忌み子の僕を拾ってくれた魔女の師匠、ハレンチな修行ばかりしてくるけどおかげで最強になれました 作:青ヤギ
姉さんが産み出したモンスターは心臓ではなく『魔核』を原動力にして動いている。
理屈さえわかってしまえば、対策はできる。
「ローエンス、わかっているわね?」
「はい、師匠!」
恐らく先ほど使った吸収魔法はもう効かない。
奴らは姉さんの力でいくらでも新たな機能を追加して対応してくる。同じ攻撃は二度と通じないと考えるべきだろう。
ならば……。
「狙うのは……使い手の姉さんのみ!」
異形の群れの中を転移魔法を駆使してくぐり抜ける。
無限に湧いてくるであろうモンスターの群れを相手に消耗するくらいならば、その発生源を真っ先に叩くべきだ。
僕も師匠も一気に姉さんとの距離を詰める。
とはいえ、姉さんも上級攻撃魔法を容易く打ち消す力を持っている。
単純な攻撃では彼女を倒せない。
ならば……。
許して、姉さん。
たったひとりの血縁者。
たとえ魔人でも、姉弟がいたことは本当に嬉しい。
でも、その人が大切な存在を傷つけようというのならば……僕は覚悟を決める。
姉の命を奪うことを!
やらなければ、こっちがやられる!
「
透視魔法で姉さんの心臓の位置を確認する。
手を前にかざす。
転移魔法で、その心臓を引き寄せる!
ごめん、姉さん……僕は、姉殺しの罪を背負って生きる!
「もう~、ダメでしょうローエンス? レディの体の中を覗き見するようなはしたない真似しちゃ~。
「あっ!」
視界が一瞬で暗闇に覆われる。
しまった! 転移魔法は肉眼で捉えたものでないと転移させられない!
「ローエンス! ああっ!!」
「本当にしょうもない魔法ばかり教えてくれたものね魔女さん? この子の才能はこんな小手先の技で発揮されるものじゃないっていうのに」
「くっ、このっ、離しなさいよ!」
師匠!? いったい何が!
くそっ、視界が塞がれたせいで何が起こっているのかわからない!
「でもさすがは魔女ね。魔力の量も質も上等なものだわ。……うん♪ 気が変わったわ♪ ただ殺すのは勿体ないわ! あなたも私の養分にしてあげる♪」
「何を……ああああああっ!!」
師匠の悲鳴! 何だ! 何をしているんだ姉さん!
視界が晴れてくる。
回復した目が捉えたのは……黒い触手に体を縛られた師匠の姿だった。
「師匠! このっ! 師匠を離せ!」
岩石魔法でトゲのように鋭い石を生成する。
また暗転魔法を使われる前に、この石を姉さんの体内に転移させて……。
「それはやめておいたほうがいいわよローエンス? いま私の体を傷つけたら、大切なお師匠さんも傷つくことになるわよ?」
「え?」
黒い触手を伸ばしながら、姉さんが邪悪に嗤う。
「いま私とこの魔女は同化しているの。私が受けるダメージは、この魔女にも通ることになる。こんな風に」
姉さんは躊躇いもなく自分の人差し指をペキッとへし折った。
すると……。
「ああああああああっ!!!!」
苦痛の叫びを師匠のほうが上げた。
「ほらね~? 魔人である私はこの程度じゃ痛みなんて感じないけど、彼女のほうは激痛でショック死しちゃうかもしれないわね! あはははは!」
「やめろ……やめてよ姉さん!」
「やめてほしければお姉ちゃんの言うことちゃんと聞きなさい! 素直に私と魔王城に帰って子作りするのよ♡」
「ダ、ダメよローエンス! 私に構わず魔法を使いなさい!」
「師匠! そんなこと……」
できるわけがない!
僕が師匠を傷つけるなんて!
「姉弟の会話に割り込んでくるんじゃないわよ! ほら、もう一本折ってやるわ!」
「んぎいぃぃ!」
またしても指を折って師匠に苦痛を与える姉さん!
「やめろ! うわっ!」
背中を叩きつけられ、地面に倒れ伏す。
しまった! いつのまにかモンスターたちに囲まれていた!
