621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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※壁越えでV.ⅣではなくV.Ⅰがきたらというお話で、そこから始まります。




本編(完結)
壁越え


 

 

《ルビコン解放戦線の防衛拠点――通称 「壁」 を落とす。

 621、お前の価値を示してこい》

 

 

 送り出す言葉に込められたのは紛れもない信頼だったが、やけに強調したな、と少し首を傾げた。

 アーキバスの作戦立案者と折り合いでも悪かったのだろうか。もしかしたら、何か気に食わない発言でもあったのかもしれない。

 反応を返そうかどうか考えているうち、ベースヘリの投下シーケンスが終わった。

 強化手術の影響か、どうも言葉を出すのにワンテンポ遅れる。諦めて口を閉ざした。

 

 めずらしく天気が良く、投下口から見えた雪面がちらちらと陽光を反射させている。機体を引く重力に少しのブーストで逆らいながら、雪煙を上げて着地した。

 

《まずは、友軍アーキバス部隊の露払いを行う。街区への侵攻を阻むガトリング砲台と、その先のBAWS4脚MTを排除しろ》

「了解」

 

 戦闘モードへと移行し、火器をアクティブに切り替えた。作戦領域は既に戦闘の真っ最中だ。派手な砲撃が炎を巻き上げて地面と空気を震わせている。

 移動しながらカメラを動かして、威容を誇る「壁」の姿を捉えた。屋上にごつごつした巨大な機影。あれが最終目標である「ジャガーノート」 だろう。

 街区を大きく挟んで手前、堀のいたる場所に立ち並んだ砲台も、ひっきりなしに咆哮を上げている。

 さて、と考えた。迂回した方が安全だが、露払いというなら正面突破すべきだろうか。

 

《壁上からの砲撃が激しい。遮蔽を上手く使え》

「友軍が多い方から片付ける?」

《……いや。その必要はない。621、お前は与えられた仕事を着実にこなせ。それで十分だ》

 

 安全策で行けということらしい。素直に頷き、堀の上に向けて機体を加速させた。

 砲弾が迫る。思いのほか真っ直ぐに飛ぶそれをひとつ、ふたつと躱し、アサルトライフルの弾を打ち込みながら横合いからの砲撃を避け、さらに距離を詰めた。

 思ったよりも砲台は損傷している。想定より脆そうだ。懐へ飛び込むと同時に蹴り飛ばして破壊し、バックブーストを噴かしながら機体を反転させた。至近距離からの砲撃がすれすれを過ぎ去る。パルスブレードでもう一基を潰すと、アラートにしたがって後退した。

 特大のグレネードが着弾し、派手な爆発と衝撃を引き起こす。

 威力が桁違いのこれは、おそらく「壁」の上にいるあの重装機動砲台からの攻撃だろう。堀を越えて街区へと降り立つと、廃墟のビルで射線を切り、一息ついた。

 

「そういえば、ウォルター。少し気になったんだけど」

《どうした》

「声が掠れてる。風邪でも引いた? ブリーフィング通りなら無理に指示を出さなくても大丈夫よ」

 

 ウォルターが沈黙したので、また首を傾げた。答えにくいようなことではなかったはずだが。

 レーダーに映ったMTへアサルトライフルを浴びせ、ガトリング砲台を立て続けに片付けたところで、苦り切った声が応じた。

 

《……感情の回復傾向と見れば、歓迎すべきことなのだろうが……。ここは、ベイラム部隊も退けた「壁」だ。今は仕事に集中しろ、621》

「了解。お大事にね」

《………目標4脚MTの排除に移れ》

 

 なんとも複雑そうなため息だ。短く応じてレーダー反応の方角へと向き直る。

 赤いレーザー照準が集中してくる。焦りや恐怖は生まれず、速度に緩急をつけながら進路を左右に振ることで狙撃砲を躱した。

 

 知っていたはずの感情を失うというのは、不思議な感覚だった。

 

 喜び、悲しみ、怒り。何かを好ましく思うこと、何かを不快に思うこと、何かを怖いと思うこと。それらのすべてに心が反応しないのだ。

 認識はある、判断能力も維持できている。以前ならこう感じただろうという想像もつく。だから会話は成り立つのだが、平坦な感情は心に波を起こさない。深い場所でゆらゆらと揺れ動くばかりだ。

