いきなりお気に入り数が増えて何事かと思いました。
今回は以前話したヒナと先生の回です。
どっちかと言うとヒナ寄りですが、ヒナの視点から先生をあれこれする感じです。
ヒナが先生のことを知ったのは、言うまでもなく先生の赴任初日に連邦生徒会に向かわせたチナツの報告から。
だが、先生のことを理解したのはアビドスの件が解決してからだった。
あれ以来、ヒナはできるだけ時間を作るようにしてシャーレの当番に参加するようにした。
最初は『もしかしたらミラと話せるかもしれない』という目論見もあるにはあったが、結果的にこちらの目的は果たせなかった。
その代わり、ミラが気にかけている先生についてはいろいろと知ることができた。
一言で表すなら、生徒至上主義。
だからと言って他の大人をぞんざいに扱うわけではなく、何でも屋のように片っ端から依頼をこなそうとする。数があまりにも多すぎて、一部の生徒から苦言を呈されるくらいには。
基本的に善意の人間だが性善説を信じているわけではなく、悪意を持つ人物に対してはたとえ生徒であっても相応の態度で対応する。もちろん、人が変わったように厳しくするとかではなくて、あくまで良い大人としての対応だが。
欠点らしい欠点は・・・イオリの足を一心不乱に舐めていた光景は未だに脳に焼き付いて離れないし、シャワーを浴びてない時に頭の匂いを嗅がれたことは根に持っているが、まぁそれでも評価が逆転するほどではない。
どんな時でも頼りになる優しい大人。
それがヒナから見た先生だった。
だからこそ、ヒナは時折このように思うこともあった。
先生のような人物こそが、ミラに相応しいのではないか、と。
* * *
「・・・先生」
「どうしたの?」
とある日の夜、執務室で共に書類仕事をしている先生に声をかけた。
ちなみに、多忙を極めるヒナを見かねてか、先生はごくたまにだがこうして風紀委員会を訪れてヒナの書類仕事を手伝うようになった。
今日もまた時間を作った先生に手伝ってもらっているのだが、仕事の途中で話しかけてくることは滅多になかった。
おそらくヒナにとって大事なことなのだろうと思いながら、先生はヒナの言葉を待った。
「その、ミラのことで話をしたくて」
「ミラ?そういえば、アビドス以来会ってないね」
「そうなの?」
「うん。あれから連絡もなくて心配してたんだけど・・・」
先生の言葉に、意外に思ったヒナは少し目を丸くした。
てっきりシャーレに通って情報交換をしているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
(・・・あれ?)
だが、それを聞いてほんの一瞬だけホッとしてしまった自分に気がついてしまう。
ミラが先生に頼ることは、悪いことではない。むしろ自分としてもミラと会える機会が増えるかもしれないから良いことのはずだ。
にも関わらず、ヒナはなぜか安堵を覚えていた。
自分でも理由が分からず困惑しそうになるが、先生にバレないためにその感情を奥底に沈めた。
「・・・まぁ、ミラなら大丈夫だと思うわ」
「ヒナは、ミラのことを信頼してるんだね」
「元々、風紀委員長の最有力候補だったから当然。それに、ミラのことは昔から知ってる」
「幼馴染みなんだっけ?」
「えぇ、そう。最初はミラから一方的に世話を焼かれただけだったけど」
「そうなんだ・・・ヒナがよかったら、ミラのことを聞かせてもらってもいいかな?」
「いいわ」
そうして、ヒナと先生は仕事を進めながら合間合間にミラの昔話に花を咲かせた。
結果的に仕事が終わるのが遅れてしまったが、その頃にはヒナの中にあった違和感はなくなっていた。
* * *
エデン条約を近くに控えたある日、ヒナはトリニティに赴いていた。厳密には学区の境目付近で、中には入っていないのだが。
目的はとある生徒の受け渡しのため。
というのも、トリニティの学区内で美食研究会が騒ぎを起こしたのだ。
別にそれ事態は珍しいことでもなく『あぁ、またか』で済ませられる程度のものだが、今はとにかく時期が悪い。
エデン条約の調印式が近づくのと比例するようにトリニティ・ゲヘナの両学区は緊張が高まっており、何がきっかけで爆発するかわかったものではない。
そのため、いつもならさっさと済ませるこの引き渡しも慎重に済ませる必要があった。
そこで、引き渡しには風紀委員会ではなく救急医学部のセナを向かわせ、個人的な護衛としてヒナが同行することになった。
本当はハルナとはあまり顔を合わせたくないため他の誰かを向かわせる選択もなくはなかったものの、万が一が起こってはいけないため内心渋々で同行している。