「ローエンス、まだわからないようだから思い知らせてあげる。魔王の息子であるあなたが人間側に残っても忌み嫌われるだけ。予言するわ。きっとこんな未来が待っている。
「あっ……」
黒い粘液が僕の体を包み込む。
瞬間、悪夢のような光景が脳内に生じる。
『悪魔め! この忌み子め!』
『醜い黒髪め! 邪悪な金色の瞳め!』
『不吉じゃ! 不吉の象徴め! 死んでしまえ! この世から消えてしまえ!』
僕を虐げてきた村人たちの顔が次々と浮かび、心のない罵声を浴びせてくる。
「うわああああ! やめて姉さん! こんなもの見せないで!」
蘇るトラウマに心がいまにも壊れそうになる。
「まだよ。人間の残酷な本性をとことん見せてあげる!」
だが姉さんは容赦なく追い打ちをしかけてくる。
次に浮かんでくるのは、村を出てから知り合った人々。
リィムさん。ビスケさん。フィーユ。そしてギルドの冒険者さんたち。
みんな僕に親切にしてくれた優しい人たち。
その人たちが……穢れものでも見るように僕を睨んでいた。
『あなたが魔王の子どもだったなんて……近寄らないでください!』
『魔王の血を引く子どもに居場所なんてないわ! ただちにギルドから追放よ!』
『……許さない。魔人はすべてボクの敵だ! お前なんかもう友達じゃない!』
『魔王の子め!』
『邪悪な忌み子め!』
『忌み子! 忌み子! 忌み子!』
幻覚だ。
こんなものは幻覚だ。
それがわかっているのに……。
「あっ……ああっ……うわああああああ!!」
もしも、本当にこんなことが起こってしまったら……。
そう考えるだけで、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「わかった、ローエンス? 人類にとっての怨敵である魔王の子を誰が愛すというの? 誰も愛しはしない! あなたの居場所はこっちなのよ! あなたの血は! 魔力は! 人間たちを滅ぼすために使われるべきなのよ!」
姉さんの声が頭の中で大きく響く。
まるで悪魔の誘惑のように。
「憎いんでしょ? 本当は憎いんでしょ? あなたを虐げてきた人間たちが! 復讐するのよ! あなたにはそれを可能とする力がある!」
「がっ……あああああっ!!」
自分の中からドス黒い感情が生まれる。
必死に目を逸らし、蓋をして押し込めていた感情が、怒濤のように溢れてくる。
……同じだ。
湖でリィムさんを助けたときと同じ感覚が僕を支配する。
「あっ! ぐがっ!」
頭の中が怒りで満ちていく。
感情に合わせて、黒い魔力が生じる。
すべてを呑み込もうとする、黒い渦が。
「ああっ! 素晴らしいわローエンス! それこそがあなたの本当の力よ! そう! 怒りこそがあなたの力の源……『憤怒』を燃やすよ! 『憤怒』のままに、この世を地獄に変えるのよローエンス! あなたなら……すべてを滅ぼす『最強の魔王』になれる!」
邪悪な感情が押し寄せてくる。
僕が、僕でなくなっていく。
……滅ボス……スベテヲ……ボクヲ愛サナカッタ、スベテニ復讐スルタメニ……。
「そうよ! それでいいのよローエンス! ああ、愛しているわ! 私だけがあなたを愛してあげる! 誰もあなたを愛さない代わりに、私があなたを……」
「私だって愛しているわ!」
「……は?」
闇が引いていく。
姉さんとは別の声に、意識が引き寄せられていく。
僕の、大切な人の声に導かれる。
「……師匠」
「ローエンス! あなたが魔王の子だろうと関係ない! あなたは私の大切な弟子! それは変わらない! たとえ世界があなたを疎んじても……私はあなたの味方よ! だってそうでしょ!? 弟子を守らない師匠がどこにいるというの! 私はあなたを庇い続ける! ……あなたを愛し続ける!」
涙が、こぼれる。
一番欲しい言葉を、一番大切な人が言ってくれる。
「己の生まれを恥じてはダメよ、ローエンス。魔王と人間のハーフ? それがどうしたっていうの! あなたは愛し合った男女の間から生まれたのよ! あなたは……ちゃんと望まれて、祝福されて、生まれてきたのよ!」
闇が晴れる。
涙を流した師匠と目が合う。
「私はあなたの両親に感謝するわ! あなたを生んでくれたこと! そして、あなたと出会えたことを! あなたを愛する女が、ここにいるわ! あなたは──ひとりじゃない!」
「師匠……うっ!」
僕も……僕も師匠と出会えて良かった。
あなたがいてくれたから、僕はこうして生きている!
