「・・・今度こそ、終わりかな」
先生の指揮によってアリウススクワッドはユスティナ聖徒会の大多数を失い、自身たちも決して浅くない手傷を負った。
戦闘前よりもさらに敗色が濃くなったことで、今度こそスクワッドは戦意を失おうとしていた。
「そうですね、これ以上はもう・・・」
「・・・まだだ」
だが、完全に諦めムードを漂わせるミサキとヒヨリに対し、サオリは未だに衰えぬ戦意を瞳に宿したまま何かを呟く。
「まだ、古聖堂の地下に・・・あれが・・・」
そう言って、サオリは戦闘の疲労で反応が鈍くなっている隙を突いて古聖堂の地下へと駆け込んでいった。
「サオリ・・・!?」
「何か手段が残っているような言い方でした!止めなくては・・・!」
アズサとハナコが逃げたサオリの後を追おうとするが、それを阻むように新たなユスティナ聖徒会が現れて道を塞いだ。
「まだ、こんな力がありましたか・・・」
最後の余力を振り絞ったものなのか先ほどよりも数は少ないが、それでも無視はできない数が行く手を塞いでいる。
補習授業部のメンバーも負傷しているため、ユスティナ聖徒会の足止めを考えれば追撃に迎えるのは一人か二人が限度といったところだろう。
「・・・私が行く」
真っ先に名乗りを上げたのはアズサだった。
とはいえ、補習授業部の4人の中では最も長く戦っている分、負傷も4人の中で最もひどい。
「あ、アズサちゃん!私も・・・」
そんなアズサを一人で向かわせられないとヒフミも共に行こうとするが、アズサがヒフミを押し留めた。
「その怪我だ、安静にしてて。心配しなくても平気。サオリを止めて、すぐに戻ってくる」
「私も行くよ」
一度こうと決めたら、滅多なことで意思を曲げたりしない。
そのことを分かっていた先生は、せめてと自分がアズサとの同行に名乗り出た。
本音を言えば先生も重傷人であることに違いはないためヒフミたちと一緒に待っていてほしかった部分もあるが、先生もまた意地でもアズサについていこうとするだろうし、何よりサオリと決着をつける上で先生のサポートはこれ以上にないほど心強い。
そのため、アズサは素直に礼を言った。
「・・・ありがとう、先生」
「それなら、私も同行させてもらおうかな」
突如として、新たな声が戦場に響いた。
「ミラ!?」「ミラさん!?」
アズサはこうして顔を合わせるのは初めてのためキョトンとしているが、作戦前にミラのことを聞かされたコハルとヒフミはもちろん、特にすでにミラのことを知っているハナコと先生は思わず声をあげた。
「そ、そちらは大丈夫なんですか?」
「あぁ、よっぽど余裕がないのか、何か出てきた強力な個体を消し飛ばしてからは援軍が来なくなってね。こうして様子を見に来たんだけど、どうやら正解だったみたいだね?」
イレギュラーな展開ではあるが、これ以上にないほど頼もしい援軍であることには間違いない。
唐突なミラの参戦に異論を挙げる者はいなかった。
「アズサちゃん!気を付けて・・・」
「・・・うん、私はもう大丈夫」
ヒフミの気遣いの言葉にアズサは力強く返し、次いでハナコとコハルにも視線を向けた。
「ヒフミ、ハナコ、コハル・・・行ってくる」
「はいっ!」
「待ってますよ」
「き、気を付けてねっ!」
士気は上々、準備は万端で憂いもない。
「じゃあ、行こうか」
最後の決着をつけるべく、アズサと先生、ミラはサオリの後を追って古聖堂の地下へと潜っていった。
* * *
「アズサ・・・」
洞窟のようにも見える地下通路を進むことしばらく、ようやく先行していたアズサはサオリに追いつくことができた。
「サオリ、もう終わりにしよう」
「・・・いいだろう。全てをかけて、最後の戦いにしてやる」
決意を露わにするアズサに対し、サオリもまたここで終わらせようと瞳に戦意を宿す。
「・・・まだ私と1対1で、正面から勝てると思っているのか?」
「いや、私は一人じゃない」
アズサがそう言うと、後ろから追いついてきた先生とミラがサオリの前に姿を現した。
「っ、先生に、暁ミラまで・・・!」
「あぁ、私のことは気にしないでいいよ。私はあくまで観客というか、見届け人みたいなものだから」
アンブロジウスですら相手にならなかったミラが現れたとなってはさしものサオリも敗北を意識せざるを得なかったが、傍観に徹するという意思表示として先生よりもさらに後ろで壁にもたれかかった。
サオリにその意図は分からないが、ミラの不参戦はサオリにとって都合のいいものであり、同時に自分が出るまでもないと過小評価されているようにも感じた。
「・・・ならば、そこで傍観したまま後悔するがいい。何もかも、すべて片付けてやる!アズサも、その大人も!すべてが虚しいこの世界で、真実を思い知れ!!」
目的の物は用意できていないが、ここまできたらもはや関係ないとサオリは銃を構える。
