とはいえ、正直なんでもない根回し回でいきなりこんなことになったのでびっくりしてます。
イチカとウイのセットってそんなに需要がありましたっけ・・・?
「ふーん、なるほど。なかなか大胆なことをするじゃん」
ちょっとした根回しを終えた翌日の夜、ハナコから第二次試験の変更について連絡が入った。
内容は主に3つ。
一つ目は合格点の引き上げ。元々の合格ラインは60点だったが、それが90点に引き上げられた。これは第三次試験にも適用される可能性が高いとのこと。とはいえ、これくらいは予想の範囲内だ。
二つ目はテスト範囲の拡大。テスト範囲が既存のものから三倍に広がったらしい。具体的な範囲までは書かれていないが、これも第三次試験に適用される可能性が高いらしい。これも予想の範疇に収まっている。
問題なのは、三つ目。これは今のところ第二次試験に限った話だが、試験会場がトリニティ内の教室からゲヘナ自治区に存在する廃墟の一室に変更されたというものだった。同時に実施時間も深夜3時に変更され、試験を受けるためにすでに試験会場に向かっているらしい。
過激な妨害を行ってくるだろうことは予想していたが、まさかそのためにゲヘナにまで足を延ばしているとは思わなかった。いったい誰がゲヘナまで行って会場の用意をしたのやら。
あるいは、それだけ追い詰められている、ということなのか。
ここまで条件が悪いと、さすがに今回の試験で合格するのは限りなく不可能に近いだろう。
合格ラインの引き上げやテスト範囲の拡大を抜きにしても、ただでさえ治安最悪なゲヘナ自治区を駆け抜けなければならず、トリニティ生ということもあって当たりはさらにキツイことになるだろう。
さらには、もしどうにか会場に到達できたとしても、試験時間中に問題児からの襲撃が来ないことを祈らなければならない。
ゲヘナ自治区なんて、ごく一部の例外を除いてすべてのエリアで一日一回は何かしらトラブルが起きていると言っても過言ではない。そのごく一部の例外も“年に100回を下回れば少ない方”とかいう有様ではあるが。
そんな中で数時間も同じ場所に留まって試験を受けられるのかと聞かれたら、ミラであれば「いや無理でしょ」と即答する。おそらくヒナを含めた風紀委員会の答えも同じだろう。
余談だが、ゲヘナの成績は主に試験ではなく課題で評価される。というより、試験が課題として配られている、とでも言うべきか。
これは主に風紀委員会を拘束せず滞りなく活動できるための措置でもあり、そもそもほとんどの生徒が一か所にずっと留まって大人しく問題を解いていられるわけがないという諦念の表れでもある。
「にしても、ずいぶんとなりふり構わず動いてるみたいだね。補習授業部の皆には悪いけど、次に期待ってところか」
おそらくだが、ゲヘナ側には無断でしでかしている可能性が高い。
エデン条約に備え裏切り者を排除するとは言っているが、そのためにゲヘナ・トリニティ間の外交の火種を増やすのは本末転倒ではないのだろうか。
とはいえ、さすがに二度も同じ手を使うことはないだろう。
おそらく、三次試験ではトリニティ内で試験を受けられないような状況にする可能性が高い。
それなら十分つけ入る隙はあるだろうから、今は自分のことに集中すべきだ。
タイムリミットは、長くて一週間。事の次第によってはさらに短くなる。
とはいえ、下地は十分すぎるくらい整えることができた。
あとは必要なピースを当てはめていくだけ。
「ここが勝負どころだね。ははっ、上等」
いつものように、あるいは強敵を前にしたかのように、ミラは口許に狂暴な笑みを浮かべる。
その牙を向ける先を定めるため、ミラは黒装束を身に纏って夜闇の中に飛び出していった。
* * *
夜のうちに怪しい遺跡は調べられるだけ調べ、日の出ている間は古書館と拠点を往復しながら集めた情報をまとめて真実を導きだしていく。
