翌日、ものは試しということでオキーフに暗号通信を送った。
繋がった通信の向こうから聞こえる発射音や駆動音、爆発音に、眉をひそめる。どうやら悪いタイミングで連絡してしまったようだ。
「……レイヴンです。すみません、戦闘中でしたか」
《ああ。少々まずい事態になっている。――G5が、例の無人機を連れて“挨拶”に来ているところだ》
息を呑んだ。「例の無人機」ということは、オールマインド絡みなのはまず間違いない。
探っていたことを勘付かれたのだろう。想像していたより、オキーフは危ない橋を渡っていたのかもしれない。
うんざりした声はいつにもまして疲れ切っていた。――これは、よほどの状況だ。
「援護に向かいます。座標情報を」
《V.Ⅸは辞めたんじゃなかったか? なんの義理がある》
「恩があります! それに大事な情報源! 敵対してないならまだ死なせるつもりなんてありませんから、大人しく助けを求めてください!」
苛立ち任せに声を荒げると、苦笑するような気配ののちに座標が送られてきた。
ベースヘリにひと声かけ、急いでオキーフの元へ向かう。
上の階層だ。レーザー障壁の跡地。焦りを覚えながらブーストを噴かし、岩壁をくぐり抜けた。
交戦している光が見える。
すでに無人機はすべて墜とした後のようだ。二機のACが、じりじりと削りあうような戦闘を繰り広げていた。
まだ有効射程外だったが弾を撃った。当然跳弾したが、意識を逸らす程度の役には立ったはずだ。
アサルトブーストで襲撃する。背後からブレードで斬りかかったものの、見えていたかのように避けられた。エアの警告があったのだろう。
《テメエか……いつもいつもいつも! テメエは余計な首を突っ込みやがる!!》
久々に接敵したG5イグアス――ACヘッドブリンガーは、随分と様子が違っていた。
装備の違いだけではない。手負いの獣のような、追い詰められた憔悴と覚悟を感じる。
「下がってください、オキーフ長官」
《何? ……戦えないほどの状況ではないが……》
「いえ、ただの我が儘です。できれば手出しをしないで、任せてもらえれば嬉しいんですが」
《……なるほどな。まったく、お前も相変わらずのようだ》
通信を広域回線に切り替えた。
深緑の二脚機体に、わざとらしく笑みを含めて話しかける。
「いよいよオールマインドと手を組んだみたいね、G5。悪いけど、邪魔をさせて貰うわ」
《テメエが邪魔でなかったときなんざ、一度だってねえんだよ!》
見慣れない射撃武器の銃口が向けられる。プラズマの紫光が立て続けに放たれた。
――レッドガンがEN武器を使うとはめずらしい。オールマインドから供与されたものだろうか。これまでと同じだと思わない方が良さそうだ。
ミサイルを放ち、リニアライフルで応戦しながら隙を探った。
「オールマインドと何の取り引きをしたの? エアは賛成しているのかしら」
《ベラベラと……うるせえ……!》
随分と呼吸が乱れているようだ。憎まれ口にキレがない。情報を引き出すのは無理そうだ。
手数を揃えて襲撃してきた側であるはずなのに、追い詰められているのはイグアスの方であるかのようだった。
基本戦術は変わっていない。慎重で着実な引き撃ちだ。
アサルトブーストで接近したが、すぐに距離を離される。こちらの仕掛けにも乗ってこない。糸を張り詰めたように集中している。決して有効打を打たせず、削りきるための動きだ。
その糸を切る必要がある。
距離を取る敵機をレーザードローンに追いかけさせた。囲うようにと意識して、細かい調整を加える。
《相変わらず、うっぜえ野郎だ……!》
機体に接近して蹴り飛ばす。EN兵器の銃口がこちらに向いていた。銃身が割れて別の銃口を展開し、短いチャージとともに、青いレーザーが放たれる。
ブーストで回避しながら独りごちた。
「挙動が変わった……? 面白い武器ね」
《クソが、余裕こきやがって……それならこいつも、食らっておけやァ!!》
銃口が、プラズマとレーザーが入り乱れたような光を溜め込んでいる。妙な相互干渉が起きないことが不思議なほど、無理矢理に集めたような光だった。
ブーストを入れる。高らかな宣言はブラフだったようで、放たれたのはミサイルだった。
回避地点を読んでいたのか、それとも偶然か。接近してきたヘッドブリンガーにレーザーブレードを叩き込む。完全に当たる間合いだったはずだが、展開したシールドでぶつかるように撥ねのけられた。
(しまっ……)
意表を突かれ、体勢が崩れる。チャージしたEN武器の攻撃が機体に直撃して派手な音を立て、装甲を軋ませていく。
