「おぉ~、ずいぶんと豪勢なことで」
ついに訪れたエデン条約調印式の当日。
ミラは近くのビルの屋上で会場を眺めていた。
会場に選ばれたのは、トリニティ内に存在する古聖堂、それを改修したものだった。
ここはかつて第一回公会議が行われた場所でもあり、調印式の場としては最適とも言える。
ちなみに、提案したのは万魔殿の議長らしい。何か別の狙いがあるのか単に見栄を張りたいだけなのかは判断が難しいところだ。
そんな万魔殿は巨大な飛行船に乗って現れていた。
アリウスの襲撃を警戒している身としてはなんかもう堕ちないという選択肢がなさそうな感じがするが、それはミラの知るところではない。
「はてさて、ゲヘナとトリニティは・・・あーうん、そりゃそうか」
果たして仇敵同士は仲良くしているだろうかと覗いてみれば、案の定まったく仲良くできていなかった。
なんなら、敵対心を剥き出しにしているどころかちょっとした些事でこのまま戦争が勃発しそうな空気が充満していた。
そのことを理解しているからか、あるいは単に関わりたくないからか、見えない仕切りでもあるかのように活動範囲がきれいに二分している。
仲良くしろとまでは言わないが、せめてメディアに突っ込まれない程度には抑えてほしい。
まぁ、それができれば数百年も互いを敵視したりはしないだろうが。
もしこの状況をもう少しまともに出来る者がいるとすれば、
「先生に頑張ってもらわないとか」
シャーレの先生はキヴォトスの生徒一人一人に認知されているというわけではないが、重要校の重要人物とは基本的に良好な関係を築いているため顔通りは良い。
そもそも生徒のためなら身を粉にする人であるし、ちょっとした諍いなら治めてくれる・・・かもしれない。
さすがにヒートアップし始めたら難しいだろうか。
本当は遠目で眺めるだけのつもりだったが、幼馴染みの晴れ舞台でもある。
せっかくだし、近くで見物しようか。先生と話すのも悪くないかもしれない。
そう考えたミラはビルの屋上から人気の少ない方に飛び降り、駆け足で会場へと向かっていった。
* * *
「予想はしてたけど、すごい人の数だね」
トリニティとゲヘナが手を取り合う歴史的瞬間を見るために集まった人混みの中を、ミラはするすると間を縫うように移動していた。
ちなみに、現在のミラはいつもの白ではなく黒い外套を羽織っている。
ゲヘナの中に混じるだけならともかく、今日はトリニティの生徒もいる。“運命アン”として認識されたらなおのこと面倒なことになりそうな予感しかしなかったため、普段とは違う格好をすることにした。
それでも外套の下はいつもの白い服装のため、そこまで深い意味はないのだが。
「先生に会おうかとも思ったけど、これじゃ見つけるのも一苦労・・・いや、まさか古聖堂の方にいるとか?」
「なら会えないじゃん」などと独り言を漏らしながら、それでもミラは油断なく周囲を警戒していた。
ビルの窓、人気のない裏路地、果てはただの人混みの中でさえも怪しい気配がないか探る。
結局、アリウスがどのようにトリニティの中に潜入したのかは分からずじまいだった。
共通点があるとすれば、撤退先が遺跡群の辺りなことと隠し部屋ないし隠し通路が存在し得ることくらい。
その共通点すら法則性のようなものは存在せず、どこに行っても決定的な証拠は見つかっていない。
ウイに頼んだ調べ事も、難航してあるのか単に後回しにしているのか成果は芳しくない。
すでに当初の予定が頓挫しているような気がしてきたミラは、気分転換にライブ映像が配信されているモニターに目を向けると、昨日の連邦生徒会の会見の様子が放送されていた。
『連邦生徒会長の行方はどうなっているのですか!』
『連邦生徒会の能力について、世間の評価は厳しくなっています。この点についていかがでしょうか』
『トリニティとゲヘナの“エデン条約”につきましては、どのようにお考えですか?』
「リンちゃんも大変だなぁ・・・」
又聞きの話と名前しか知らない仲ではあるが、連邦生徒会長から厄介事を押し付けられたという点で勝手に親近感を覚えているミラは、記者から質問攻めに遭っているリンにモニター越しで同情の視線を送った。
ミラは引き受けるかどうかの選択肢はあったためまだマシではあるが、リンに関しては相談もなしに勝手に面倒事が降りかかっているため、仕事量も含めて苦労の度合いは比較にならないだろう。
ちなみに、現在は基本的に他学区の問題については基本的に不干渉を徹底している。
特に今回のエデン条約は連邦生徒会長の個人的な采配も多いため、連邦生徒会がノータッチの姿勢をとるのは間違っていないだろう。
それに、現在その他学区の問題解決を担っているのがシャーレであるため、本当にリンたちがあれこれ関わる必要はそんなにない。
