なので、前話からお読みください。
「行政官!謎の人形実体が完全に撤退しました!」
「ようやくですか・・・」
ミラが戦闘を終えた頃、古聖堂から離れた場所に控えていた風紀委員会はようやく動き始めた。
風紀委員長のヒナが安否不明になっているにも関わらず大人しくしていたのは、言わずもがな
アビドスでミラから受けた被害は、当事者はもちろん、それ以外の面々にも多大な衝撃を与えた。
そんな風紀委員会の思うところはただ一つ、『出来ることなら関わりたくない、せめてボコされたくない』である。
ミラのことを知っている三年生からすれば「まぁ、運が悪かったよね」みたいな災害扱いで済ませるが、そうでない他三年生や後輩からすれば「やべー奴に目をつけられた」と戦々恐々になるのも仕方のない話なのだ。
もっと言えば、ミラはあの風紀委員長の幼馴染みでもある。
もし、ミラ関係でヒナの不興を買うことになってしまったら?
そうなった時の光景は、あまり想像したくなかった。
そういうわけで、アコたちはトリニティにカチコミしたい気持ちをグッと堪えてミラが落ち着くのを待っていたのだ。
その間は忸怩たる思いだったが、待っただけの甲斐はあった。
「それで、斥候からは何か?」
赤い雷が降り注ぐ光景を見て冷静さを取り戻したアコは、アビドスでの反省を生かして自分たちが動けない時間を怪我の治療と情報収集に回した。
そのおかげで、風紀委員会は正義実現委員会と比べて損害は比較的軽微に収まり、正確に現在の状況を掴むことができた。
その中には、予想の範疇を越えるものもあったが。
「委員長はトリニティにいますが、救急医学部と共にトリニティの救護騎士団で治療を受けているとのことです。それと・・・」
「何ですか?」
「・・・シャーレの先生が銃撃を受けて、意識不明の重体。なんとか命に別状はないものの、いつ目覚めるかはわからない、と」
「先生がですか!?」
先生がトリニティ側で調印式に参加するというのは、一応アコも聞かされていた。
ちなみに、最初聞かされた時は「なんですかそれうちがアレだからって向こうを贔屓するんですか!?」と若干キレかけたが、あくまでシャーレの先生として来てるという補足と「私たちだと忙しすぎて案内できないし、うちのタヌキに相手させるよりはマシでしょ」とヒナに諭されたことでどうにか落ち着いたという一幕があったりする。
とはいえ、癪ではあるが正義実現委員会の実力は認めているし、もし見つからないヒナが先生の救援に向かったのだとすれば余程のことがない限り大丈夫だろうと思っていた。
だが、そこまで追い詰められたとなると相手の戦力は自分たちの想像を越えている。
「・・・今回の騒動、トリニティ側の自作自演というわけではないのですよね?」
「おそらくは。もしそうなら、突如現れた謎の人型実体が剣先ツルギまで制圧する理由がわかりません」
風紀委員会における空崎ヒナがゲヘナにおける絶対的な最強の象徴であるように、正義実現委員会の剣先ツルギもまた“トリニティの戦略兵器”と呼ばれるほどの影響力を持っている。
最初からあえて自爆して被害者面をしつつ攻め込む口実を作る謀略であったとしても、最高戦力まで行動不能にさせる意味はない。ただ勝てる算段を減らすだけだ。
となれば、今回の騒動の主犯は第三者によるもの。
だが、トリニティはともかくゲヘナは他からヘイトを買いすぎてるせいで特定ができない。
やはりトリニティ側に連絡をとるべきか、だがまともに話してくれるとも思わないとアコが頭を抱えていると、勝手に通信機から聞き覚えのない声が聞こえてきた。
『あー、あー、聞こえてます?ゲヘナの風紀委員会で大丈夫ですか?』
「・・・どちら様ですか?」
『私は蛇ノ目ラルと言います。まぁ、暁ミラさんに使い走りにされているしがない商人です』
「っ、そうですか」
まさか、ここでミラの名前を使う相手が接触してくるとは思わず、アコは思わず身構える。
タイミングからして勝手に名前を使っている悪徳業者の類ではないだろうが、要求や目的が読めない。
「それで、どのようなご用件で?」
『さっきも言いましたが、ミラさんの使い走りです。状況が悪すぎるから、風紀委員会をサポートするようにと』
「証拠は?まさか無条件で信用しろと?」
『ついでに伝言も預かってます。「アビドスでの件、許したと思うなよ」とのことです。嫌われちゃってますね』
「・・・」
やばい、めっちゃ根に持たれてる。
それが伝言を聞いた風紀委員会の総意だった。
だが、アビドスでの一件は当事者を除いてごく一部しか知らない。ミラが風紀委員会をフルボッコにしたことは特に。
それを知っている、あるいは知らされているということはミラと近しい人物であることは間違いないと見ていいだろう。
「・・・分かりました。そのように申し出たということは、多少の情報は持っているということでいいですか?」
『はい。とはいえ、私も全てを把握しているわけではありませんが』
「構いません。知っている限りの情報をお願いします」
アコに促され、ラルはミラから聞いた一通りの情報を伝えた。
今回の騒動を起こしたのはかつてトリニティから追放されたアリウス分校であること。
現れた人型実体の正体はユスティナ聖徒会を模した人形のようなもので、破壊は大して意味がないこと。
