今のところ、推しの子2期と鹿が有力候補です。
ミラがティーパーティー本部に向かうよりも少し前のこと。
僅かばかりとはいえ体の傷を治したミラは変装もせずに病院代わりに使われている救護騎士団の宿舎を訪れた。
「っ、あなたは・・・!」
「急にごめんね。先生は?」
「・・・こちらです、ついてきてください」
最初にミラを見つけた救護騎士団の生徒は、最初こそひどく狼狽えていたものの、すぐに気を取り直してミラを先生がいる部屋に案内し始めた。
「ゲヘナの救急医学部のセナさんから話は聞きました。あなたのおかげで先生を助けられた、と」
「ヒナが頑張ってくれたからこそ間に合ったんだけどね。先生は?」
「今のところ容態は安定していますが、未だに意識は戻っていません」
救護騎士団の生徒曰く、止血剤のおかげで失血は最小限に抑えられたものの、大人の治療は始めてで半ば手探りのような状況だったため、無事かどうかの断定はまだできないとのことだった。
「このまま目が覚めない、ということはないと思いたいですが、一日二日で意識が戻られるとも・・・」
「そっか・・・こっちの様子は?」
「ティーパーティーの機能消失も相まって、完全に混乱状態です。シスターフッドのおかげでなんとか持ちこたえていますが、それもいつまでもつか」
「わかった。危なくなったら私も出た方がいいかな」
「そ、それはそれでかえって逆効果なような・・・」
救護騎士団の生徒は半分くらい冗談として受け取ったが、ミラは割と本気だった。
もちろん、大衆の前に出て大っぴらに振る舞うわけではない。
もしこの土壇場にゲヘナに宣戦布告をするようなバカが出てきたら、少しばかりお灸を据えるだけだ。
そうこう話していると、目的の部屋までたどり着いた。
「ここが、先生の病室です。言うまでもないとは思いますが、先生は重傷なので安静にさせてください」
「分かってるよ、さすがに私から無理をさせるようなことは・・・」
話ながら扉を開ける。
その先で、目を覚ました先生がベッドの上でゆっくりと起き上がっていた。
「・・・マジか」
「せ、先生!?目が覚められたのですか!?」
驚きのあまり動きが止まったミラの視線の先では傍で看護していた2人の生徒が先生を寝かせようとしているが、先生はそれに構わずむしろ弱々しくも立ち上がろうとする。
「まったく。まさかここまで生徒バカだったなんてね、先生」
「ミラ・・・」
「お礼はヒナに言ってあげてね。それで、これからどうする?」
「ミラさん!」
「諦めなって。たぶん這いずってでも生徒のところに向かおうとするだろうし、肩を貸して行きたいところに行かせてあげればいいんじゃない?」
先生の生徒に対する献身は、少しばかり常軌を逸している部分がある。
補習授業部関連でナギサと軽く敵対関係になったことから優先順位はあるのだろうが、それでもナギサのことを責めたり叱ったりしたという話を聞かないあたり生徒にはかなり甘い。
対して、同じ大人にはかなりシビアというか、特に生徒を食い物にするような輩には厳しい態度をとることも少なくない。その典型的な例があの黒服だろう。
要するに、今の先生は自分達が何を言っても止まらないというわけだ。
「どのみち、今の状態は先生の力を借りないとちょっと難しい。そういうわけだから、力を貸してくれる?」
「もちろん。そのために起きたからね」
どこまでも生徒第一に動こうとする先生に、ミラは呆れを通り越して歪な何かを感じた。
“先生”といえど、ここまで生徒のために身を挺することができるのか、と。
いろいろと思うところがないわけではないが、あの連邦生徒会長が選んだ人物であるし、何より今は状況が状況だ。
この場で関係ない思考は隅に追いやり、必要な情報をまとめあげる。
「とりあえず、だいたいのことはセイアから知らされたってことでいい?」
「え?う、うん、そうだけど、どうしてミラが・・・?」
「私も会ったことがあるってだけ。あぁそうだ、負傷してる正義実現委員会はこっちにいるんだよね?」
「は、はい。それと、一部の風紀委員会もこちらに。さすがに外部に知られると暴動が起きかねませんので、別館や人目のつかないところで安静にさせていますが」
「・・・よくもまぁ受け入れたね?」
「連れてきたのは正義実現委員会の仲正イチカさんです。彼女は元より正義実現委員会の中でも交流の幅が広い方なので、搬入もすんなりと済みました」
「なるほど」