焦りながらリペアを起動した。
回避が間に合わない。ここを追撃されたら相当にまずいことになっていたが、そうするだけの武装を相手が持っていなかったのが幸いだった。ハンドガンで削られるに留め、距離を取る。冷や汗が滲んでいた。
「本当……強いわね……! いっそ感動するくらいよ!」
《テメエに、褒められても、嬉しかねえ……!!》
驚くほどに圧力を増している。
生き残るのだという強い意志を感じた。そして、それ以上の“何か”も。
逃げるのでは手に入らない、何かを背負ったのだろう。
気持ちだけで強くなるなら世話はないとフロイトなら言うだろうか。だが、イグアスのヘッドブリンガーは、まるでそれを証明するかのように目を瞠る動きを見せていた。
反応や判断の一つ一つが、以前よりも遙かに向上している。技量と言うよりも、冴え渡った勘のような鋭さだ。
だがそれだけに、呼吸の荒さが気になった。これだけの強さを示しながら、その背後には、今にも崩れそうな危うさがある。
「……負傷でもしているの? いくらなんでも、様子がおかしいわ」
《だったら、何だ……!》
「そうまでして引けない理由なんてないでしょう。仕切り直すことは考えないの? 本調子でない貴方と戦ったって――」
《面白くない、か? ……ふざけんなよ、いつまでもテメエの酔狂に付き合ってられるか……!! ……お前も黙ってろ、エア!!》
銃口を向けられる。プラズマとレーザーがばちばちと音を立てて集約されるが、二度も食らうつもりはない。
集中して、相手の出方を待った。
《俺たちは生きのびてやる! そのために選んだんだ!! 邪魔するんじゃねえ!!》
青と紫のEN弾が伸びるように迫る。下がりながら慎重に弾道を読み、かいくぐってアサルトブーストへと切り替えた。
敵機へ迫る。オーバーヒートした武器は使えないはずだ。後はミサイルとハンドガンしかない。
距離を取ろうとする機体が岩壁に背を当てる。ブレードのチャージ動作を入れようとしたとき、ヘッドブリンガーが予測しなかった動きを見せた。
大型のEN武器を放るように投げつけてくる。加速していた状況では避けきれず、思った以上の重量に、強い衝撃が走った。
硬直は一瞬。間近に迫ったヘッドブリンガーが機体を蹴り飛ばす。ACSが負荷限界を迎えた。
コアに押し付けられたハンドガンに、死を予感した。
とっさにアサルトアーマーを起動する。かろうじて直撃は免れたが、ダメージが大きい。間髪入れずブレードを展開し、無理矢理に上から突き下ろした。
ヘッドブリンガーのコアが破損する。
二秒おいて、小規模な爆発が起きた。
掠れた声が、いっそ穏やかなほどに、その名を呼んだ。
《……泣くな……エア……。最後に、聞くのが……耳鳴りじゃなくて……お前の声なら……悪か、ねえ……》
聞こえない慟哭が、鼓膜を揺らしたような気がした。
頽れた機体が動かなくなる。
完全に生体反応が消えていた。
戦闘の昂揚感が過ぎ去り、重苦しいものが胸を塞いでいく。
――かける言葉はない。たとえ彼女が、どんなに嘆き悲しんでいても、言えることなど何もないのだ。
ぐっと唇を結び、オキーフに通信を繋いだ。
「ご無事ですか、オキーフ長官」
《……なんとか、といったところだ。……正直、助けられた。礼を言う》
先ほどよりもなお、ぐったりした声音だった。緊張の糸が切れたのかもしれない。
《……下手を打ったようだ。ここ五日間、寝る暇もないほど無人機が次から次へと……。……どうも、オールマインドが本腰を入れたらしい……》
「それで、一人で対処を? 無茶ですよ。拠点に戻らないんですか」
《アーキバスはオールマインドの影響下にある》
思わず、目を瞠った。予想だにしなかった内容だ。
オキーフが深くため息を吐く。
「背景がわかったんですか?」
《……ああ。大体のところは掴むことができた。……信じがたい話で、時間をかけすぎたが……》
「話は気になりますけど……一旦、休まれますか」
《……いや。いつ次が来るかわからん。お前には今聞かせておいた方がいいだろう》
気がかりではあったが、止めるべきではないのだろう。大人しく言葉の先を待った。
《背景などなかった。オールマインドは単独で動いている》
「
《そうでもない。惑星封鎖機構を取り仕切っているのは
「進化……?」
《コーラルリリース仮説というものがある。技研のろくでもない研究だ。……コーラルの潮流の中、ごくまれに生まれるCパルス変異波形……その“人格”を軸とした説だ》
眉をひそめる。
コーラルに人格とは、その時点で、にわかには信じがたい話だった。
