忌み子の僕を拾ってくれた魔女の師匠、ハレンチな修行ばかりしてくるけどおかげで最強になれました 作:青ヤギ
今日も今日とて、僕は魔法の修行をする。
いまは物体転移の応用である、自分自身を空間転移させる魔法を学んでいる。
応用なだけあって、緻密な魔力のコントロールが求められる高度な魔法だ。
無機物を移動させるのとはワケが違う。
生き物を、それも自分自身を生きたまま別の空間に運ぶのだから、失敗をしたら命が危うい魔法だ。
そのため、いつも以上に慎重に呪文を唱える。
「……
僕の足下に敷かれた魔法陣が光り出す。
この魔法陣は、こことは別の場所に設置した魔法陣と繋がっている。
空間転移とは、正確には異なる魔法陣の上を行き来する魔法と言っていい。
師匠は森の館にたくさんの魔法陣を敷いている。
本来は魔法陣を組んだ本人しか飛べないみたいだが、『接続権』と呼ばれる魔法刻印を体に刻むことで、他者でも空間転移が可能となる。
僕の腕にはもちろん師匠に刻んでもらった接続権の刻印がある。
『とりあえず、まずはこの館の中で転移を繰り返してごらんなさい』
師匠にそう言われ、僕は数回ほど館の中を転移した。幸い、いまのところ失敗はしていない。
……それにしても、師匠、妙なところばかりに魔法陣を敷いているような気がする。
たとえばお風呂場だったり、脱衣所だったり、師匠の自室や、師匠のベッドの中とか……本人にとっては便利かもしれないが、他人が使うには飛びにくい場所ばかりだ。
『この魔法をマスターできたら、いつでも、どんなときでも、好きな場所に空間転移していいわよ♡』
師匠は息を荒くしながら、そう言ってきたけど……まあ、無難な場所だけ使わせていただくとしよう。
いまはとにかく、空間転移をマスターすることに集中だ。
よし、次は地下に飛んでみよう。
地下に敷かれた魔法陣を強くイメージして……。
「ローエンス! 私ずっと待ってるのになぜお風呂に飛んでこないの!? いい加減にのぼせそうよ!?」
「え!?」
とつぜんバスタオルを巻いただけの師匠が居間にやってきた。
今日は随分と長風呂だと思っていたけれど、やっぱりのぼせる寸前だったらしい。
何で僕がお風呂に空間転移することを期待しているんですか!? お背中流してほしいならそう言ってくれればいいのに!
急に師匠に声をかけられたことで集中力が乱れてしまった、その瞬間のことだった。
パリン、とガラスの割れるような音が魔法陣から響いた。
「え?」
「あ!」
師匠は「しまった!」とばかりに声を上げた。
「いけない! ローエンス! 手を伸ばして!」
「え? え? う、うわああああああ!?」
魔法陣から凄まじい稲光が発生する。
なんだ!? 魔法陣の様子がおかしいぞ!
激しい光に包まれながら、足下を引っ張られるような感覚に襲われる。
これは……転移しようとした地下じゃない! どこか違う座標に転移しようとしてる!
まずい! 魔法陣から出ないと!
しかし、すでに遅かった。
転移魔法は発動し、僕の体は異なる次元に引っ張られていった。
「ローエンスううううう!」
最後に見えたのは涙目になった師匠の顔だった。
「うわあああああ!! イテッ!」
どこぞへと転移してしまった僕は、魔法陣から弾き出されるように、転がり落ちた。
魔法陣の暴走のせいで、荒っぽい転移になってしまったようだ。
「いたた……ここは、いったい?」
見たところ、誰かの部屋のようだ。
随分と豪華な部屋だ。
まるで、おとぎ話に出てくるようなお姫様が住む部屋みたいで……。
「え?」
「あ」
部屋を見回していると、女の子と目が合った。
下着姿で、上着を手に持ちながら、呆然と僕を見ている。
もしかして僕……着替え中の女の子の部屋に転移しちゃった!?
「きゃ~っ!」
女の子は悲鳴を上げながら、反射的に蹲って体を腕で隠した。
僕も咄嗟に視線を逸らす。
「う、うわっ! す、すみません! 僕、その怪しい者じゃ!」
いや、どう言い訳しようと完全に着替え中を狙って不法侵入した怪しい小僧だよ僕!
どどど、どうしよう! 見たところ、そうとう高貴な家の人みたいだぞ!? もしかしたら憲兵さんに捕まって打ち首になっちゃうんじゃ!?
「聖女様!? いかがなさいましたか!? そんな大声を出されて!」
扉の向こうからノックをしてくる女性の声がする。
騒ぎを聞きつけて、やってきたようだ。
わ~、もうおしまいだ!
