「はぁ~、どうしたものか・・・」
知り合いの予想外の変化に思わず動揺してしまったミラは、つい衝動的に校舎のすぐそばまで近づいてしまったのだが、校舎に入る直前でギリギリ踏みとどまることができた。
今のミラは表舞台から姿を隠している身、知り合いの前に姿をさらすわけにはいかない。
本来の目的を果たすべく、踵を返してこの場から離れようとしたのだが・・・
「おいおい、何もんなんだおめぇはよう!」
「ここら辺じゃ見ないな、よそ者か?」
「アビドスの前にいるってことは、あいつらの知り合いなんだろ」
(めんどくさいのに絡まれたなぁ・・・)
ミラが校舎から離れる前に、周囲からぞろぞろとヘルメットをかぶった不良集団が現れ、あっという間にミラを取り囲んでしまった。
ミラの方はさっさとこの場を離れたかったのだが、騒ぎを嫌って下手に出たのが運の尽き。調子に乗ったヘルメット集団は校庭のど真ん中に誘導してまでミラを帰そうとしなかった。
「いや、私は別に関係者じゃないから。君たちに喧嘩を売るつもりもないし、さっさとどいてくれないかな?」
「リーダー、もしかしてこいつ、人質に使えるんじゃないすか?」
「たしかに、それもそうだな。あいつらもすでに弾薬の補給を絶たれているし、こいつを使って脅せば確実に校舎を占領することができるぞ!」
「あぁもう、人の話を聞かないんだから・・・」
そう愚痴るミラだが、言葉に出しているほど嫌がっているわけではない。
というより、ゲヘナに行けばこの手の不良は掃いて捨てるほど存在する。この程度で辟易していては、ゲヘナの風紀委員会など務まるはずもないのだ。
「そういうわけだ、大人しくしてもらうぞ」
リーダー格の赤服がそう言うと取り巻きがミラの両脇を拘束し、アサルトライフルの銃口をミラの頭に向けた。
「安心しろ、ちょっと痛いだけだ。死にはしない」
「はぁ・・・しょうがないか」
ミラがため息を吐くと同時に、赤服が引き金を引いた。
だが、弾丸が頭部に着弾するよりも早く、ミラは押さえつけている取り巻きごとしゃがみこんだ。
「「え・・・?」」
「えいっ」
「「ぐぁっ!?」」
そして、しゃがみこんだ勢いのまま両脇の取り巻きを地面にたたきつける。
「は?えっ?」
「反応が遅いよ」
「がはっ!?」
突然の事態に赤服が混乱する中、両手の取り巻きを適当な場所に投げ捨てたミラは低い姿勢のまま赤服の足を払い、そのまま空中で回転する赤服の腹めがけて回転蹴りを叩き込んだ。
蹴り飛ばされた赤服は後ろに控えていたヘルメット集団の何人かを巻き込み、校舎の塀にヒビができるほどの勢いで衝突し、ズルズルと地面に横たわった。
そこでようやく、他のヘルメット集団も起こっている事態に理解が追い付く。
「え・・・えっ?」
「何が起こって・・・?」
「よし、バカ共。一度しか言わないから、よく聞いて」
困惑するヘルメット集団を余所に、ミラはドスが効く声で忠告した。
「5秒あげる。伸びてる連中を回収してさっさと失せろ」
「「「「は、はいっ!!」」」」
直感的に同じ目にあわされると理解した残りのヘルメット集団は、惚れ惚れするほどの手際の良さで気を失っている仲間を回収して、5秒も経たないうちに完全に校舎から姿を消した。
「うんうん、聞き分けが良くて何より。それじゃ、バレないうちにさっさと・・・」
「あれ、誰もいない?ってちょっと、そこのあなた!いったい何をしてるの!?」
「・・・早いなぁ、やっぱ思っていたより優秀なんだね」
できるだけ静かに手早く済ませたつもりだったが、赤服の発砲音と叩きつけた際の衝撃は校舎の方にも届いていたらしく、校舎の中から生徒が走りながら話しかけてきた。
とはいえ、あまり人目につきたくないミラはその声を無視してさっさとその場を後にしようと背を向ける。
「・・・あれ、君はもしかして、あの時の?」
だが、その後に聞こえた声に、ミラは思わず動きを止めてしまった。
振り返ってみれば、最初に出てきた黒髪の生徒の後ろから大人の男性が思わぬ再会に軽く目を見開いていた。
それはミラも同じで、なんならその衝撃は男性が感じているものよりも遥かに大きかった。
