めるならそこまでひどいことにはならない・・・と思いたいところだった。
* * *
イチカと(比較的)平和な時間を過ごした後、ミラはもう一人の伝手に会いにいった。
とはいえ、使えるかどうかはまた別問題の伝手だが。
「ウイ、補習授業部のことでちょっと手伝ってくれる?」
「嫌です」
「だよね」
案の定というべきか、古書館の主たるウイは管轄外のことに関しては一切手伝う気がなかった。
とはいえ、これはミラも分かりきっていたことであり、これ以上無理して交渉するつもりもなかった。
「そもそも、私にできることなんてないでしょう。そっちで頑張ってください」
「ん~、それもそうだね。それじゃ」
「待ってください。何もできないと思われるのはそれはそれで癪なんですけど」
「なんか今日はやけにめんどくさいな・・・?」
「めんどくさいとはなんですか」
果たしてこんなキャラだっただろうかと首をかしげるが、いつもより濃い隈と奥で積み上がっている古書から何回か徹夜で作業をして機嫌が悪くなっているのだろうと当たりをつけた。
彼女は作業中はコーヒーを飲むタイプだが、カフェインを摂取しすぎた反動なのか、あるいはカフェインで相殺しきれないくらい作業に没頭していたのか。
なんにせよ、酔っぱらいを相手にしているようなものだ。適当にいなすくらいでちょうどいいだろう。
幸い、他に用事がないわけではない。
「あー、何でもないよ?うん、なんでもない」
「本当ですか?」
「本当本当。まぁ?あまりにも忙しいなら仕事を頼むのも申し訳ないし?ゆっくり休んでていいよ、うん」
「そうですか・・・」
「まぁ、時間ができたらでいいから、暇なときにこれを調べてくれない?」
そう言って、ミラは机に突っ伏しているウイの目の前に一枚のメモを差し出した。
最初は渡されたメモを胡乱気に眺めていたウイだったが、次第に怪訝そうな表情へと変わっていき、最終的に『何を言ってるんだこいつ?』みたいなよく分からないものを見るような視線をミラに向けた。
「・・・これ、本当に必要なんですか?」
「それを確かめるために調べてもらいたいの。まぁ、無駄にはならないんじゃない?」
「それなら、まぁ・・・手が空いてる時に調べてみます」
よく分からないことをぬかすことも多々あるミラだが、なんだかんだ言って意味のないことを頼むような真似はしない。
ミラが「無駄にならない」と言うのであれば、たぶんそうなのだろう。
「で、そう言うミラさんはどうするんですか?」
「実地調査。怪しいところは手当たり次第探ってみる」
「そうですか」
おそらくは、以前の遺跡調査の延長線だろう。
あの時は早々に切り上げてハナコとの接触に切り替えたが、やはり何か引っかかるものがあるようだ。
とはいえ、ティーパーティーの潜入調査が現実的でない以上、それくらいしか出来ることもない。
「そういうわけで、写しでもいいから郊外一帯の地図借りてもいい?」
「そういうのは図書室で言ってください」
「仮にも図書委員長だよね?」
古書館の占拠は百歩譲って『図書委員長だから』で言い訳できなくもない範疇だが、図書室の業務をこなしているところを一度も見たことがないのは果たしていかがなものか。
古書の復旧や解析も業務の一環だと言えばそれまでだが、それしかやらない上にほとんど個人の裁量でやっている時点でツッコミどころしかない。
とはいえ、図書室の業務ができるかと問われたらミラと図書委員会の面々は『無理でしょ』と答えるしかないため、才能を腐らせないためにはこうするしかないと諦めているのが現状なわけだが。
なんなら卒業するときに古書館から出られるのかという疑問すら残っているわけだが、その時はその時だろう。
「まぁいいや。一週間くらいは勝手にここを使わせてもらうから」
「何か一つでも傷つけようものならすぐに追い出しますからね」
「はいはい」
自分の足で現地に出向き、自分の目で立地を確認し、自分の手で情報を書き記してから、古書館に存在する資料と照らし合わせる。しばらくはこの繰り返しになるだろう。
あるいは、余裕があればティーパーティーの動向を探っておきたい。直接は難しいだろうが、正義実現委員会を通して予測するだけならできなくもない。
「さてと、それじゃあ一足先に追い込みにかかろうか」