キヴォトスの白い龍   作:リョウ77

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今回は内容は軽めというか、ほぼ原作回です。
さすがにミラを挟み込む余地がないので・・・。


アリウス編・13

「あーあ・・・結局、先生は行っちゃったね」

 

遠ざかっていく足音を聞いて、ミカは残念がるようにサオリに語り掛けた。

先生はサオリではなくアツコを選択した。

それがそもそもの目的なのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

 

「よかったね、サオリ。きっと、あなたのお姫様は助かるよ」

「ミカ・・・お前が望んでいたのはこんなことだったのか?」

 

ミカの言葉には触れず、サオリは今までの行動について問いかける。

ミカがサオリを憎んでいるのは分かる。

だが、こんな状況になってまで叶えようとするほどのものなのか、今のサオリには判断しかねる。

 

「私が望んでいたこと・・・?私、何を望んでいたんだっけ・・・まぁ、別にあなたを狙ったわけじゃないよ。正直に言えば、誰でもよかった。むしろ、先生が残ってくれたらいいなー、とか・・・思ったりしたくらい」

 

そうすれば、先生は自分のことを見てくれるだろうから、と。

 

「セイアちゃんにもよく言われるんだよね。『衝動的で何も考えてない』ってさ。暁ミラだって、私のことを癇癪を起してる子供みたいな扱いだし・・・ちょっとひどくない?」

 

セイアのことについては分かりかねるが、たしかにミラは相手の地雷を敢えて踏み抜いていく程度には無遠慮だ。

ミラなりの考えがあるだろうとはいえ、褒められるものではないだろう。

それはそれとして、2人の言っていることが割かし正論であることに変わりはないが。

 

「・・・うん。やっぱり、私が一番望んでいたのはこれかなぁ・・・最も憎いあなたが、こうして私の前にいること。そろそろ、私たちの結末を迎えようか、サオリ」

 

ミカがサオリを倒して復讐を成し遂げるか、サオリがミカに打ち勝ってアツコを助けに行くか。

2人の物語に決着をつける時がきた。

だが、それにも関わらずサオリはミカに喋るだけ喋らせてだんまりを決め込んでいた。

そのことに対して、ミカは不満混じりに訝しむ。

 

「・・・黙ってないで何か言ったらどう?『納得できない』とか、『お前の不幸は自業自得だろう』だとか、言い訳しなくていいの?」

「・・・いや、納得している」

 

サオリがそういった次の瞬間、瓦礫の影から小さな爆発音と共に粉塵が辺りを包み込んだ。

一見煙幕にも見えるが、サオリが柱の裏に回ってさらに起爆装置を起動させると激しい閃光と共に手榴弾とは比較にならないほどの爆発と熱波がミカに襲い掛かった。

 

「い、いたた・・・」

「今は生産が禁止されている武器だ。アリウスの訓練場にたくさん捨てられていてな」

 

ミラが戦闘という建前の蹂躙に勤しんでいる間、サオリたちもただそれを見守っているだけではなかった。

ある時はミラが倒したアリウスの生徒から、ある時は付近の訓練場や武器庫から、出来る限りの兵装を回収していた。

最初は対ベアトリーチェのために集めていたが、結果的にミカにも通用するものが多く用意できたのは不幸中の幸いだろう。

それでも、それだけで倒しきれる自信があるわけではないが。

 

「そうなんだ☆別に興味ないけど?」

「ミカ・・・私はお前の憎悪を否定しない」

 

ミカの運命を捻じ曲げたのは自分だ。

ミカがトリニティの裏切り者となって“魔女”の烙印を押されてしまったのは、自分のせいだ。

 

「ならば、私はお前の憎悪に応じよう」

 

自分が持っているすべての手段を使って、ミカの相手をする。

それが、サオリにできる唯一の責任の取り方だった。

 

「それじゃあ、今からちゃんと相手するからさ・・・全力で抵抗してみてよ。あなたにとっては、すべて虚しいことなんだろうけど」

「そうか・・・なら、最後までもがいてやろう」

 

こうして、紡がれた憎悪に決着をつけるための戦いが幕を開けた。

 

 

* * *

 

 

アリウス自治区で過ごしてきた中で、思い出せるのはほとんどは碌でもない記憶ばかりだ。

それしかない、とまでは言わないが、嬉しいとか楽しいとか、そんな感情を抱いたことは一度もない。いや、許されなかった、と言う方が正しいだろう。

人質として送られているアツコを路地裏から眺めたり、反抗的だったために大人から暴力を振るわれていたアズサを引き入れたり、悲観的なミサキにかける言葉が見つからなかったり。

