「ちっ、さすがに鬱陶しい・・・!」
第3エリアでは、ミラはひたすら物量による足止めを食らっていた。
ミラがシロコに突撃したタイミングで大量のオートマトンを用いてホシノたちから分断し、シロコはホシノたちの方の相手をする。
嫌らしいことに、徹底してオートマトンの壁をホシノたちと射線が重なるように展開していたため、アブソリュートや雷球も迂闊に使えない。
ミラが限られた手段での掃討に苦戦している間、その分敵が少ないホシノたちが防衛システムの破壊に成功するものの、シロコに決定打を与えることができない。
「と、止まって!・・・君は、いったい誰?」
必死に呼び止めようとするホシノの言葉も空しく、シロコは背後に現れたゲートへと消えていった。
『また、逃げてしまいました・・・』
「・・・ごめん。私がいながら、3度も逃がすなんて・・・」
「ううん、気にしなくていいよ~。本来、これはおじさんたちがしないといけないことだから」
2度ならず3度目も捕縛に失敗してしまったことに、ミラは歯噛みする。
ここまで手こずらされた経験のないミラにとってかなり屈辱的だったが、ホシノはポンポンと肩を叩いて励ました。
そもそもシロコの捕縛はホシノたちが望んで言い出したことであり、異変解決を優先しているミラに手伝ってもらうつもりはそこまでなかった。
それに、今回のシロコはミラの妨害を徹底していたため、相手が一枚上手だったというだけでミラに落ち度はない。
ホシノの気遣いにミラは軽く息を吐いて肩から力を抜く。
そこに、セリカとノノミが先ほど中断したホシノの推察について尋ねた。
「ほ、ホシノ先輩。さっきのって・・・」
「私たちの知るシロコちゃんじゃないとは、いったいどういう意味ですか・・・?」
2人の問い掛けに、ホシノは僅かに目を伏せる。
何かをためらっているかのようなホシノの様子にノノミとセリカは顔を見合わせるが、ホシノは俯いたままぽつりと呟いた。
「・・・シロコちゃんは・・・あんな目をしない。あれは・・・」
2人からすれば要領を得ない独白だが、ミラだけがホシノの真意を読み取った。
ノノミとセリカには分からず、ホシノだけが当てはまる心当たりなど、一つしかない。
「・・・ともかく、残りは第4エリアだけ。そこですべて分かるだろうね。シロコのことも、プレナパテスのことも」
だが、それは自分の口から言うことではない。真実を確かめるのはすべてが揃ってからだ。
そして、その時はすぐそこまで迫っている。
ほどなくして、ブリッジにいるユウカから報告が入った。
『待たせたわね!ヒマリ先輩のおかげで、第4エリアの通信網をハッキングできたわよ!』
『第4エリアは、たしか・・・』
『
ユウカがそう言ってから少しして、ディスプレイに第4エリアの様子が映し出される。
シロコの安否が心配なホシノたちが食い入るようにして覗き込んだ先では・・・覆面を被って周囲を警戒しながらあちこちを物色しているシロコの姿があった。
『し、シロコ先輩!?』
「シロコちゃん・・・?」
『ん。やっと見つけてくれた。先生、みんな・・・待ってた』
助けてに来てくれることを信じていた健気さはいいのだが、それに対して絵面がまぁまぁひどい。
ミラは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、ひとまず今の状況について尋ねることにした。
「あー、うん。思ったより元気そうで何よりだけど、なにやってんの・・・?」
『自転車に乗って学校に向かってたら、拉致された。人質になるのはセリカみたいな子だと思ってたから、油断してた。ごめん』
「な、なっ!?ちょっとシロコ先輩?どういう意味!?」
セリカは心外だと憤慨するが、マルチ商法に引っかかりかけたり、実際にバイト帰りに襲撃されて人質にされそうになった前科があるため、誰もセリカのことを庇いはしなかった。
『でも、助けに来てくれるって分かってたから・・・大丈夫。ちょっと体の節々が痛いだけ。それに・・・危害を加えてこないから、身代金目的みたい』