《コーラルの密度を上げ、極限まで増殖条件を整えた上で真空下に置き、その“人格”によって爆発的な増殖を起こさせる。それを強化人間と共振させ、人類のすべてをコーラルと同一化させるというものだ。人類の思考に方向性を与え、争いという無駄をなくし、すべてを合理的かつ経済的に管理する……オールマインドはそれを“人類の進化”と見なした》
「……すみません、理解が追いつかないんですが……ええと、つまり、オールマインドは人間を管理したがっていて? コーラルのよくわからない力を使って、思考をコントロールしようとしていて……それも、全人類を、宇宙規模で……?」
《大筋はその通りだ》
なんとも言えない気分で唇を曲げた。
これはもう、SFではなくファンタジーの領域ではないだろうか。オキーフは大真面目に話しているが、そうだったんですかと素直に驚くには抵抗がある。
《……だから言っただろう。信じがたい話だと》
「……あの、こんなことを言うのは申し訳ないのですが……オキーフ長官、コーラルを摂取されていたりしませんよね? 極限状態すぎてついうっかりとか」
《気持ちはわかる。俺も同感だ。……実際にそんなことが可能かどうかはわからん。だが、オールマインドがそれを目的として動いているということは事実だ》
「……確かに、そこが事実である以上、脅威には違いありませんね」
茶化すのをやめ、素直に頷いた。
万が一にでも現実になってはまずい話だ。コーラルとの同一化とやらがどんな状態を示しているのかはわからないが、AIに思考をコントロールされる管理社会など、冗談にもならない。それこそディストピア小説そのものの未来だ。
《……これはあくまで推測だが、俺は、G5がCパルス変異波形と交信していたのではないかと考えている》
「! もしかして……エアが!?」
《そう呼んでいたな。……先ほどの戦闘、G5がどこかと通信している形跡はなかった。だが、明らかに「会話」を行っていただろう》
あまりに衝撃的で、とっさに言葉が出てこなかった。
コーラルのもつ“人格”。エアがそれであるというのなら、急にファンタジーに現実味がわいてくる。信じていない幽霊を目の前に見せつけられたような気分だった。
「だとしたら……脅威はまだ終わっていない……?」
《コーラルリリースのトリガーとなるのはCパルス変異波形だが、それと意思疎通を行うことができるのは、コーラルを脳深部に移植する旧世代型強化人間のみだ。今となっては、もうほとんど残ってはいないだろうが……》
「ゼロではない、ということですね」
《オールマインドのリストにあった強化人間は、すべて死ぬか、俺たちのように新世代型に転換した。だが、増やせないわけではない》
「……ウォルターの新しい猟犬、おそらくは旧世代型です」
《注視が必要だな》
「はい」
オキーフが深く息を吐いた。その呼吸が少し弱まっているように思え、眉根を寄せる。今度こそ休ませるべきだ。
「五日間、ほとんど眠れていないんですよね? 寝てください。警護しますから」
《いや……》
「言いましたよね、まだ死なれては困るんです。こんなとんでもない話、私一人ではとても手に負えませんよ。無理をされる方が厄介です」
《……すまん。甘えさせて貰う》
「そうしてください。よければ、ベースヘリに――」
《いや。ここでいい。……2時間、頼めるか》
「だめです。5時間」
《……3時間》
「5時間です。それ以下じゃ休んだうちに入りません。もし襲撃があっても私一人で十分ですから、アラートもセンサーも全部切って大人しく寝ていてください」
譲る気がないのが伝わったのだろう。言い合いをする気力も残っていなかったのか、オキーフがゆるく息を吐いた。
《……わかった。何かあれば起こせ》
「安心してください。私、結構強いので」
《ああ。知っている》
笑うような気配を最後に、オキーフは睡眠状態に入ったようだった。
さてと、と息をつく。
5時間はここを動けない。オキーフが同じ場所で迎撃をし続けていたとは思えないので、居場所は捕捉されているはずだ。移動するメリットは少ないだろう。
ベースヘリに連絡を入れ、そのまま待機を頼んだ。近くにいると巻き込むことになる。
栄養ゼリーのキャップを捻りながら考えを巡らせた。
オキーフはこれを借りと見なすだろう。ファクトリー破壊への足がかりができたと言っていい。
オールマインドの“野望”は頭の痛くなるような話だったが――それ以上に、ひとり残されたエアのことが、やはり気にかかった。
少しずつ距離を近づけていくあの二人を微笑ましく思っていた。それをこの手で引き裂いたことに、なんとも言えない苦さを覚える。