 不思議ではあったものの、さんざんに脅された後遺症がこれだけというのは、かなり幸運なことだっただろう。そもそもが壊れかけの身体だったのだ。

 

 「ひとつひとつ、取り戻していけばいい」――態度にはかろうじて出さないものの、ひどく痛ましげな目をして、雇用主(ウォルター)はそう言った。

 

 身体がとりあえず動いて、命を繋げただけ十分だ。あとは治療費用を稼ぐだけ。

 この星に眠る資源(コーラル)は、それだけの評価価格を持っている。仮に手に入れられなくとも、それを見つけ出すまでの抗争が生む仕事だけでも、うまくやれば十分な資産となるはずだ。

 

 壁がさらに近づき、ジャガーノートの死角に入る。目標の4脚MTをモニタに捉えた。

 

《来たな、企業の狗め……貴様には何としてもここで死んでもらう! “コーラルよ、ルビコンと共にあれ”!》

 

 迸るような殺気にも既に慣れ、特に反応せず肩のSONGBIRDS(連装グレネード)で応じた。

 4脚の器用な砲口が一斉にこちらを向く。背後へと回り込みながら誘導ミサイルとアサルトライフルの弾で負荷を押し付け、ACS負荷限界を引き起こした。

 硬直する敵機へと姿勢を低めて飛び込み、脚の関節部へと下からパルスブレードを振り払う。装甲は想像以上にあっけなく破れ、いびつに切り取られた脚の一本が宙を舞った。

 電磁装甲が無効化されるだけで、金属とはこうも脆いのか。

 返す斬り込みでコクピットを潰す。断末魔の声もなく炎上する機体から離れ、ウォルターの言葉を聞いた。

 

《BAWS4脚MTの排除を確認。街区における脅威は大きく減少した。……621、なぜわざわざ脚を狙った?》

「どのくらい脆くなるのか試しておきたかったから。駄目だった?」

《……好奇心が強いのは相変わらずか。まあ、いいだろう。ただし状況は見誤るな》

 

 好奇心、なのだろうか。今日は首を傾げることが多い。

 「壁」の隔壁にアクセスし、解錠プロセスを走らせる。あっけなく開いた扉がぽっかりと口を開けた。その腹の中へ、慎重に機体を滑り込ませる。

 

 通路の狭さから予想はできていたが、現れる敵機はいずれも小型だ。侵入を食い止めることに全力を注いでいたのだろうか。

 

 ピ、という電子音と共に通信が入った。

 

 軽くブーストを入れて敵の攻撃を避ける。戦闘中の通信にいちいち気を逸らさないようにすることにも、大分慣れてきた。目の前のMTが盾持ちだ。頭上を飛び越えて弾を叩き込みながら、その声を聞く。

 どこか気怠げな、それでいて面白がっているような声だった。

 

《――V.Ⅰフロイトだ。もう壁の中とは仕事が早いな。これは、楽しめそうだ》

 

 共同作戦をとるヴェスパーの――と納得しかけたところで、ふと首を捻った。

 続いて入ったウォルターからの通信が、その違和感を言語化する。

 

《ヴェスパーの番号付きか。壁越えに参加するのは、第4隊長だったはずだが……》

《解放戦線の今度の玩具はなかなか面白そうだ。こちらもじきに着く。俺が行く前に倒してしまってくれるなよ》

 

 理由になっているようでなっていない軽口を最後に、通信はあっさりと切れた。

 ウォルターの通信は向こうには聞こえていないはずだから、こちらは一言も返さないままだったのだが、まあ、別に良いから切ったのだろう。その辺によくいる変人のたぐいだ。

 ウォルターが苦り切ったため息をついた。これもいつものことなので、大して気にせず目の前の道を空けていく。

 

《ヴェスパーの第1隊長は、あらゆる意味で「特殊」だと聞いている。……腕は確かだが、油断はするな、621。前触れなくこちらを撃ってくる可能性も念頭に置いておけ》

「了解」

 

