ヒナの頭に顔うずめて思い切り吸いたい・・・。
対ユスティナ聖徒会の戦闘は、ミラとミカが優位に進める形で始まった。
「ちょっと!前に出すぎじゃない!?」
「私はこっちの方が動けるの。代わりに撃ち漏らしはよろしく」
「あーもう!本当に誤射しても知らないからね!!」
ミラが軍勢の中心で暴れまわり、その外側からミカが集団から孤立した個体を刈り取っていく。
ユスティナ聖徒会の
連携と呼ぶには単純な役割分担だが、それでも互いに軽口を交わす程度には余裕がある。
先生が指示を出している時ほどではないにしても、それでもなお2人の戦いぶりはユスティナ聖徒会の圧倒的な軍勢を凌駕していた。
だが、それでもミラとミカはこのまま終わると思っているわけではなかった。
(さて、調印式のときのヒエロニムスのこともあるし、何かしら隠し球を用意していてもおかしくはないよね)
ミカが先生側についてなお崩れないベアトリーチェの余裕。
あの時はミカだけで事足りると高を括っていたのかと思わなくもなかったが、今になっても自分の思い通りになると考えているのであれば、おそらくいるのだろう。
ミラかミカ、あるいは2人揃っても手を焼くような、とびきりの個体が。
次の瞬間、ミラのすぐそばの壁をぶち抜いて弾幕が襲い掛かってきた。
「ミラ!」
「大丈夫。さすがに危なかったけど」
突然のことにミカが声を張り上げるが、咄嗟に跳び上がって回避したミラはなんて事のないようにミカの隣に着地した。
だが、その頬には一筋の冷や汗が流れており、もし直撃すればミラでも危なかったかもしれないことが伺える。
2人が最大限警戒しながら待ち構える前に現れたのは、1体のユスティナ聖徒会の
だが、体格は他の個体よりも大きく、何より両手に二丁のガトリング銃を武装していた。
一目見て、それが他と一線を画す何かであると理解せざるを得ない。
「なるほど、あれが余裕かましてた理由か。あれも倒したら復活するのかな?」
「アンブロジウスだっけ?あれも強いくせに際限なく出てくるし、そうかもね。まぁ、倒せるかもわからないけど」
アンブロジウスを上回っているのはほぼ確定、単純な性能だけならヒエロニムスより劣っていようとも、何度倒しても復活する特性を加味すればバルバラの方が厄介だろう。
両手にガトリングを構えているせいで、両サイドから挟み撃ちにするのも難しい。
他のユスティナ聖徒会ごと巻き込んで掃射されたら、回避するのも難しいだろう。
「弾、どれだけ残ってる?」
「マガジンが数えるくらいかなぁ。そっちは?」
「弾が数えるくらい。まぁ、私は別に弾をばらまくわけじゃないからどうにでもなるけど」
元々の戦闘スタイルが銃撃に依存していないために銃弾をそこまで用意していないのが仇になった形だが、現在は積極的に前に出て
とはいえ、先のことを考えれば心もとないことに変わりはないだろう。
できることなら物資が不足している今の状態で戦いたくはないが、だからといって先生たちのところに行かせるのは論外だ。
「ユスティナ聖徒会の中で飛び抜けてるってなると・・・たしか、聖女バルバラだっけ?古書館の資料にあったような気がするなぁ」
「強いの?」
「そりゃあ、軒並み情報が消えてるユスティナ聖徒会関連で名前が残ってるくらいだし、かなり強いんじゃない?」
「ふぅん・・・」
有り体に言えば、なかなかにピンチな状況だ。
物資が枯渇している中で、どれだけの弾を使えば倒せるかわからないような強敵が現れる。
耐久戦をしている状況で一番現れてほしくないような手合いだ。
だが、下手に放置しても被害は拡大するだけだろう。
「で、どうする?」
「そりゃあ、こうするしかないでしょ」
