621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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未踏領域

 

 

 時間は着実に過ぎていく。変化は否応なしに訪れる。

 

 出撃前のラスティをハンガーで捕まえ、声を潜めて問いかけた。

 

「……かなり無茶な任務を投げられたと聞いたわ。大丈夫?」

「君に身を案じられてしまうとは、複雑な気分だな」

「そうはいうけど、なかなかな内容よ」

 

 レッドガンの主力部隊をMTすらつけず単機で殲滅しろなどと、死んでこいと言うようなものだ。とても成功させるつもりの作戦には思えない。

 スネイルのことだ。いよいよ、不穏分子の「処分」にかかっているのだろう。

 

「私も別件で地下に入るの。終わったら救援に向かう」

「心配はいらない。ここでレッドガンを壊滅させれば、ベイラムは撤退を選ばざるを得なくなるだろう。……惑星封鎖機構も去る今、そうなれば、残るはアーキバスのみだ」

 

 覚悟を宿した目が、真っ直ぐにこちらを見据えてきた。

 

「私は先に行く。……君の合流を待っている、戦友」

 

 落ち着かない気持ちはあったが、言えることは何もないのだと覚った。

 死にに行くつもりはないのだろう。成し遂げられるというのなら、もう引き留める言葉は口にすべきではない。

 

「……わかった。でも、無茶はしないで。私の大事な伝手なんだから。ちゃんと橋渡しをして貰わないと」

「私も部外者のようなものだ。口惜しいが、その役割は別の人間に期待しよう」

 

 ラスティが気負いなく目を細める。

 ――会話が具体性を帯びてきたのは、いつからだっただろう。

 フロイトとの約束は残り3回だ。終わりはもう目の前に迫っている。

 

 あとは言葉少なに別れ、ACに向かった。

 時間を確認する。ちょうど、ベースヘリが姿を見せたところだった。メカニックが困惑を滲ませて訊ねてくる。

 

「V.Ⅸ、装備の積み込みをとのご指示ですが……このベースヘリは、ご自身で手配を?」

「BAWSの新古品でいいのがあったから、つい買ってしまったのよね。地中からだとなかなか戻れそうにないし、いっそのこと全部持って行こうかと思って」

「全部!? し、しかし……」

「何か問題がある? パーツも武器も、全部私物のはずだけど。終わり次第出るから、あまりもたもたしないで欲しいわ」

 

 わざと不機嫌そうに言い放った。このために直前に手続きをして、ヘリを入れられるようにしておいたのだ。今以外に機会はない。

 スネイルがちょうど上層部との会議に入っているのは把握している。報告が上がったとしてもすぐに応じることはできない。一度持ち出してしまえば、あとはどうにでもなる。

 困惑しながらも作業に入るスタッフを眺め、ACに目を戻した。

 薄紅色(コーラルピンク)に白い大きな流線模様。派手な塗装を頼んだのは自分だが、今となっては目立ちすぎるかもしれない。それでも、見慣れたその色を、わざわざ変える気は起きなかった。

 

(……貴方は最後までよろしくね。アンラヴル)

 

 自然と胸中で呼びかけて、少し笑った。名前をつければ愛着が湧くというのは本当だったようだ。

 幸いにもスネイルが怒鳴り込んでくることもなく、拠点を立つことができた。

 ウォッチポイントの入り口でいったん別れ、単機で地中へ潜っていく。危険性を確認したいという慎重策によるものだったが、予想に反して、独立傭兵が露払いとなった道行きは楽なものだった。

 レッドガンの多くを飲み込んだ固定砲台「ネペンテス」の残骸の周りには、回収されないままの破損機体がいくつも転がっていた。

 深く深く、さらに潜っていく。

 思っていたよりも内部は入り組んでいた。ウォッチポイントというからには何らかの観測を行っていたのだろうが、いくつもの隔壁に隔てられた施設は、どちらかというと基地か宇宙施設のようだ。

 途中でレッドガンのMT部隊と行き会って交戦したが、戦闘といえばそのくらいで、目的の機体反応を拾える距離にきた。

 

 周囲は先ほどまでの人工的な施設から様子は一変し、ごつごつとした岩壁に覆われた穴になっている。

 噂に聞くばかりだったミールワームを初めて見た。思っていたよりもかなり大きい。いきなり爆発したのには驚いたが、一体どんな生態を持っているのだろう。

 