どうやら思っていた以上にイチカが働いているようだと、ミラは満足げに頷く。
トリニティに入る前にラルからの報告で風紀委員会もトリニティへの攻撃準備は行わず大人しくしていたと聞いたため、思っていたよりも戦力は整っている。
使える戦力は3つでも足りると思っていたが、これなら4つ目を探す余裕もあるかもしれない。
だが、実際はそうでもないようだった。
「あっ、ちょっと待って。もしもし、ラル?どうしたの?・・・は?ティーパーティーが?本当に懲りないんだから・・・わかってる。ちょうど先生も目が覚めたところだし、行ってくるよ・・・うん、そう。そっちもよろしく」
病室から出た直後のタイミングで掛かってきた電話を手早く済ませると、盛大にため息を吐いた。
「先生、トリニティに残っているティーパーティーの過激派が聖園ミカを担ぎ上げてゲヘナに宣戦布告しようとしてるって」
「ティーパーティーがですか!?」
「うん、信頼できる情報筋からだし、今は風紀委員会と協力してるから間違ってないだろうね」
「わかった。それなら私はミカの所に行ってくる。ミラはティーパーティーの方をお願いしてもいいかな」
「了解」
「それと、やりすぎないようにね?」
「わかってるって」
やりすぎの前科があるミラは先生から若干疑わし気な視線を向けられるが、どこ吹く風と言わんばかりにミラはさっさと出ていった。
そのティーパーティー本部に向かっている途中、ミラは虚空を見上げて小さく呟いた。
「『救いようのない、ただただ後味が苦いだけのお話がこの物語の真実』だなんて思ってるのかもしれないけど、偏見で勝手に結末を決めつけて本を閉じるくらいなら傍観者なんて気取らない方がいいよ、百合園セイア」
* * *
どうしてこうなってしまったのだろうか。
自分のことを慕っているはずだったティーパーティーの生徒から打たれ、蹴られ、痛め付けられる感覚の中で聖園ミカは自分のしてきたことを振り返る。
きっかけは、アリウスに和平を持ちかけたこと。
あのときは、仲の悪いゲヘナをいっしょに潰そうくらいの感覚で持ちかけただけだった。
変わり始めたのは、百合園セイア襲撃事件のとき。
今はセイアが生きていると分かっているが、あの時は本当にセイアが死んでしまったのだと思っていた。
意見や性格が合わないセイアに、ちょっと痛い目をみてもらいたい。
そんな軽い気持ちで頼んだ結果、返ってきたのはセイアのヘイローが破壊されたという報告。
それからは、引き際を失って行きつくところまで進むしかなくなった。
結果的に、ミカの企みは補習授業部とシスターフッド、シャーレの先生によって阻まれ、こうして一人独房に入れられることになった。
「世間知らずのお嬢様が!わざわざ牢屋から出してあげようっていうのに、調子に乗って・・・!」
「自分の立場を理解しろ!もうティーパーティーから解任直前の分際で!」
そして今は、助けにきたというティーパーティーの生徒に罵声と共に暴力をふるわれている。
こうなったのは、自分に宣戦布告させようとしてきたティーパーティーの生徒たちに「今は気分じゃないから勝手にやったら?」と突っぱねたのがきっかけだった。
だが、これもまた自分勝手に気分次第で行動の報いなんだろうとミカは甘んじて受け入れる。
それでも、どうしてこんなことになってしまったのだろうという思いは絶えずミカの中でぐるぐると渦巻き続ける。
「な、何してんのっ!?」
そんな中、小さく黒い影が間に割り込んだ。
ミカを庇うように立ちはだかったのは、下江コハルだった。
「い、いじめはダメ!こんなの、わ、私が許さないんだからっ!」
上司であり上級生でもあるティーパーティーの生徒に詰め寄られてコハルは涙目になるが、それでもミカの前から一歩も退こうとしない。
コハルの戦闘力はさほど高くない上に、相手の方が数も体格も勝っている。
相手がその気になれば、コハルが正義実現委員会といえどただではすまないだろう。
「どきなさい!今の状況が分からないの!?」
「緊急事態なのよ!?」
「どけっ!」
「い、嫌っ!わ、私はバカだから何がどうなっているのか全然わからないけど・・・でも、これは違う!こんなの絶対にダメ!!」
それでも、コハルは目尻に涙を溜めながら必死にミカを守ろうとする。
そんなコハルの姿をミカは半ば呆然と見上げるが、思いどおりにさせてもらえないティーパーティーの生徒の苛立ちがピークに達していく。