鍵になっているのはエデン条約でそれさえ確保できれば何とかなる可能性が高いこと。
風紀委員会が知らなかった情報は、主にこの3つだった。
「なるほど・・・ですが、エデン条約を確保した後のことはまだ何も考えていない、と」
『トリニティとゲヘナの代わりに調印した誰かを排除できれば話は早いかもしれませんが、敵もそれはわかっているでしょうし難しいと思います。幸い、ミラさんのおかげでユスティナ聖徒会含めアリウスは壊滅状態です。アリウスが再び動く前に先生が目覚めることに賭けて兵力を整えるように、と言っていました』
「先生、ですか・・・本当に、目覚めるんでしょうか」
『一応、先生が撃たれた直後、救急医学部が回収する前に止血剤を打ち込んだらしいので、可能性は十分にあります。まぁ、それでも賭けであることに変わりはありませんが』
賭け。
あまり好きな言葉ではない(主に自業自得)が、先生を頼る方が勝算が高いのもまた事実。
ここは大人しくミラの言う通りに動く他ないとため息を吐きながら、ついでに気になることを尋ねてみた。
「それで、そのミラさんはどこにいるんですか?」
『あー、えっとですねぇ・・・』
アコの問いかけに、見るからにラルの歯切れが悪くなる。
そんなに聞かれたら都合の悪いことなのかと怪訝な表情を浮かべるが、ラルからもたらされた返答はアコの予想の斜め上をいった。
『実は、そのぉ・・・ミラさんは、休んだらトリニティの方に向かうって言ってました』
「・・・・・・はい?」
* * *
ミラの大暴れを利用しながらトリニティの安定に奔走するシスターフッドとハナコだったが、徐々にそのキャパシティを越えつつあった。
シスターフッドもまたサクラコが不在で万全の状態ではないというのもあるが、それ以上にトリニティ内で起きている混乱が多すぎた。
一部の大規模派閥が注目されやすいトリニティではあるが、小規模なものを含めれば総数は軽く3桁に届く。さらには派閥の中にいくつか分派があったりするなど、その全てを把握している生徒はティーパーティーでも少ない。
幸いハナコはその数少ない一人なのだが、それでも一度に対処できる量には限りがある。
そして、その天秤が崩れ落ちる時が近づいていた。
「ハナコさん!一部の過激派がもうすぐゲヘナに宣戦布告するとの情報が!」
「! ここでそんなことをしては・・・!私が行きます!ここの指揮は任せました!」
今まではほとんどがデモ活動の鎮圧程度で済んでいたが、ここにきてゲヘナとの戦闘まで始まってしまっては致命的に立て直せなくなる。
もしそうなれば、アリウスによってトリニティとゲヘナが滅ぼされる可能性が高くなり、ミラが繋いだ希望が無駄になってしまう。
それだけは何としても避けるために、ハナコは本部の指揮を他の生徒に任せてティーパーティー本部へと向かった。
「宣戦布告の文章はできましたか!?」
「はい、大丈夫です!」
「良し、ではすぐにでも・・・!」
「待ってください!」
ハナコが執務室に入ると、そこでは宣戦布告を行う寸前だった。
ギリギリのタイミングだったことに安堵の息を漏らしそうになりつつも、毅然とした態度で話しかける。
「宣戦布告は校則上、ホスト無しでは宣言できないはずです!あの映像をご覧になったでしょう!?相手はゲヘナではありません!」
「・・・映像にあった古跡郡の管轄はシスターフッド。そして、『ユスティナ聖徒会』もまたシスターフッドの前身です。この状況では、シスターフッドがアリウスと共謀している可能性も否定できません。捕えてください」
「っ!?」
ティーパーティー幹部の指示に従い、周囲にいたティーパーティーの生徒たちが銃を持ってハナコを取り囲んだ。
「私たちの決定に反対、あるいは判断を留保したフィリウス分派ならびにサンクトゥス分派については、すでに身柄を拘束しています」
「クーデターですか・・・!」
「いえ、違います。そもそも、まだれっきとしたティーパーティーのホストが一名いらっしゃいますから」
「・・・っ、まさか、ミカさん!?」
ハナコが失念していた、というだけではない。
拘束されていた時点でティーパーティーとしての権限はほとんど失っている状態であり、そもそも以前のクーデター失敗によるパテル分派の影響力低下が原因で身内からもほとんど見放されている状態だった。
まさかここに来て持ち上げ直すとは思っていなかったが、こうなってはもはや後の祭りでしかない。
「えぇ、そうです。あのお方を解放し、本来のお望み通りゲヘナとの全面戦争を・・・」
「この期に及んでまだ身勝手に足の引っ張りあい?感心しないなぁ」
不意に響き渡った、ハナコにとって聞き覚えのある、だが聞こえるはずのない声。
バッと後ろを振り返ると、そこには予想通りでありながら予想外の人物が立っていた。
「み、ミラさん!?」
「やっ、ここは“はじめまして”ってことで」
「ミラ?・・・まさか、ゲヘナの暁ミラ!?」
「あの『白い龍』がどうしてここに!?」
ハナコでさえ、ミラの登場は予想していなかった。それでも驚いている程度で済んでいるのは、顔合わせをしてそれなりに良好な関係を築いているからだ。
敵対する気満々、というよりちょうど宣戦布告しようとしていたティーパーティー幹部からすれば、青天の霹靂どころの騒ぎではない。
「それで?