 聞いているうちにエリアの制圧が完了した。くすぶる破壊の跡を最後に一瞥して、隔壁を開ける。

 飛び散る残骸も、スピードにぶれる視界も圧力も、トリガーの手応えも交わされる悲鳴じみた通信も、ただただ昂揚感しか生み出さない。

 生きている、と実感する。

 薄くなった感情でも、その実感だけは手放さなかった。

 自分の手足のように、身体のように――いや、それ以上に動かすことが、動くことができる。それがどんなに素晴らしいものか、得がたいものか、自分以上に理解している人間はそうそういないと思うのだ。

 すり減りきれていない良心や良識が軋みを上げても、鈍磨した感情の中で、それはただの感想でしかなかった。

 

 慣れきった。変わってしまった。

 変わらざるを得なかった。

 そして一度変わってしまった以上、もう元には戻れない。

 

 ひとつ息を吐いて、目の前に集中を戻そうとした。

 さっき聞いたばかりの声を思い出し、そういえば、と思いを巡らせる。

 

(……それにしても、本当、楽しそうな声だったわね)

 

 クリスマス前の子どもみたいだと思って、そんな連想をした自分自身に、少しだけ笑った。

 とてもじゃないが、そんな平和な種類のものではない。そこにあるのは薄汚れた鉄臭さだ。

 

《……621? どうした、何かあったか》

「何も。気にしないで」

 

 笑ったのは久しぶりだと、そのときに気付いた。

 

 

 

***

 

 

 

 貨物用リフトを昇った先、「壁」の屋上に通じる隔壁が重々しくその口を開けていく。

 吹き込む吹雪が、隔壁の向こうに広がる白が、とても綺麗だと場違いに思った。

 ちょうどそのタイミングで、濃紺の機体がゆっくりと降り立つ。重さがないかのような、鳥が降り立つような自然さだった。一体、どんなブーストの使い方をしているのだろう。

 

《お前がレイヴンか。ウォルターの子飼いだと聞いたが……聞いていた以上に、面白そうだな》

「それはどうも」

 

 適当な返事を投げ返した。女であることにどんな反応をするだろうという、すこし意地の悪い気持ちもあった。

 

《まあ、話は後だ》

 

 反応は肩透かしなほどあっさりしていた。

 警告音とほぼ同時に、派手な破壊音が響く。重機をそのまま兵器にしたような、無骨な四角いフォルムの大型兵器が、滑り込むように姿を見せる。

 威圧感のある巨体だった。長距離を射程におく大型砲だけではなく、本体そのものに破壊力が感じられた。

 

《まずは、こいつを片付ける。……まさか足手まといにはならんだろう?》

「努力するわ。そっちこそ、第1隊長さんの実力を見せてくれないと」

《威勢が良いな。悪くない。――来るぞ》

 

 雪煙を立て、ジャガーノートが突進してくる。動きが速い。直線的ではあるが、これだけの重量物がこれだけの速さで衝突するとなると、引っかけられるだけでひどい目に遭いそうだ。

 おまけに前面には、これ見よがしに盾めいた分厚い装甲がある。正面からの攻撃はほとんど意味をなさないだろう。

 

(だったら)

 

 盾が一面にしかないなら、その裏を狙うのは常道だ。

 突進を避けながら慎重に弾を叩き込み、敵機の動きを頭に入れていく。何度か試しているうちに、躱しながら頭上を取る方がやりやすいことに気付いた。

 青い光線がそれを助けるようにジャガーノートの巨体を取り囲み、じわじわと削り取っていく。知らない兵器だ。形態を見るに、自立型の射出機なのだろう。

 

 ふと、この「僚機」が手加減をしていることに気付いた。

 解放戦線の玩具への期待は早々になくなったのだろう。ほどほどに攻撃をしかけながら、こちらがどんな対応をするのかを見て楽しんでいる。

 ずいぶんな態度だというのに、不思議と不快感はなかった。良くも悪くも、一切の悪意が感じられないのだ。

 そろそろジャガーノートの機動と攻撃パターンも見極めが付いてきた頃、巨体が妙に気の抜けた音を立てて、動きを止めた。

 

《ACS負荷限界だ。叩き込め、621》

 

 ウォルターが鋭く告げる。

 ありったけの弾を撃ち放ってアサルトブーストで距離を詰め、パルスブレードの限界出力を突き込んだ。狙いはジェネレーターだったが、場所の予測を外してしまったようだ。損傷はほんのわずか足りない。敵機が再び動く予兆を見せる。

