「・・・ふぅ」
補習授業部の第三次特別試験前夜。
ナギサはいくつか所有している中で最も安全度の高いセーフハウスの中で紅茶を飲み一息吐いた。
百合園セイアの襲撃と死亡から始まった裏切者探しと排除、それがようやく終わることに安堵の息が出る。
明日さえ切り抜ければ、つつがなくエデン条約を調印できるだろう。
(あの4人以外の不安要素も、ないわけではありませんが・・・)
ナギサの手元にある資料の中の一枚。そこには全身白づくめでフードを被った少女の写真が載っていた。
運命アン。病弱であることを理由にどの派閥にも所属せずに中立を保ちながら、物腰柔らかに相談に乗ってくれることから一部の生徒から支持を得ている生徒。
だが、その正体は名簿に運命アンという名前の生徒は存在せず、授業への出席記録も皆無の素性不明の誰か。
一時期は明らかに不審であることから警戒を強めていたが、たまに現れては古書館を利用したり生徒と話をして長くても1週間くらいで姿を消すという流れを繰り返すだけで問題らしい問題も見当たらなかったため、ひとまず対処は後回しにしていた。
セイアの襲撃事件が起きてからは再び調査をしたものの、結局決定的な証拠を掴むことはできず“白寄りのグレー”として再び優先順位を下げた。
補習授業部の活動と連動するように滞在期間が今までなかったほど長くなったため、あるいはやはり彼女が裏切者なのかと疑いもしたが、報告内容は今までと変わらないもので候補から外れることになった。
むしろ徹底的にティーパーティーから距離を取っているようにも見える動きに不信感がないわけではなかったが、そちらに対処できるだけの余裕もなかったことから二次試験前辺りからは完全に放置していた。
結局その正体を掴めなかったのは心残りだが、どちらにせよ三次試験が終わった後に排除すればいい。
そんなことを考えていると、不意に部屋にノック音が響いた。
「・・・紅茶でしたらもう結構です」
外で待機している見張りの気遣いだろうか。
そう判断したナギサはそれは無用だと下がらせようとする。
「可哀想に、眠れないのですね」
だが、その予想を裏切るように勝手に中に入ってきたのは、合宿棟にいるはずのハナコだった。
「それもそうですよね。正義実現委員会がほとんど傍にいない状況・・・不安にもなりますよね、ナギサさん?」
「っ!?う、浦和ハナコさん・・・!?あなたがどうしてここに!?」
「それは、このセーフハウスをどうやって知ったのか、と言う意味ですか?それはもちろん、87カ所のセーフハウスの場所からローテーションまで、すべて把握しているからですよ♡」
そんなバカな。本当にそんなことができるのか。
だが、目の前の才媛ならやりかねない。ティーパーティーやシスターフッドを筆頭にあらゆる勢力から引く手数多だったのは伊達ではない。
素行はともかく、それができると思わせるだけの能力があるのは間違いないのだ。
ならばどうしてここに、と思案する。このタイミングで現れるなんて、理由は一つしか思い浮かばない。
「動くな」
「・・・!」
「あぁ、もちろんここまでの間に警護の方々は全員片付けさせていただきました」
「白洲アズサさん・・・浦和ハナコさん・・・」
そう思っていた矢先に、今度はガスマスクを装着したアズサが現れた。
なぜ、どうしてここに。
どっちかが現れただけなら、ここまで混乱することもなかった。
たしかに、結局補習授業部の中で誰が裏切り者だったのか特定することはできなかったが・・・
「・・・まさか!裏切者は一人ではなく、二人・・・!?」
「ふふっ、単純な思考回路ですねぇ♡私もアズサちゃんも、ただの駒にすぎませんよ。指揮官は別にいます」
「・・・!それは、誰ですか・・・!」
最低でも下手人の正体だけは把握しなければ。
せめてもの抵抗をしようとしたナギサにかけられた言葉は、ナギサの質問とはまた別の問い掛けだった。
「そのお話の前にナギサさん・・・ここまでやる必要、ありましたか?」
「・・・」
「特にヒフミちゃんは・・・ナギサさんと、仲が良かったじゃないですか。どうしてこんなことをしてしまったのですか?ヒフミちゃんがどれだけ傷ついてしまうか、考えなかったのですか?」
ハナコが言っているのは、裏切者候補たちを集めた補習授業部のメンバーを、犯人を特定することなくシャーレの先生まで巻き込んで、まとめて強制的に退学させようとしたことを言っているのだろう。あからさまに怪しいハナコとアズサだけでなく、素直にナギサの言うことを聞いて行動していたヒフミとただ正義実現委員会の活動に一生懸命だっただけのコハルまで。