そして、アズサも今度こそサオリに引導を渡すべく銃を手に前に出る。
だが、今度は一人ではない。
「アズサ、行こう」
「・・・うん」
頼れる大人と仲間と共に、アズサの本当の最後の戦いの火ぶたが落とされた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「う、くっ・・・アズ、サ・・・」
互いに満身創痍になりながら、一人で戦い続けたサオリと先生の指揮によって古聖堂の中にまで届いた援護を味方につけたアズサ。
決着は、サオリが先に地面に倒れるという形で示された。
「アズサ!」
「お疲れ様」
「先生、ミラ・・・」
遅れてアズサも身体を傾けさせるが、倒れるよりも早く先生が近づいてアズサの身体を支えた。
その後ろからミラも近づいてポンポンと労うようにアズサの肩を叩いた後、視線をサオリの後ろに向けた。
「そっちも、そろそろ出てきていいんじゃない?」
サオリが釣られるようにミラの視線の先を見ると、通路の影から全身がボロボロになったアツコが現れた。
特にガスマスクが大きく欠けており、半分ほどだが素顔を覗かせている。
「アツコ・・・」
「げほっ!姫、どうして逃げなかった・・・」
「・・・私たちの負けだよ、アズサ」
「っ!?」
不意に聞こえた声に、サオリが大きな動揺を見せる。
普段は首を振るか手話でコミュニケーションをとっていたアツコが、声を出した。
アズサはアツコが喋っているところを初めて見たが、サオリは声を出すという行為そのものに問題があるかのように焦りを見せていた。
「だ、ダメだ、姫!喋ると、彼女が・・・」
「大丈夫、もう全部終わりだから。それに、どちらにせよ彼女は私を生かしておくつもりはなかったはず。だから、良いの」
「・・・?」
アツコから語られる不穏な言葉に、サオリは不審そうにアツコを見つめる。
アツコはその意味については語らず、サオリを諭すように、あるいはなだめるように語りかけた。
「もうやめよう、サオリ」
「・・・やめる?アリウスに帰るということか?・・・帰ったところで、私たちは殺されるだけ・・・」
「だから逃げよう、一緒に」
「逃げる・・・」
その発想は、サオリの中には存在しないものだった。
考えたことはなくもなかったが、どうせ逃げられないと諦めていた選択肢。
「うん。暁ミラとアズサが教えてくれた。いつからか持っていたこれは・・・私たちの憎しみじゃない。習った憎しみを、ずっと私たちのものだと思い込んでいた・・・アズサはきっと、それに気づいたんでしょう?」
そう言って、アツコは視線をアズサに向けた。
「アズサはいろいろなことを学び、様々な経験を得た・・・良い大人に出会えたんだね、アズサ。そして、自分のいるべき場所を見つけた。だから、サオリ・・・逃げよう。この場から、アリウスから、いつの間にか植え付けられた、私たちのものじゃないはずの憎しみから」
「逃げるだなんて、そんな・・・」
できるはずがない。
だが、このまま戻ったところで始末されるのは目に見えているのも事実。
もはや他に選択は残されていないのかと考え始めたところで、不意にミラがピクリと反応を示した。
「・・・ちっ、ここにきて邪魔が入るか」
次の瞬間、突如として巨大な地響きが鳴り始め、巨大な何かが姿を現した。
赤い法衣を纏い、後光のようなオブジェクトを背に祈りを捧げながら2本の杖を両手に持つ2対の腕。
まるで聖職者のようにも見えるが、そう呼ぶにはあまりにも異質かつ強大な存在を前に、アズサやアツコらは思わず後ずさる。
「こ、これは・・・」
「ヒエロニムス・・・まさか、あの“教義”が、完成した・・・?」
「・・・なるほど、アレの完成形か。たしかに、威圧感はアレとは比べ物にならないね」
アンブロジウスと同質なのだろうが、それとは比べ物にならないほどの存在感を放つ化け物を前に、それでもミラは口元に笑みを浮かべながら一歩を踏み出す。
「これが連中の奥の手かな?わざわざこのタイミングで出してくるあたり、相当自信があるみたいだけど・・・それでも、私がいるこの場では“反則”にはなり得ない」
そう言うミラの全身から赤い雷が迸りはじめ、放たれる威圧感がヒエロニムスと比べても遜色ないほどにまで高まっていく。
だが、今回はミラもまた一人ですべて片をつけるつもりはなかった。
「とはいえ、こうも狭い空間だと派手に暴れすぎるわけにもいかないし・・・ここは、私も先生の力に頼ってもいいかな?」
そう言って先生の方に視線を向けると、先生もまた口元に笑みを浮かべ、懐から黒いカード、『大人のカード』を取り出した。
「うん、私に任せて!」
ミラと大人のカード、そしてヒエロニムス。
集結した三つの反則による戦いが、ここに始まった。