キヴォトスの白い龍   作:リョウ77

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エデン条約編・9

「・・・やっぱり、ここにいた」

「っ、先生・・・無事、だったのね・・・良かった・・・」

 

ヒナの自室。

それがミラと先生が予想したヒナの居場所で、それは見事に的中した。

 

「どうやってここを・・・?まぁ、ミラもいるし、先生には今さらか・・・」

 

現在のヒナの服装は普段の風紀委員会の制服ではなくパジャマのような私服だが、身に纏う空気は暗く沈んでいた。

目からは光を感じず、髪もボサボサのまま。

完全に意気消沈している様相のヒナに、先生はゆっくり近づいて優しく話しかける。

 

「ヒナ・・・」

「・・・ごめん、先生・・・私には、もう無理・・・私はもう、ダメだから・・・ミラだっているし・・・私はもう、引退したものだと思ってもらって・・・」

「違うよ。私はお礼を言いに来た」

 

先生がヒナを尋ねた理由を離すと、ヒナは予想していなかったかのように狼狽えた。

 

「お、お礼・・・?どうして・・・先生を助けたことなら、気にしなくていい。私は当然のことをしただけだし・・・それに、先生が無事なのはミラのおかげだから・・・」

「・・・ヒナにとって、ミラは特別なんだね」

 

先ほどから、事あるごとにミラが比較対象に上がっている。

幼馴染みだとは聞いているが、本当にミラの事を慕っているようだ。

 

「うん・・・私よりも強くて、何でもできる、すごい幼馴染み」

 

だが、その信頼にはある種の自棄も含まれていた。

自分がいなくても、ミラがいるならきっとどうにかしてくれる。

あるいは、風紀委員長という立場すらミラの方が相応しいと思ってすらいるかもしれない。

少なくとも、今のヒナは本気でそう感じているように見えた。

 

「昔からミラは、私の事を気にかけてくれた・・・でも、たまにミラが何を考えているのか、分からなくなる時がある。私を気にかけてくれることも・・・いきなりいなくなったことも」

 

自分には隠し事をしないでほしい、だなんて面倒な彼女みたいなことを言うつもりはない。

どちらかと言えば、ミラはむしろ自分と比べれば口数が多くおしゃべり好きなくらいだ。

だが、同時にミラはよくも悪くも隠し事も上手い。

昔で言えば、ミラがヒナの誕生日にサプライズパーティーを計画したことがある。

そのために半月前くらいから別行動が多くなったのだが、離れ方が自然すぎたせいでミラがいないところでは萎れてしまうことも多々あった。

あの時は種明かしをされてから機嫌も元に戻ったが、今回の失踪はただのサプライズとは訳が違う。

別にミラが危険な目に遭っている心配をしているわけではないし、自分に黙って姿を消したのにも相応の理由があるのだろうと頭では理解できる。

だが、それでも一言くらいは自分に何かを言ってほしかった。

ミラは自分を信頼しているのかもしれないが、ヒナにはその期待が重かった。

ミラが自分の何を信頼してくれているのか、自分に何を期待しているのか。

何も分からないまま、それでもひたすらに頑張るしかなかった。

 

「本当は、早くミラに帰ってきてほしい。けど、ミラに風紀委員会のことを頼まれたから、私が頑張らなきゃいけない。でも、結局うまくできなかった。ミラやアビドスの小鳥遊ホシノと違って、私一人じゃ何もできなくて、でも何とかするしかなくて・・・」

「・・・ホシノ?」

 

今度は先生が、思わぬタイミングで出てきた名前に首を傾げた。

一応、間接的とはいえ2人はミラを通じて接点があるし、アビドスでは僅かだが会話もした。

しかし、あの時にホシノのことを以前から知っていると明かしていたとはいえ、そこまで特別視しているとは思っていなかった。

だが、ヒナが語った理由を聞いて思わず口をつぐんだ。

 

「私はあのアビドスの副会長みたいな・・・強い人じゃない・・・アビドスの生徒会長・・・その遺体を発見したのは、小鳥遊ホシノだった・・・すごく、ものすごく大切な人だったはずなのに・・・」