 深い深い穴底にたどり着くと、風が吹いていることが計器でわかった。慎重に先へ進む。

 急に、視界が開けた。

 朝靄に包まれたかのような空間だった。その光景に、息を飲む。

 都市が広がっていた。グリッドやウォッチポイントとは設計思想の異なる、一般的なビル群だ。生気のない都市の死骸――地下何千メートルもの地底にこんなものが眠っているなんて、想像もしていなかった。

 

 おそらく、終着地点は近い。

 肌がぴりぴりと異常を訴えている。

 

 目標の機影をモニタに捉えた。

 四脚の無塗装機体だった。どんなメンテナンスをしているのか、コア部分の錆がひどい。

 表示された識別信号に眉をひそめる。道理でブリーフィング時、スネイルがいつも以上に取り澄ました顔をしていたわけだ。

 

 独立傭兵登録番号Rb40 ケイナイン――AC「ドゥーリー」。

 ウォルターの、新しい猟犬だ。

 

「……独断で先行した独立傭兵を始末しろ、という話だったけど……こうくるとはね」

 

 苦々しい気持ちで呟き、四脚機体に声をかけた。

 

「ウォルター、久しぶり。先に確認しておくわ。――アーキバスの依頼を受けた?」

《……ああ、そうだ。未踏領域を前に、俺たちを用済みとみなしたか……》

「同時に、私にとっては踏み絵ということね。……気に入らないな」

 

 アーキバスの命令に従い、かつての飼い主に牙を剥くことができれば、今後も重用するというメッセージだ。事実がどうであろうとおそらく関係はない。レッドガンが壊滅的な被害を受けたほど過酷な地中探査をここまで進めさせておきながら、スネイルは、功労者たる猟犬をこんなくだらないことに消費させるつもりでいる。

 

 ファクトリーのことといい、いよいよ愛想が尽き果てた。

 これはもう、頃合いだろうか。

 

 ここで選択することのメリットとデメリットを考えているうちに、無塗装のACがこちらへ銃口を向けた。

 目を瞠り、回避行動を取る。

 

《……待て、639!》

 

 ショットガンの弾が立て続けに放たれる。滞空能力でまさる四脚の利点通り、二撃目は頭上からの打ち下ろしだ。

 滑るように射線から逃れ、ミサイルを放ちながら距離を取る。

 四脚もミサイルを展開した。まるで翼の骨格のような発射口から一斉に弾が放たれる。無数のミサイルが、まるで伸びるように追尾してきた。少しタイミングをずらして撃っていたのか、挟撃の形になる。

 完全には避けられず機体を掠めた。接近した敵機の蹴りはなんとか避けたが、避けられない角度でショットガンの追撃がくる。まともに入り、右腕の装甲が削れる。

 ――強い。感嘆にも近い昂揚感を覚えながら、リペアを起動した。

 

《639、よせ! まだ交渉の余地がある。先走るな!》

「ハンドラーが止めてるみたいよ。やるなら、私も貴方を落とさなきゃいけなくなる」

《……おまえは、ハンドラーをきずつけた。はいじょすべきだ》

 

 いびつな機械音声が応じた。妙に古臭い合成音声だ。

 その機械的な印象に反して、随分といとけない言葉に首を傾げた。もしかして、今度の猟犬はとても若いのだろうか。どこか頑是無い響きすらある。

 ウォルターが焦ったように割り入ってきた。

 

《待て、639。お前は何か勘違いをしている……》

《れんらくが、とれないといっていた。きりすてたから。そういっていた》

《それは問題のない話だ。彼女には彼女の判断がある》

「……待って、連絡なんて受けてないわ。中央氷原に入ったときが最後よ」

 

 ――まさか、と思い当たったのは、おそらく同じタイミングだった。

 アーキバスが何らかの細工をしていたということだ。十分に注意を払っていたつもりだったが、上手を行かれた。

 その間にも四脚の攻撃は止まらない。話を聞いて大人しくなって欲しいものだが、あまり状況を読むタイプではないらしい。距離を取りながらどう抑えようかと悩んだ。ミサイルが追って来る。考え込んでいたウォルターがようやくそれに気付いて、焦りの滲む声で制止した。

 

《639、攻撃を停止しろ。命令だ》

《……わかった》

 

 いかにも不承不承といった様子で、四脚が銃口を下ろす。

 ミサイルを処理し終え、ため息を吐いた。

 