 思わず舌打ちしたところに、青い軌跡が走った。

 ブレードの残光だと一瞬遅れて気付いた。それを操る機体がどれなのかも。

 腕部の連装砲を刎ね飛ばされたジャガーノートが、ぶすぶすと煙を立て、静かになっていく。

 顔をしかめて振り返った先、バランスの取れた紺の機体が、戦闘の余韻も残さずに立っていた。

 

《スネイルから通信が入った。こちらに結構な数の増援が向かっているらしい。挟撃される前に迎撃せよ、とのことだが……まあ、挟撃の心配はなくなったな?》

「……でしょうね」

《わざわざ倒されに来てくれるんだ、迎えに行く必要はない。……追撃が来るまでの間、お前とやり合って待っていればいい》

 

 馬鹿な、とウォルターが呻いた。

 同感だ。だが、あの口ぶりからして、おそらくウォルターにとっても想定の範囲内ではあっただろう。

 

「……私にメリットがないわね。仕事でもないのにトップランカーとやり合わなきゃいけないの? 弾も修理費もただじゃないんだけど」

《メリットか。そうだな……50万コームでどうだ?》

 

 さらりと放たれた数値に、耳を疑った。

 

「……50万?」

《ああ》

「条件は? 貴方に勝てたらってこと?」

《いや、やりあうための金額だな。俺に勝てたら、か……そうだな、その場合はさらに50万追加しようか。合計で100万だ》

 

 笑みを含んだ声で言うものだから、たちが悪いなと眉根を寄せた。

 この男が、自分に勝てるわけがないと思っているからではない。それ以上だ。この男は、「勝って欲しい」とすら思っている。ごく自然に、心の底から。それも、負ける気など欠片も持たずに。

 握った操縦桿を指で撫でた。

 実弾で戦う以上、死ぬ危険性はある。だが、そんなことは平素だって同じだ。解放戦線の援軍が来るまではおそらく最長で30分ほど。実際にはきっと10分もない。――分の悪い賭けではない。

 

「……ウォルター。いい?」

 

 唸り声が聞こえた。ややあって、苦虫を噛みつぶした返答が続く。

 

《目先の利益に囚われるのは賢明ではない。……だが、決めるのはお前だ》

「ありがとう」

 

 相手には返答を返さず、無言のまま銃口を向ける。戦いはこちらの射撃から始まった。

 踏み荒らされた雪景色のなか、AC2機が踊るように円を描きながら相対する。

 動きにフェイントを入れ、弾数を頼りにばらまくが、まるですり抜けているかのように手応えがなかった。

 

(当たらない……!)

 

 FCSの予測をことごとく外しているというのか。

 先ほど見たブレードの光が脳裏にこびりついている。近づきすぎれば餌食になる。あれを使えないタイミングを見極めることが、勝負の鍵だと思っていたが――その考えすら甘かったかもしれない。

 警告音がひっきりなしに鳴っている。さっきまでジャガーノートを取り囲んでいた青い光線が、四方八方から自分を狙ってじわじわと削り取っていく。

 足を止めれば、一瞬でやられる。

 放たれた拡散バズーカが少し掠めた。想像以上の実力差を見せつけられて、覚えたのは焦燥ではなく、かつてないほど大きな昂揚感だった。

 

 今まで相手にしたことのない圧倒的な強者だ。敵意ではなく、殺意でもない何かが鋭く突き刺さってくる。

 肌がひりひりするほどに強く。

 緊張で心臓がどうにかなりそうだ。それなのに――楽しい、と感じた。そんな自分に驚いた。

 楽しいと思ってもまったく後ろめたさの湧かない、そんな相手が存在するなんて、夢にも思わなかった。

 この男に、勝ちたい。

 生まれ落ちた感情が指先まで浸透する。心臓が早鐘を打っている。さざ波どころではない大きな変化が起きたことを、はっきりと自覚した。

 

 リペアは残り2個。おそらく向こうはまだ使ってすらいない。

 だが、勝機がないわけではない。

 肩バズーカを撃ち込むとき、ブレードを打ち込む瞬間、敵機の脚が止まっていた。やるとしたらここだ。

 

(でもまあ、そんなことは、相手だって分かってる……でしょうね!)

