忌み子の僕を拾ってくれた魔女の師匠、ハレンチな修行ばかりしてくるけどおかげで最強になれました   作:青ヤギ

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Lesson⑥サキュバス襲来

 

 冒険者ギルド。

 国とは独立した機関であり、冒険者に対して仕事の斡旋をすることを主な生業とする。

 資金さえ用意できれば、どのような依頼も受け付けてくれるため、民衆たちの需要は高く、依頼をこなす冒険者たちにとっても、実力さえあれば身分に関係なく大金を稼ぐことができる。

 ……そう、あくまで実力さえあれば。

 

 僕も、試してみたい。

 自分の力が、どこまで通用するのか。

 そして何よりも、もっともっと広い世界を知りたい。

 

 そう思って師匠に『ギルドに行きたい』と思いきって打ち明けたものの……。

 

 師匠は結局許してはくれなかった。

 正確には、僕をギルドに連れて行くべきか悩んでいる様子だった。

 

「……少し時間をちょうだい」

 

 師匠は深刻な顔で言って、どこかへ出かけていった。

 

 夜が更けていく。

 師匠がなかなか戻ってこないので、僕はしぶしぶ自室のベッドに入った。

 

 ……やはり生意気だと思われてしまったのだろうか?

 森に住むモンスターたちを倒せるようになって、自分の実力に自信を持てるようになった。

 けれど師匠の目からは自惚れているように見えてしまったのかもしれない。

 

 それとも……安易に了承できないほど、外の世界に住まうモンスターたちが危険ということなのだろうか?

 

「……ん?」

 

 思考に耽っていると、ふと妙な気配を感じた。

 いま、館の外で足音がしたような……。

 師匠なら館内に敷いた転移魔法陣で戻ってくるはずだから外にいるのはありえない。

 するとモンスターだろうか? ……いや、それもありえない。

 館の周りには師匠が張った強力な結界が常時展開している。森のモンスターが近づいてくることは滅多にないはずだ。

 

「……ただの聞き間違いかな」

 

 今夜はもう素直に寝たほうがいいかもしれない。

 ゆっくりと瞳を閉じる。

 カチコチと時計の秒針の音が静かな室内に鳴る。

 その音の中に……ガラスが割れるような音が響いた。

 

「っ!?」

 

 いまのは……結界の壁が破壊された音!?

 ありえない! 師匠の結界が破壊されるだなんて!

 この森には、そんな真似ができるモンスターなんていない!

 できるとしたら、それは()()()()()()()()()()()だけ……。

 

「あ」

 

 咄嗟に起こそうとした体が動かない。

 指先の至るところまで、氷結してしまったかのように。

 バタン、と窓が開く。

 月明かりが照らされた床に、ヌッと人影が浮かぶ。

 

「こんばんわ、坊や」

 

 脳が蕩けてしまいそうな、妖艶な声色。

 咽せるほどに濃く甘い芳香。

 オスを誘惑するために造られたような凹凸の激しい艶姿。

 そして……常軌を逸した魔力量を内包した存在。

 それが、ゆっくりと近づいてくる。

 

「遠見の魔法であなたをひと目見た瞬間から、ずっと、ずっとこのときを待っていたわ。あの魔女が留守にしている今夜がチャンスなの。あなたのその素晴らしい魔力を……たっぷりと搾り取らせてちょうだい?」

 

 薄紫色の長髪に、紅の瞳をした女性が舌舐めずりをする。

 暴力的なまでに発育した肢体。

 衣服としてほとんど機能していない際どい衣装に身を包み、大胆に肌を曝け出している。

 背にはコウモリのような翼を生やし、下腹部には桃色の光を発した刻印がある。

 

 ……知識として知っている。

 目の前の存在が何者か。

 

 師匠は言っていた。

 モンスターとは、高い思考能力を持つ存在ほど強いと。

 人間と同等の知恵と脳を持つ人型のモンスターは特に危険だと。

 並みの魔法使いならば、迷わず逃亡を選択するほどに。

 

『吸血鬼。魔人──コイツラは文字通り次元違いの存在よ。断言するわ。私でも、真正面からやり合おうなんて考えない』

 

 師匠がそう言うほどまでに警戒する存在。

 それが、いま僕の目の前にいる。

 

 サキュバス。

 精気と魔力と一緒に命もろとも食らいつくす、人型のモンスターが。

 

「ア……ギ……」

 

 まともに喋ることができない。

 これは、金縛りの呪術か?