「聞かないやつだ、それなら・・・」
「あ、あれ、待って。この子、どこかで・・・」
「コハルは補習授業部の、私の生徒だよ」
あと少しでティーパーティーの生徒が手を出そうかという寸前、扉からかけられた言葉にその場の全員の動きが止まる。
現れたのは、肩を救護騎士団の生徒に支えられて重い足取りの先生だった。
「せ、先生!?」
「そんな、意識不明の重体だったはず・・・?」
「せ、先生が、どうしてここに・・・」
「お願いだから、まず暴力はやめてほしい」
さしものティーパーティーの生徒も先生が相手では強く出られず自然と後ろに下がり、そのまま独房から出て行った。
「コハル、カッコよかったよ。さすが正義実現委員会のエリートだね」
「先生・・・!」
先生の登場によって、勇気を振り絞って張り詰めていたコハルは再び目尻に涙を浮かべる。
そして、先生は暴行されたことで軽く服が乱れているミカに近づき跪いた。
「ミカ、大丈夫?」
「えっと、うん。なんていうか、久しぶり、だね?先生・・・」
「そうだね・・・ミカは、どうしてさっき」
「あー、それは・・・なんでだろ」
思わぬ登場に、ミカは何を言えばいいのか分からない様子で声を出す。
今のミカは、先生が来て嬉しいやら今のような姿を見せてしまって情けないやらで、自分でもどうすればいいのか分からなくなっていた。
「絶好のチャンスだし、今立ち上がればってわかっていたんだけど・・・今でも嫌い、なんだけど・・・どうしてだろ・・・あ、あれ。ちょっと待って、私・・・」
何とか頭の中を整理しようと言葉を並べ、次第にかつてアリウスとの和平についてホストの3人で話した時のことを思い出す。
あの時、ナギサとセイアはミカの提案に対してあまりいい顔をしなかった。
過去の因縁や政治的なあれこれを考えれば当然のことではあったが、その際に強めの言葉で諭してきたセイアのことが気に喰わなくて、ちょっと痛い目を見てもらいたいなんて軽い気持ちでアリウスに頼んだ結果がアレだった。
セイアのことは嫌いだったが、だからといって死んでほしかったわけではなかった。
最初は『ゲヘナを潰すために必要なことだった』と割り切ろうとしたが、ならどうして『今はゲヘナを潰す気分じゃない』なんてことを言ったのか。
「わ、私は・・・・・・ごめん、セイアちゃん・・・・・・どうして、こうなったのかな・・・ごめん、ごめんね・・・」
もはや自分でも何をどうしたいのか分からなくなって泣きじゃくりだしたミカの背中を、先生は子供をあやすように優しく撫でる。
過去を振り返って、自分がどうしたかったのかはわからない。
だから、ミカは今自分がどうしたいのかを口にした。
「先生・・・私、セイアちゃんに会いたい・・・ナギちゃんにも、もう一度会いたい・・・」
「・・・任せて、ミカ」
ミカの言葉を聞いた先生は、生徒の願いを叶えるべく立ち上がった。
* * *
「それで、これはどういう状況?」
「あ~、それは、えっと、そのぉ・・・あはは・・・」
なんとかたどり着いたティーパーティー本部にて、ミラは何か言いたげな視線を向ける先生から目を逸らしていた。
そんなミラの視線の先には、部屋の隅でガタガタ震えているティーパーティー幹部の姿があった。
完全に怯えきっている視線の先には、やはりミラがいる。
内容が分からないにしても、何かしらあったとしか思えない光景だった。
「いやー、ちょっとね?ゲヘナに宣戦布告するとか言ってたから、誰に喧嘩を売ろうとしてるのか教えてあげただけなんだけどね?」
「本当に?」
「本当本当」
先生がジーッとミラの目を覗きこもうとすると、ミラは仰け反りそうな勢いで目を逸らす。
ティーパーティー幹部は使い物にならないということで今度はハナコたちの方を見るが、こちらもまた揃って目を逸らされる。
完全に孤立無援になったミラは、観念するように白状した。
「あーうん、まぁ、『余計なことをするな』って脅しもした、かな?」
「やりすぎ」
「あぅ」
正直に暴露したミラに、先生は軽く額を小突いた。
ある意味恐れ知らずな先生の行動にハナコ以外はハラハラするが、ミラは特に気にするでもなく話を本題に戻した。
「それはそうと、風紀委員会と正義実現委員会で連携する準備は先に済ませておいたよ。とはいえ私の名前を使ってごり押した部分もあるから、だいぶ粗は残ってるけど」
「分かった・・・ここから先は、私に任せて」
反撃の時が、確かに始まろうとしていた。