「えっ、先生?なんで?」
その男は、連邦生徒会長から託され、先日困っていたところを少し助太刀したシャーレの“先生”その人だった。
先生がアビドスにいる理由は想像できなくもない。超法規的機関であるシャーレだが、その仕事内容は言ってしまえば“学区の垣根を超えたお助け屋”のようなものであり、現在進行形で困っているであろうアビドスがシャーレに依頼をしたのだと考えれば説明はつく。
とはいえ、個人で戦車を含んだ武装集団を壊滅させるという派手なパフォーマンスをしてから日も浅く、さらによりにもよってちょうどアビドスで活動をしようと思ったピッタリのタイミングで再会するとは思ってもいなかった。
思わず思考回路がパンクしそうになってしまうが、それでもまだ正体を明かすわけにはいかないという鋼の精神で、どうにか再び背を向けてその場から逃走を図ろうとする。
「あれ、もしかしてミラ?なんでこんなところにいるの?」
だが、とどめと言わんばかりにミラの動きを完膚なきまでに停止させたのは、2年前に会った時と比べて変わり果ててしまった知り合いであるホシノだった。
現在は白い外套で顔を隠している変装モードで、特徴的なヘイローも角でフードを広げることで見えづらいよう工夫していたのだが、すぐにバレてしまったようだ。
それでもまだ逃げようと思えば逃げ切れるかもしれないが、頭上にはドローンが浮かんでおり、ホシノも逃げようとしているミラの姿勢に気付いたのかいつでも追跡できるように身構えている。
それに何より、
(あぁもう、こうなったらいっそ追いかけてくるホシノちゃんと楽しむのもまた一興・・・いや、なんかアビドスもいろいろ大変そうだし、それに先生もいるし、今は我慢した方が良さそうか・・・)
ここで逃亡戦になったとして、追いかけてくるホシノ相手に自我を保つ自信を持つことができなかった。
そこでようやく観念したミラは、フードを外して先生たちに向かい合った。
「はぁ、こんなつもりじゃなかったんだけどな・・・久しぶりだね、ホシノちゃん。それと、先生も数日ぶり」
* * *
「・・・え?追いかけるつもりはなかったの?」
「そうだよ~?おじさんもう歳だから、追いかけっこはちょっとね~」
「うそでしょ・・・?」
謎のヘルメット集団を撃退した後、ミラはホシノに連れられる形でアビドスの対策委員会の部室に案内された。
そこで、ミラはホシノから追跡の姿勢は形だけで行動に移すつもりはなかったこと、その理由もミラの追跡が面倒だったからで、それでもうっかりミラの名前を口にして相手が知り合いだと先生と後輩に知られてしまったからポーズだけでも追いかける姿勢だけは見せておこうと見栄をはったことを知らされた。
過去の姿からは考えられない怠惰っぷりに、ミラの情緒が破壊されそうになってしまう。
だが、それだけならまだいい。いや良くはないが、ギリギリ耐えられる範疇ではある。それでも表面張力いっぱいまで水を注いだコップの如き不安定さだが。
それよりも衝撃的だったのは、
「おじさん?おじさんって・・・えっ、なんで?うそでしょ?どうして、そんな、ホシノちゃんが、こんな・・・!」
ホシノの一人称が『私』から『おじさん』に変わっており、さらには花の女子高生(17歳)であるにも関わらず歳をとっているムーブをしているという見るも無残な姿に、ミラはこの世の全てに絶望したかのような表情で長机に突っ伏した。
「違う、違うんだよ!私の知ってるホシノちゃんは、もっとこう、ちゃんとしてて、真面目を地でいく子だったはずなのに、なんで、どうしてこんな・・・!!」
「あーこらこら、机を叩かないで。おじさんたちお金がないし、あまり壊さないようにね~」
「ぬあぁぁぁぁぁ!!」
もはや錯乱を通り越して発狂してしまっているミラに、先生を含むほぼ初対面の他5人は茫然とその様子を見守るしかなかった。
「えっと、ホシノ先輩?結局、その方はどちら様なんですか?」
ここでようやく、アビドスの常識人枠である一年生の奥空アヤネが意を決してホシノに問いかけた?
