実にエデン条約編ぶりなんですが、そもそも二人の会話シーンが今回でまだ4回目という。
ゲヘナの風紀委員会本部、その執務室でヒナはアコの帰りを待っていた。
先生から最後の作戦、“アトラ・ハシースの方舟占領戦”についての連絡があったのは少し前。
この作戦にはアコもオペレーターとして参加するが、作戦開始の夜明けまでまだ数時間あるということで英気を養うためにそれぞれ各学園に戻ることになった。
ちなみに、ヒナは何かあった時のために地上に残る予定でいる。
アコのことが心配な気持ちも、先生と一緒に戦いたい気持ちもないわけではないが、それはそれとして自身の役割はきちんと弁える。
・・・実際は、ミラに会いに行きたい衝動を抑えるための方便としての意味合いの方が強いのだが。
ミラが虚妄のサンクトゥム攻略戦に参加してD.U.で戦っていたことは、先生からすでに聞いている。
キヴォトスに異変が起きた直後、ミラが負傷した状態で発見されたことも、その相手にリベンジするためにこれからの作戦に参加することも、この作戦が終わったらゲヘナに戻るつもりであることも。
本音を言えば、すぐにでもミラに会いたい。
だが、その結果次第で作戦に支障が出るかもしれない可能性を考えたら、どうしても足がすくんでしまう。
ミラが帰る場所を守るためにも、万全の状態で備えておきたい。だからこそ、この選択は間違っていないはず。
そう考えながら作戦資料を確認していると、コンコンと控えめなノックが響いた。
『風紀委員長、戻りました』
「入って」
どうやらアコが戻ってきたらしい。
作戦の内容を共有しようと考えながら、ヒナは中に入るように促した。
だが、この時のヒナは完全に油断していた。
「おかえりなさい、アコ・・・」
「やっほ、ヒナ。久しぶり」
いきなり聞こえた声に、ヒナは思わずピタリと動きを止める。
なぜなら、その声の主は来るはずがないと思っていた人物のものだった。
「み、ミラ!?なんで、ここに・・・」
「あれ、聞いてなかった?」
聞いてない。「ミラがいる」とは聞いたが、「これからミラが来る」なんて先生は少しも話していなかった。
たぶん、わざとだったんだろうなと思考の片隅で考える。サプライズのつもりなのか、ヒナを気遣ってのことなのか理由までは分からないが。
「せっかく落ち着いたんだし、一度くらいは会いに行った方がいいかなって思ったんだけど」
「そ、そう・・・」
思わぬ再会に、ヒナは動揺を隠せない。
いろいろと話したいことがあるはずなのに、何を話せばいいのか分からずに視線を右往左往させる。
「・・・それでは、委員長も積もる話もあるでしょうし、私はこれで失礼します」
「あ、アコ・・・!」
それを見かねてか、アコは深く息を吐いた後に資料を机に置いて執務室から出ていった。
本当は、アコもヒナとミラを二人きりにさせたくはない。エデン条約の時、無責任に「何を言えばいいかわからないから会わない方がいい」なんてぬかしたミラのことを、アコは信用していない。
だが、それでもアコにとって最も優先すべきはヒナであり、ヒナがミラとの対話を望んでいるのであればそれを叶えることを選ぶ。
ただ、一つ誤算があったとすれば、今のヒナは緩衝材無しではミラと話せないほど狼狽えていた。
できることならアコにもいてほしかったのだが、当のアコはミラに「きちんと責任をとってください」とばかりに睨み付けてさっさと出ていってしまったため、声をかける暇すらなく呆然と立ち尽くしてしまう。
こういうときは、だいたいミラの方から何か話しかけてくるのだが、今回は何故かニコニコとヒナが話すのを待っている。
「・・・その・・・怪我、したって聞いたけど、大丈夫?」
悩みに悩んだ結果、出てきたのは答えの分かりきったすでに過ぎた話題だった。
「うん。見ての通り、元気ぴんぴんだよ」
「そう・・・よかった」
幸い、そのことをミラに指摘されることはなかった。
だが、それで会話が途切れてしまい、再び気まずい沈黙が流れる。
何とか口を開こうとするものの、喉から言葉が出てこない。