「いやぁ、それにしてもシロコちゃん。人質なのにその格好はどうしたのさ?」
『ん、これは・・・いつもバッグに入れてるから。チャンスは、準備された者に訪れるもの。少し前から、ここが襲撃を受けてるみたいだったから・・・脱出するとき、隙を見て高そうなものを・・・』
プレナパテスの真意はともかく身代金目的では断じてないだろうし、“ウトナピシュティムの本船”と同じような論理演算装置である“アトラ・ハシースの箱舟”に金目の物があるとも思えない。
ここまで来ると、嫌でもシロコが置かれている状況を理解せざるを得なかった。
(これはうん、アレだ。今の状況を欠片も理解してないやつだ)
場所からしてキヴォトスがどうなっているのか把握できるはずもないのは分かるが、もう少し他に考えることはなかったのだろうか。
キヴォトスの存続や自分たちの命が懸かっていた戦いをしていた身としてはいろいろと言いたいことがありすぎる。
とりあえずシロコが無事であることは確認できたため、そちらの対応はホシノたちに任せることにしてミラは今までの流れについて思考を巡らせた。
(さて、あとは第4エリアを残すのみだけど・・・なーんかしっくりこないなぁ)
今のところ、何事もなく作戦が成功しているのは喜ばしいことだろう。
だが、
出撃前は茶化したが、仮にも成功率3%と計算された作戦の割にはあまりにもとんとん拍子に事が進んでいる。
最初のピンチが97%分の失敗の可能性だった、という見方もできなくはないが、それにしたって不自然だ。
(このまま相手に何もさせずに第4エリアを占領する。それでいい・・・はずだけど)
4つのエリアの確保が完了すれば、向こうにできることは何もない・・・そのはずだ。
一抹の不安を抱きながらもそれを表には出さず、ホシノたちと合流したミラは最後のエリアの占領へと向かっていった。
* * *
(・・・やっぱりおかしい。あまりにあっけなさすぎる)
第4エリアの攻防は、第3エリアの時と比べても非常にあっけないものだった。
追手によってホシノたちが足止めされたものの、肝心の次元エンジンと防衛システムの方はシロコによるちょっとした妨害があった程度でほぼ無抵抗と言ってもいい程度のものだった。
「・・・こっちは次元エンジンを破壊した。そっちは?」
『こちらでも次元エンジンの破壊を確認!つい先ほど“アトラ・ハシースの箱舟”のハッキングが完了しました!』
『シロコちゃんの方も先生が合流した。後は脱出の準備をするだけだよ~』
「そう・・・」
ブリッジやホシノたちの方の状況を確認しても、特に問題なく作戦が完了したという報告が返ってくるだけ。
その事実が、嫌というほどに気持ちが悪い。
全てが上手くいっている現実と、こんなあっさり終わるはずがないという疑念。2つの矛盾が今までにないほどの警鐘となってミラの頭から離れない。
違和感が気になって仕方がないが・・・このまま立ち尽くしているわけにはいかない。
ひとまず合流を優先するために踵を返そうとした、次の瞬間。
『みんな、伏せて!!』
カヨコの鋭い警告が聞こえた直後、激しい爆発音が通信を貫いた。
「爆発!?どうして・・・」
防衛が手薄なタイミングを狙っての奇襲か、とも思ったが、そもそも第4エリア攻略前に敵の反撃を返り討ちにしたばかりで美食研究会とゲーム開発部が待機したままのはずだ。
それに、襲撃されたわりにはブリッジの方は混乱も緊張感もなく、まるでいきなり爆発が起こったかのようだった。
それこそ、内部から自爆したかのように・・・
「そういう、ことか・・・!!」
そこで、ミラは何が起こっているのかを把握した。
おそらく、自分たちが次元エンジンを攻略している間、敵は本船のバックドアから侵入してハッキングをしていたのだ。
そのためにはブリッジのコンソールに直接触れる必要があるが、心当たりはある。
本船が箱舟に突撃した直後、ブリッジにシロコが現れていた。ミラは最初から見ていたわけではないが、爆発が起きた時点ですでに接触していたのだろう。
本船の自爆シーケンスを作動させられているのもまずいが、何より箱舟の多次元解釈を本船が助ける形になっているのが何よりもまずい。
