621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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愛と依存の違いって何でしょうね




蓋の仕方

 

 

 これは良くないな、という自覚があった。

 

 中央氷原に到達してからこちら、精力的に仕事に勤しんでいたのは、頭を冷やしたかったからというのが一番大きい。

 どの陣営も体制を整えるのに忙しいのか、ここのところ戦闘はほとんど発生していない。従事したのは主にエリアの情報収集と、拠点設営の警備くらいだった。

 観測拠点を決めるにも情報は必要だ。方々を回って広域データだけでは確認できない部分のデータを集め、アーキバス側で地形面の区分や分析を行う。この地道で地味で膨大な作業を、アーキバスは大いに評価してくれた。

 

 

「最近、少し働きすぎじゃないか?」

 

 真新しいハンガーで心配そうに声をかけてきたのは、V.Ⅳ ラスティだった。

 いつかとは違い日中で、あちこちでメカニックが修理やメンテナンスに勤しんでいる。騒がしい中での会話は、周囲に聞かれる心配もそうなさそうだった。

 栄養ゼリーから口を離して、首を傾げる。

 

「戦闘はしてないから、そうでもないと思うけど」

「中央氷原の地形調査、君が一人で半分以上を片付けたと聞いたぞ。スネイルの機嫌がいい」

「それはなによりね」

 

 ただの地形調査だ。集積コーラルに繋がる情報はまだ見つかっていない。

 ウォルターからの連絡も、中央氷原に入った際のものを最後に途絶えている。そろそろ新しい猟犬を用意している頃合いかもしれない。

 

 ――良くない傾向だな、と思ったのだ。

 

 フロイトとの間にある昂揚感や気安さが心地よくて、一歩間違えば依存に変わってしまいそうな危うさを感じた。必要とされているという実感は甘美だ。受け容れてしまえば楽かもしれないが、破綻が見えているそれを選ぶのは性に合わない。

 根はウォルターとの関係で築かれたものだろうか。考えていたよりも、一人で立つというのは難しいことなのかもしれない。

 

 独立傭兵であり続けることを選んだのは、ウォルターの仕事を手伝うという理由ももちろんだが、安定よりもすべてを自分で決める自由を望んだからだ。

 それを忘れるつもりはない。

 

 ふう、と息を吐いて端末を取り出す。ラスティの手がそれを押さえたので、驚いて顔を上げた。

 綺麗な色をした目が、真っ直ぐにこちらを見据えていた。

 

「……何?」

「無理はしない方がいい。……ここのところの君は、拠点から離れる時間を多くしようとしているように見える」

「そう見えてる?」

「ああ」

「そう。見えてるんじゃよくないな……気をつけるわ、ありがとう」

 

 ラスティが眉根を寄せた。

 憂い顔の色男というのは絵になるな、と内心で呟く。

 

「……何かあったのか? 私でよければ、話を聞くが」

 

 言っていいものか、と迷うような気持ちが感じられる口ぶりだった。

 だからだろう。これは裏を疑うことなく、素直に受け止めることができた。苦笑して、やんわりと手を押し戻す。冗談めかして答えた。

 

「嬉しいけど、遠慮しておくわ。誰かに刺されそう」

 

 途端に、端正な面持ちが情けないものになった。

 

「ひどいな。そんな風に見ていたのか」

「女泣かせだろうなとは思ってる」

「その誤解は一体どこから……」

「本当に誤解?」

 

 ラスティが額を押さえてため息を吐いた。心当たりがないと言いたげだ。

 くすくすと笑いをこぼして、小首を傾げる。

 

「私、腹芸ってそんなに得意じゃないの」

「そうなのか? 意外だな」

「だって面倒でしょう。……だから、これは、一回だけ言うんだけど」

 

 もう一歩を踏み出して、ごく間近からラスティを見上げる。

 意図を推し量るような目を覗き込み、囁くように告げた。

 

「――私は独立傭兵よ。状況次第で、依頼は受けるわ」

 