緊張と怯えがないまぜになっていることに、ヒナは急速に不安を覚えた。
こんな自分に、ミラは失望していないか。
ヒナが恐る恐る視線を上げると、そこには苦笑を浮かべるミラがいた。
「なんていうか、何を話せばいいのか分からないね、こういう時」
どうやら、会話の内容に困っていたのはミラも同じだったらしい。
そのことに安堵したヒナは、ようやく笑みを浮かべた。
「なんだか、すれ違ってばかりね、私たち」
「それに関しては、私が勝手に消えたのが悪いんだけど・・・」
自分がヒナに黙って姿を消したせいでいろいろと拗れてしまった自覚があるミラは、ヒナの言葉に苦笑を深くする。
もし失踪しない世界線があったらどうなるのか、今となってはまったく想像がつかない。
それほどまでに、失ってしまった二人で過ごすはずの二年弱は重すぎた。
だが、
「その、ヒナが良かったら、さ。今から少しずつでも、埋め合わせをしようかなって」
失われた過去は戻らないが、少しずつでも今を積み重ねることはできる。
積み重ねたものが失ったものと等価になるとは限らないが、それでも出来る限りのことをするのが勝手に姿を消したミラの誠意だった。
それで許してもらえるかどうか、ミラからすれば実はそこまで重要ではない。
「・・・うん、ありがとう」
ヒナは優しいから、ミラが頑張ろうとしていると分かればそれで許してしまう。
だから、その上でどれだけヒナを満足させるか。それこそがミラにとって重要だった。
「じゃあ、こっちに来て」
そう言って、ヒナはミラを応接用のソファに座るように促す。
ミラが素直に従うと、ミラの隣に座ったヒナは頭をミラの肩に乗せてもたれかかった。
「しばらく、このままでいて」
「これでいいの?」
「うん。今は、これでいい」
そう言いながら、むしろ「これがいい」とばかりにグリグリと顔をミラの肩に押し付ける。
「続きは、ミラが帰ってきてから、ね」
「・・・ありがとう」
散々待たせているのにまだ待ってくれること、自分が帰ると信じてくれていることに、ミラは礼を言った。
だが、それだけでは足りないとミラはヒナの頭を撫で始める。
ヒナもそれを受け入れ、目を閉じ力を抜いてミラに身体を預けた。
そんな穏やかな時間は、作戦開始が近づきミラとアコがゲヘナを発つまで続いた。
ちなみに、その様子をアコは扉の隙間から血涙を流しそうな表情で覗いており、たまたま通りかかったイオリやチナツたちに見つかって一悶着起きたりしているのだが、それはまた別の話である。
* * *
夜が明け、いよいよ作戦開始が間近にまで迫っていた。
「これが、オペレーターの衣装!」
今回の作戦にあたって、オペレーター組は 新しい衣装を着用していた。
様々な機能を搭載しているものの特に深い意味はなく、宇宙戦艦の乗組員らしい服を着ようと提案したハナコに先生とエンジニア部が全力で乗っかった結果である。
ちなみに、艦長であるリンだけは他と違って地味に凝ったロングコートを羽織っている。
その様子をミラは「先生もやっぱり男の子だったんだなぁ~」と眺めていたが、ミラを含めた戦闘要員は普段の服装のままであり完全に他人事状態だった。
そんなこんなありつつ、最後に作戦目標を確認しつつ点呼を始める。
参加メンバーは、
統括責任者:リン
オペレーター:ハナコ、アコ、アヤネ、ユウカ、カヨコ、ヒマリ、モモカ、アユム
航空管制および技術支援(地上組):ヴェリタスよりコタマ、ハレ、マキ、チヒロ、およびエンジニア部よりヒビキ、ウタハ、コトリ
戦闘班:ホシノ、セリカ、ノノミ、ミラ
戦艦主砲:アリス、ゲーム開発部他部員も戦闘班として同行
「そして最後に・・・」
「ん~?まだいるの?」
さらに言葉を続けようとするリンに、モモカが疑問の声を上げる。
参加しているメンバーは、基本的にウトナピシュティムの本船の発見と解析に関わった面々のみだ。
その面子はすでに全員確認済みであり、他に志願してきたという話は聞いていない。
だが、その正体は誰も予想していないものだった。