そうだ。僕は、師匠と一緒に帰るんだ!
負けちゃいけないんだ! こんな悪夢なんかに!
「ローエンスを……惑わすな魔女がァ!」
「ああああっ!」
「師匠!」
姉さんめ! また師匠を傷つけて!
「もう一度よ! 今度こそ正気に戻れないほどの絶望を見せてあげる!
再び黒い粘液が放たれた、そのときだった。
「
炎の怒濤が黒い粘液を蒸発させた。
「……フィーユ?」
目の前に立っていたのは、見覚えのある赤い髪をたなびかせた魔法剣士だった。
「どうして、ここに……」
「『戻って』って頼まれたんです」
「キャディ?」
転移魔法でフィーユと一緒に逃げたはずのキャディが横に立っていた。
「びっくりしましたよ。いきなり空に向かって叫んだかと思うと『ボクは戻る!』ってごね始めたんですから」
フィーユが、そんなことを?
「フィーユ、いったいどうして……」
「……ボクが憧れた勇者は、幻だった」
「え?」
剣を構えながら、フィーユは語る。
「あの戦争に、正義はなかった。父さんと母さんは、悪い大人たちの身勝手な思惑に巻き込まれて死んでしまった。ボクが憧れた勇者は、存在しなかった……だけど!」
フィーユは顔を前に上げて、叫ぶ。
「ボクの中の『勇者』は、死んでいない! ボクが信じる『勇者』は……友達を決して見捨てたりしない!」
「っ!?」
「友達を傷つけるヤツは、誰だろうと許さない! ボクは……守りたいもののために戦う勇者になる!!」
剣の切っ先を姉さんに突きつけてフィーユは宣言する。
迷いを消した姿が、そこにはあった。
「だから……ローくん! ボクたちはこれからも友達だ! 魔王の息子とか、関係ない!」
こちらを振り返って、フィーユは僕に笑顔を向ける。
眩しい。なんて、眩しい笑顔だろう。
「一緒に戦おうよ! いつものように! これからも、ずっと!」
「フィーユ……ああ!」
ありがとう、フィーユ。
君は、もう僕にとって立派な──『勇者』だよ。
「ふん。小娘が戻ったところで何ができるっていうの? 私の産み出したモンスターは魔法が一切効かな……」
「
「なっ!」
魔法を無効化するはずのモンスターたちを、フィーユは一瞬で断ち斬ってしまった!
いったい、なぜ!?
「あの娘、本当にとんでもない幸運の持ち主ですよ。この土壇場で、最も有効なアイテムを所有していたのですから」
「え? ……あっ!」
キャディの言葉で思い出す。
そういえば、フィーユは今回のクエストで魔法水晶を手にしていたことを。
よく見ると、フィーユの握る長剣にその水晶が装着されている!
「モンスターに特効を持つ『セイントクリスタル』。使える数が限られた消耗品ですし、人型モンスター相手には流石に効果を発揮しませんが……それ以外のモンスター相手ならば、どんな能力も無視してダメージを与えることができる、とんでもないアイテムですよ」
水晶が光を発する。
ただの剣の一振りだけで……異形の体が滅されていく!
「わ、私の子どもたちが! こんな簡単に!」
「拾ったアイテムは売ることばかり考えてたけど……道具は使いようだね! おかげで友達を助けられるんだから!」
フィーユはまるで舞うように剣を振るっていく。
すごい! なんて剣技だ! 振るたびに、彼女の剣が鋭く研ぎ澄まされていく!
「そら、おいでよ! ボクの体が欲しいんだろ? 相手してあげるよ!」
モンスターを引き寄せる体質を持つフィーユ。
姉さんが造ったモンスターも、そのフェロモンに抗えなかったのか、我先へとフィーユに向かっていく。
その群れをフィーユは難なく倒していく。
「コイツらはボクに任せて! ローくんは、早くお師匠さんを!」
「フィーユ……ありがとう! 行くぞ、キャディ!」
「はい、ローエンス様! 師匠! いまお助けします!」
囚われた師匠を救うべく、僕は駆けだした!