「くそっ、暁ミラめ!余計な真似を・・・」
爆発が治まり、アリウスの増援の一人が悪態をついた。
素早く障害物や横道の影に隠れたため直接的な被害はないものの、足止めという意味ではまんまとミラの狙い通りになってしまった。
行き先が分かっているとはいえ、このままでは撒かれてしまうかもしれない。
「奴ら、カタコンベに逃げました!追いますか?」
「まだ時間が残っている、追うぞ!」
ミラという障害は健在だが、地の利は自分たちにある。
先回りしてスクワッドを始末しようと踏み込もうとしたところで、場違いなほどに元気な声が響き渡った。
「いったた・・・あーもう!あんなに強く殴らなくてもいいじゃん!」
「聖園ミカ・・・!?」
ミラに殴り飛ばされていたミカが、腹を押さえながらもそこまでダメージを感じさせない様子で立ち上がった。
実際はさすがにノーダメージとはいかなかったが、ミラが先生に配慮して絶妙に加減していたこともあって戦闘に支障が出ない程度で済んでいた。
そして、改めてミカを警戒しながら周囲に展開しているアリウスの増援を見渡す。
「ふーん、援軍?」
「聖園ミカ・・・君は一時期、私たちの自治区を支援してくれていたな。それを考慮して、今すぐここから消えるのなら、手出しはしないでおいてやろう」
アリウスからすればここでミカの相手をするのは時間の無駄でしかないため、最後の警告として立ち去るように勧告する。
それに対し、ミカは普段通りの態度で挑発した。
「なになに?その程度の人数で私の相手をするってこと?ちゃんと脳みそ入ってる?面白いね!もしかして、暁ミラがいないから勝てると思ってるの?」
ミカにとっても、ここでアリウスの援軍と戦うのは時間の無駄になる。
だが、サオリと同じアリウスということでこの援軍はスクワッドの味方だと考えていた。
「スクワッドはどこに行ったの?ねぇ、もしかして時間を稼ぐつもり?」
であれば、自分の邪魔をするために送り込まれたに違いない。ならば戦闘は避けられない。
そう思っていたが、返された答えはミカの予想と異なっていた。
「・・・いや、私たちが追っているのはスクワッドだ」
「・・・えっ?」
「スクワッドはアリウスを裏切って逃げた。彼女たちを処分するのが我々の任務だ」
最初は言われたことの意味を理解し損ねたミカだったか、以前の事件の顛末から次第に今の状況を察していった。
「・・・あはは☆そうなんだ・・・面白いね、味方に捨てられちゃったんだ?・・・そっか、狩りに失敗した猟犬は用済みってことなんだね。それが、サオリの結末なんだ」
以前までは飛び抜けた実力や優れた指揮能力でアリウスの軍勢を率いていたというのに、今となっては裏切り者としてかつての部下たちから命を狙われる。
「・・・救えないな」
本当に、どうしようもない。
なんなら、自分と対して変わらない状況なのかもしれない。
だが・・・
「そこをどけ!今なら目をつむってやる・・・」
「報告です!スクワッドには暁ミラの他に“シャーレ”の先生が同行しているとのこと!」
そんなミカの様子に構わず隊長が最後の警告をしようとしたところで、アリウスの生徒の一人が慌てて報告に現れた。
先ほどから最前線で暴れまくっているミラもそうだが、先生もまたベアトリーチェから要注意人物としてマークされている一人だ。
それが、よりにもよってミラと共にスクワッドの味方をしているなど冗談にもならない。
「なっ、何だって!?すぐに彼女に報告を・・・」
もうただの裏切り者の粛清に留まらないと判断した隊長はすぐに報告の指示を出そうとしたが、その前に真横へと吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ねぇねぇ、私の話を聞いてなかったの?スクワッドは私のものだよ。誰にも渡さない」
隊長を殴り飛ばしたミカは、淀んだ瞳で周囲を見渡す。
たしかに、サオリたちスクワッドは自分と同じような目に遭っているのかもしれない。
だが、まだ足りない。状況は同じでももたらされた結果はまるで違う。
それに何より、自分自身の手で下さなければ気が済まない。
「・・・だからさ、消えてくれる?」
「それで、アツコを・・・彼女の命令で、アリウス自治区のバシリカに・・・」
その後、一人であっさりと増援を壊滅させたミカは適当に残した一人から詳しい事情を吐かせた。
あらかた情報を聞き出したミカは、情報を吐かせたアリウスの生徒を適当に投げ捨てて内容を反芻した。