 ラスティの目が、剣呑な光を帯びた。

 

 居心地は悪くないし、愛着も湧いてきた。だが、このままアーキバスにつき続けることはないだろうという予感があった。

 解放戦線にさして共感はできないが、企業と本格的に戦争をするというのなら――それを実現まで漕ぎ着けられるというのなら、状況によってはそちらについてもいい。

 それが、フロイトと袂を分かつことを意味しても。

 あの男なら、それも面白いと笑うだろう。

 

 かつんと踵の音を立てて、距離を戻した。

 

「まあ、悪いけど当分先の話ね。まだ約束が残ってるから」

「……その日が待ち遠しいな」

 

 昂ぶりを押さえ込むような声に笑い、最後に釘を刺しておく。

 

「だからハニートラップみたいな真似はやめてね。正直、対応に困るの」

「そんな風に見ていたのか……道理で、やたら警戒されていると……」

「まさか無自覚とは思わなかったわ。大丈夫?」

「……今のはとどめだったように思う」

「意外に繊細ね」

「心に留めておいてくれ。大概の男は繊細なんだ」

「ふうん。フロイトも?」

「……ごく一部の例外を持ち出さないで欲しいな」

 

 苦笑するラスティの口調からは、ずっと感じていた妙な含みが消えていた。

 そのとき、機体を整備していたメカニックが上がってきた。頃合いだ。お喋りを切り上げて、そちらに顔を向ける。

 

「V.Ⅸ、回収された土壌サンプルの件なんですが、中に――」

「そうだった、忘れてたわ。ありがとう」

「それは?」

 

 受け取った小さなボックスに、ラスティが首を傾げる。

 

「個人的なおみやげ」

「首席隊長殿に?」

「まさか。メーテルリンクにね。彼女なら喜ぶかなと思って」

「……そうか。君たちは仲が良いな」

 

 また、と目で咎めると、ラスティが両手を挙げて降参を示した。

 確かに、フロイトよりもメーテルリンクと敵対するほうが感情の処理が厄介そうだ。それでも、もしもそうなった際には、お互いに仕事をするだけだろうと思っている。

 

 そのままラスティと別れ、メーテルリンクにメッセージを送った。この時間なら食堂だろうか。

 そういえば、と首を傾げる。今日はフロイトからのメッセージが妙に少ない。

 

 仕事を大量に引き受けて意図的に忙しくしていたとはいえ、その間、フロイトを放置していたわけではない。帰還する度に模擬戦は行っていたし、地形調査はそれに特化した別の機体を借り受けて行っていたので、実質的には修理期間を不在にしただけだ。

 

 あの異常な兵器を「一度使ってみたかった」とのたまったフロイトは、本当に一度使っただけで飽きてしまったらしい。後ろ盾を失った開発チームが悲鳴を上げていた。

 言われてみればそうなのだが、AC同士の戦闘をもっとも好むフロイトにはあまり魅力的な玩具ではなかったようだ。いくらなんでも継戦能力に欠けるし、何より、あんなものをぶつけたらACなど一撃で消し飛ぶ。相手をせずに済んで良かったと思うべきだろう。避け損なったら普通に死ぬ。

 

 メーテルリンクは食堂にいたようだが、わざわざ合流場所に中間地点であるサプライ保管庫前を指定してきた。首を傾げながら了解を返す。

 こちらの方が着くのが早く、メーテルリンクが少し遅れて小走りにやってきた。

 

「レイヴン、今日帰ってきてくれて良かった」

「何かあった? あ、これおみやげ」

 

 開けたままのボックスを手渡すと、メーテルリンクが目を白黒させた。

 運搬と梱包にかなり気を使った甲斐があって、移動の間もなんとか中身は無事だった。

 白い清楚な花びらが、ふるりと震えて光を弾く。

 

「……花?」

「そう、めずらしいから土ごと採取してきたの。よければ貰って。いつものお礼」

「……ありがとう……嬉しいんだけど、ごめん、今うまく喜べない。ちょっと問題が起きてる」

 