「皆さんの食事を担当する、ゲヘナ給食部の愛清フウカと・・・美食研究会」
「ブフッ!」
思わぬ名前に、ミラが思わず噴き出してしまう。
まさかと思って船内をダッシュしてみれば、ドヤ顔を浮かべるハルナを始めとした美食研究会と死んだ目を浮かべるフウカが本船のハッチにいた。
一応、作戦自体は居残り組全員にも共有してあるし、アビドスにいることも同様だが、詳しい座標までは知らせていない。
にも関わらず的確に場所を突き止めたあたり、その嗅覚の鋭さに感心するべきか、呆れるべきか。
「あー、うん?いつの間にいたの?」
「お久しぶりです、ミラさん。宇宙で食事をする機会など、一生に一度あるかどうか。それを逃す私たちではありません」
(いや別にそもそも宇宙には行かない、って言うのは野暮かなぁ)
質問の答えになっていない返答に、ミラは思わず顔がひきつってしまう。
こうなってくると、いよいよ巻き込まれただけのフウカが不憫になってくる。背後には給食部が使っているトラックも積み込まれているが、果たして無事に戻ってこれるかどうか。
とはいえ、戦力はあるに越したことはないため、今さら追い出したりはしないのだが。
そういうわけで、いよいよウトナピシュティムの本船の起動に関する確認を取る。
本来であれば、本船はサンクトゥムタワーによって起動するものだったが、色彩によってサンクトゥムタワーが破壊された現状、他に起動できるのは“シッテムの箱”を所有している先生のみ。
だが、先生は他の皆に言っていないことがある。
たしかに、先生とシッテムの箱であれば本船を起動させることができる。
だが、その代償として本船に関する負担はすべて先生が背負うことになる。
身体が頑丈なキヴォトスの住民ならまだしも、銃で撃たれたら死ぬ程度でしかない先生では命に関わる可能性が非常に高い。
だが、先生はそのことを明かすつもりはなかった。
これは、自分が背負うべきものだからと。
唯一、ミラだけがその可能性に気づいていたが、他に選択肢がなければ自分にできることもないと自制した。
「それじゃあ、出発しよっか」
すべての準備が整った。
オペレーター組が次々とシステムを起動させていく。
すべての機能が順調に稼働し、いよいよ先生の号令を待つのみとなった。
「先生、発進の号令をお願いします・・・!」
「“ウトナピシュティムの本船”、発進!!」
先生の号令に従い、アヤネが操縦桿を握り出力を上げる。
振動と共に本船は浮上していき、ついに格納庫から飛び出し上空数百mまで上がった。
「せ、先生?顔色が・・・大丈夫ですか・・・?」
「あれ、震えてない?どうしたの、先生・・・?」
「ちょっと乗り物酔いがね・・・」
「・・・申し訳ありません、もう少しの辛抱です」
その中で、先生が感じている負担は想像していたよりもはるかに大きかった。
先生は乗り物酔いと誤魔化したものの、実際は意識を保つことすら難しい状況にある。
ただ浮かび上がっただけでこれなのだ。もし全速力で箱舟に向かうとなると、いよいよ先生の身が危うくなるだろう。
だからこそ、先生は生徒たちに不安を覚えさせないためにも必死に負荷に耐える。
「これより、“アトラ・ハシースの箱舟”に向かって加速します」
「みんなしっかり掴まってね!マニュアル通りなら、尋常じゃない速度が出るはずだから!」
モモカの警告に従い、それぞれが手近にあるものに掴まるかしがみつく。
それを確認してから、アヤネはスロットルを思い切り前へと倒した。
「最大出力・・・加速します!」
アヤネがスロットルを思い切り倒すと、先ほどとは比べ物にならない速度で上昇し、あっという間に雲を越え箱舟へと進んでいった。
だが、生徒たちですら姿勢を崩しそうになった負荷に先生が耐えられるはずもなく、抗う意思を嘲笑うように先生の意識が遠のいていく。
状況確認の会話すら聞き取れなくなり、いよいよ意識が落ちる直前。
先生が最後に見たのは、血を流している誰かと電車に乗っている光景だった。
ヒナをでろでろに甘やかしたい人生でした。
ただ、そのためのハードルが高すぎません?