 マズイ。なんとか解呪しないと、このままでは相手の思い通りに……。

 

「うふふ。何て可愛らしいのかしら。そんな必死に抵抗しちゃって。でも無駄よ? オスが私の呪術に逆らうなんて」

 

 蠱惑的に笑いながらサキュバスがベッドに上がってくる。

 ゾッとするほどの美貌が間近に迫ってくると、紅色の瞳が妖しい光を発する。

 すると、もう呻き声すら上げられなくなった。

 

「怖がらなくていいのよ? オスとしてこの世に生まれて良かったって幸せに思えるくらい、気持ちいいことをしてあげるから」

 

 サキュバスがクツクツと嗤う。

 冗談じゃない。

 こんなところで死んでたまるか!

 でも動きを封じられたままじゃどうすることも……。

 

 師匠! 僕はいったい、どうすれば!

 

 

   * * *

 

 

 一方その頃、クレアは王都にあるギルドに来ていた。

 

「ふ~ん、アンタがまさか弟子を取るだなんてね。で、その子が冒険者になりたいと」

「そうなのよビスケ」

 

 クレアは顔なじみの受付嬢に事情を説明していた。

 名はビスケ。

 金髪碧眼のエルフであり、数百年にわたってギルドに務めるベテランの受付嬢である。

 なにかと人員不足な職場において長寿種は重宝されやすく、ここギルドでもワケありのエルフやドワーフなどを職員として雇っていた。

 

「ふむふむ。実力はどんなものか見せてもらっていい?」

 

 そう言ってビスケはクレアの赤い瞳をジッと覗いた。

 クレアの瞳を通して、弟子の少年がモンスターと戦う映像が流れ込んでくる。

 過去に見た光景を共有する視覚同調の魔法。冒険者たちの虚偽の任務達成報告を防ぐための手段である。

 

「……メタルスパイダーをこんなに簡単に。凄いじゃないの」

 

 ビスケは素直に驚いた。

 駆け出しの冒険者ではまず勝てないモンスターを、クレアの弟子は苦戦もせずに倒している。

 さすがは魔女クレアの弟子だ。実力は申し分ない。

 

「これなら審査さえ通れば冒険者登録できると思うわよ? それにこれだけ戦えるならあっという間にBランク……いえ、Aランクに昇れるかもしれないわ」

 

 将来有望な冒険者が増えることはギルド職員として歓迎だ。ビスケとしてはクレアの弟子を是非迎え入れたいと思った。

 

「そう……あなたがそう言うなら、あの子は間違いなくAランクの冒険者になれるでしょうね」

 

 しかし、クレアの表情はどうも晴れない。

 先ほどからずっと不安げな顔を浮かべている。

 長年の付き合いであるビスケですら見たことのない反応だった。

 

「もしかして……心配してるの? 弟子を冒険者にすることが?」

 

 ビスケの問いにクレアはコクリと頷いた。

 ビスケは驚いた。まさかあの冷酷な魔女に、こんな一面があるとは。

 はじめて弟子を取ったことといい、この数年で何か心境の変化があったのかもしれない。

 

「へ~。少し安心したわ。アンタにもそんな良心が残っていたなんてね」

 

 長寿種は数百年の時を生きるぶん、どうしても只人とはズレた感性を持ちがちだ。

 人里で長く暮らしてきたビスケはともかく、魔女のような群れることをせず孤高に生きる存在は、人間に対する思いやりが欠如しやすい。

 そう考えると、クレアは随分と感情的になった。

 

「でもクレア。その弟子くんが『自分の力を試したい』って言うなら、師匠として送り出してあげるべきなんじゃない? 確かに冒険者は危険が付きまとうものだけど、あまり過保護になりすぎるのも、その子のためにならないわ」

 

 大切な弟子を危険な世界に関わらせたくないクレアの気持ちは、ビスケにもわかる。

 だからといって、いつまでも小さい森の世界に留まらせるのも違うと思った。

 ビスケも広い世界を知りたいがためにエルフの里を抜け出した。

 だから何となく、クレアの弟子の気持ちがわかってあげられるような気がした。

 彼は知りたいはずだ。自分の力がどれだけ世界に通用するかを。

 そして、それは充分に通用するとビスケは確信していた。

 