 メーテルリンクの顔色が悪い。首を傾げて先を促した。

 

「首席隊長が第7部隊の隊員を3人半殺しにした」

「……ACで? 派手な浮気ね」

「違う、生身で」

「生身!?」

 

 それは完全に予想外だった。

 ACに乗っていないときのフロイトは、基本的に色々と適当だ。乱闘以前に、まず激情に駆られるところがうまく思い浮かべられない。

 

「どうしてまた……というより、待って。一般隊員だと、もしかしなくてもまともにやり返せないんじゃ……」

「かなり一方的な阿鼻叫喚だったみたいだよ。噂で持ちきりだから、今食堂に行くのはやめておいた方がいい」

 

 見世物になることを危惧してくれているのだろう。思わず天井を仰いだ。

 

「……つまり、私が原因ってことね?」

「それがよくわからなくて……どうも、貴方のことでかなり下世話な話をしてたみたいではあるんだけど……」

「え? それだけ?」

「そうなんだよね……」

 

 男所帯ではめずらしい話ではないはずだ。直接下卑た言葉をかけてこないなら、わりとどうでもいい。

 というよりも正確には、いちいち気にしていたら身が持たない。だいたいが、情婦扱いされても仕方ない状況ではあるのだ。

 アーキバスの男性陣はかなり紳士的な方だと思う。V.Ⅰを恐れてのことかもしれないが、現在に至るまで、くだらない揶揄を越えて眉をひそめるほどの話を聞かされたことはないのだ。聞こえていないところではえげつない品評会をされているのかもしれないが、基本的に表面上の治安は悪くない。

 どうにも据わりの悪い話だったが、メーテルリンクは深刻な顔で切り出した。

 

「……少し前から思ってたんだけど、そろそろ、認めておいた方がいい気がする」

「何を?」

「どういう意味合いにせよ、貴方が女としてフロイト隊長に特別扱いされているってこと」

「えええ……」

 

 同感するには厳しくて、思わず呻いた。

 

「だって、他に理由がないよ。そう思わない?」

「そうかしら……何か、こう、虫の居所が悪かったとか……」

「往生際が悪いね。いやなの?」

「結果がこの騒ぎになるなら歓迎できない」

「それは確かに。……まあ、とりあえず、こっちの要求はひとつだよ。会いに行って欲しい」

「えええ……」

 

 いやだという感情を隠さずにぼやくが、メーテルリンクは退こうとしない。

 

「いい? これまで首席隊長が生身で強化人間相手に戦闘を行って、謹慎を食らった例はない。つまり影響は未知数なの。原因に貴方の存在がある以上、頼りにせざるを得ない」

「こちらの被害予想は……」

「……新作のお菓子がある。今度はパイを作った」

「……あの材料でどうやって……。……がんばるわ……」

 

 励ますように肩を叩かれたが、ちっとも嬉しくなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ものすごく気が進まないながら、フロイトの部屋を訪った。

 解錠コードは貰っていたので、勝手知ったる足取りでリビングに向かう。

 

「なんだ、戻ってたのか。タイミングが悪かったな」

 

 この上なくいつも通りのフロイトがそんな事を言い、あっさりと手元の端末に目を戻した。

 まるで何も起きていないかのようだ。拍子抜けだったが、その両手は創傷用被覆材で覆われている。今日の模擬戦は自重したほうがいいだろう。 随分派手に暴れたようだ。

 両手以外に怪我が見られないことからも、聞いていたとおり、喧嘩とも言えない一方的なものだったのだろう。

 フロイトが三人がけのソファに足を投げ出しているので、ソファの背に腰を預けた。

 

「暴れたって聞いたから、一応ご機嫌うかがいにきたんだけど……必要なさそうで良かったわ」

「ああ、これか」

 

 ひらりと手を振り、端末に指をすべらせる。

 ブースターの性能試験データのようだ。気になって覗き込んだ。フロイトが端末の角度をこちらに向けながら、ついでのように話を続ける。

 

