キヴォトスの白い龍   作:リョウ77

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いよいよこの回に突入です。
果たしてベアおばは無事生存できるのか、お楽しみにしていてください。


アリウス編・1

雨が降る夜の町を、4つの影が駆け抜けていく。

さらにその後ろからは、4つの影を追いかけるようにいくつもの影が通りすぎていく。

 

「いたぞ!」

「あっちだ、追え!」

「くっ・・・」

 

その先頭を走っているのは、アリウススクワッドのリーダーであるサオリだった。

現在、アリウススクワッドは以前のエデン条約調印式の襲撃作戦に失敗し、その責を負わせるように“彼女”から処分命令が下されていた。

自分達以外に味方が一人もおらず、物資補給もまともにできなかったにも関わらず、調印式の日からそれなりの期間を逃げ延びることができたのはアリウススクワッドの戦闘力の高さ故だろう。

 

「い、行き止まりです・・・」

「・・・反対側も。完全に包囲されている」

「諦めるんだな。これ以上は逃げられないぞ」

 

それでも、ついに限界を迎えてしまった。

袋小路に追い詰められ、4人とも全身がボロボロになっている。

特に前衛で戦っていたサオリの消耗は激しく、あちこちから血を流していた。

 

「・・・(スッ、ススッ)」

「・・・弾薬、ほとんど残ってないし、もう体力も限界・・・リーダーも傷が大きい。このままじゃ・・・」

「・・・いや、最後の手段なら残っている」

 

絶体絶命の状況に陥っている中、サオリは最後の手段として懐からあるものを取り出した。

それは、“ヘイローを破壊する爆弾”だった。

かつてセイアとアツコに対して使われたそれは、効果の実証こそされていないものの、突破口を作るには十分すぎる代物だ。

 

「ミサキ、ヒヨリ。私が時間を稼ぐ間に姫を連れて・・・ここを離れるんだ」

「・・・サオリ」

「ここを離れて・・・そうしたら・・・その、次は・・・」

「サオリ」

「・・・姫?」

 

重なる疲労と負傷で意識が朦朧とし始めているサオリを、アツコが声を出して呼んで引き留める。

呼びかけられて振り返ってみれば、アツコの表情は覚悟を決めたようにも全てを諦めたようにも見えた。

 

「もういいよ。私たちは頑張った」

「・・・」

「ひ、姫ちゃん・・・どうしたんですか・・・・?」

 

そう感じたのは他の2人も同じで、何か嫌なことが起こるのではという予感を覚える。

それに構わず、アツコは襲撃してきたアリウス兵に近づいて問いかけた。

 

「“彼女”が求めているのは私・・・そうでしょう?私が行くよ。だから、他のメンバーは見逃してほしい」

「アツコ!?いったい何を・・・!?」

 

突然の投降に、サオリは驚きを隠せなかった。

先生とサオリに負けたあの時、逃げようと提案したのはアツコだった。そして、今までそうしてきた。

それなのに、なぜ今になってそれを止めるのか。

 

「・・・もういいよ、サオリ。ぜんぶ、無意味だよ。ここを切り抜けた先は?いったいどこに向かうの?」

「・・・」

「トリニティにゲヘナ・・・そしてアリウスでさえも私たちを追いかけてる。このキヴォトスで私たちが安心できる場所はないよ。私たちの命が尽きるまで、息をひそめて逃げ隠れる人生が続くだけ」

 

そう言うアツコの声は、諦念に塗れていた。

最初は自分の力で新しい居場所を得たアズサに倣って、自分たちもできるだけのことはしようという意識があった。

アズサが奇跡をつかみ取ったように、自分たちもいつかは、と。

だが、目の前に現れるのはどこであっても“自分たち以外の全てが敵”という現実だけだった。

 

「でも、それも私がいるからの話。サオリも、ミサキも、ヒヨリも。私のせいでこうなってしまったから・・・だから、私が終わらせる」

「ひ、姫ちゃん・・・」

「姫・・・」

 

だからこそ、アツコは選んだ。

4人全員で助かる奇跡の物語(ハッピーエンド)ではなく、自分を切り捨てて3人を助ける虚しい現実(バッドエンド)を。

 