 

“アビドスの生徒会長の遺体”。

アビドスにいた頃は“前の生徒会長はすでにアビドスから去っている”といったニュアンスで認識されていたが、実は死んでいたなどという話はホシノから聞いたことはない。

新たに気になる情報が出てきたが、今は目の前のヒナに集中する。

 

「私だったら、耐えられない・・・ミラがなんて、想像できないし、したくもない・・・だからあの瞬間、私はもう・・・」

 

ホシノには敵わないと、悟ってしまった。

 

「ヒナ・・・」

「わたしだって頑張った!」

 

唐突にヒナは声を上げて泣き叫んだ。

僅かに驚いた様子を見せる先生に構わず、ヒナは慟哭をどんどん溢していく。

 

「本当は、ミラに置いていかれたくなかった!私も一緒に行きたかった!

でも、ミラが私に任せてくれたから、頑張らなきゃいけないって!ミラが帰ってくる場所を守らなきゃいって自分に言い聞かせてた!

でも、アビドスでも、トリニティでも、私には何も言ってくれなくて!私にも頼ってほしかったのに、ミラを助けていたのは私じゃない誰かだった!

私だって、もっとミラの力になりたかった!ミラに褒めてほしかった!なのに、他の人ばかり、なんで・・・!」

 

ミラに褒めてもらいたい。ミラに頼ってもらいたい。

そのために、風紀委員長に上り詰めるほどまで頑張った。

だが、実際は自分の手が届かない誰かばかりが自分の欲しいものを手にしている。

アビドスの小鳥遊ホシノに元ゲヘナの闇商人、トリニティの何人か、そしてシャーレの先生。

特にシャーレの先生はいきなり現れた存在であるにも関わらず、どんな依頼でも解決して色んな人から信頼されるようになっており、その中にはきっとミラも含まれている。

ヒナとて先生の事を信用していないわけではない。というよりミラに負けず劣らず信頼している。

だが、信頼されている上でそれに応えきっている先生のことが、他よりも少しだけ羨ましかった。

もし自分が先生のようになれたら、ミラは自分を褒めてくれただろうか。勝手に出ていった理由を話してくれるだろうか。

先生が良い大人なのは分かっている。

だが、自分では持ち得ないものを持っているという事実が、今になってどうしても自分に劣等感を抱かせていた。

 

「あっ・・・ご、ごめん・・・今のは、その・・・」

 

全部ぶちまけてから、我に返ったヒナは謝りながら先生から距離をとった。

先生にぶつけたところでどうにもならないことは分かっていたはずだったが、自分で思っていた以上に弱っていたらしい。

だが、先生は逆に自分からヒナに近寄って思い切り頭を下げた。

 

「ヒナ、本当にごめん!」

「!?」

「ヒナも今度、ミラと一緒に補習授業しよう!それで成績が良かったら、たくさん褒めてあげるから!」

「え・・・いや私、試験はだいたい満点だし・・・ミラも同じくらい成績いいけど・・・」

「それとも水着パーティーする!?すぐにでも準備するよ!」

「えっと、それも別に・・・というか、それもミラも一緒?あまりミラに迷惑をかけるのは・・・」

 

あれこれ言いたい我が儘はあるものの、根がしっかりしているヒナはミラに迷惑をかけたくない。

先生も、そんなヒナの気持ちが理解できるからこそ、ヒナの望みに出来るだけ寄りそった。

 

「私もミラが何をしようとしているのかは聞いてないけど、もしかしたら力になれるかもしれない。だから、私もミラがすぐに帰れるように力を貸すし、その間は私が代わりにヒナを褒めるから」

「先生!」

「そのためなら、補習授業だって水着パーティーだって何でもやるから!それで、ミラのために一緒に頑張ろう!あっ、ヒナが頑張るのは後でも大丈夫だから!今は私たちに任せて・・・」

「はぁ・・・ふふっ」

 