「・・・ようやく、揃った」
寝る間も惜しんだ徹夜の強行作業はさすがのミラも堪えたが、その甲斐あって三次試験の二日前に真相を突き止めることができた。
すべての元凶である、真の裏切り者を。
「早く、浦和ハナコに連絡を・・・いや、その前に一眠りしよう・・・さすがに、ちょっと無理しすぎた・・・」
環境はアビドスと比べれば遥かにマシだが、その代わりに気にしないといけないのとが多すぎた。特に周囲から怪しまれないために人目に注意しながら行動していたため、体力はともかく精神的にかなり疲れが溜まっていた。
とりあえず簡単に『答え合わせをしたい』とだけメッセージを送ったミラは、そのまま泥沼のように眠りについた。
それから半日ほど眠りについて完全に復活したミラは、ハナコの返信で指定された時間も近いということでそのまま合宿棟の庭へと向かった。
「おや、私が二番目でしたか」
「近くには他に人はいないので大丈夫です。それと、そこは『ごめん、待たせちゃった?』で良いと思いますよ?」
「悪いけど、その文句を使う相手は選んでるから」
元よりヒナと先生以外に使うつもりはあまりない、というのもあるが、それを差し引いても目の前の情緒もひったくれもない変態に使うつもりなど微塵もなかった。
言ったが最後、どのような返事が返ってくるか想像したくもない。
「うん、それよりもさっさと本題に入ろっか。そっちもそんなに時間はないでしょ?」
「えぇ、そうですね。皆さんも張り切ってますから」
そういうハナコの表情は、以前会った時と比べて真剣なものになっていた。
先ほどの冗談も、余裕の表れというよりは本気になったもう一つの素顔を隠すためのものだろう。
二次試験や退学のことを考えれば、当然と言えば当然かもしれないが。
「じゃあ、手短に。桐藤ナギサが探している裏切り者かつ百合園セイアを襲撃した犯人は白洲アズサでまず間違いないよ」
「・・・その根拠は?」
「これ」
ハナコの問いに直接答えず、ミラは鞄から資料を取り出してハナコに渡した。
渡された資料を読み進めるうちにハナコの顔に浮かんでいったのは、驚愕混じりの納得だった。
「そういうことですか。アズサさんがアリウスの生徒だった、と」
「思ったより驚かないね?」
「実は偶然、アズサさんが夜中にひっそり抜け出して誰かと話しているところを見たことがあったので。相手がアリウスの生徒なら辻褄も合います」
アズサがアリウスのスパイだった。
ミラもまさか最初に考えていたあり得そうなパターンがそのまま当たりだったとは思わなかったが、疑心暗鬼にならずとも導きだせる程度の答えだった、とも言えるだろう。
だからこそ、ハナコも話がこれで終わりだとは思っていなかった。
「それで、ミラさんの本命は?」
「・・・ほんと、話が早くて助かるよ」
普段もこれくらい真面目だったらナギサも余計な苦労をしなかっただろうが、言ったところで仕方のない話だろう。
「まぁ、ハナコもその資料見たら薄々勘づくんじゃない?アズサの身元を偽造しつつ転入を手引きできて、ナギサに怪しまれない程度に情報を隠すことができて、セイアのセーフハウスの詳しい情報を知っているのが誰なのか」
「・・・そういう、ことですか」
そこまで教えられて、ハナコも真の裏切り者の正体について思い至った。
その推理に穴がないわけではないが、それを塞いで余りあるほどの状況証拠も存在する。
決めつけは良いことではないが、その推理を前提に動くのが賢明だろう。
とはいえ、それでも出来ることは多くないが。
「情報、ありがとうございます。それと・・・おそらく、アリウスは日付が変わればすぐにでも動き出すはずです」
「わかった。その時は私も加勢する。まぁ、正体がバレたら面倒だから、できることは多くないけどね」
「いえ、それでも心強いです」