「・・・ダメだ、アツコ。戻ったら殺される・・・それくらい、分かっているだろう?」

 

だからこそ、サオリは受け入れられない。

たとえ『この世界はただ虚しいだけ』と教えられても、アツコを、家族を犠牲にするという選択を、サオリは認められなかった。

 

「・・・今まで私は、何の決定も判断もしなかった。だから、今回くらいは自分で決めたっていいでしょ?」

 

だが、アツコの意志は固く、話はこれで終わりだとばかりに再びアリウス兵へと向き合う。

 

「約束してくれる?みんなを自由にしてくれるって」

「・・・少し待ってろ。マダムに確認をとる」

 

アリウスの生徒に決定権はない。

アリウスに存在する全てがマダム(彼女)の所有権であるが故に。

アリウス兵が通信機を起動させると、今までの会話を聞いていたのか即座に返事が返ってきた。

 

『ほぉ・・・なるほど、分かりました。お約束いたしましょう』

「その名にかけて、誓って」

『名前を・・・?それにどれほどの意味が?』

「必ず約束を守ってほしいから」

『いいでしょう・・・すべての巡礼者の幻想である私“ベアトリーチェ”の名にかけて、お約束いたします』

「・・・うん、約束だよ」

 

言質はとった。

必要なことを終えたアツコは、そのままアリウス兵へと向かい渡されたガスマスクを装着した。

 

『傷一つないよう、丁重に扱いなさい。儀式は明朝、日の出と共に始めます』

 

ベアトリーチェの指示に従い、アリウス兵はアツコを連れて行こうとする。

その直前、アツコは最後にサオリたちの方に振り向いた。

 

「元気でね。サオリ、みんな・・・さようなら」

 

そう言って、今度こそアツコはアリウス兵に連行されて姿を消した。

この場には、サオリたち3人と何人か残っているアリウス兵が残された。

 

「ダメだ・・・アツコ・・・私は・・・お前まで守れなかったら・・・信念も・・・守るべきものも・・・全部なくなってしまったら・・・アツコ、私は・・・私はいったい、何のために今まで・・・何のために、生きているんだ・・・?」

 

茫然と呟き続けるサオリだが、そんなかつてのリーダーに対してアリウス兵は何も言わずにベアトリーチェに指示を仰いだ。

 

「・・・残りのスクワッドはどうしますか?」

 

アツコとの約束通り、本当に見逃すのか。

その確認に対する返答は単純だった。

 

『すべて始末なさい』

「かしこまりました」

 

約束はあっさりと破られ、周囲から銃弾の雨が降り注いだ。

 

 

* * *

 

 

「邪魔するよ」

「いら・・・ずいぶん不機嫌ですね」

 

古書館でいつものように作業を行っているウイのところに訪れたのは、不機嫌であることを欠片も隠そうとしないミラだった。

元々会う予定があったためミラが現れること自体に問題はないが、ここまでご機嫌斜めになっているとは聞いていない。

ただし、ウイにもその心当たりがないわけではなかった。

 

「聖園ミカへの糾弾、そこまでひどいんですか?」

「本気でトリニティを丸ごと潰そうかと思ったのは今回が初めてかもね」

「思い直してくれてよかったです」

 

わりと本気の声音のミラにウイは冷や汗を流すが、今のトリニティの状況を考えれば仕方のないことではあった。

現在、ミカはクーデター未遂で拘束されている。

ミカがしたことは簡単に許されることではないし、ティーパーティーの対応もなんら間違ってはいない。

問題なのは、部外者の生徒だった。

事件の関係者はアリウスなどの詳しい事情も把握しているため、ミカが全て悪いなどとは本気で思っていない。

もちろん罰は受けてもらうが、特に幼馴染みであるナギサは情状酌量の余地を与えたくもあった。

だが、関係ない他の生徒は違う。

部外者からすれば、ミカはかつての仇敵を引き入れてクーデターを引き起こそうとした裏切り者でしかない。

さらに質が悪いことに、事件についてほとんど知らない生徒ですらお祭り騒ぎに参加するノリでミカをむやみに貶める言動を繰り返している。

最初はデモの範疇にとどまっていた騒動は次第に肥大化し、現在ではミカが幽閉されている建物に石や火炎瓶を投げ込んだり、果てには私刑としてナギサとの思い出の品を含めたミカの私物を燃やす事態にまで発展していた。