先生の説得、というより割と強引な誘いに、ヒナは思わず笑みをこぼした。

必死になっている様子がどこかおかしいのと同時に、そこまで自分のことを気にしてくれていたことが嬉しくもあった。

 

「・・・ところで先生、実は私に頼みたいことがあるんじゃない?」

「でも、ヒナは引退したって考えたら・・・」

「それは言ってみただけ。ちょっとした冗談。それに・・・先生と一緒なら、もう少し頑張れると思うから」

 

水着パーティーはともかく、自分のことを褒めてくれる誰かがいるという事実はヒナにとって新たな心の支えになる。

迷いがなくなるとか、ミラや先生に抱えている諸々の感情の整理ができたわけではないが、それでも前を向いて立ち上がる理由はできた。

 

(・・・待ってるから、ミラ)

 

今日はこの後会えなくてもいい。というより、今会ってもどんな顔をすればいいか分からない。

次に会うときは、ミラに胸を張れるような自分になってからだ。

新たな決心を胸に秘め、ヒナは部屋を出て戦場へと向かった。

そして、先生も一瞬だけ窓の外に視線を向けてからヒナの後を追っていった。

 

 

* * *

 

 

「なるほどね・・・」

 

ヒナの部屋の窓枠、僅かなでっぱりを足場にしてミラは部屋の中の会話を聞いていた。

 

『ミラの言う通り、今のまま会っても良くないかもしれない。だから、代わりに私とヒナの話を聞いてほしい。その後でヒナに会うかどうか考えて』

 

先生とヒナの会話を聞くこと。

それが先生の出した条件だった。

ミラとしても自分の何が至らなかったのかを知る機会になるため二つ返事で了承し、アコもミラに変なことを喋らせてヒナを落ち込ませるよりはと渋々頷いた。

そのおかげで、ミラはアビドスで自分が犯した過ちに気がついた。

 

(私は最初から、かける言葉を間違えてたってことか)

 

水着パーティーはともかく、ミラがヒナに言うべきだった言葉、ヒナが欲していたものは慰めの言葉ではなく、ミラから頼ってもらうこと、今までの頑張りを褒めてもらうことだった。

無論、ミラもヒナが風紀委員会の活動を頑張っていることは分かっているが、わざわざ言うまでもないことだと軽く見ていた。

責任感の強いヒナとだいたい一人でなんとかしてしまうミラの不幸なすれ違いだったとも言えるが、それでもミラがしっかりヒナのことを見ていれば避けられる問題でもあった。

ミラはヒナを信頼しているからこそ、ゲヘナや風紀委員会の事を任せて姿を消した。

それなのに、安易に慰めてしまっては「自分は役目を果たせていない」と受け取られることがあるかもしれない。

事実、責任感が強いヒナはそう認識した。『ミラに気を遣わせてしまった。自分は役割を果たせていない』と。

だからこそ、あの時の言葉は「ヒナなら大丈夫だろう」と楽観視していたミラの甘えであり、怠慢だった。

 

(・・・やっぱり、今はまだヒナに合わせる顔がないかな)

 

過去の自身の過ちを恥じている状態でヒナと会っても、どんな言葉をかければいいか分からないままだろう。それでは面と向かって話す意味がない。

もし再びヒナと会うとしたら、それはやはりやるべきことを全てを終わらせて、自分勝手に始めた行動を清算してから、あるいはヒナに対して言葉足らずになってしまう癖を治してからだ。

そのためにも、今は他に片付けなければならないことがある。

 

「・・・悪く思わないでね、アリウス。私の目的は、お前たちの向こうにいるから」




実は先生含めたミラに頼られた人たちにちょっと嫉妬してたのが本作のヒナです。
ただ、根が真面目な善人であったり、先生に関しては頑張りすぎて本格的に他者に頼れなくなってきたところに来てくれてかなりお世話になっているなど、内心はわりと複雑だったり。
本編だとミラがメインでヒナと先生の絡みはあまり触れられなかったので、エデン条約編が終わったらその辺の番外編でも書こうかなと思います。
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