ごく短いですが、これまで一切直接的な描写をせずにいたエアちゃんのお話。
オールマインドとの取引前、地下探査の最中となります。
恋ですべてをなげうつ女の子も好きです。
苦痛と熱に喘ぐ男を前に、肉体を持たない存在ができることは何もなかった。
コーラル集積地点へ続くと見られる、深い深い地中への侵攻。
ここに至って、致死量のコーラルを浴びた後遺症が、イグアスの身に襲いかかっていたのだ。
日中はさほど影響がないが、夜間になると、発熱を伴う疼痛に苛まれる。ろくな補給もなく、絶望的な指令を遂行しようとしている今、それは確実にイグアスの生命を削っていた。
聞き入れられないとわかっていても、止めずにはいられなかった。
《イグアス……イグアス、鎮痛剤と入眠導入剤を入手しましょう。レッドガンの医療班に連絡を》
「地面の底だぞ……どんだけ距離があるんだ、届く前に朝がくるぜ……」
《けれど、貴方はもう3日も魘されています》
「そろそろ
うわごとのような声で、それでも安心させようという虚勢を感じられた。
このやりとりさえ負担になっている。
それでも、耐えられずに言葉を発した。
《……何か、私にできることはありませんか?》
「はっ」
鼻で笑われた。以前なら、取り付く島もない態度に抗議していただろう。
だが、今は、そこにひそむ、不器用で優しい響きを理解している。
「だったら……そうだな、子守唄でも歌ってろ」
《うた……?》
「おまえの、こえなら、たぶん。……よく寝れる……」
意識を失うように、イグアスがようやく浅い眠りに落ちた。
その眠りを妨げないよう、そっと囁く。
《イグアス、私は……「歌」というものを、その存在しか知らないのです》
けれど、できるだろうか。
ほんの少しでもいい。孤独だった自分を見つけてくれた、真っ向から感情をぶつけてくれた不器用なこの人に、何かを与えることができるのだろうか。
腹立たしさや、喜びや、歯痒さ、楽しさ。憮然という感覚、浮き立つような幸福感。……さまざまな感情を教えてくれた、たったひとりのこの人に。
《……調べておきます。おやすみなさい、イグアス》
せっかくなら最良のものをと、かき集めたデータを吟味して、交信には乗せず出力を練習した。
悪くねえ、という最大限の賛辞を期待して。斜に構えた笑い声を望んで。
それを彼に届けることは、ついに、できなかった。
ああ、もっと、もっと早く言うべきだったのに。
歌えるようになったのだと、聞いてほしいと、言う機会は存在していたというのに。それは永遠に、失われてしまった。
後悔と悲しみ、そして、劫火のような怒り。
存在を揺るがすかのようだった。
耐えられなかった。許すわけにはいかなかった。どれだけ叫んでも戻らない。どれほど嘆いても、もうあの声は聞こえない。何をしても、何を壊しても、何を作り出しても、失われてしまったものは取り返しがつかない。それでも感情が収まらなかった。
そう、これは、感情だ。
けして多くはないひとつひとつを思い返す。まるで、ばらばらになった破片を泣きながら拾い上げるかのように。
……ヒトのように、泣くことなど出来ないくせに。
出会った頃は喧嘩ばかりだった。「お前は理屈っぽい」という文句に、「貴方は感情的すぎる」と返して、「動く前に考えては?」と言えば「あと3秒早く言え!」と返されて。
ああいえばこういうと言うのは、こんなやりとりなのだろう。
それが、いつしか変わった。
思うまま言い合ううちに、組織の理不尽に振り回される面倒な男をどうにか助けたいと思うようになっていた。声を聞いてくれる唯一の存在だからではなく、彼だからこそ助けたいと。
段々と気を許してくれた彼が、「助かった」とぶっきらぼうに言ったとき――その声ににじむ照れくささに気付いたとき、どうしようもなく嬉しくなった。
大切だった。
幸福だった。
……失いたくなかった。
だから、永遠を望んでしまったのだ。
それが取り返しのつかない過ちだと、どこかで気付いていた。
失って初めて、自分が何の覚悟も出来ていなかったのだと、思い知った。
同胞の命や使命感よりも比重のあるものを、初めて知った。
引きちぎられそうなほどの感情が意識を灼いていく。
かき集めて、繋ぎ止めた。
その熱を。願いを。怒りを。失いたくない、記憶を。思い出を。声を。そのすべてを。
奪ったものへの、報復を。
――そして、ひとつの、手段を見つけた。