 

 分かっていても避けられない状況でなければ避けられてしまう相手だ。突くとしたら、ここしかない。それ以外なら――何かとんでもなくおかしなことでもしなければ。

 ジャガーノートにはいまいちだったミサイルも、AC相手にはそれなりに効果がある。当たれば痛いし、基本的には回避行動を取るものだ。

 だが、それよりも早く手持ち武器の弾切れがきた。

 温存しておけなかったことに舌打ちする。必死になって相手の攻撃を避けていたが、機体がジャガーノートの残骸に当たった、

 当然に、青い閃光の刃が迫る。

 ()()()()()

 今しかないと、破断されていた連装砲の端を踏みつける。

 

 梃子の原理は、この宇宙開拓時代であっても当然に有効だ。

 

 ぐるりと跳ね飛んだ重量物が目の前のACへと迫る。ブレードが反射的にかそちらへ軌道を変えるのを見ながら、機体に無茶な制動をかけた。

 地面ぎりぎりを滑るようにしてグレネードを放つ。予想通りに避けられた。肉薄した相手の機体にぶつかるように蹴りを打ち込み、こちらはどうにか当てる。

 

《……っは! 面白い……!》

 

 負荷限界を引き起こせた。千載一遇の好機だ。

 ブレードを叩きつける。緑色の火花が散った。この機体は体勢回復が早い。追撃には足りない。

 煩悶は短かった。

 弾切れのアサルトライフルを勢いよく投げつける。質量物の投擲はれっきとした攻撃力だ。

 ぎょっとしたように一秒、動きを止めた濃紺の機体に、そのまま拳で殴りかかる。ブーストを短く噴かし、相手のブレード機構を掴んだ。

 連装グレネードを至近距離から撃ち込もうとして、だが、相手の拡散バズーカの動きが目に入った。

 射出をキャンセル、とっさに、掴んだままの腕を引く。マニピュレーターが想定外の負荷とトルクの出力に負け、破損して離れてしまう。

 それでも敵機の姿勢が僅かに崩れ、かろうじて直撃は免れた。

 喉で笑う声がした。

 

《今のもなかなか面白かったな。もう少しだ》

「それは、どうも……!」

《ところどころ大雑把なのは勿体ない。……本当に勿体ないな。なあ、もう少し本気を見せてみろ。お前、もうちょっとできるだろう》

 

 さすがに少しばかり腹が立った。

 振り払うブレードは完璧な間合いで避けられた。続く蹴りも同じくだ。学習されている――ブレードの動作に入る敵機をグレネードで威嚇し、回避行動を取ったときだった。

 レーダー反応。轟音が床面を揺るがす。

 舞い上がる雪煙、唸りを上げる派手な駆動音。見覚えのある動きで、四角形態の重機じみた兵器がその場に現れた。

 

《……時間切れか。それなりに豪勢な「おかわり」だな》

 

 面白がるような声に、これもまたひさびさな、呆れたため息を吐いた。

 

「追加のジャガーノート1機にMT……30機くらい? 骨が折れそう」

《楽しめそうで何よりじゃないか。まだやれるだろう?》

「誰かがこのあと『続きだ』とか言わないって約束してくれるならね。さすがにちょっと厳しいわよ。弾切れ」

《これを蹴散らすくらいは余裕だろう》

「……まあ、やれるだけはやるけど」

《十分だ》

 

 ほっといても一人でどうにかできるんだろうな、と思った瞬間、急激にやる気がしぼんでいった。

 さっきは観戦してくれていたことだし、今度はこちらが囮だけやって戦い方を観察してやるのも悪くない。

 大勢のMTから一斉放射される弾を避けながら、ちらりと濃紺の機体に目をやった。

 

 生き生きと戦いに赴くその姿に、自分の中の言語化できない曖昧さが、すこし晴れるような気がした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ベースヘリへと帰投してコクピットのハッチを開くと、整備士がすぐ傍に移動式通路を寄せてくれていた。

 すっかり顔見知りになった髭面の男が、歩行用装具を差し出してにやりと笑う。

 