美食研究会はすでに正義実現委員会によって捕縛済みであり、あとは向こうが引き渡してくるのを待つだけ。
そう思っていたが、現れたのは予想外の人物だった。
「先生・・・?」
「ヒナ」
まさかの先生の登場に、ヒナは驚きを露にする。
先生がトリニティでいろいろと動いていることは知っていたが、まさかここに現れるとは思っていなかった。
「風紀委員長、この方は?」
「“シャーレ”の先生よ。久しぶりね、いつ以来かしら・・・ところで、ここで何をしてたの?」
問いかけてきたセナに簡単に説明しつつ、ヒナは先生がこの場に現れたことについて尋ねる。
先生が言うには、美食研究会のトラブルに巻き込まれたのは偶然であるものの、ハスミの提案で政治的な問題を避けるために先生が向かうことになったということだった。
先生の説明に、同じことを考えていたヒナも納得を返した。
ここで先生とは初対面であるセナの自己紹介を済ませつつ、先生は連行してきた美食研究会と人質扱いになっている給食部部長の愛清フウカを差し出した。
美食研究会は一人捕まえそこなっているものの、今になって探すのは面倒なため放置することにした。
あまり相手にしたくないと言わんばかりにさっさとハルナたちを車両に乗せたヒナは、気になることを先生に尋ねた。
「それで、先生・・・トリニティで何をしてるの?」
「補習授業部っていうところの担任を・・・」
「それは知ってる。そうじゃなくて、中立的な組織であるはずのシャーレが長期間トリニティにいると、まるで・・・」
「・・・」
「・・・やっぱり、今のは無し。気にしないで」
途中まで言って、ヒナは自分の発言を取り下げた。
まさかトリニティとゲヘナで結ぶエデン条約の調印式においてトリニティの方を贔屓しているのではと勘繰ってしまったが、そもそも先生はどこの学校かなど関係なく平等に接している。
少なくとも、一方的にゲヘナにとって不利益なことをするはずがない。
それでも疑わずにいられなかったのは、自分も精神的に張り詰めてるからか、あるいは・・・
「ヒナ、こっちからも一つ聞きたいんだけど」
「うん?聞きたいこと・・・?」
今度は先生の方から、今回のエデン条約について気になることがあるということでヒナに今まであったことや先の展望について説明した。
中でも大きいのは、やはりトリニティ内に存在する裏切者の存在だろう。
その候補を集めたのが補習授業部であるのだが、それはそれとしてティーパーティーとは少しすれ違いがあるらしい。
その調査を頼まれていると話した先生に、ヒナは大きく息を吐いた。
「なるほど・・・先生、けっこう複雑な状況にいるのね・・・いや待って、なんか変な場面が混ざってなかった・・・?」
「気のせいじゃない?」
一瞬スク水パーティーとかいう奇行の話が聞こえたような気がしたが、話が逸れるためどうにか本題に戻った。
「まぁ、それはそれとして・・・こんな大事なことを私に話していいの?」
「うん、ヒナのこと信じてるから」
「・・・」
まっすぐな瞳で先生にそう言われ、ヒナは照れたように視線を逸らす。
「信じてる」・・・最も言ってほしい相手には未だに言われていない言葉だが、先生から言われてもここまで嬉しくなるとは自分でも思わなかった。
再び話題が逸れそうな気がしたヒナは、改めて先生の話をまとめる。
「それにしても、エデン条約が軍事同盟、ね・・・たしかに、そういう見方もできるかもしれない。でも、少なくとも私はそうは思わない。あれはれっきとした平和条約って考えてる」
「なるほど・・・?」
「エデン条約機構を武力集団と捉えたところで、うちの万魔殿の議長のマコトも同等の権限を持つ以上、ナギサ個人で統制できるものじゃない。それに、他のティーパーティーや万魔殿のメンバーに対してもある程度の権利が分割されるから、誰か一人の思惑で暴走するとは考えにくい。もし全員が協力すればあり得なくもないけど・・・それができるなら、エデン条約の話は出てこない。なにより、マコトは誰かと協力するなんてできない質だから」
理路整然とした説明に先生もうんうんと頷きを返していたが、最後の言葉に新たな疑問が出てきた。
「それなら、どうしてマコトはエデン条約に賛同してるの?」
「賛同というか、何も考えてないんじゃないかしら。そもそも、ゲヘナ側で推進したのは私だったから」
「ヒナが?どうして・・・?」
「・・・これを機に、引退するのもありかなって」
唐突な引退宣言に、先生は僅かに驚きを露わにした。
だが、続いて出てきた言葉を聞いて納得の表情を浮かべる。