「見せしめになりそうなのがいたからな。頃合いだと思っただけだ」

「そんなに随分な話をしてたの?」

「お前に“相手”をさせる方法に具体性があった。手を出せばどうなるのか、知らしめるには丁度いい」

「ああ。なるほど」

 

 ものすごく腑に落ちた。つまりは集団暴行の計画だか何かが立てられていたわけだ。激情に駆られたわけではなく、合理的に判断しての暴力だったというのなら、納得がいく。

 メーテルリンクの推測は外れていたらしい。何一つ変わらないこの男らしさに、なんだか胸を撫で下ろしてしまった。

 本当に揺るぎない。一番重要なのはAC乗りとしての「レイヴン」で、今回のこれは、それを損なわないための手段というわけだ。心の底から安堵した。

 もしも、ただの侮辱に激怒していたり、途方もなく不機嫌になっていたりしたら、どう対応していいか分からなかったかもしれない。

 そんな関係では、ないのだから。

 

 端末の上、傷を負った手が動くのを目で追う。

 

(……私さえ、私の手綱をちゃんと握っていれば、大丈夫)

 

 縄張り意識の延長だとしても、ACの操縦に支障が出るような怪我を負ってまでそうしたのだ。この男にはめずらしい話だろう。

 どんな感情だとしても、守られたことには変わりない。

 それを嬉しいと思う感情は、蓋をするのに少し苦労した。

 

「一応……お礼を言うべきかしら」

 

 フロイトが顔を上げた。被覆材に覆われた右手に軽く髪を引かれて、顔を近づける。

 融けた色の目が、まるで溶岩のような熱を孕んでいた。

 

「俺はお前を、誰かと共有するつもりはない」

「……そのつもりでいられても困るけど。私も別に、他はいらないわよ」

 

 いわゆる恋人同士ではないにしても、そういう相手はひとりだけにするものだと、すっかり思い込んでいた。昔の価値観がまだ抜けていなかったようだ。もしこの男が同時進行で他の女を抱いていたら、かなり腹が立つ。もう二度とこちらに触れてくれるなと思うはずだ。

 いまさら自覚した独占欲に、自嘲混じりの苦笑が浮かんだ。

 まったく、本当に――うまく距離を取らせてはくれない男だ。

 

「わかってるならいいが。どうもお前は気が多いからな」

「ずいぶんな言いようね。誰の話?」

「今日の乱闘、俺がなんで3人とも逃がさずにいられたと思う。うちの隊員が逃がさなかったからだ」

「……ちょっと意味が違わない? 愛想を振りまいた覚えはないんだけど。むしろ迷惑をかけ続けているような……」

「なら俺の人徳か」

「わかった。それはないわね」

 

 あくまで冗談だ。この身勝手な男が配下の隊員たちから絶大な信奉を捧げられていることは、十分に知っている。

 ため息をひとつ落とし、冗談めかして小首を傾げた。

 両手を伸ばし、フロイトの頭をくしゃくしゃとかき混ぜる。

 

「……何だ、めずらしい」

「やってみたくなっただけ。……今回の件、助かったわ。ありがとう」

「礼なら――」

「ACで、ね?」

「わかってるじゃないか」

 

 フロイトの手が滑るように、髪から離れていく。端末に表示されたブースターの話をしているうちに、感傷的な空気はすっかり消えていた。

 

 

 

 何かを変えるとしたなら、きっと、このときだった。

 けれど、望まなかったのだ。変えることも――変わることも。

 

 そのときの選択が本当に正しかったのか、ずっと、考えることになるとも知らずに。

 

 

 

 

 





自分で突っ込まずにいられなかった小ネタ:

「どうもお前は気が多いからな」
「ずいぶんな言いようね」
 ※ラスティ予約受付後
 ※メーテルリンクにだけ土産
 
 ………レイヴンさん、ご自身のふるまいにご自覚は……?


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