「よう、お疲れさん。大層な活躍だったそうじゃねえか」

「ありがとう」

 

 機体の外に脚を投げ出し、歩行装具のベルトを止めていく。役に立たなくなった神経では、これがなければ自分でACを降りることもできない。気遣いが素直に有り難かった。

 独立傭兵はメンテナンスチームを持つ企業所属とは異なり、こうしてオールマインドの手配する傭兵支援組織のメカニックに頼ることになる。ウォルターがライセンスを求めた理由もそこにあるのだろう。――元の持ち主の顔見知りがいたらまずいのではないかと思うが、幸いなことに、彼はそうではないようだった。彼の娘が同じくらいの年齢だそうで、なにかと良くしてくれている。

 

「……ごめん。修理、かなり大変だと思う……」

「なあに、腕も脚もくっついてるんだ。きっちり直してやるさ。よくまあ生きて帰ってきたもんだよ」

 

 豪快な笑い声と共に背中を叩かれ、転びそうになる。「うお! すまん!」と大慌てで犬の子のように持ち上げられたとき、機体から着信音声が聞こえた。

 メッセージではなく、通信だ。

 ウォルターは仕事中以外なら機体ではなく携帯端末の方に連絡を入れてくる。いぶかしくは思ったが、鳴り続ける呼び出しに渋々コクピットへ戻った。もしかしたら、誰かに聞かれてはまずい話があるのかもしれない。

 なにしろ密航の上ライセンス詐欺を働いている身の上だ。後ろ暗いことなら山ほどある。

 

 相手は意外な人物だった。

 一瞬指を止め、怪訝に思いながら応じる。

 

《V.Ⅰフロイトだ。今日は楽しかったな。お前との戦いも良かったが、雑魚が相手でもあれだけいればそれなりに面白い。最後辺りは弾も尽きて、なかなかスリリングだった》

「……こんばんは、第1隊長さん。感想戦なら夕食のあとにしてもらいたいわ」

《ああ、悪いな。用件は別だ。……一つ確認しておくが、お前はウォルターの猟犬なんだろう?》

 

 ぴり、と空気が張り詰めた。

 正体を知られていることにはウォルターも気付いていた。彼は何と言っていたか。

 肯定していいものかどうかを迷っているうち、フロイトは面白がるような口調で続けた。

 

《ハンドラー・ウォルターの噂は俺も聞いている。黴の生えた旧世代型の強化人間ばかりを拾っては手駒に加え、ルビコンを目指している、とな》

 

 ずいぶんな言われようだ。ただ、外から見ればその通りなのだろうと思う。

 それでも、選んだのは自分だ。

 あのまま自分の身体という監獄に閉じ込められることに比べたら、手術の過酷さも旧世代型特有の不自由さもずっと上等な選択肢だった。手を伸ばして届く場所にあった藁に縋っただけだ。後悔など一つもない。それを与えてくれたウォルターには、感謝すらしている。

 こちらの沈黙を気にした様子もなく、フロイトは謳うように話を続けた。

 

《奴が何を目的にしているかは大して興味がないが……コーラルのもたらす莫大な利益とやらがそれだと、お前は思っているのか? それにしては割に合わないほど大きな“投資”をしているようだが》

「……それこそ、大して興味はないわ。私は私の仕事をするだけよ。借りを返して、それ以上に稼ぐだけ」

 

 くっ、と笑う声が聞こえた。

 

《なら質問を変えよう。いくら出せば、お前は俺のものになるんだ?》

 

 思わず耳を疑った。

 ――いま、この男は、何と言った?

 

《考えたんだが、ウォルターの子飼いのままだと好きな時に戦えないからな。毎回お前の出る作戦を調べていちいち出向くのも面倒だ。手元に置いておけばいつでもやれる。毎回50万コームを払うのも一括で5000万コームを払うのも大差はないさ。100回やれば釣が来る。名案だろ?》

「……待って、いきなり何を……本気なの?」

《ん? ああ、5000万は適当に言っただけだ。足りないなら――》

「そうじゃなくて!」

 

 混乱にぐらぐらする頭を押さえる。それだけでは収まらなくなって顔を覆い、肺の酸素をすべて出し切るような息を吐いた。

 さすがにフロイトも話を中断したが、残念ながら、その沈黙は五秒しか保たなかった。

 

