「・・・まさか、ここを嗅ぎ付けられるとは思いませんでした」
どうにか絞り出した黒服の言葉は、僅かにだがたしかに震えが混じっていた。
今までどうにか上手いことやり過ごしていた暴力の化身にして災厄の象徴が目の前にいるという事実は、それだけ重い意味がある。
「この場所は、普通であれば察知すらされない異空間のようなもの。どのようにしてここを?」
「とある知り合いから有意義なことを聞いてね。私はそれを参考に跡を辿っただけだよ」
ミラは言葉に出さなかったが、可能性があるとしたらセイアしかいない。
具体的な場所までは分からないにせよ、夢の中で自分達の会議を盗み聞きしたのであれば何かしらのヒントを得ていたかもしれない。
それでも問題ないだろうと考えていたが、どうやら認識が甘かったようだ。
「そういえば、ベアトリーチェは?」
「彼女はゲマトリアの資格を失ったため、脱退してもらいました」
「ふぅん」
自分から尋ねておきながら興味なさげに流すミラだが、その様子は黒服の言葉通りに受け取っているというよりは、隠した意味を理解した上での反応であったようにも見えた。
だが、今まで執拗に狙ってきたわりに敵意や憎悪といった感情は見られないことから、交渉の余地ありと判断した黒服は取引を持ちかけることにした。
「現在、キヴォトスにはベアトリーチェが呼び寄せた色彩が迫っております」
「知ってるよ。色彩がどういうのかも含めてね」
「では話が早いですね。ここはむやみに争わず、互いに協力して色彩を対処しませんか?」
「断る」
しかし、黒服の提案をミラはとりつく島もなくバッサリと切り捨てた。
「・・・なぜですか?そもそも、我々はあなたと敵対する理由もないはずですが」
「それを言うなら、私とお前たちとで前提条件が違うんだよ」
そう言って、ミラは誰にも話したことがなかった“ゲマトリアを狙う理由”を明かし始めた。
「お前たちは知っているんだろうけど、私は昔から色々と不思議なものが見えてね。神秘由来のものならだいたいのことは分かるし、ここに来たみたいに多少干渉することもできる。でも、それとは別に時たま未来が見えることがあるんだよね」
それはセイアの予知夢に近いものでもあるが、セイアのものと違う点として夢ではなくフラッシュバックのように現れること、見える頻度は1年に一度か二度程度しかないということがある。
もっと言えば、今のところ近い状況はあっても見えた通りの未来になったことは一度もないため、未来視と言えるかどうかすら怪しい代物だった。
だからミラもそれまで深くは考えてこなかったが、ある時そうも言っていられない未来が見えた。
「私が見たのは、ヒナが死ぬ未来。きっかけはホシノちゃんと会ったとき。それからホシノちゃん関連で調べていたときに、偶然だけどお前たちゲマトリアのことを知った」
ゲマトリアが表に出ることは決してなかったが、ホシノが誰かと接触していたことやアビドス砂漠に点在する遺跡で見つけた調査の痕跡から、ホシノの背後に何かしらの組織がいると判断し、ホシノとその組織のどちらかがヒナの死亡に関係があると睨んだ。
「たぶんヒナの死にはホシノちゃんが関わっているんだろうけど、私が戦った限りは
あの時ホシノと戦ったのは自身の戦闘欲を満たすためでもあったが、それ以上にホシノの実力を確かめるのが本命だった。
確かめた結果、ホシノは強いがヒナの方が強いと結論付け、ホシノ以外の要因を調べるためにヒナの前から姿を消した。
ヒナに何も言わなかったのは、素直に目的を話してヒナに余計な心労を与えないためだった。
「分かる?お前たちの所業もキヴォトスの終焉も、私からすれば大したことじゃない。でも、それがヒナを害するものであるなら、私は容赦なく排除する」
だからこそ、目的のためであれば容赦はしない。
ヒナのために貫き通した我が儘にケジメをつけるためにも、ここでゲマトリアを見逃すという選択肢はミラになかった。
その宣言を聞いた黒服は、残念そうにため息を吐いた。
「そうですか・・・色彩との戦いを前に無駄な消耗はしたくないのですが、仕方ありません。こちらには、対“色彩”のために用意した備えがいくつもあります。こうなってしまった以上、あなたと言えど無事では済みませんよ」
「はっ、上等。そっちこそ・・・」
マエストロとゴルコンダの纏う雰囲気が変わったのを感じながら、それでもミラは笑みを獰猛なものへと変えて銃口を黒服たちに向けようとする。
だが、途中でその動きを止めた。
まともな顔つきでないため視線は分からないものの、黒服たちの意識がなぜか要警戒すべきミラではなくその後ろへと向けられていたからだ。
だが、ここにはミラ一人でしか来ていないし、後ろから誰かついて来ようものならすぐに気配で気がつく。
ならば、自分の後ろにはいったい何がいるのか。
「ッ!?」
考えるよりも早く、ミラはその場から飛び退さる。
だが、一瞬挟んだ思考が致命的な隙となり、ミラの後ろから放たれたアサルトライフルの弾幕は容赦なくミラの体を捉えた。
通常であればアサルトライフル程度であれば大したダメージにならないが、ミラに命中した銃弾は的確に内臓や骨に傷を与え、端とはいえ肉を抉りとった。
「ぐっ・・・!」
(たった一度の攻撃でここまで!?ってことは・・・!)