尋ねてきたミカに手っ取り早く答えるように、ミラは再びユスティナ聖徒会の軍勢へと突っ込んでいった。
バルバラもそれを迎撃するために両手のガトリングを掃射するが、体勢を低くしてユスティナ聖徒会の隙間を縫うように高速移動するミラを捉えきることができない。
(やっぱり、でかいの持ってる分動きは遅い)
本体の重量と反動をものともしないパワーは驚嘆に値するが、やはりと言うべきかその分スピードを犠牲にしている。
狙いを定める動作も重いため、かく乱に徹すれば回避は容易だった。
ついでに射線上のユスティナ聖徒会も一掃してもらいつつ、あっという間に接近したミラは右手のガトリングを地面に陥没する勢いで思い切り踏みつけた。
バランスを崩して動きを止めるバルバラに、間髪いれず頭部と胸部に一発ずつ銃弾をぶち込んだ。
「うげっ、これで仕留めきれないのか」
だが、ゾウ撃ちに使われる銃弾を2発急所に撃ち込まれたにも関わらず、バルバラは消滅せずに左手のガトリングの銃口をミラに向けようとしていた。
予想以上の耐久にミラも驚きを隠せなかったが、ミカにとっては十分すぎるほどだった。
「ミラ、退いて!!」
ミカの警告が聞こえたとほぼ同時に、ミラはほとんど反射的にその場から飛びずさる。
その直後、数発の大型の隕石がバルバラを押しつぶすように降り注いだ。
周囲のユスティナ聖徒会を巻き込むほどの爆発が連続して襲い掛かり、砂煙が晴れるとバルバラは灰のようにサラサラと消滅していった。
「・・・けっこうギリギリのタイミングだったんだけど?」
「当たらなかったからいいでしょ。こっちも大変だったんだし」
隣に着地して抗議するミラに、ミカは一切の悪気なく聞き流す。
だが、2人の表情に余裕はない。
バルバラへ対応するために残弾に余裕がなくなり、無茶な電撃戦によっていよいよダメージが無視できなくなってきたミラ。
多数の隕石召喚だけでなく、バルバラの出現に呼応するようにミラにヘイトを向けていたユスティナ聖徒会が減り始めたことで消耗が目に見え始めてきたミカ。
バルバラの出現によって、間違いなく状況が悪い方向へと傾き始めた。
「さて、どのみちやるしかないとはいえ、あと何回凌げることやら・・・」
「泣き言なんか言ってないで・・・ほら、増援が来たよ」
思わずぼやくミラをミカが叱責するが、ミラもまた言われるまでもなくそのことは承知していた。
消耗で重くなってきた体に鞭を打ち、2人は休む間もなく激戦に身を投じ続けた。
「あ~あ、弾切れちゃった・・・」
「こっちも、もうほとんど残ってないかな・・・体も痛いし、疲れたし・・・」
ユスティナ聖徒会の猛攻を凌ぎきり、一時の休息の時間を得た2人はすぐ近くで見つけた部屋に入って体を休めることにした。
だが、2人揃って全身ボロボロであり、物資もとうとう底を尽き始めてきている。
特に積極的に前に出ているミラの消耗は激しく、一発で数体倒すなどして節約していた銃弾は底を尽き、普通に考えれば動けないだろうほどに全身に傷を負っていた。
それでも動きにほとんど衰えが見られないのは生来の頑丈さと負けん気からくる根性があるからこそだが、それも長くは続かないだろう。
ミカもミラと比べればまだマシな方だが、引きずり気味に体を動かしているあたりミラよりも先に限界を迎えるかもしれない。
「そういえば、ここは・・・」
「たぶん、聖歌隊室かな」
珍し気に周囲を見渡すミラの質問に答えるように、ミカが推測を口にした。
周囲には楽譜や楽器類が散乱していることから、ミカの推測は間違っていないだろう。
ただし、どれもボロボロになっており、正常に機能するものは一つも見当たらないが。
「・・・あぁ、そりゃそうか。かつては同じ学区内の派閥の一つだったし、トリニティと似たような授業をしててもおかしくはないか」