「大丈夫よクレア。これだけの実力があるなら、どんなクエストもこなせるわよ。私も全力でサポートするし、あなたは安心して弟子くんを送り出して……」

「いえ、ローエンスの実力を疑っているわけじゃないわ。あの子ならどんなモンスターとも戦える。それは私が一番わかってる。……だから困ってるんじゃないの」

「はい?」

 

 ビスケは首を傾げた。

 クレアはいったい何を言っているのだろうか。

 

「私の心配はもっと別のことよ。考えてごらんなさい? 駆け出しの冒険者がメタルスパイダーみたいな強力なモンスターをあっさりと倒して、どんどんランクを上げていく……そんなの、周りの冒険者たちの注目を浴びるに決まってるじゃない」

「まあ、そうだと思うけど……それのどこに問題があるの?」

「大ありよ。そんなことになったら……私のローエンスたんがモテモテになっちゃうでしょ!?」

「……は?」

 

 雰囲気が一変する発言に、ビスケは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 一方、クレアはいたって真剣な表情だった。

 

「ビスケも視覚同調でローエンスの顔は見たでしょ!? 私の弟子、超~~かわいいでしょ!? あんな美少年が新人冒険者になるだけでも注目されちゃうっていうのに、その上超~~強いのよ!? 他の冒険者たちが放っておくはずがないわ! 特に野蛮な女冒険者たちが! きっと、こんなことになるわよ!?」

 

『おい坊主。最近冒険者になったくせに随分と実入りが良いじゃないか~? 大先輩であるアタイにちょっと酒でも奢ってくれてもいいんじゃないか~い?』

『うふふ♪ 可愛い顔しちゃって~。ほら、コッチで一緒にお姉さんたちと飲みましょ? あ、ボクちゃんはまだミルクじゃないといけないかしら~?』

『へへへ♡ ならアタイのミルクでも飲むか~い♡ まだ出る体じゃね~けどな~♡』

『あん♡ なら出る体にしてもらおうかしら♡ ねえ、良かったらこの後にあそこの宿に行って楽しいことしな~い♡』

 

「な~んて感じに肉食系のメス冒険者どもに誑かされるに決まってるわ~! キィ~! ローエンスたんを誘惑していいのは私だけよ~!」

 

 ビスケは呆れの溜め息を吐いた。

 何を心配しているのかと思いきや、実にくだらない内容だった。

 

「あのね~? 大昔ならともかく今は審査も厳しくなってるから、そんな心配は起こらないわよ。現代のギルドはちゃんと人格面も考慮して冒険者を採用してるんだから」

 

 ここ数年でギルドも随分と変わった。

 ビスケが受付嬢になったばかりの頃は、木造の酒場と宿屋を併設させた建物にならず者たちが集まる典型的な吹き溜まりだったが……あまりにも粗暴な人間が増えると、瞬く間に国に規制されてしまう。

 結果、度重なる改革と戒律の強化を徹底した結果、随分とクリーンでシステマティックな組織となった。

 建物もいまや大理石で造られた広大な施設となっているし、清掃の使い魔が常時行き来しているので館内も清潔だ。

 クエストの依頼も紙ではなく、魔法による映像パネルが設置されているので情報開示もスムーズになった。

 もはや酒場の面影はなく、どちらかと言えば役所に近い。

 ギルド内にいる冒険者たちも、いずれも素行の良い者たちが多い。

 無意味にナイフをペロペロと舐めるようなモヒカンはひとりもいない。

 

「冒険者の中には貴族や僧侶の御方だっているんだから。アンタが心配するようなことは万が一にも起き……」

「あは~ん♡ 冒険者になってから教会のくっそお堅い決まり事なんて気にしなくていいから最高ですわ~♡ そこの素敵なお兄さ~ん♡ よかったらソコの宿でピー♡ なことしませんこと~♡」

 

 発情した顔で若い冒険者に絡む女僧侶を、クレアは無言で指さす。『ほらいるじゃん』と。

 ビスケはただちに通信魔法を使った。

 