それに関して、ナギサの答えは決まっていた。
「・・・そう、ですね。ヒフミさんには悪いことをしたかもしれません・・・ですが、後悔はしていません。すべては大義のため。たしかに彼女との間柄だけは、守れればと思っていましたが・・・私は・・・」
「・・・ふふっ♡」
ナギサが釈明を終える前に、ハナコは意味ありげに微笑んだ。
「ではあらためて、私たちの指揮官からナギサさんへ、メッセージをお伝えしますね。
『あはは・・・えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』
とのことです♪」
「えっ・・・!?ま、まさか、ということは・・・!?」
その直後、眉間に叩き込まれた銃弾によってナギサの意識は絶望と共に暗闇に落ちた。
* * *
「目標を確保。近距離で5.56㎜弾を丸々一弾倉分当てたから、1時間くらいはこのまま気を失っているはず」
気絶したナギサを背負い、アズサは合宿棟へと戻っていく。
ミラとの密会の後に諸々の根回しをしてから合宿棟に戻ったハナコを出迎えたのは、またもやティーパーティーによる妨害の報告だった。
今回は合格点と試験範囲は据え置きとはいえ二次試験の時のような会場変更はなかったが、代わりに『試験会場でエデン条約に関する重要書類を扱うため』という名目で正義実現委員会によって閉鎖されることになっており、それが終わるまで会場に入ることができない。
つまり、今回はそもそも試験を受けさせる気がなく、強制的な試験の不履行によって退学させるつもりということだ。
これに最も大きな反応を示したのはコハルだったが、その後にアズサが自責の念に駆られるように自らのことを明かした。
自分がアリウスのスパイであること。“アリウスとトリニティの和平”を持ちかけてきたティーパーティーのホスト・聖園ミカを騙してアリウスに情報を流しながら活動してきたこと。かつて百合園セイアを襲撃し、さらに桐藤ナギサのヘイローの破壊を命令されていること。
そして、その上でキヴォトスの平和とエデン条約の調印のためにその企みを阻止したいということ。
最初は半信半疑な部分もあったが、アズサの話を全面的に信じた先生の指示の下、ナギサ暗殺阻止作戦を決行することになった。
主戦場は合宿棟。いくら先生の指揮があるとはいえ、人数の不利が大きすぎるためトラップを使ったゲリラ戦で着実にアリウスの戦力を削いでいく。
それに、補習授業部と先生も、この人数ですべての戦力を撃退できるとは思っていない。
「この後、アリウスの増援が到着するでしょう。ですが私たちは時間を稼ぐだけで大丈夫です。正義実現委員会の増援が到着するまでの間、それまで時間を稼げれば・・・」
「あ、ハスミ先輩には連絡しておいた!すぐ返事来るはず!」
「はい、ありがとうございます♡」
狙いは時間を稼いで正義実現委員会に増援に来てもらうこと。もしツルギが来れば勝ちは決まったも同然だ。
そのための保護を兼ねたナギサの誘拐であり、そろそろ動き出してもおかしくはないはず。
そう思っていた。
「なっ、増援部隊がこんなに早く!?」
「・・・数が多い、大隊単位だ。おそらく、アリウスの半数近くが・・・」
「あうぅ・・・!こ、これだけたくさんの片が、平然とトリニティの敷地内に・・・!?」
「まだ、正義実現委員会が動く気配がない・・・?」
爆発と共に想定よりも早い時間現れた、想定よりもはるかに多い軍勢。
「それは仕方ないよ」
アリウスの登場と共にかけられた言葉。
その声は、この場では特に先生にとって聞き覚えのあるものだった。
「だって、この人たちはこれからトリニティの公的な武力集団になるんだから」
補習授業部の前に現れたのは・・・
* * *
「さて、ご協力ありがとうございます」
「あ、あはは・・・」
補習授業部が行動を起こす前。
合宿棟から程近い、主に体育館を見下ろすことができる建物の屋上で、イチカはミラから頼まれたものを背負いながら半笑いを浮かべていた。
ちなみに、現在イチカは正義実現委員会の制服ではなく普通のトリニティの制服を着ており、これは正義実現委員会としてではなく一個人の生徒として動いているとアピールするためだった。
ミラから頼まれたのは、セミオートの対物ライフルとありったけの弾薬。また、自分も愛銃とはまた別のアサルトライフルを持って来ている。