「ん~?えっとね~、昔の知り合い、って言えばいいのかな?まぁ、2年くらい前に一度だけ会ったきりだけど」
「そうだったんですか。それで、その・・・」
「あ~、ミラのことは気にしないでいいよ~。たぶんしばらくすれば落ち着くだろうし・・・」
「・・・落ち着けるわけないんだよなぁ!?」
ホシノの言葉に反応したミラが、ガバッ!と起き上がって目にも止まらぬ速さでホシノの背後に回り込む。
そして左腕で腕ごとホシノを抱きしめ、空いた右手でホシノの頬を掴んでぐにぐにと挟みこねくり回し始めた。
「そりゃあ2年も経ってるんだもんちょっとは変わってると思ったけどさぁ!前よりも背が伸びてるとか、性格が丸くなったとか、それくらいだと思ってたのにさぁ!!それがまさかこんなおじさんキャラになるなんて思わないじゃん!!」
「むぃむぃむぃそういうミラは変わらないねむぃむぃむぃ」
「ホシノが変わり過ぎてるの!このこの!されるがままになりよって!昔はもっと積極的にやり返そうとしてきたじゃん!」
「えぇ・・・?」
2年前に一度会っただけと言うにはベタベタすぎる距離感に、アヤネも思わず困惑の声をあげる。
再び収拾がつかなくなりそうになるが、ここでようやく先生が仲裁に入った。
「えっと、ミラ?一回落ち着いて?私としても君とはいろいろと話がしたいから」
「ん?あぁ・・・それもそっか」
先生の言葉でようやく落ち着いたミラは、そのままホシノを膝の上に乗せて椅子に座って先生に向き直った。
「・・・ホシノはそのまま?」
「だめ?」
「まぁ・・・いいかな」
「うへ~・・・」
ツッコミを放棄した先生にホシノはぐでぇーと脱力するが、満更でもないのかちゃっかり座る位置を調節した。
そこでようやく、ミラは改めて自己紹介を始めた。
「それじゃあ、先に自己紹介からだね。改めて、私は暁ミラ。学校は一応ゲヘナだけど・・・最低でも停学扱いになってるかな。もしかしたら退学になってるかも」
「それはどうしてかな?」
「私、今行方不明ってことになってるから。2年前にわけあって出奔して、姿を隠しながら調べ物をしていたんだ。詳しい内容は秘密ってことで」
「ミラが話したくないなら、私も無理強いはしないよ。あの時助けてくれたのは?」
「先生のことは、ちょっと前に連邦生徒会長から聞いてたんだ。まぁ、一方的に押し付けられただけなんだけど。だから私も会長の詳しいことも知らないよ。それで試しに顔を見に行こうと思ったら、あんなことになってたからちょっと助けてあげたってこと。会長からの頼みだしね」
「そっか・・・」
今の説明でもいろいろと聞きたいことはあったが、それでも必要な分は理解したということでいったん言葉を飲み込んだ。
代わりに、黒猫耳の一年生の黒見セリカが気になることを尋ねた。
「それで結局、ホシノ先輩とどういう関係なの?一度会っただけにしてはずいぶんと馴れ馴れしいけど」
「え?あー、えっと、それは・・・」
「ホシノちゃんとは、2年前に戦った仲なんだよー」
ホシノが言葉に詰まる中、ミラがいっさいの躊躇いなく放った言葉で、部室内の空気が一気に微妙なものになった。
「え、っと・・・それってあれですよね?ホシノ先輩と共同で任務をしたとか、そういう・・・」
「違うよ?私とホシノちゃんが戦ったの。私vsホシノちゃん」
「ちょっと、ミラ?もうその辺で・・・」
「それってどういうことですか?」
「ん、詳しく」
ここで、今まで会話に入れなかった二年生の十六夜ノノミと砂狼シロコがグイグイと食い気味に反応してきた。
「ね、ねぇ?みんなもその辺でむぐっ」
「2年前の私はちょっとやんちゃでね、アビドスの学区内に無断で侵入したことがあったんだ」
「なんでそんなことをしたんですか・・・」
「天体観測がしたくてね。アビドスの砂漠地帯なら綺麗な星が見れると思ったんだけど、どうせ人少ないしバレないかなって思って、事前連絡とかしなかったの。そこをホシノちゃんに発見されたのがきっかけだったね」
「むぐむぐっ」
話の流れが不穏になってきたのを感じたホシノが話を中断しようとしたが、その前にミラに手で口を塞がれてしまう。さらにはミラの体勢も抱きつきから足を使った組み付きへと変化し、完全にホシノの身動きを封じる形になっていた。
ホシノも必死に抵抗するが、ミラの膂力からなる本気の拘束には抗えず徒労に終わってしまう。
「でも、なんでいきなり戦闘になるんですか?天体観測が目的なら、素直にそう言えば通してもらえると思うんですけど」