だが、もしあのとき殺さずにいたとしても、いずれはそうせざるを得なくなっただろう。今度はしっかりとした目的の下に、やはり手にかけるための行動を取ったはずだ。
だから、後悔するわけにはいかない。
イグアスの性格上、オールマインドによる管理社会に賛同していたとは思えない。レッドガンが壊滅し、この極限状態で他に縋るものがなかったのか――それとも、コーラル生命体であるエアを守るためだったのか。
エネルギー源であり、情報導体であり、肥料であり、食料にもなりうる“物質”。コーラルが生命と知能を持っているというのは考えるだけでぞっとしない話だが、ウォルターはこれを知っているのだろうか。
……ウォルターは、何を目的としているのだろう。
かつてフロイトが言っていた通り、金銭的な利益だとはとても思えない。駄目で元々、一度腹を割って話しておく方がよさそうだ。
予想に反して何事もなく5時間が過ぎ、目を覚ましたオキーフに弾薬と水と食料を仕入れ値で引き渡した。機体の修理も申し出たのだが、それは断られた。
返礼代わりに、ファクトリーの追加資料が送られてくる。
今回は研究内容ではなく、所在やデータ管理サーバー、研究員の一覧、警備状況などの情報だった。
「アーキバスは旧技研都市に機能の一部を移転するつもりだ。ファクトリーもそこに含まれる。……狙うならその前だろう」
「ありがとうございます。ついでにフロイトの動向を逐次……というのは、さすがに難しいですよね」
「あいつはここぞというところで勘を働かせる。来るものと思って動いた方が良い」
「確かに。……立場的にも無理を言いました、すみません」
オキーフの軸足はまだアーキバスにあるのだろう。完全に協力者であるのは、オールマインドの件だけだ。
おそらく、彼の味方は少ない。こんな話をスネイルにしたところで鼻で笑われるか――もしくはより状況を悪くするか、どちらかだ。
「オールマインドに何か動きがあれば、連絡をください。最優先で動きます」
「ああ。……お前さんがいてくれて助かった。戦力としてこれほど心強い相手はいない」
「頭脳あってのことですよ。いくら力があったところで、貴方が動いていなければ、オールマインドを止められる人間はいなかったかもしれません。感嘆しています、心から」
「……そう持ち上げるな」
オキーフが苦笑いを浮かべた。
コーラルリリースに関する予測がすべて当たっているのだとすれば、彼こそが人類の救世主ということになるだろうに、とてもではないがそう呼ばれることを望んでいない様子だ。
ラスティが言っていた、“人の営みを慈しむ”という言葉――傍目には厭世的でありながら、自分よりも彼こそが、本当にそれを体現しているのだと思う。
オキーフを形作ったのは、これまでの出会いだったのだろう。それが既に失われてしまったものだとしても、彼はそれを抱えて生きている。
自分に、同じことができるだろうか。
すべてを捨てたあの日から、誰かも、自分自身も、ちゃんと大切にできていないような気がした。
重ねてきた罪を、これからも重ねていく罪を、あがなう方法をしらない。
何かを見つけたとき、それを自己満足ではないと思える自信がなかった。
「どうかお気をつけて。できるだけ私と交戦しないよう立ち回っていただけると助かります」
「ああ、違いない。……お前も、捕まって再教育センターに送られないよう気をつけておけ。さすがに手を回すのは厳しい」
「そうか、ファクトリーの前にそれがありましたね」
ファクトリーにばかり気を取られていたが、再教育センターもなかなかえげつない存在だ。スネイルはまず間違いなくその選択肢をとるだろう。
拷問も洗脳も、心から遠慮したいところだ。
その後もいくつか情報のやりとりを交わし、その場で別れた。
オキーフによれば、アーキバスは独立傭兵に引き上げ命令を下し、旧技研都市の制圧を目指しているらしい。配備された無人機に思わぬ苦戦を強いられているようだ。
ゴールが近づいている。
解放戦線は、ウォルターは、それに何らかの手を打つだろうか。
原作への批判的な意味合いはまったく欠片もありません。
ただいきなりそんな話聞かされたらこう反応するだろうなあ、という感覚で書いているだけなんです……!
SFとしてはAIによる管理社会はまあ定番ですよね。
(とはいえ3周目EDはあまりに毛色が違ってびっくりしました)
次回は番外でエアちゃんの短いお話なので、明日更新予定です。
彼らもまた、どこにもたどり着けなかった二人なのかもしれません。