とはいえ、そもそも政治的な話に興味ないし関わりたくもないのが本音のため、すぐに意識を別のことに逸らした。
というより、元々考えていたことに戻した。
「ひとまず、どこから仕掛けてきても対応できる場所を探した方がいいか・・・」
相手の動きがわからないなら、どう動かれても大丈夫な手段をとる。
だが、トリニティとゲヘナによってガチガチの警備が敷かれている会場内にそんな都合のいい場所があるかどうか。
ついでに言えば、その上でどちらにも見つからずに潜伏できる場所なんて本当に存在するのか。
「・・・あっ」
一ヶ所だけミラには心当たりがあった。
* * *
「おい、そっちはどうだ」
「問題ない」
古聖堂の付近にて、ゲヘナの風紀委員会の2人が巡回から合流して状況を報告していた。
ちなみに、この2人はつい先ほど正義実現委員会から売られた喧嘩(ゲヘナ風紀委員会視点)を買おうとしたところ、正義実現委員会の増援にツルギがやってきてビビりまくっていたりする。
それ以降は出来るだけ正義実現委員会と被らないルートで巡回をしていたのだが、特にこれといった異変もなく時間だけが過ぎていた。
とはいえ、キヴォトスでも三本の指に入る規模の学園が二つも揃って警備を敷いているのだ。
見物客がひしめく外周はともかく、関係者しか入れない古聖堂の敷地内で内輪揉め以外のトラブルが起きるはずもない。
そのため、ある程度の緊張感は保っているもののどこか楽観的な空気が流れていた。
「ん?」
不意に、片方の風紀委員が上を見上げる。
「どうした?」
「いや、屋根の上に何かいた気が・・・」
その言葉につられてもう片方の風紀委員も視線の先を見上げるが、これといって怪しいものは見当たらなかった。
「気のせいじゃないのか?あそこまで素手で登れるわけないし、道具を使ったなら他にバレるだろ」
「だよな。鳥を何かと見間違えたのかも」
「真剣なのはいいけど、神経質になりすぎだって」
そう言って、2人は笑い混じりに巡回へと戻っていった。
壁面に、僅かな蹴り跡が残っていることに気がつかないまま。
* * *
「ふぅ~!いい眺め」
現在、ミラは屋上から周囲を見渡していた。
ただし、ミラがいるのは近くのビルではなく古聖堂の屋根の上だった。
普通に考えればすぐに見つかってしまいそうな場所だが、ミラなりに考えがあってのことだった。
まず、古聖堂はかなり大きい。それこそトリニティの大聖堂にも匹敵するほどだ。
そのためドローンは飛行高度の限界に引っかかり、ヘリはそもそも安全上の問題で飛ばせない。
もちろん対空設備も用意されているが、それらはあくまで外周に配備されるものであって古聖堂に当たりかねない付近には設置されていない。
下からのカメラも死角さえ意識すればいくらでも誤魔化せる。
唯一、登る途中が最も警備に見つかりやすい危険なタイミングだったが、上手いこと巡回の穴を見つけて壁キックで駆け登ったことでなんなく突破できた。
ミラの予想した通り、古聖堂の屋根はカメラさえ気を付ければ見渡し放題で、警備も屋根の上まで見上げる者はほとんどいない。
唯一欠点があるとすれば、古聖堂の中の様子はほとんどわからないということくらいだが、まさかなんの前触れもなしにいきなり中からアリウスが現れるようなことはないだろう。
そんなことを考えていると、不意に周囲が影に覆われた。
「んあ?どういうこと?」
影の正体は万魔殿の飛行船だった。
すでに調印が終わったのかとも思ったが、それにしては早すぎる。というか配信モニターはまだ調印の完了を知らせていない。
何か忘れ物でもしたのかとも思うが、そのためにわざわざ飛行船で戻ることはないだろう。
だが、もしアリウスがトリニティと同じようにゲヘナと接触していたとしたら?
あの無駄に大きい飛行船がアリウスの協力によるものだとしたら?
なんとなく覚えた違和感が、本能的な警鐘へと切り替わる。
「仕掛けてくるか!いったいどこから・・・」
アリウスがゲヘナと結託した、とは思わない。
そもそもアリウスがトリニティ以上に憎んでいる可能性すらある時点で、裏切るか使い捨てるかして切り捨てるのは目に見えている。なぜ万魔殿側は手を取り合えると思ったのか。
それはさておき、アリウスはどこから現れるのか。
咄嗟に警戒したミラが見た方向は、下ではなく上だった。
地上や地下ではなく、空中。
ほとんど反射的な行動にミラは思考を巡らせようとすると、視界の奥にあるものが映った。
白煙を吹きながら猛スピードで迫ってくる翼がついた円柱の物体は、まさしくミサイルだった。
(あっダメだこれ間に合わないわ)
迎撃しようとアブソリュートに手を伸ばそうとするが、ミサイルのスピードから射程内で迎撃しても意味がないと判断し、即座に古聖堂の屋根から飛び降りた。
次の瞬間、飛来したミサイルは激しい轟音をたてながら古聖堂に直撃した。