「やられたわね……。連絡を入れていたのは個人端末だけ? ACには?」

《個人端末だけだ。ACに細工をすれば勘づかれると考えたか……》

 

 確かに、それなら違和感を覚えただろう。試しにACから通信を繋いでみると、問題なく接続できた。おそらくAC側も端末側も通信情報を抜いた上で、端末を抑えれば分断できると判断したのだろう。

 ウォルターが用意した端末なので、その辺りの対策も十分に打たれていたはずだが――アーキバスが一枚上手だったということだ。ウォルターも自分も食い下がることなく、お互い、すぐに相手の「判断」を察して身を引いてしまった。

 まんまと分断されてしまった一番の原因は、諦めの良さだったのかもしれない。

 

「まあ、ともあれ、誤解が解けてよかったわ。私は手を引く。ちょうどそろそろ、アーキバスを離れようとは思っていたの」

 

 一瞬だけ、ウォルターが言葉を詰まらせた。

 

《そうか……》

 

 何か言いたげな様子だったが、帰ってきたのは短い相槌だった。

 四脚機体は大人しく沈黙したままだ。聞いているのかいないのかわからない。ただ、攻撃を再開しろと命令が下りれば、すぐにも動けるようにしている気配を感じた。

 あまり仲違いしておくのも好ましくない。意識して、親しげに問いかけた。

 

「そういえば、後輩さん。貴方のことはなんて呼べばいい? 639? それともケイナイン?」

 

 ウォルターの猟犬にとって、自らの番号はある種の独特な意味合いを持っている。知ったからといって、部外者たる自分が安易に呼ぶつもりにはなれなかった。

 後輩はしばらく沈黙したあと、ケイナイン、と短く応えた。

 同時にメッセージが送られてくる。送信者の表記は「K9」*1となっていた。少しばかり危ういひたむきさはあるが、自己主張を持っているのは良いことだ。

 

「……そう。私が言えた義理じゃないけど、ウォルターをお願いね、K9(ケイナイン)

《わかった》

 

 ウォルターがますます何か言いたげにしているような気がしたが、どうやら飲み込んでおくことにしたらしい。

 重々しいため息をついて訊ねてきた。

 

《レイヴン、お前はこれからどうするつもりだ?》

「解放戦線につくわ。まあ、ここまできたら、集積コーラル争奪戦の結末くらいは見届けておこうと思うけど」

《……そうか》

 

 共に来ないか、とは、言い出さなかった。言われたとしたら、頷いただろうか。

 ――頷いたかも知れないな、と胸中に独りごちる。解放戦線との合流前に一仕事片付けるくらいはしたかも知れない。もっとも、言われなかった以上意味のない仮定だ。

 

《気をつけろ、レイヴン。企業は裏切り者を許さない》

「ええ。ありがとう、ウォルター。手を貸して欲しいことがあったらいつでも言って」

 

 

 

***

 

 

 

 ウォルターたちと別れ、ベースヘリに連絡を入れた。予定がかなり早まってしまったが、道中の様子を見るに危険性はそう高くないだろう。この先のことを考えるなら、一度地上に戻るより呼び寄せておいた方がいい。

 

 方針が決まると、じわりとした喪失感が浮かび上がってきて、苦笑した。

 

 とりあえず、これからやりたいことは2つだ。

 

 コーラル争奪競争の結末を見届ける。場合によってはウォルターの手助けをしてもいい。

 それから、ファクトリーを壊滅させる。資料のすべてや研究員の一人に至るまで完全に、二度と再起できないほどの打撃を与えて、この世からとはいかなくともこの星から消し去る。

 おそらくフロイトが敵となるだろうが、完全な破壊を目的にするなら一人では厳しい。

 安全を期すなら、できればフロイトが出てくることのできない状況で仕掛けたい。だが、この状況になっては、オキーフの協力を得られるかどうかも微妙になってくる。

 ラスティやフラットウェルら解放戦線の力を借りる必要があるだろうか。これは利害関係ではなく個人の信条によるものだから、彼らの正義感に訴えるのでもなければ、対価が必要だ。

 

 どこから手をつけるか、と考えて、脳裏に浮かんだのは一人だった。

 とても個人的で、この先の目的にはほとんど関係のない、ただ感情だけを優先した相手だった。

 