お許しください師匠! あなたの弟子は犯罪者として突き出されてしまうようです~!
……いや、元はと言えばあなたのせいなんですけどね!?
僕が絶望で頭を抱えていると……。
「……し~」
「え?」
いつのまにか女の子は僕の傍に寄って、「静かに」と口元に人差し指を立てていた。
「声を出したら、バレてしまいます。しばし、お待ちを」
小声でそう言うと、女の子は扉に顔を向けた。
「……えっと、し、心配いりませんよ? 虫が出たので、少々驚いてしまって」
「え?」
女の子は意外なことを口にした。
もしかして……僕を庇ってくれてる?
「もう外に出しましたので、問題ありません。お騒がせしてしまって、ごめんなさい」
「そ、そうですか? 聖女様がそうおっしゃるのなら……」
「はい。それと、しばらくの間、祈りに集中しますので、人除けをしていただけますと助かります」
「かしこまりました。シスターたちにそのようにお伝えしておきます」
やり取りが済むと、女性の気配は遠ざかっていった。
「ふう……もう大丈夫ですよ?」
女の子は僕のほうを向くと、にこりと柔らかな笑顔を浮かべた。
着替え中にとつぜん部屋に現れた怪しい子ども相手なのに、その顔は慈しみに満ちている。
というか……滅茶苦茶、綺麗な人だ!
桃色のロングストレートヘアーに、桃色の大きな瞳。
色白な肌はまるで陶器のように艶やかで、まるでお人形さんのようだ。
顔つきは幼いが、熟年の女性にも負けないような落ち着きと、どこか危うげな色香がある。
師匠もとんでもない美人だけど、この女の子の美貌も負けていない。
そして……。
「すごい勢いで床に落ちましたけれど、お怪我はありませんか?」
女の子は心配そうな目で、下着姿のまま屈んでくる。
桃色のブラジャーに包まれた胸が、ぶるんっと目の前で大きく弾んだ。
……デッッッッッッカ!? この人、胸も師匠に負けないくらいデッカ!?
童顔で背丈も低いのに、体つきだけ大人ッぽすぎるよ!
至近距離で、極上の美貌と乳房に迫られ、心臓がバクバクと鳴り出す。
「あ、あの……まず服を着ていただけると、ありがたいです……」
「あっ。そうですね。すみません、お見苦しいものを見せてしまって」
「と、とんでもない! むしろ最高なものを見せていただいて……」
いや、何を言っているんだ僕!?
変態じゃあるまいし!
「ふふ♪ 少々お待ちください。いま着替えますので」
「は、はい」
瞳を閉じて、着替え終わるのを待つ。
しゅるしゅると衣擦れの音が響く。
……なんか、音だけ聞いてもドキドキしてしまう不思議。
「もう目を開けても大丈夫ですよ?」
声をかけられ、ゆっくりと目を開ける。
頭に白いベール。純白のフリルケープを羽織り、黒色のミニスカートと、黒いサイハイソックスを身につけた女の子が姿がそこにあった。
改めて見ても、思わず我を忘れて見惚れてしまうほどの美少女だった。
女の子は、また優しさでいっぱいの笑顔を向けてくる。
着替えを見られたのに、怒っている様子は微塵もない。
「あ、あの……どうして僕を庇ってくれたんですか?」
「何か、事情があるのかと思いまして。まず落ち着いてお話をしたほうがいいかなと」
「そんな……いきなり部屋に現れた怪しい人間なのに。普通なら憲兵に突き出すところですよ?」
「確かに驚きはしましたが……悪い人ではないと感じましたので。それに、理由も聞かずにいきなり憲兵に突き出すのも酷でしょう? よろしければ、ワケを話してくださいませんか?」
な、なんていい人なんだ!
幸運にも、心優しい人の部屋に僕は転移したようだ。
僕は嬉し涙を流しながら、事情を説明した。
「まあ、空間転移の失敗でこちらに……それは、災難でしたね」
「信じていただけるのですか!?」
「はい♪ あなたは嘘をついておりません。私、お相手が嘘をついているかわかるんですよ? 聖女ですから♪」
「聖女?」
そういえば、さっきも『聖女様』って呼ばれていたような……。
「あら、大変。額に痣ができていますわ」
「え?」
言われてはじめて、額に鈍い痛みがあることを自覚する。
「きっと、さっき床に落ちたときにできたのですね。じっとしていてくださいまし」
女の子は僕の額に手を差し伸べる。
すると、温かな光が掌から生じる。
額の痛みは、あっという間に引いていった。
これは治癒!?