腕に走る痛みに耐えながら、ミラは空中で体勢を立て直して着地しつつ襲撃者の姿を確認する。
ミラの後ろに現れたのは、砕けたヘイローを頭の上に浮かべ黒いドレスを身に纏う長身の少女。
何より特徴的なのは、腰までに伸ばした灰色の髪と、同じ毛色の狼のような獣耳。
(あれは、まさか・・・)
自身の記憶と差はあれど、その容姿はミラにも見覚えがあった。
あれは、アビドスで会った・・・
(・・・何にせよ、ここはどうするべきか)
突如ミラを襲撃した謎の少女だったが、その意識はすでにミラではなく黒服たちに向けられていた。
黒服たちとは敵対関係なのか。だが、それなら何故初手でミラを攻撃したのか。
(右腕は使い物にならない。左腕もアブソリュートを撃つのは難しいか。そもそも右足が痛くて踏ん張りがきかないし、どうしよ)
今回は屋内なこともあってアブソリュートをメインに立ち回ろうと考えていたが、それもできなくなった。
いっそ分かりやすく謎の少女と協力して黒服たちを片付ければよかったが、それをしないということは別の目的があるのか。
ミラがいては都合が悪い、別の目的が。
『こちらには、対“色彩”のために用意した備えがいくつもあります』
不意に、黒服の言葉を思い出す。
黒服は、たしかにそのようなことを言っていた。
ゲマトリアが神秘の探求者であるということは、そのほとんどが神秘由来のものだろう。
そして、目の前にいる少女は、まず間違いなく色彩の先兵、あるいは主戦力の類いだ。
存在を反転させ、人々を凶器に陥れる狂乱の概念。貪欲なまでに神秘を求める災厄・・・
「ちっ、そういうことか・・・!」
瞬間、襲撃者の狙いに勘づいたミラは少し迷った後にその場を離脱した。
できることならゲマトリアを庇う形になってでも襲撃者を撃退したかったが、初手を間違えたせいでそれも叶わない。というより、それを狙った上で最初にミラを攻撃したのだろう。
なにせ、襲撃者の目的は、
(ゲマトリアが用意した対抗手段、まさかそれを奪いにくるなんてね・・・!)