時にはサオリ自身も抵抗することがあったが、失敗しては慈悲や許しを請うといったことを繰り返し、次第に諦めていった。

だというのに、自分と同じように諦めたと思っていたアズサは、再び自分の意思を取り戻して立ち上がり、自分の手から離れていった。

自分がどれだけ手を伸ばしても、どんな言葉をかけても、だんだんとアズサの背中が遠くなっていき、やがて・・・

 

「・・・アズサ」

「・・・アズサ?」

 

思わずこぼれたアズサの名前に、ミカが反応する。

そこで、サオリは自分が柱にもたれかかって気絶していることに気が付いた。

どうにか立ち上がろうとするが、全身に激痛が走ったことで倒れこんでしまう。

 

「う、ぐっ・・・!」

「・・・その傷じゃ無理だよ、サオリ」

 

ミカの言う通り、サオリは全身のいたるところから血を流しており、すでに戦闘を続行できるような状態ではなくなっていた。

対し、ミカはあちこちに傷を負っているもののほとんどが軽傷で、何事もないように佇んでいる。

 

「・・・そうか・・・そうだな・・・私は負けたのか」

 

ミラが削ったにも関わらず、手も足も出なかったほどではないにしろ、決定打を与えることはできなかった。

まさに完敗だ。

 

「・・・もういい」

「もう、いい・・・?」

 

唐突に全てを諦めるようなセリフを吐いたサオリに、ミカが思わず首を傾げる。

最初は何が何でも諦めない気概さえ感じたというのに、今更になってどういう心境の変化があったのか。

だが、サオリからすれば過去の走馬灯を垣間見た今だからこそだった。

 

「あぁ・・・これ以上、もう何が正しいことなのか分からない。今まで、これが正しいと思って突き進んできた・・・だが、いざ振り返ってみたら、全てが間違っていた・・・」

 

大人から助け出すために引き入れたアズサは自分から離れ、アツコを守るために遂行した調印式襲撃作戦は失敗し、挙句アツコは生贄として連れていかれ自分たちは用済みとして処分されそうになっている。

助けるために移した行動は、そのすべてが実を結ばなかった。それどころか、最悪の結末を迎えることにも繋がってしまった。

 

「・・・あなたは、アズサちゃんに何を聞きたかったの?」

 

かつてスクワッドの一員としてスパイとしてトリニティに潜り込み、だがクーデターをきっかけに離反し、調印式で決定的に決別したアズサ。

先生という変数があったにしろ、サオリにとって駒の一つであったのは確かなはずだ。

なのに、今さら何を聞こうというのか。

だが、サオリからもたらされたのはミカが思ってもみなかったことだった。

 

「・・・アズサは・・・元々、スパイとして選んだわけではない」

「・・・えっ?」

「あの子は・・・“()()()()()”に、なる予定だった」

「なっ・・・」

 

サオリの告白に、ミカは混乱する。

そもそも、アズサをスパイとして引き入れようと提案したのはミカの方だ。ミカの提案に対して、サオリからそんな言葉が出てきたことは一度もない。

 

「トリニティとアリウスの・・・最初にその表現を使ったのはお前だったな、ミカ」

 

続くサオリの言葉に、ミカの混乱はさらに加速する。

“和解の象徴”など、ミカの記憶の中で建前でしか言った記憶がない。

 

「何言ってるの・・・それは、先生を騙すために、適当に言い繕った・・・」

「・・・いや。お前が初めて訪ねてきたときに使った言葉だった・・・お前はあの時、アリウスと和解したいと言った」

 

だが、サオリはミカも忘れていたことをはっきりと覚えていた。

結果的にベアトリーチェの圧力に屈してしまったが、それでもサオリはミカの言葉が本当であると信じていた。

だからこそ、自分こそがミカを都合よく利用していたと認識していたのだ。

 

「何故だったのかは私もよく分からない・・・でも、アズサなら・・・私は・・・アズサにそんな存在になってほしいと思っていたのだろう・・・」

 

古い記憶の中でアズサが大人に反抗していたことも、理由の一つなのだろう。

アリウスの考えに染まらないアズサならあるいは、という希望が心のどこかにあったのかもしれない。

それこそ、調印式で対立していた時でさえ。

 

「ミカ・・・私は、お前のことが理解できなかった。いったい何を望んでいるのか、まったく見当がつかなかった。だが、ミカ・・・お前は・・・本当に、心から私たちと和解したかったのだろう」

 

それを信じ切ることができなかったのは、それがベアトリーチェの意志だったからであり、自分が弱かったから。

なぜなら、自分たちは訓練を受けた人殺しであり、そんなハッピーエンドを望んでいいような存在ではなかったから。

だから、自らの、ベアトリーチェの目的のために、ミカを騙し、地獄へと導いた。

アズサも、“和解の象徴”ではなく“スパイ”としてトリニティに送り込んだ。

 