「でも、どれも動かないかな・・・まぁ、長い間使ってなさそうだし、仕方ないよね」
試しに蓄音機のスイッチを入れてみたが、ノイズが走るだけで音楽と呼べるようなものは流れなかった。
期待していたわけではないとはいえ、それでも少し落胆してしまったミカは気を紛らわせるために一つミラに尋ねてみることにした。
「ねぇ・・・ミラは、先生が言ってたみたいに、救いは誰にでもあると思う?」
今さら自信がなくなったわけではないが、あの強大な敵に立ち向かえるような気の利いたことくらいは言ってほしかった。
あるいは、ミラが先生の話を聞いてどう思ったのか、という興味もなくはなかった。
問われたミラは、僅かに考え込んでから虚空に視線を向けて口を開いた。
「さて、どうだか。ぶっちゃけ、私自身救われたいとも救いたいとも思ってたわけじゃないし」
「だよね」
元よりキヴォトス最強と呼ばれるくらいだ。
風紀委員会を去ってから目的こそあれどさぞ自由に過ごしていただろうことを考えれば、その手の悩みとは無縁なのだろう。
尋ねる相手を間違えたかとミカはため息を吐きそうになるが、ミラの話はそれで終わりではなかった。
「でも、そうだね。この世界には“救いたい人”と“救われたい人”がいて、その2人が巡り会うのは偶然でしかないかもしれないけど、どちらにしても望まなければ叶うことはない。逆を言えば、救ったり救われることを望む権利っていうのは誰にでもあって、必要なのは実現するために行動するってことなんじゃないかな」
それこそ、アツコを助けるたいサオリと困っている生徒を助けたい先生が巡り会ったように、今こうして自分たちが先生とサオリ達のために戦っているように。
ミラがそう言うと、ミカはおかしなことを聞いたように小さく吹き出した。
「・・・何それ、なんか先生みたい」
「ちょっと参考にしてみたのは否定しないよ」
ここ最近、ヒナと向き合うために先生のことを参考にしていたりするが、どうやら少なからず効果はあったらしい。
それがいざという時に効果的になるかどうかは別として。
ただ、少なくとも今回はミカが改めて前を向くようになるきっかけになった。
「なら、うん。そうだね・・・私も、祈るよ。
アツコを助けた後も、きっと苦難に満ちた生活になるかもしれないけど・・・それでもあの子たちの未来にほんの一筋でも光明があると信じるのなら・・・アツコを助けることで、あの子たち自身を救えばいい。
あの子たちの行く先に幸いが・・・祝福が、あらんことを」
そう言いながら、ミカは再び蓄音機のスイッチを動かした。
それは、ミカの祈りを聞き入れたが故の奇跡なのか。
先ほどは雑音しか出なかった蓄音機から、音楽が流れ始めた。
ささやかな奇跡を前に、ミラも軽く驚いた様子を見せる。
「これって・・・Kyrie Eleisonだっけ?」
「うん・・・慈悲を求める歌。私は別に、この歌が好きな訳じゃないけど・・・」
この状況において、これほど適した曲もないだろう。
そして、流れ始めた音楽に誘われたわけではないだろうが、続々とユスティナ聖徒会の増援が到着し始めた。
その数は今までと比べても格段に多く、中には複数のアンブロジウスやあのバルバラの姿も見受けられた。
そんな圧倒的な兵力を前にして、それでもなおミラとミカが浮かべていたのは絶望ではなく笑みだった。
「さて、それじゃあサオリ達を救うために、もうひと頑張りするとしようか」
「うん、そうだね。ここは一人も通さない」
救いを得るための戦いに水を差されるのを防ぐため、2人の少女は再びユスティナ聖徒会の前に立ちはだかる。
崩れた壁の先から朝日が差し込もうとする中、最後の力を振り絞って軍勢へと突撃していった。