神秘を侵食するのが色彩の本質だとすれば、おそらく神秘由来のものであれば何でも良いのだろう。
それこそ、ヘイローを得た機械“デカグラマトン”や“
これらを色彩の手駒にさせるのは非常に良くないが、それを阻止できるほどミラに余裕はない。
ならば、これ以上ダメージを負わないようにして先生の下に戻るのが最善だろう。
・・・頭では理解しているが、それでも自分の犯した失敗は取り返しのつかないものだった。
あそこで襲撃者に気付くのがもう少し早ければ、まだ取れる手段はあっただろう。
だが、こうなってしまった以上、もはやどうしようもない。
そのことを歯噛みしながら、鳴り響く銃声を背に受けながらミラはとにかく会議室から遠ざかることを優先した。
「はぁ・・・はぁ・・・まさか、こんなことになるなんてね・・・」
ひたすら距離をとることを優先して走り続けたミラは、通路の壁に背を預けて座り込んだ。
幸か不幸か、受けた傷はしっかり休養すれば2,3日で治る範疇のため、シャーレなりゲヘナの救急医学部なりに転がりこめばどうにかなるが・・・
「はぁ・・・帰りはどうしよう・・・」
そもそも攻めに行くことしか考えていなかったミラは、帰り道のことを後回しにしていた。
たとえ知らない場所に放り出されたとしても、時間をかけて戻ればいいだけだと。
だが、色彩が本格的にキヴォトスに接近している以上、今は少しの時間も惜しい。
ぶっつけ本番だが、突貫でシャーレに繋がるワープを探り当てることも視野に入れ始めたミラだったが、コツコツと鳴り響いた足音が聞こえたことでそちらに視線を向けた。
「くっくっくっ・・・私がシャーレまで案内しましょうか?」
「うーわ、最悪・・・」
通路の暗がりから現れたのは、スーツがボロボロになり体に亀裂が入って満身創痍になっている黒服だった。
黒服とは直接的ではないもののアビドスでの一件があるため、出来るならゲマトリアの中でもベアトリーチェの次に手を借りたくない相手だ。
「・・・変なことしたら蹴り飛ばすから」
「えぇ、わかっていますとも」
だが、この状況では四の五の言ってもいられない。
それに、黒服は契約の穴を突いてあれこれあくどいことをしようとするが、契約そのものは守る性だ。
シャーレに案内してもらうだけなら、よほどひどいことはされないだろう。
そう判断したミラは、ここは素直に黒服の厚意を受け取ることにした。
「それにしても、色彩はすでに狼の神と接触した後でしたか・・・たしか、ミラさんも面識がありましたね?」
「さぁね。案外、他人の空似かもしれないけど」
たしかに、そう多くないとはいえミラも面識があったため、心当たりがあった。
すなわち、アビドスの2年生、砂狼シロコだ。
だが、あれを素直に同一存在であると認める気にはなれなかった。
そんなミラの微妙な心中を察したのか、黒服は話題を変えた。
というより、こちらの方が本題だった。
「さて・・・今回の色彩の動き、あなたはどう考えますか?」
今回の色彩の行動は、ミラだけでなく黒服たちにとっても想定外のものだった。
少なくとも、自分達の知識にあのような行動パターンは存在しない。
事後とはいえ、特別な目を持つミラならその原因の一端を知ることができると踏んでの接触だった。
問いかけられたミラは、少し黙って考え込んでから口を開いた。
「・・・あれは基本的に概念由来の現象とはいえ、何かしらの選り好みや傾向がある以上、サボテン程度の知能は持ち合わせてると私は考えてる。けど、戦力を強奪するために襲撃してくるなんて、サボテンのすることにしては小賢しいよね」
もちろん、その傾向ですらも何かしらの法則によるものであると考えることはできるが、そうなると今回の行動が尚更不可解なものになる。
ならばやはり最低限の知能を備えていると考えるべきだが、今回はその最低限の範疇を越えていた。
これらの想定外が引き起こされた原因があるとするならば、
「まぁ、何かあったんだろうね。色彩がイレギュラーな行動をとるだけの何かが」
あらゆる事象には原因と理由がある。
想定外の事象が起こっているのなら、その前に想定外の何かが起こったとしかミラには思えなかった。
「ふむ、興味深い考察ですね。心当たりは?」
「これ以上は情報がない。バグとも違うだろうし・・・あり得るとしたら、神秘以外の何かを取り込んだのかもしれないけど、それができるだけの知能があるかどうか」
今さら何を言っても、憶測以上の考えはでてこない。
そんなことを考えるよりも、ミラには優先すべきことがある。
「何にせよ、やることは変わらない。先生と合流して“色彩”を迎え撃つ」
「くっくっくっ・・・本当に出来るのですか?あれは、この世界の理に当てはまらない存在。いくら先生といえど、まともに立ち向かうのは難しいと思いますが」
今まで先生があらゆる困難を乗り越えることができたのは、キヴォトスという場所と“先生”という概念がこれ以上になく噛み合っていたからだ。
だが、色彩はその法則の外側にいる存在。
アリウスの時のように接近を事前に阻止するのであればともかく、ここまで手遅れになってしまっては先生はただの一人の人間に過ぎなくなる。
そんな黒服の指摘を、ミラは鼻で笑い飛ばした。
「だとしても、先生は絶対に諦めたりしない。だったら、私たちはそれを信じて賭けるだけだよ」
こいついっつも回避行動遅れてんな・・・。
まぁ、だいたいの攻撃を素面で弾く弊害とも言えますが。
それはともかく、ミラがゲマトリアを狙ってた理由はシンプルなものでした。
モンハン時空とどれだけ近づけるか悩みましたが、ボレアスならともかくルーツでドラゴンウェポン関連と結びつけるのはなんとなく違う気がしたので。