「そ、それはっ・・・」
「いやいや、別にいいんだよ?なんなら今からでも始める?ちょうど都合よく、ゲヘナの私がここにいるからね」
いい笑顔を浮かべながら近づいてくるミラにパテルの生徒は後退りするが、元々そこまで広くない執務室であるためすぐに壁際まで追い詰められてしまう。
「でもね、何が起きてるかくらい分かってるでしょ?お前たちだけなら片付けるのに10分もいらないけど、今はお前たちにかける10分すら時間が惜しい。もし状況を理解できずに私怨と権力を優先する低能なら、お前たちには身の程を分かってもらわないといけない。いったい誰に喧嘩を売ろうとしていたか、ね」
「ひっ・・・!」
瞳孔が縦に割れた赤い瞳に覗き込まれ、ティーパーティー幹部は悲鳴を漏らす。
ミラはスッと目を細め、バチバチと赤い雷を身に纏いながら最後通牒を突き付けた。
「少しは使えるんじゃないかって爪先程度は期待してたんだけど、私の買い被りだったか。足を引っ張ることしかできない味方なんて害悪でしかない。だから、何もせずに大人しく待っていること。これ以上私たちの邪魔をしないこと。もしそれが出来ないなら強制的に排除する。わかった?」
「・・・・・・っ!」
「よろしい」
顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、コクコクと必死に頷くティーパーティー幹部を見て、ようやくミラは満足そうにしながら離れる。
ついでに文書を奪って雷で焼き尽くしてから、改めてハナコに向き合った。
「さて、邪魔者を黙らせたところで助けに来たよ」
「あの、たしかに助かりましたけど、なぜこちらに?」
「ヒナと先生の様子を見にね。先生があぁなったのは、駆けつけるのが遅くなった私にも非があるし」
「それは・・・」
仕方のないことではないか、とは思うが、口には出さないことにした。
イチカ曰く、ナギサとサクラコは古聖堂付近ではなく比較的トリニティ側から発見しやすい場所で発見したらしい。
これはあくまでハナコの想像でしかないが、それがミラによって運ばれたものだとしたら?
もしこれが事実だとすれば、とてもではないがミラを責める気にはなれない。
とはいえ、どこまでいっても憶測の域をでないし、ミラもそのことをバカ正直に話したりしないだろう。
そのため、今は他の建設的な話をすることにした。
「・・・それで、先ほどの話なのですが、『少しは使える』と言っていましたが、どういうことですか?」
「あぁ、それね。ある程度アリウスを撃退したんだけど、どこかのタイミングでまた動き出す可能性が高い。たぶん夜明け前くらいかな?それまでに出来るだけ戦力を確保しておきたいんだよね」
「具体的には、どれほど?」
「盤面を3つか4つは押さえたい。3つあれば十分かもしれないけど、万全を期すなら4つはほしい」
「今それが可能な戦力は、ゲヘナの風紀委員会とトリニティの正義実現委員会、そしてミラさん。あと一つを探しているということですか?」
「そう。数合わせならティーパーティーでいいやって思ったけど、よりによってまともなのが残っていなかったか・・・」
元よりティーパーティーは政治家集団であって戦闘力は正義実現委員会や風紀委員会ほどではないが、それなりにまとまった数はいるだろうということで脅してでもこき使うつもりだったが、ティーパーティーの中で協調性のある生徒がまとめて古聖堂でやられたのが仇になった。
あと数が多いのはゲヘナの万魔殿くらいだが、あそこは主に議長が普段から風紀委員会の足を引っ張ろうとしているため最初から候補にない。
ミラが呆れのため息を吐いたところで、ハナコは先ほどの生徒が言っていたことを思い出した。
「っ、そうです!早くミカさんのところに行かないと!」
「あっ、そっちは大丈夫」
「え?」
たしかに宣戦布告を止めはしたが、ミカを旗頭にしようとしている方はノータッチのため早く止めないといけない。
にも関わらず、その必要はないと断言するミラにハナコは困惑する。
だが、その理由を聞かされてハナコはさらなる驚愕に襲われた。
「聖園ミカの方は、先生が行ってるはずだから」
「えっ、先生が!?」
トリカスを顔面ぐちゃぐちゃになるまで泣かせたい。
その望みが少しだけ叶いました。