 フロイトに通信を試みる。

 そう待つことなく、応答があった。

 

《――どうした? めずらしいな、作戦中だろうに》

 

 呼吸を整える。意識して、普段通りの声で言った。

 

「アーキバスを離れることにしたわ。長居したけど、そろそろ頃合いみたいだから」

《……急だな。何があった?》

「単に愛想が尽きただけ。スネイルに伝えておいて。趣味が悪いって言ったでしょ、って」

 

 あいつ、と舌打ちする音が聞こえる。

 フロイトがスネイルにこんな態度をとるのはめずらしい。せいぜい八つ当たりをしておいてもらいたいものだ。

 笑みをこぼして続けた。

 

「1年と少し、思っていたよりずっと楽しかったわ。……ありがとう。部屋の私物は誰かに処分してもらって。情報は残してないから」

 

 フロイトが沈黙した。引き留められるかと思ったが、続いたのは短いため息だった。

 

《……残り3回は戦場でだな。簡単に死んでくれるなよ》

「そうね。ようやく本気の貴方と戦えるってことかしら」

 

 楽しみだと思うことにしよう。

 たとえその先が、終わりなのだとしても。

 

 まだ何かを伝え足りないような気がしたが、何を言えばいいのかわからなかった。

 お互いに通信を切ることができないまま、また少しのあいだ沈黙が続く。

 

《……そういえば、あれから考えたんだが》

 

 改まった切り出し方だった。

 あまり考えず思いついたまま言葉をつぐフロイトにはめずらしく、どうにも、もたつくような思考のよどみがある。

 

《お前の、手》

「手?」

《手と、腕か。わりと……いや、違うな。大分、いいと思っている。……なくならないと良いとは思う》

 

 目を瞬いた。――それはもしかして、ACのパーツになりたくはないと言ったことへの回答なのだろうか。

 自分の手をモニタにかざして、首を傾げる。

 何の変哲もない。ACを操る意外、何を掴むこともできはしない手だ。

 

「手と腕だけ? 一声足りないわね」

《そうだな……目も悪くない。ころころ印象が変わる》

「なるほど。もし捕まったとしても、目を抉られることはないみたいね」

 

 譲歩の定義がどう考えてもおかしいのだが、今さらまともになるとも思えない。期待値が低すぎたせいで、もう失望する余地もなかった。

 言葉遊びのように会話を続ける。

 

「腕があるなら抱きしめられるかしら。他はいらない?」

《いらないとは言っていない。いるかというなら全部いる》

「そうね。優先順位がおかしいだけよね」

 

 返事はなかった。正直なことだと、くすくす笑う。

 少なくとも、嘘をつかれるよりはずっといい。

 そもそも、まさかこの男が、こちらを気にして何日も引きずるとは思わなかったのだ。意外だった。案外、捨てたものではない価値があるのかも知れない。

 

 目が見たいな、と不意に思った。融けたような色の、輪郭の曖昧な、誰にも似ていない目。強い光を灯すのにどこか遠くて、それなのに笑み細めると急に近しくなる。心臓がとくとくと走る。

 モニタに表示された、音声をかたどる波形を指でなぞる。

 掌の輪郭を滲ませるモニタの光を見ながら、独り言のように言った。

 

「私では、貴方を変えることはできなかったけど……貴方は多分、私を変えたわ」

《俺も変わったとよく言われるんだが》

「ふふ。……私も貴方も、もうちょっと根っこのところを変えることができていたら、ずっと一緒にいられたのかもね」

 

 最初に離れることを決めたのは、依存を怖れた臆病さだった。決定的になったのは悪辣な夢(ファクトリー)の存在だったが、元々お互いに原因を抱えていたのだと思う。

 結局それが変わることはなかった。横たわる事実はそれだけだ。

 甘ったれた感傷に苦笑して、掌を握った。

 

「そろそろ切るわ。元気で……っていうのもおかしいかしら。またね」

《ああ。また、だ》

 

 躊躇わないよう通信を終えた。――次に会うのは、戦場だ。

 

 

 

 

*1
犬科 (Canine) の当て字。一般的に軍用犬や警察犬、盲導犬など、人間のために働く犬をさす。相棒的なニュアンスが強い。






この話は一応一人称視点なので、地の文の断定や推測はすべてレイヴンから見たもの、となります。それが本当に正しいとは限らない。そんな話です。


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