「エデン条約機構ができれば、ゲヘナの治安は今よりもだいぶマシになるはず。そうすれば、ミラを探して一緒にいることもできるんじゃないかなって」
「そっか・・・」
ミラとヒナの話は、今までに何度か聞いてきた。
ほとんどがヒナからの話だが、ヒナがミラのことを大事に思っているのは先生もよく理解していた。
そして、だからこそヒナもエデン条約を何としてでも成功させたいのだろうということが先生にも伝わった。
「風紀委員長、まだですか?」
「・・・えぇ、今行く」
そこでセナから呼ばれ、話を切り上げて去ろうとした直前、ヒナは再び先生に近づいて小声でさらに気になることを尋ねた。
「そういえば、ミラらしき生徒がトリニティにいるかもしれないって話を聞いたのだけど、先生は何か知ってる?」
「え?」
ヒナもこの情報に確信があるわけではなかった。
キヴォトスにおいて白づくめのドレスの少女というのは多くないが、病弱であったりと他にミラと思えるような情報は集まらなかった。
だからこそトリニティにいる間は頼るであろう先生であれば何か知っているかもしれないと期待していたのだが、ここでも先生とは会っていないらしい。
「・・・そう。まぁ、知らないなら構わないわ」
「ごめんね・・・?」
「気にしなくていいわ。それじゃあ先生、またね」
望む者ではなかったが、聞きたいことは聞いたとヒナはさっさと車両に乗り込んで去っていった。
胸の中に、僅かなもやもやを残しながら。
「ヒナさん。ミラさんがトリニティにいらっしゃるという話をされていた気がしますが、それは本当なのですか?」
「なんで知ってるの・・・?」
車両が走り出してから開口一番にミラのことについて尋ねてきたハルナにヒナは呆れ半分戦慄半分の視線を向けた。
先ほどの先生との会話は、近くにトリニティの生徒がいるかもしれないことを考えて小声でしたものだった。
車両の外にいたのであればまだ理解できなくもないが、なぜ扉を閉めた車両の中で聞き取ることができたのか。
まさか美食とミラのことになると物理的な障壁に関係なく話を聞き取れるとでもいうのか、それとも直感で言い当ててみせたのかと、反射的に他のメンバーに視線を向ける。
「いや、何のことだかまったく分からないんだけど」
「部長、本当にミラさんのことが好きなんですね・・・」
普通にドン引きしていた。
アカリは苦笑していたが、それも若干引きつり気味だ。
それはそうと、知られてしまったなら仕方ない。
このまま変に誤魔化してトリニティにさらなる迷惑をかけるわけにもいかないため、ひとまず分かっていることだけを伝えることにした。
「あくまで聞いた話だけど、変装して偽名まで使って潜入してるらしいわ。それ以上のことは知らないわよ」
「そうだったのですか・・・そこまで徹底しているということは、何か大事な用事があるということでしょうか。でしたら邪魔をするわけにはいきませんね」
予想通り、ハルナは自分の欲求よりもミラへの気遣いを優先した。どちらかと言えば、ミラの姉面をしたいという欲求を優先したという方が正しいのだが。
これでトリニティにさらなる被害をもたらすことはしばらくない、と思いたいところだ。
普段からこのくらいの良識を持っていれば自分としてもありがたいが、それを求めるのは酷という話だろう。
それはそれとしてミラの姉面をするのもできればやめてほしいが、そのお陰で減る被害のことを考えれば難しいところだった。
一人で顔をしかめて考え込むヒナを前に、アカリとジュンコの二人は何か気に触れてしまったのかと戦々恐々としながら身を寄せ合うが、ハルナは何を思ったのか「フフン」と得意げな表情を浮かべた。
「あら。もしかしてヒナさん、私に嫉妬しているんですか?」
「は?」
唐突な発言に「何言ってんだこいつ?」と言わんばかりの視線を向けるヒナだが、それに気づいているのかいないのかハルナはつらつらと自論を並べ始める。
「えぇ、気持ちは分かります。自分よりミラさんのことを考えている人がいると知ったら、心穏やかではいられません」
「いえ、そんな話は一度もしてないのだけど」
「自分はミラさんの一番でありたい、でもミラさんは自分を見てくれない。これほど悲しいことはありません」
「それを言うならあなたも同じよね。それと、そろそろ黙ってもらえないかしら?」
「ですが、それは仕方のないことです。なぜなら、私はミラさんの姉ですから!姉が妹のことを一番に考えるのは当然。たとえ幼馴染みであろうとも、姉に敵わないのは当然ですから!」