 

「私とじゃ立場が違うから『桐藤ナギサの気持ちもわかる』なんて言うつもりはないけど、もしヒナが同じ目に遭ったらって考えたら、ね」

「・・・そんな日が訪れないことを祈っています」

 

あるかないかで言えば、余程のことがない限りないだろう。

トリニティは根本的にポジションゲームが染み付いており、自分より上の立場の者にむやみやたらと突っかかるような真似はしない。仇敵であるゲヘナの生徒とはいえ、ツルギと並ぶ武力の持ち主に手を出そうとは思わないし、思えない。

だが、逆に言えば自分より立場が下だと認識してしまえば、それを免罪符にどんなことでもしていいと思ってしまう。

今のミカの立場が、その最たる例だった。

 

「まったく、自分が偉くなったと勘違いした烏合ほど腹立たしいものはないね。ここに来る途中で『アンさんもあの裏切り者の制裁に参加しませんか?』とか言われたときはマジで殴り飛ばそうかと思ったよ。聖園ミカを裁く権利を持っているのはティーパーティーだけだっていうのに」

「一応聞きますけど、止めたりは?」

「さすがにそれは私の管轄外だよ。目障りだしさっさとやめてほいしとは思うけど」

 

もしミラの一喝(物理)で止まるのであれば、ミラとしても実力行使に出るのは吝かではない。

ただ厄介なことに、ミカが罪人であるという点は事実な上に、ミカ自身が騒動を罰として受け入れてしまっている。

こうなってしまえば、ちょっとやそっとで治まるとは思えない。それこそミカが裁かれた後もしばらく続くだろう。

方法があるとすれば、騒動の参加者も規則違反者として罰するくらいだが、数が多すぎて裁ききれない上に規則上では軽い罰で済んでしまう。

もしミカが受けるものと比べられて「やっぱりあの裏切り者の方が罪が重い」と受け取られてしまえば、それこそ沈静化は不可能に近くなる。

 

「今回の騒動に参加した全員に、ミカが受けるものよりも軽いと思われないような罰を与える。それが騒動を完全に治める最低条件だけど、ティーパーティーの権威が落ちている今、果たして誰ができるだろうね」

(ワンチャン、ハナコならできなくもなさそうだけど・・・彼女もミカの被害者の一人だし、そもそもナギサがこれ以上補習授業部に関わらせようとしないか)

 

今回の一連の事件、裏切り者問題からアリウスの襲撃まで補習授業部には多大な負担が掛かっている。

組織の体面という意味でも、良心の呵責という意味でも、これ以上アリウスやミカが関係する問題に関わらせたくはないだろう。

 

「そういうわけで、すぐにでも出たいからさっさと用件を済ませよう。用意はしてあるんだよね?」

「はい、ここにあります」

 

そう言って、ウイは机の上に置いてあった紙を取り出してミラに差し出した。

 

「遅くなってしまいましたが、これがカタコンベの情報です。とはいえ、判明したのは大雑把な構造と入り口の位置くらいですが」

「それでも助かるよ」

 

以前、アリウスとミカによるクーデター未遂が起こる前にミラが頼んだのは、カタコンベの情報収集だった。

カタコンベとはトリニティの学区内に存在する空間で、存在する理由など詳しいことは判明していない。

分かっているのは、出入り口が数百存在する上に内部構造が一定期間ごとに変わり続けており、正しいルートを進まなければ一生抜け出せなくなってしまうということくらい。

ミラも噂だけは聞いており、遺跡を調査しているうちにカタコンベの存在に思い至ったことでウイに調査を頼むことにした。

まさか全て終わってから呼び出されるとは思っていなかったが、結果的に必要になるタイミングではあったため文句は飲み込むことにした。

だが、それはそれとしてウイには聞いておきたいことがあった。

 

「ですが、正義実現委員会に伝えなくてもいいんですか?アリウスに関わる情報は知らせるって聞いてますけど」

「学区の位置がわかったんならともかく、何個もある入り口だけ教えてもねぇ。先走って迷子になられたら後味悪いじゃん」

 