このままでは、再びキヴォトスに“虚妄のサンクトゥム”が現れてしまう。
『みなさん、大丈夫ですか?』
「うん・・・大丈夫。特に怪我はないけど・・・」
自爆の影響は、ホシノたちのところにも届いていた。
ダメージがほとんどなかったのは不幸中の幸いだが、それはそれとしてショックは隠せなかった。
「これって要は、そういうことなのよね・・・?」
今までのシロコの妨害は、本船をハッキングするための時間稼ぎ。本船の機能を掌握してしまえば、箱舟を乗っ取られようが関係ない。
第4エリアの抵抗がほとんどなかったのも、本船のハッキングが完了したからだった。
「・・・じゃあ、私たちは今まで・・・」
『作戦は失敗・・・今までの努力は全部、水の泡・・・』
『ううん、まだだよ』
『まだ諦めるには早いよ』
もはやなすすべがないと絶望しそうになったアヤネだったが、それを遮るように先生とシロコが通信に入り込んできた。
『今、先生と一緒に第4エリア中央の“ウトナピシュティム”をハッキングしている場所に先生と向かってるよ』
『私とシロコがハッキングを止めてみる。後のことはお願い』
一方的にそれだけ伝えて、シロコと先生は通信を切った。
状況は最悪に限りなく近いが、先生とシロコはまだ諦めていない。
ここで状況を立て直すために、ミラも2人の通信に便乗して発破をかける。
『落ち込んでいる暇があるなら手と頭を動かして!私もすぐに先生たちの所に向かう!時間は残ってないだろうし、無理やり壁をぶち抜いてでも・・・ッ!?』
だが次の瞬間、ミラの通信から先ほどの爆発音とも引けを取らないほどの轟音が鳴り響いた。
明らかな異常事態に、ホシノの今までにないほどの焦りを見せる。
「ミラ!?」
『私のことはいい!そっちはたのんd』
ミラの言葉は最後まで届かず、雑音と共にミラとの通信は途絶した。
今までにないような状況に、セリカが思わず不安の声を零す。
「ちょ、ちょっと。大丈夫なの・・・?」
「・・・ミラなら、たぶん大丈夫。こっちはこっちですべきことをやろう」
ミラの強さは、ホシノも身をもって知っている。
全力を出せる環境ではないが、それでもミラなら上手く立ち回るだろう。
それを信じて、ホシノは現状を打破するためにセリカとノノミをつれて動き始めた。
「いてて・・・よくもまぁ、やってくれたね」
床に打ち付けられた肩や背中を気にしながら、ミラはゆっくり立ち上がった。
上を見上げてみれば、天井に空いた穴からパラパラと金属片が降り注いでいた。
バカみたいな
それはそれとして、自分でもなぜ無事なのかよく分からない状況ではあるのだが。
「さて、君はいったい何者なのかな?」
ミラの目の前にいたのは、全身黒づくめの少女だった。
肩まで伸ばした漆黒の髪に黄金の瞳。こめかみから伸びている2対の角と、背中から生えている黒い翼。
細部を除いてミラにそっくりな容姿は、嫌でも警戒感を抱かざるを得ない。
何より異質なのは、黒い少女が手にしている武器だ。
パッと見は銃剣が取り付けられた対物ライフルというただのキワモノ銃だが、銃口は記憶にあるどの種類よりも大きく、取り付けられているブレードは黒い鱗が浮き出ている湾曲剣なのだが、銃身の根本から取り付けてなおはみ出るほど巨大だった。
一目見て、銃にしろブレードにしろキヴォトスに存在しない技術で作らたものだと理解できる。
警戒心を露わにしながら問いかけるミラだったが、黒い少女は銃口を下に向けたまま黙ってジッとミラを見つめたまま動こうとしない。
「話すつもりはなし、か。まぁ、私はそれでもいいけど。せっかくだから、答え合わせをしようか」
会話の意思なしと判断したミラは、状況の整理も兼ねて勝手に話すことにした。
2人いるシロコ、その謎を。
「最初に感じた違和感は、まぁホシノちゃんと同じだね。シロコの目というか雰囲気が、私が知ってたのと違ったこと」
この時感じた違和感は、はっきり説明できるようなものではなかった。