「ふぅん・・・仲間を救うため、アリウス自治区に・・・先生と暁ミラを連れて?そっか・・・先生なら、きっとそうするよね。暁ミラの方は、気まぐれか同情かな?」
かつて調印式でアリウスをフルボッコにしたミラがなぜスクワッドの味方をしているのかだけは分からないが、特に重要なことではないと適当に理由をつけて思考を切り上げる。
それよりも、スクワッドに対してもいつも通りの姿勢を崩さない先生の方が問題と言えば問題だった。
「でも・・・それでも、私は追いかけるよ。追いついて、復讐する」
果たして、先生はそのことをどう思うだろうか。
ミカのことを軽蔑するか、あるいはがっかりするか。
できることなら、先生から嫌われたくはないが・・・
「・・・それでもね、私は自分を止められないの」
たとえ魔女と呼ばれようと、地の果てまで追いかけることになろうとも、絶対にサオリに復讐をしなければならない。
なぜなら、スクワッドを絶対に許せないから。復讐することでしか、自身の内で猛る炎を鎮めることができないから。
「・・・だから先生、私を止めないでね」
* * *
「・・・うん、大丈夫みたい。上がってきて」
アリウスの追撃を振り切った後、地上に出るはしごに着いた先生たちはミラが先に敵がいないのを確認してから続いていった。
「ここなら警備の手が薄いはず・・・正解だね」
「そ、そうですね・・・」
「ふぅ・・・ぐっ・・・」
先に登ったミサキが改めて安全を確認し、それからヒヨリ、サオリ、先生と続いていく。
はしごを登った先は廃墟であり、先生はキョロキョロと辺りを見回しながら呟いた。
「ここが、アリウス自治区・・・?」
「・・・昔はそうだったけど、今はただの跡地だよ。本当の自治区はもう少し先。でも私たちが向かってることがバレてるから、そう簡単に近づけないと思う」
先生の質問に答えつつ、ミサキはこの先で待ち構えているであろう敵について思考を巡らせる。
それに対して、ヒヨリは昔を懐かしむように今いる場所について説明した。
「・・・ここは訓練場でした」
「訓練場?」
「元は遺跡だったんだけど、内戦が終わった後は訓練場としても使われてたの」
「内戦・・・?」
ミサキの補足で出てきた不穏なワードに先生が反応すると、少し目を逸らしながら内戦について語った。
「10年くらい前、アリウス自治区の内部が二つに分かれて起きた戦争のこと。私たちと同年代のアリウス生ならみんな知ってる」
「ふぅん、方針で揉めた感じ?」
「・・・似たようなものだけど、少し違う。まぁ、あんまり面白い話じゃないし、今回の任務とも無関係だし・・・進んで話したくはないかな」
興味丸出しのミラを牽制するように、ミサキはさっさと話題を切り上げる。
だが、ヒヨリはこの訓練場について想いを馳せ続けた。
「私・・・まだ、覚えてます。アズサちゃんと会った初めて場所が、ここでしたよね?」
ヒヨリ曰く、爆弾製作か射撃の訓練で大人の命令に従わなかった子がいた。
その子は大人に対して反抗的でずっと睨み続け、大人にヘイローが壊されそうになるまで殴られ続けた。
ヒヨリを含めた周囲はただ見ていることしかできなかった中で、アズサに駆け寄ったのがサオリだったのだという。
「・・・思い出に浸るのは後にして。今は任務に・・・」
「いや、ここでいったん休憩しよう」
このままだといつまでも昔話をしそうな空気を感じたミサキが引き留めようとするが、ミラがそれを遮った。
まさかここにきて自分の興味を優先するつもりなのかと、ミサキは怪訝な表情でミラの方に視線を向ける。
「なんで?日の出までに姫を助けないといけないんだから、すぐにでも・・・」
「サオリ、無理しないですぐにでも横になった方がいいよ」
「うっ・・・ぐっ・・・」
そう言うと、ミラはサオリの肩を掴んで横になるように引き倒した。
サオリは抵抗しようとするが一瞬ももたず、むしろ糸が切れたようにミラの腕の中に倒れ込んだ。
「り、リーダー!?」
「・・・すごい熱。こんな状態になるまで我慢するなんて・・・」
「一つの山場を越えて、ちょっと気が抜けちゃったんだろうね」
唐突なサオリの体調の変化にミサキとヒヨリは驚くが、冷静に考えれば無理もない話だった。
元々サオリはここ4日近くはまともに休むことが出来ておらず、さらには負傷した体を無理やり動かし続けてきたため気力で耐えるのも限界がきていた。
「ん~、せめて解熱剤でもあればいいんだけど・・・」