呪文も無しで、こんな一瞬で!?
「初めて見ましたか? これが聖女の力なんですよ?」
女の子はちょっと自慢げに微笑んだ。
かわいい。
「申し遅れました。わたくし、リィムと申します。あなたのお名前は?」
「えっと、ローエンスです。その……事故とはいえ、無断で部屋に入ってしまい、本当にごめんなさい!」
「いいのですよ? 元はと言えば、自室にこっそり転移魔法陣を敷いたわたくしが悪いのですから」
「え? こっそり?」
「でも、不思議ですね。わたくし以外の人は使えないはずの魔法陣に乗って、あなたはやってきました……魔法陣の暴走のせいもあるのでしょうが、それ以上にあなたの魔力が特殊だったからなのか……ふふ♪ いずれにせよ、こうしてお会いできたのは、何かの縁かもしれませんね?」
リィムさんは、そう言ってどこか楽しそうに笑った。
「あの、聞いてもいいですか? ここは、いったい……」
「ここは修道院ですよ?」
「修道院!?」
それじゃあ女の人しか居ない場所に僕は来てしまったのか!
男の僕が見つかったら大事になる。それでリィムさんは僕を庇ってくれたのか。
「わたくしは聖女として、この修道院に所属し、国に平和と安寧を齎す立場にあります」
「その、先ほどから言っているその聖女というのは?」
「生まれつき、体のどこかに聖痕を持って生まれた女性のことです」
そう言って、リィムさんはいきなりケープのボタンを外して、前に開く。
「うわあ! 何してるんですか!?」
ケープの下は、なんと黒くて薄いキャミソールだった。しかも胸の谷間が広く開いた際どいデザインだった。
うわっ! やっぱりおっぱいデッカ!
「ほら、ここにありますでしょ? これが聖痕です」
「あ」
リィムさんは露出した首元を見せつけてくる。
下着姿のときは気づかなかったが、確かにそこには、不思議な模様の痣みたいなものがあった。
「聖痕を持って生まれた女性は、生まれつき強力な治癒魔法をはじめ、様々な奇跡が使えるんです。難病と呼ばれる病気も、聖女が祈ればたちまちに治ると言い伝えられています」
強力な治癒魔法……確かに、リィムさんの治癒魔法は師匠のものよりも高精度だった。
まさに奇跡と称しても過言ではないほどの。
「聖女として生まれた女性は、こうして修道院で暮らし、国のあらゆる災害や病から守るという使命が課せられます。神に祈りを捧げ、平和を願い、病人や怪我人の治療に向かう──わたくしは十五年間、そうして生きてきました」
「十五年!」
そんな長い歳月を、国の平和のために捧げてきたのか!
でも、それって……。
「……自由がない。そう、おっしゃりたいんでしょ?」
「っ!?」
まさか、心を読まれた!?
これも、聖女の奇跡のひとつなのだろうか?
リィムさんは、どこか寂しげに笑った。
「間違ってはおりませんよ? 聖女として生まれた時点で、わたくしの運命は決まっているのです。わたくしは一生、国のためにこの力を使うしかないのです」
リィムさんは瞳を閉じて、顔を伏せた。
「ですから、たまに治療で遠方に出向く際、こっそり魔法陣を敷くんです。夜な夜な、ここを抜け出して出歩けるように」
「じゃあ、あの魔法陣はそのための……」
「ふふ♪ シスターたちには内緒ですよ?」
悪戯っ子のように、リィムさんはウインクをした。
かわいい。
「そんなわたくしの秘密の魔法陣で、ローエンスくんは現れました……ねえ? これって、神のお導きに思えませんか?」
「え?」
「こうしてわたくしたちが出会ったのは、きっと運命だと思うんです!」
ズイッと、どこか興奮気味に、リィムさんが迫ってくる。
「わたくし、実はこうして異性とじっくりお話をするの初めてなんです! それも、歳の近い男の子とは特に!」
「え? え?」
がっしりと、リィムさんに両手を握られる。
「ねえ、ローエンスくん! 帰る方法を探す前に、わたくしとお喋りしませんか!? わたくし、外の世界のこと、もっと知りたいんです!」
「え~!?」
「だって! たまに治療で外に出ても、寄り道なんてできずにすぐに帰っちゃいますし、民衆の人たちとお話したくても、シスターたちが許してくれませんし……ね? ちょっとだけでいいですから! ねっ? ねっ?」
キラキラとした瞳でリィムさんが迫ってくる。
その様子は聖女というよりも、好奇心に支配された箱入りお嬢様そのものだった。
ヒロインは続々と増える予定。