「ねぇ、黒舘ハルナってここまでおかしかったかしら?私の記憶が正しければ、以前会った時はまだまともだった気がするのだけど」
「いや、私たちも知らない・・・あれ以来たまに自慢することはあったけど、ここまでじゃなかったような・・・」
「多分ですけど、ミラさんに会えないストレスが溜まってて、マウントをとって少しでも解消したいのかな、と・・・」
普通に迷惑な話だった。
今までの美食論と気に入らなければすぐに爆破する過激な行動だけでも十分面倒だったというのに、自分に限ればミラのことでいちいちマウントをとってこようとするなど、こっちの方がストレスが溜まってしまう。
やはり自分が出向いたのは失敗だったかと過去の選択を後悔している間にも、ハルナの熱弁は止まらない。
「それに単身でトリニティに潜伏してしるのであれば、なおさら内部に協力者がいるはずです。できることなら自分を頼ってほしい、だけど自分の手の届かない、あるいは知らないところで他の誰かを頼っている。これほど歯がゆいことはありません」
「・・・」
「ですが!私は姉ですから!時には妹の自主性を重んじて自分の手を離れることの必要性も理解しています!」
(その割にフウカの自主性は考慮していない気がするけど)
何か食材を手に入れる度にフウカを誘拐して調理させようとするのが目の前のテロリストであり、なんなら今回も当然の如く拉致っているのだが、その点については触れないつもりらしい。
「そうです、ここで一度姉と幼馴染みのどちらが上か試してみますか?もちろん、姉である私が勝つに決まっていますが。さぁ、存分に・・・」
「そこまで」
「ゴフッ!?」
このまま放置すると際限なくエスカレートしそうな気配を感じたヒナは、渾身の腹パンで無理やりハルナを黙らせた。
ミラほどではないものの、それでもキヴォトス最高水準のフィジカルを持っているヒナの一撃に、ハルナはなすすべなく撃沈した。
「はぁ・・・持っておいて」
「は、は~い」
片腕が折れているアカリの代わりに冷や汗を流しているジュンコにハルナを抱えさせて、ヒナは座席に座り直した。
そして運転席に通じている覗き窓から外を見て、ヒナは思考に浸り始めた。
(嫉妬、か・・・まさか、私がそんなのを抱く時がくるなんて、ね)
ハルナの発言はあの時考えていたことという点に関してはまったくの的外れだったが、最近感じるようになったもやもやの正体にピッタリ当てはまるものだった。
今までは忙しすぎてそんなことを考える暇もなかったが、先生の登場やエデン条約の調印で精神的に余裕が生まれ始めたらしい。
そんな中で初めて自覚した感情が嫉妬というのは、いささか重いような気もするが。
とはいえ、ミラに誉められたい、ミラに頼ってほしい一心でここまで頑張ってきたのも事実ではある。
そんな中で、自分より先にそれを得た人物が現れたとしたら、嫉妬心を抱いても不思議ではないかもしれない。
問題があるとすれば、自覚したところでどうしようもないということだが。
エデン条約を控えた今トリニティの生徒と一悶着を起こすわけにいかないというのもそうだが、先生に嫉妬したからといってどうすればいいというのか。
先生は自分のことを信じてくれて、自分もそんな先生のことを頼っている。
だが、連邦生徒会におけるチナツの話やアビドスでの目撃情報からミラも先生のことを信頼しているのだろうことは想像できるが、それにも関わらずミラは先生に頼ろうとしない。
『自分が先生のようになれればミラも自分のことを信頼してくれるかもしれない』と心のどこかで思いつつ、『もし先生のようになれてもミラは自分のことを頼ってくれない』というギャップがどうしようもなさを加速させて、その行き場のないモヤモヤが先生を含めたミラに頼られている誰かへの嫉妬にすり替わっていた、それだけのことだ。
(まぁ、それもエデン条約調印までの辛抱ね)
もしエデン条約の調印式を無事に終えて引退することになれば、心置きなくミラの後を追いかけることができるようになる。
残していく風紀委員会には苦労をかけるだろうが、エデン条約がなくともいつかは訪れることではあるし、ミラがゲヘナに戻れるようになったら手伝えば少しはマシになる。
だから、あと少し。あと少しだけの辛抱で今までの努力が報われる。
そう信じて、ヒナは車両に揺られながらトリニティにいるのであろうミラに思いを馳せた。
地味にハルナをどこまでキャラ崩壊させて良いのか悩ましいところ。
まあでも、ゲヘナってだいたい公式が弄り倒してキャラ崩壊させてる部分(主に風紀委員会)もあるし・・・シスコンをこじらせたハルナがいてもいいか!