元を辿れば正義実現委員会の備品を黙って持ち出したものであり、もちろんバレたら大量の反省文を書かされるか、それでは済まされないかもしれないレベルでヤバい。
「それにしても、いったい何のために呼んだんすか?理由くらい聞かせてもらってもいいと思うんすけど」
「それは構いませんが、その前に一つ・・・私のこと、どれだけ把握してる?」
「あ~・・・」
ミラからの問いかけに、イチカは思わず曖昧な声を漏らした。
何となくバレているとは思っていたが、いざ突きつけられるとどう反応すればいいのか分からなくなる。
ただ、問答無用で消すとかそういう気配は感じないため、素直に吐くことにした。
「本当は“運命アン”じゃなくて“暁ミラ”って名前のことと、どういう生徒かはツルギ先輩から一通り。一応、ミラさんが何か問題を起こさない限りは静観するってことになってたっす」
「他に私のことを知ってるのは?」
「自分とツルギ先輩以外だと副委員長のハスミ先輩だけっすね。ハスミ先輩はちょっとキレそうになってたっすけど、ツルギ先輩が説得してくれたおかげで何とか落ち着いてるっす」
「あぁ、ハスミってたしか正義実現委員会のゲヘナアンチの筆頭だっけ?最近になってけっこう過激になったって聞いてるけど、何かあったの?」
「まぁ、いろいろあって・・・そういえば、素手で戦車を制圧したって聞いたっすけど本当っすか?」
「エンジンの排気部分は装甲が薄いから、頑張れば素手でいけるよ?」
「そんな当然のことのように言われても困るんすけど」
腹の探りあいというには和気あいあいとしており、雑談というには所々物騒な会話を続ける二人だったが、話の流れが脱線していることにきづいたイチカが話題を元に戻した。
「いえ、それよりも私をここに呼んだ理由を聞きたいんすけど」
「そういえばそうだったね。あっ、もう面倒だし口調はこれでいくから」
「どぞっす。いや、そうじゃなくて」
「分かってるって。簡単にいえば、これから桐藤ナギサの暗殺を阻止するよ」
「はい?」
「犯人はアリウス。最初はシャーレの先生と補習授業部でどうにかできるだろうけど、たぶん大規模な軍勢で来るだろうからここから援護する」
「はい??」
「援護のタイミングは補習授業部が一軍を撃破してから。それくらいのタイミングでアリウスを手引きしたトリニティの裏切り者も出てくるだろうから、ついでにそいつも捕まえるよ」
「は????」
あまりの情報量の多さに最後辺りで素が出てしまったが、どうにか気を取り直してミラに問い質した。
「す、すいません、一から説明してもらってもいいっすか?」
「うん、いいよ」
そう言って、ミラは手元のタブレットを操作しながら今回の事件の全貌を説明した。
体調不良で入院してることになっている百合園セイアの真相、ティーパーティーと補習授業部の真意、そして影で暗躍しているアリウスの存在。
それらすべてを聞かされたイチカは、パンクしそうになる頭をどうにか落ち着かせるために盛大に息を吐いた。
「はあぁ~・・・なんというか、とんでもないことに巻き込まれちゃったっすね・・・」
「良かったね。トリニティの危機に立ち向かうだなんて経験、なかなかできないよ」
「できればそんな経験はしたくなかったんすけど・・・!」
学園を救ったヒーローになるチャンスと言えば聞こえはいいが、逆を言えば学園を救えなかった戦犯になる可能性も同じ分だけあるわけで。
そんな責任を背負えるほど、イチカの胃とメンタルは強くない。
とはいえ、今さら逃げることはできない。目の前にいる最強が逃げることを許さない。
観念したイチカは、もう一度ため息を吐いてから最後の質問をした。
「それで、けっきょく裏切り者って誰なんすか?補習授業部にいるアズサって子じゃないんすよね?」
大事に巻き込まれた以上、せめて必要な情報は教えてほしい。
そんな気持ちで尋ねたイチカに返ってきたのは、まったく想像していなかった名前だった。
「裏切り者の正体は・・・」
* * *
「やっ、久しぶり先生。また会えてうれしいな」
ティーパーティーのホスト、パテル分派の長、そして桐藤ナギサの幼馴染み。
魅力的な笑みを浮かべたミカが、アリウスの軍勢を引き連れて立っていた。
ティーパーティーと補習授業部と先生の関わりが少なかったせいでミカ様の影が薄くなっちゃったのは許して・・・許して・・・。
この時点でミラとミカを接触させるのは難易度が高すぎたのじゃ・・・。