アリウスを抜けてからまともに物資の補給をすることができないスクワッドはもちろん、ミラも負傷や病気にはほぼ無縁な生活を送っていたため、薬の類は持っていない。
ひとまず手荷物を枕代わりに下に敷いているが、今できるだけの対症療法だけでもしておくか。
「はい、これ。飲ませてあげて」
どうしようか悩んでいたミラたちだったが、先生がカバンから解熱剤を取り出したのを見て目を丸くした。
「・・・持ち歩いてたんだ」
「胃腸薬に猫のおやつ、チョコバーとかもあるよ」
「胃腸薬とチョコバーはともかく、なんで猫のおやつ?野良猫にでもあげるの?」
昨今のJKでも猫のおやつまでは持ち歩いていないだろうと思うが、それはそれとしてミラは先生から解熱剤を受け取ってサオリに飲ませる。
薬を飲んだことで荒くなっていた呼吸は治まっていき、次第に寝息へと変わっていった。
とりあえず状況は幾分かマシになったが、こうなってはここから動けないだろう。
「さて、それじゃあサオリが目を覚ますまで休憩ってことで。あっ、寝ずの番は私がやっておくから、3人とも寝てていいよ」
「さすがにそこまでは・・・」
「私なら大丈夫。二徹とか三徹くらいならいけるし、砂漠をぶっ通しでマッピングするよりはずっと楽だから」
「いや、それってどういう状況・・・せめて二人体制でってことにしておいて」
「ん~、そういうことなら」
ミラとしては本当に一人で監視を続けても問題なかったが、さすがにここまでおんぶにだっこなのは気が引けたミサキの要望によってミラも大人しく引き下がった。
とはいえ、この中で戦闘訓練を受けていない先生は話が別だ。
「それじゃ、先生は少しでも寝ておいて。ヒヨリはどうする?」
「うん、ありがとう」
「わ、私はリーダーの様子を見てます」
先生は素直にミラの厚意を受け取り、横になって瞼を閉じる。
ヒヨリは容体が安定したとはいえ落ち着かないのか、寝ているサオリの傍に座って看病を始めた。
その様子を確認してから、ミラとミサキは少し離れた場所に移動する。
そして、先生たちを起こさない程度の声量でミラはミサキに話しかけた。
「それで、何か私に聞きたいことでもあるの?」
気づいてたんだ、と驚くと共に、それもそうかと納得もする。
自分でも自覚がある程度にはミラの方を見ていたのだから、自覚してないことまでズカズカと入り込んでくるミラにバレるのは至極当然と言える。
特に隠すようなことでもないため、ミサキは素直に気になることを尋ねることにした。
「別に、大したことじゃない。聖園ミカも言ってたけど、どうして私たちを助けてくれるんだろうって、それだけ」
自分たちがしてきたことを考えれば、憎みこそすれど助けようだなんて普通は思わないだろう。
先生に関しては、なんかもうそういう生き物なんだろうと納得することもできなくはない。
だが、敵と判断すれば容赦なく叩き潰すミラに同じ理屈が通用するとも思えない。
何より、自分たちよりも早くサオリの異変に気がつくほど気にかけられる理由なんてないはずだ。
「んー、それって利害の一致とか先生がいるからとか、そういうのじゃないやつ?」
「まぁ、そう。要は、本当に私たちの事を恨んでないのか、って感じかな」
「うん、先生がいなくても手伝える程度には恨んでないかな」
「・・・どうして?」
自分たちへの復讐よりも優先すべきことがあるのか、あるいは単なる気まぐれなのか。
様々な可能性が頭の中を駆け巡るが、ミラは何てことのないように理由を口にした。
「単純に、道具を恨む趣味はないってだけだよ」
「・・・・・・」
返ってきた答えは、傲慢そのもののようなものだった。
だが、少なくともミサキはミラの言葉を否定できなかった。
道具。たしかにその通りだ。
あの時、いやそれより前から、自分たちはベアトリーチェの駒であり、人形であり、道具だった。
そうなるしかなかったし、それ以外の在り方を許されなかった。
「まぁ、今思えばそれもサオリなりにスクワッドを守ろうとした結果だったんだろうね。そうなると、あの時『同情する』なんて言ったのは失敗だったかな」
「いや、今となってはその方がまだマシだし、気にしなくてもいい」
ひとまず、ミラなりに敵対する理由がないということが分かっただけでもありがたかった。
そんなことを考えながら、ミラとミサキは先生が目を覚ますまでポツポツと会話を交わしながら警戒を続けた。
良い意味で人の心がないミラです。
いや、人の心がないのに良し悪しがあるのかは知りませんけど。