キヴォトス最強の支援。それがあると分かっているだけで、思考に幾分か余裕ができる。先生や他のメンバーに話すわけにいかないのは心苦しいが、その辺りの割り切りはハナコも心得ている。
それに、
「私の方も、できる限りのことをしますので」
それは、事がトリニティやキヴォトスの命運に関わっているから、というわけではない。
それもないわけではないが、それ以上に『仲間を助けたい』という意志が、ハナコに覚悟を決めさせていた。
だからこそ、ミラのその言葉はほとんど不意打ちのようなものだった。
「そっか、それは心強いね。なら、私もセイアに頼まれた手前頑張らないとだ」
「えっ?ま、待ってください!セイアちゃんが生きて、いえ、頼まれたって、会って話をしたってことですか!?」
ハナコはティーパーティー外部でも少ない、百合園セイアの襲撃事件について自力で辿り着いた生徒だった。
だからこそ、セイアが生きていたというだけでなく、トリニティ外部の生徒と接触したという情報はハナコを混乱させるには十分すぎた。
「あ~、うん、直接会ったわけじゃないけどね」
「どういうことですか・・・?」
「ん~、信じてもらえるかは分からないけど、セイアが予知夢を見るって知ってる?」
「は、はい。セイアちゃんから聞いたことがありますけど・・・」
「知り合いだったんだ?」
反応が大きいと思ったら、どうやら面識があるようだ。それもティーパーティーのホストを“ちゃん”付けで呼ぶ辺り、距離感はかなり近いらしい。
あるいは小柄なセイアに親しみを込めてそう呼んでいる可能性もあるが、それを許される程度には親しいのだろう。
「まぁ、その延長線上というか、むしろ本質というか、セイアは夢を介して過去現在未来を観測できるらしくて、その応用で他人の夢に入り込んだり自分の夢に引き込んだりすることができるみたい」
「つまり、夢の中で会話をしたと?」
「そういうこと。だから生きてはいるだろうけど、どこまで無事かは私も知らないよ。まぁ、同時期に姿を消した蒼森ミネが面倒をみてるだろうし、そこまで心配しなくても大丈夫なんじゃない?」
「そう、ですか・・・」
思わぬ情報にハナコはいっぱいいっぱいになりそうだったが、ひとまずセイアの無事は確約されているだろうこと、真の裏切り者相手にも使える情報であることを念頭に置いてそれ以外の考えを一度片隅に置く。
真偽を確かめるにせよ、ひとまずは目の前の問題を片付けなくてはいけない。
「それじゃ、私はこれで失礼するよ」
「はい。作戦については・・・」
「こっちで勝手に合わせるから大丈夫。あぁでも、一つだけお願いしたいことはあるかな」
そう前置きして、ミラはハナコに自分の要望を伝えた。
「・・・わかりました。できるだけすぐに用意します」
「助かるよ」
一見するとよく分からなかったミラの要望を、ハナコは正確にその意図を読み取って了承し、ミラも満足げに頷いてからその場を去っていった。
そう判断したハナコは、ミラの背中が見えなくなってから携帯を取り出してとある電話番号に繋げた。
「・・・夜分遅くにすみません」
ハナコの通話相手は、静かながらも確かにハナコの力になることを約束した。
それとほぼ同時に、ミラもまた携帯でとある番号に電話をかけた。
「もしもし、今時間は大丈夫ですか?お願いしたいことがあるのですが・・・はい、あの時の言質をとらせていただこうかと思いまして」
ミラの通話相手は、顔を青くして『あ、終わった』と小さく呟いてから、仕方なく協力することになった。
ゲヘナの成績とか試験云々は自分の想像ですが、たぶんあながち間違ってないんじゃないかなぁと自分では思ってます。
じゃないと試験期間中とかヒナが動けないと知った問題児が暴れまくってそれどころじゃないでしょうし。
もしどこかで明言されていたのであれば、すぐに直します。