だからそこまで深くは考えていなかったが、箱舟に突入してから次々とパズルのピースが嵌まっていくように情報が組み合わさっていった。
「確信を持ったのは、ヒマリの通信。機器が故障していないなら、計測結果の上ではシロコが
同一人物が2人存在する。
まるでドッペルゲンガーといった都市伝説のような現象だが、そのヒントは早いうちに出ていた。
それこそ、本船を探し始める前から。
「“多次元解釈”。異なる可能性の世界が無数に存在するってアレだけど、それを利用したバリアが実現しているなら、逆説的に
そして、“色彩”の影響と多次元解釈を可能にする箱舟の演算能力が合わされば、並行世界間すら移動することも可能だろう。
つまり、
「私達が戦っていたシロコの正体は、こことは違う可能性を歩み“色彩”と接触して反転した世界から来たシロコ。ついでに、憶測でしかないけど“プレナパテス”はそっちの世界の先生かな?」
明らかに自分が知っているものとは思えない行動をとっている“色彩”。ミラはその理由を『“色彩”が神秘以外の何かを取り込んだから』と推測した。
その正体が先生であると仮定すれば、様々なことが腑に落ちるのだ。
箱舟の機能を完全に掌握していることも、自分たちの数手先を見越しているような戦略も、その節々から感じる既視感も。
色彩が先生と接触した過程やその影響などいろいろと気になることはあるが、それらはひとまず後回しだ。
黒い少女の様子はまったく変わらないが、ミラはそれを肯定であると受け取ることにした。
「だけど、
ミラの指摘と態度の変化に、黒い少女の眉がピクリと動いた。
初めて見せた黒い少女の反応に、ミラも徐々に目を細めながら口を開き続ける。
「あのシロコは、恐怖に反転したことによる変質や生きてきた世界の違いこそあるけど、本質的に“砂狼シロコ”であることに変わりはない。だからこそ、私も最初は見抜けなかったし、本船のシステムもシロコが二人いると観測した。
でも、お前はどうにもそんな感じがしないんだよね。違う世界の同一人物とかじゃなくて、根本的に他人な気がするというか」
ミラの目は個人のオーラの違いが見えるような特殊能力までは持ち合わせていないが、直感的に内包している神秘を感じ取る程度のことはできる。
さすがに自分の姿をまじまじと観察したことはないため具体的なことは分からないが、ミラの直感が目の前にいる存在が二人のシロコの絡繰とは違うと訴えていた。
「そういうわけだから、自己紹介してくれない?自分にそっくりな他人が目の前にいて名前が分からないままってのも、ちょっとモヤモヤするから」
ミラの要求に黒い少女が僅かに目を伏せ、だがすぐに視線をミラに戻して自らの名前を明かした。
「・・・ミラ。
「なるほど。お揃いの名前だけど、あまりいい気はしないかな。理由は自分でも分からないけど」
違う名字に同じ名前。
普段なら自分とお揃いの要素があったら距離を詰めているところだが、黄昏ミラに対しては微塵もそんな気が起こらなかった。
おそらく、どうしようもないほどに相容れないのだろう。
理由は分からないが、ここまで気に喰わないのならもはや必要ない。
そういう相手くらい、世界に1人や2人いるものだ。
「さて、お前もプレナパテスの命令で動いてるのかな?それとも、私みたいな舞台装置の介入は許さないって?どちらにせよ、私は先生のところに行かないといけないんだ」
暁ミラがアブソリュートを構えると、黄昏ミラもまた巨大な銃口を暁ミラに向ける。
2人が放つ威圧に、世界そのものが軋んでいるかのような圧迫感が周囲を満たす。
「みんながキヴォトスの命運をかけて戦っている。私もダラダラ時間をかけるつもりはないから、さっさと終わらせよう」
誰も見ている者がいない中で、人の形をした2つの災厄が衝突した。
最近はこれ書きたくてウズウズしてました。
ようやくここまで来たなぁって感じです。
黒ミラが持っている銃(?)ですが、対物ライフルにミラボレアスの大剣をくっつけたようなものを想像してください。
銃口は20㎜よりデカイものとします。
・・・我ながら銃って言っていいんですかね、これ。