「痴女発生。ただちに確保。あと、あの淫乱を審査したヤツをいますぐ連れてきなさい」

 

 ひと仕事を終えて、ビスケは再びクレアと向き合う。

 

「……で、話を戻すけど、とりあえず一度その弟子くんを連れてきなさいよ。最初は簡単なクエストから始めて、しばらく様子見するだけでもいいんじゃない?」

「……私だって、ローエンスには広い世界を知ってほしいと思っているわ。あの子は凄い魔法使いになる。冒険者になることで、きっともっと成長できる。でも……」

 

 長い睫毛を伏せて、クレアは消え入りそうな声を出す。

 

「たぶん……そうなったら、あの子は私のもとを離れていくわ」

「え?」

「気づくはずよ。『もう師匠の教えは必要ない。自分ひとりでも戦っていける』って……」

 

 クレアが最も恐れているのは、それだった。

 ローエンスはすでに第一線で戦えるだけの力を身につけている。

 正直にいって、もう免許皆伝を与えてもいい段階にあった。

 だが……それを告げる勇気がクレアにはなかった。

 

「私は師匠失格よ。あの子を手放したくないの。立派な魔法使いにするといいながら、あの子を森の館に閉じ込めようとしている……いつのまにか、そうしてしまうくらい愛しくなってしまったの」

「クレア……」

「日がな一日、ローエンスたんと修行と称したエッチなプレイを満喫したいの」

「いや、アンタ何してんのよ?」

 

 ビスケはまた溜め息を吐いた。

 しばらく会わないうちに、この魔女も随分と変わり果ててしまったものだ。

 ひとりの人間相手にここまでの執着を見せるとは。

 

「弟子はいつか巣立つものよ? 師匠になった以上、その責任は果たすべきだわ」

「やっ! やっ!」

「ええい、駄々っ子みたいに泣くんじゃありません!」

「だって~」

「はぁ……べつに巣立ったからって今生の別れになるわけじゃないでしょ?」

「え?」

 

 聞いたところ、クレアの弟子は親も失って故郷から追放されたという。

 ならば。

 

「アンタが帰る場所になってあげればいいじゃない。師匠として、親代わりとして、その子の帰りをいつでも迎えられる存在になればいいのよ」

 

 ローエンスは故郷を失った。

 ならばクレアが新しい故郷になってあげればいい。

 そうすれば送り出しても縁が切れることはない。

 

「抜き出した剣は鞘に戻るものよ。だからアンタがすべきことは『いつでも帰ってきてもいい』って言って弟子くんを安心させてあげることよ」

「……そうね。あなたの言う通りだわ、ビスケ」

 

 クレアはフッと笑った。

 

「くよくよ悩む必要はなかったわ。ちょっと考えてみれば、そんな簡単なことだったのね」

 

 どうやらクレアの迷いは消えたようだ。ビスケがホッとした矢先。

 

「ちょっといまからローエンスの童貞を奪ってくるわ」

「いや、なんでさ」

 

 真顔でとんでもないことを言うクレアに、ビスケはまたもやツッコんだ。

 

「え? あなたが言ったんじゃないの。帰る場所になってあげればいいって。抜き出した剣は鞘に戻るんでしょ? だからあの子の立派な剣を私という名の鞘に埋め込んで、たっぷりと感触を教え込んであげようってのよ。頻繁に帰りたくなってしょうがなくなるくらいに」

「おい、やめろ」

 

 そんな下品な意味で言ったのではない。

 しかしクレアはもう聞く耳を持たず、すっかりヤル気満々のようだった。

 

「じゃあ私帰るわね♪ 相談に乗ってくれてありがとうビスケ♪ あ、ついでに媚薬あったら売ってくれる?」

「ねーよ。さっさと帰れ」

 

 すっかり色ボケ魔女と化した友人の姿にビスケは頭を抱えた。

 こんな女を師匠に持って、少年も憐れだ。

 

「ふふ~ん♡ 待ってなさいローエンス♡ 今夜は寝かせないからね~♡」

 

 愛弟子との熱い夜を妄想してウキウキで帰り支度を整えるクレア。

 その愛弟子の童貞が現在サキュバスに奪われかけていることを、彼女は微塵も知らない。

 

 

 

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