《悪くない話だろう? お前も金を手に入れて自由の身だ。別にウォルターからの仕事を受け続けても構わない。俺はお前の雇い主になりたいわけでも、飼い主になりたいわけでもないからな。まあ頻度に限度はあるが。ヴェスパーに入るかどうかは、そうだな、それもどっちでもいい。入った方が身体の調整がやりやすいとは思うが。アーキバスの強化手術は最先端だと聞くしな。俺は受けてないからよく知らないが》

「……貴方、思ったより喋るわね……」

《口説いているのだから当たり前だ》

「人を口説くのが下手だってことはわかったわ……」

 

 立て板に水で思いつく端からどばどばメリットを垂れ流されても、普通はなかなか気持ちがついていかないだろう。

 ウォルターの仕事を受け続けていいと言ったところで、ウォルター自身がどう考えるかは別の話だ。――ただ、今すぐにでも身体を治せるという選択肢は、確かに魅力的だった。

 時間がどれだけ残っているのか分からない。

 

 ため息をもう一つ。

 顔を覆っていた手をようやく外し、切り替えるために首を振った。

 

《……駄目か? わりと頑張って口説いてみたんだが》

 

 子どものような声に不意を突かれ、目を丸くした。

 たまらず吹き出してしまう。

 本当に、こんな感覚は久しぶりだ。そういえばさっきの立て板に水も、思い返してみればやたらと早口でつたなかった。あんなに飄々とおかしなことを喋っておいて、実は、どうにか口説き落とそうと気が急いていたのだろうか。

 

《笑う必要はないだろう。俺は本気だ》

「……つまり貴方は、私の腕を買ってくれたってことね?」

《そうなるな》

「光栄だわ。貴方との戦闘は、私も楽しかった。……動かすことじゃなくて、戦うことが楽しいなんて、初めて思ったの」

 

 息を飲むような気配があった。

 口元に浮かんだ笑みをそのままに、腹を決める。

 たった一度戦っただけの、よく知りもしない相手だ。それでも、わかりやすくて嘘のない単純明快さが、そういう意味では信用してもいい男だと感じさせた。

 

「報酬は前払いで一括。行動の制約はなし。契約書は私が用意する」

《……ああ。それで構わない》

「生きている限り、少なくとも100回は付き合うわ。貴方が途中で飽きたら話は別だけど。それ以上は……まあ、状況次第ね」

《そうだな。飽きさせない努力はしてくれよ》

「努力はするわ。違約金は払わないけど」

《守銭奴め》

「そうでなかったら引き受けてないわね」

 

 軽口を叩いて笑い合う、この感じも、悪くはなかった。

 堰を切ったように、あれやこれやと今日の戦闘のことやこれからのことを話し始める男に、多少ばかりの相槌を返しながら、思いを巡らせた。

 

 これまでずっと、何かを手に入れるために何かを捨ててきた。今度もきっと大きなものを捨てることになる。

 ウォルターは失望するだろう。手駒ではなくなった自分に仕事を依頼するかどうかは分からない。借りは返せるだけ返したいが、見失いたくないのは、自分は自分のために生きているという覚悟だけだ。

 そのためにここに来た。

 そのために今、ACに乗ることを望んだ。人を殺すことを選んだ。

 この手はとうに汚れている。だったらその先も、自分の意思で掴み取りたい。たとえ裏切りだと罵られても最短距離を選ぶ。これは自分のための人生で、自分のための選択なのだから。

 

 目を伏せて、情の深い飼い主に懺悔する。

 たぶん、性根の優しい人だった。冷酷を装いながら甘さを捨てられない、寂しい人だった。

 

 許されなくていい。私は、私の選択肢を取り戻す。

 ――恩を返す機会は、それでも(うかが)い続けるけれど。

 

 胸の内で静かに呟いて、瞼を開ける。

 モニタに表示されたエンブレムを真っ直ぐに見据え、迷いなく告げた。

 

「……これからよろしく。 V.Ⅰ、フロイト」

 

 






(初期ブレに初期アサライで弾切れにはならんだろというのは言わないお約束)


※2024/10/22、1話と2話を統合して改稿しました

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