「・・・すべてが、私のせいだ。私は、猟犬なんかじゃない。私は・・・周囲の全てに苦痛をまき散らす・・・疫病神だ」

 

自分が半端に救いの道を求めなければ、そもそもスクワッドにならなければ、こうしてミカや自分たちを含めた大勢が苦しむことはなかったのかもしれない。

 

「アズサに聞きたかったこと、か・・・そう、あったな・・・その全てを押し付けられたにも関わらず、アズサは・・・幸せそうに見えたんだ」

 

たしかに昔は大人に対して反抗することも多かったが、サオリの下で訓練を受けるようになってからは反抗心も減り、自分の気持ちに固く蓋をするように、貝のように海底で閉じこもることを選んだ。

だが、トリニティに潜入し、補習授業部で先生や友人と関わるようになって、アズサは水底から青空の下へと飛び上がった。

サオリも、最初はそのことを認められなかったが・・・

 

「結局、認めざるを得なかった・・・私たちの憎悪も・・・『すべては虚しいもの』という言葉も・・・やってきたことすべてが・・・全部、嘘だったんだ・・・」

 

アズサにとって一番大きな変化は、サオリから離れたこと。

そうしたことで変わったのだというなら、自分が全ての苦痛の元凶であるということの証明になる。

認めたくなかったが、もう今となっては認めてしまうしかない。

 

「アズサ・・・私は・・・幸せに、なれるだろうか?」

 

すべての苦痛の元凶である自分が幸せになるなんて、果たして許されるのか。

それをアズサに聞こうにも、もうそのような機会はないだろう。

 

「・・・ミカ。もう、この有様だ・・・好きにするといい」

 

いつかくると思っていたこの瞬間、てっきりアズサがその相手だと思っていたが、ミカであっても大した違いはないだろう。

これ以上話すことはないと、全てを諦めて受け入れるようにサオリは瞼を閉じる。

だが、いつまで経っても想定していたとどめの銃撃は放たれない。

どういうことかと再び目を開くと、目の前でミカが涙を浮かべながら銃を下ろしていた。

 

「・・・わ、私は・・・私には、そんなこと、できない・・・」

 

そう言って、ミカはサオリの前に座り込む。

そこに、復讐を誓う魔女の気配は一切なかった。

 

「だって・・・私も、あなたと同じだったから・・・」

 

ミカもまた、幸せを望んでいた。

誰もがハッピーエンドを迎えることができる、そんな夢物語を。

だが、現実はすべて上手くいかなかった。

アリウスとの和解を望んだことから始まり、セイアへの嫌がらせのつもりが危うく殺人未遂になり、半ば自棄になって起こしたクーデターも失敗、パテル分派からの信頼は地に堕ち、トリニティを混乱に陥れた挙句周囲から“魔女”と呼ばれるようになった。

その間、何度も自分に救いがあればと願っても、その象徴とも言える先生は二度にわたって敵対することになった。

だからこそ、その原因を排除すれば少しは救われる、そうでなくとも多少の溜飲が下がると思っていたが、それは間違いだった。

 

「あなたは・・・私だよ、サオリ・・・」

 

全ての元凶と思い込んでいた、恨むべき相手は、自分と同じような存在。いわば鏡合わせの自分自身。

より良いものを望んで行動してもことごとく裏目にでてしまい、幸せになりたいのに周囲がそれを許さず幸せになることができない。

 

「だからこそ・・・私には、できない。私が、あなたの結末をこんな風に決めてしまったら・・・私に救いなんてないって、自ら証明することになっちゃう・・・」

 

鏡に映った自分を撃ったところで、残るのはひび割れた鏡と破片だけ。

故に、ミカにはもう引き金を引くことができなかった。

 

「ミカ・・・お前は・・・」

「ねぇ、どうして“ヘイローを破壊する爆弾”を使わなかったの?」

 

それを使えば、もっと早く楽になることができたのに、と。

終止戦いを優勢に進めていたミカだったが、それでも油断や隙がなかったわけではない。

自爆にしろトラップにしろ、“ヘイローを破壊する爆弾”を仕掛けるタイミングは何度かあった。

だが、それに関してミカは一つ勘違いをしていた。

 

「・・・私は、そもそもそれを持っていない。先生に没収されたから・・・」

「・・・え?没収?先生に?どうして・・・?」

 

 

「危険なものは先生が没収するよ」

 

その場に響く、聞き覚えがあるがここに現れるはずのない声。

声をした方を振り向けば、そこにはバシリカに向かったはずの先生が立っていた。

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