ついでに「カタコンベの情報であってアリウスに関係するとは限らないし、嘘にはならないって」とまったく悪気を感じさせない様子で言い放つ。

これがバレたらどうなるか、ツルギに問い詰められる光景を想像して身震いしたウイは、どうにか頭から嫌な想像を追い払いながら気を取り直していくつもの丸が書かれた地図を取り出した。

 

「この子達に記された情報と現在の地図を照らし合わせてみましたが、ミラさんが怪しんだ遺跡のすべてにカタコンベの出入り口がありました。また、古聖堂の内部にもいくつか存在していたようです」

「あの時いきなり現れたからくりはそれか・・・つまり、アリウスはカタコンベの構造変化のパターンを把握している・・・?」

「かつての弾圧から逃げ延びたことも考えれば、可能性はあるかもしれませんが・・・」

 

少なくとも、ウイが調べた範囲ではカタコンベの全容が記された古書は見つからなかった。

もう少し調べれば何か分かるかも知れないが、アリウスとの関連性を調べるにしても情報が少なすぎる。

 

「気になるなら、こちらで調べておきましょうか?」

「いや、いい。もうトリニティに来る予定はないからね」

「そうなんですか?」

「少なくとも、自分から来ることはないかな」

「そうですか。それは寂しいですね」

「その割には『早く出ていけ』って顔をしてるけど?」

「そう思ってるので当然です」

「少しも隠そうとしないね・・・」

 

おそらく、照れ隠しではなく本気で出ていってほしいと思っている。

特別ミラが迷惑をかけたわけではないはずだが、ウイからすればいるだけで迷惑なのだろう。

こっそりとため息を吐きながら、ミラはウイに背を向けた。

 

「そういうことなら、私はさっさと出ていくとするかな。世話になったね、ウイ」

「はい、ずいぶん世話をかけさせられました・・・ですが、悪い時間ばかりではなかったですよ、ミラさん」

 

別れの挨拶にしてはずいぶんと捻くれている。

だが、その方がウイらしい。

 

「それじゃあね」

 

小さく浮かべた笑みを見られないように、ミラはさっさと古書館から去っていった。

その後ろ姿を見届けることなく、ウイは明かりを消して作業を再開する。

その途中、ミラに聞かれないよう小さく呟いた。

 

「・・・本当に、悪いことばかりではなかったんですよね」

 

ウイはどちらかと言えば一人が好きだし、それは昔も今も変わらない。ミラと関わったからといって変わることもない。

だが、それはそれとしてミラと過ごした時間は、心地よいとは言わずとも新鮮な体験ではあった。

元から一人でいる時間の方が多かったこともあって、ウイは自分の他に古書に精通している人物と会う機会に恵まれなかった。

そのため、修復はともかく解読の知識があり古書の価値を理解しているミラは貴重な存在だった。

親友とか同志ではなくただの腐れ縁でしかなかったが、だからこそウイも気軽に接することができた。

 

(あの人はもう会わないみたいに言ってましたけど、絶対そうはならないですよね)

 

たしかに、運命アンとして来ることはなくなる可能性が高い。

だが、暁ミラとしてなら何でもないような顔で現れるだろうことは容易に想像できた。

あのシャーレの先生とそれなりに関わっているならなおさら。

 

「先生とヒナタさんも、悪い人ではないですし・・・」

 

とある事情があって、ボロボロというか粉末のようになってしまった古書の復元を頼み込んできた二人。

片やいきなり連邦捜査部(シャーレ)とかいう胡散臭い部活の顧問になった先生、片やシスターフッドとかいうさらに胡散臭い超秘密主義の派閥に属しているヒナタ。

最初は出来ることならどちらとも関わりたくなかったが、今となってはミラと同じかその次くらいには心を許している。

あの二人はミラと違って古書に関する知識を持ち合わせていないが、気にならない程度には人が良かった。

 

「まぁ、今考えることではないですか」

 

なんとなく思い起こしはしたが、そんなすぐに関わってくるようなことはないだろう。

いったんミラや先生に関する思考を端に追いやり、再び作業へと没頭していった。




本作のウイは、ミラの影響で原作と比べて少しだけ先生への態度が軟化しています。
まぁ、それでもフレーバー程度ですが。
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