「これでも私は強くてね、他校からマークされていたんだ。今は姿を消したからそうでもないけど。それで、昔のホシノってすごい真面目っていうか、とても攻撃的な性格だったんだ」
「もごもごっ!?」
「そうなの?今のホシノ先輩からは考えられないけど」
「それこそ当時は“暁のホルス”なんて異名で呼ばれてて、いろんなところから危険人物としてマークされてたんだよね。そんなんだったから、私の言い分を聞かずに襲い掛かってきて、それで戦闘になったわけ」
「むぐー、むぐーっ!!」
「へぇー、ホシノ先輩にそんな過去があったなんて、意外ですね」
「私も始めて聞きました~」
「さすがホシノ先輩」
「あっそうだ。当時の写真があるんだけど見る?」
「!?!? もごもごもごもごっ!!」
ミラの提案に、ホシノがさらに抵抗を強める。
先ほどよりも全力で拘束を振りほどこうともがき始めるが、悲しいことにそれでもミラの拘束は僅かほども緩むことはなく、無情なまでにミラが携帯を操作して当時撮った写真を披露した。
「これが昔のホシノ先輩ですか?」
「うわ~、本当に今と全然違うわね。信じられないわ」
「ん、この人相なら銀行強盗も問題なさそう」
「ホシノちゃん真面目だったから、強盗とかはしないかな~」
画面に映っている写真は、嫌そうに顔をしかめるホシノの肩に手を回して抱き寄せながらピースをしているミラとのツーショットだった。
ホシノの過去を知らない3人は無邪気にはしゃぎ、ホシノはミラの拘束の中で顔を真っ赤にして目をグルグルと回しながらぐったりとうなだれてしまった。
だが、アヤネの何気ない質問でホシノの身体が思わずビクンッと震えることになる。
「そういえば、この写真って誰に撮ってもらったんですか?」
「当時の他の生徒だよ。この時は最終的にアビドスのみんなで観測会をすることになってね。その時に先輩から撮ってもらったの」
「へぇ~、そうなんですか。他に写真はないんですか?」
「ないかなー。私の行動をゲヘナにも内緒にするってことで収まったから、あまり証拠になるような写真は何枚も撮れなかったんだ」
ミラの説明に頷きながら写真をマジマジと見続ける3人だったが、意識が自分から外れていることを確認したミラはそっと周囲に聞こえない程度の小声でホシノに耳打ちした。
「・・・安心して、ユメ先輩のことは話さないから」
「・・・ん」
今回の暴露で一番の不安材料だった先輩のことだが、ミラが口外しないと約束してくれたおかげでようやく肩の荷が下りた。
だが、それはそれとして囁いた瞬間の隙を見逃さず、ホシノはあっという間にミラの拘束から脱出した。
「よっと。ほらほら、おじさんをからかうのはこれでおしまい。はい、席に戻って戻って~」
「は~い」「わかりました」「ん」
これ以上黒歴史を暴露されてたまるかと、ホシノはミラの携帯と後輩たちの間に入って着席を促し、3人も満足したのか大人しく椅子に座る。
それを確認したミラは、携帯をポケットにしまって椅子から立ち上がった。
「それじゃ、私はこれで失礼するよ」
「あっ、待ってください!せめてカタカタヘルメット団を追い返してくれたお礼を・・・」
「別にいいよ。私はただ巻き込まれただけだし、大した労力も使ってない。どうしてもって言うなら、そのカタカタヘルメット団とかいう連中が置いてった装備をいくつかくれれば十分だから」
「は、はぁ・・・」
「それに、そっちはそっちで大変でしょ。せっかく先生が来てるんだから、ちゃんと話し合った方がいいと思うよ。部外者の私はさっさと退散するから。んじゃ、またねー」
そう一方的に言いたいことを言ってさっさと部室から出たミラは、そのまま廊下を進まずに目の前の窓を開けて飛び降りた。
「ちょっ、危ないですよ!?ここは3階・・・」
アヤネが慌てて窓の下を覗き込むが、そこにはすでにミラの姿はなかった。
「行っちゃいました・・・」
「なんというか、掴みどころのない人ね・・・?」
「ミラについてはあまり常識に囚われない方がいいよ~。あぁ見えて、キヴォトスで一番強いだろうからね」
「そうなの?」
「そんなすごい人だったんですか・・・」
「そういえば、私が初めて会った時は一人で戦車を破壊して暴徒を鎮圧していたね」
「「「「えぇ・・・」」」」
改めてミラの規格外さを再認識した5人は、まるで嵐が過ぎ去ったかのような感覚を味わっていた。
ただ一人、ホシノだけが神妙な表情で何かを考えていることに気付かないまま。
ちなみに靴は飛び降りた先の1階の窓から侵入して回収してます。
というか、もう2,3回くらい戦闘シーン出してるのに全部銃を使わずフィジカルで解決してるってマジ?