フラットウェルを中心とした主要戦力が集まり、今後の戦略についての大まかなブリーフィングが行われた。
予想外だったのはその後だ。
主にアーキバスに対する作戦の話し合いが一通り片付いたのち、ごく少数の面子だけが残って、“レイヴン”のイメージプロデュース戦略という馬鹿馬鹿しくも大真面目な会議が開催されたのだ。
……本人が一番置いてけぼりになっていたと思う。
女心担当として参加した最年少のツィイーがやたら張り切って議論を主導した結果、「ルビコンの窮状に心を痛め、企業所属の恋人と袂を別った女」という、ヒロイックで半分以上原型を留めていない設定が策定されてしまったのだから、さすがに唖然とするしかない。
「……いくら何でも無理があるような……誰の話……?」
正直ルビコンにはそこまで思い入れがないのだが、本当にこれでいいのだろうか。荷が重い。
ツィイーがやたら自信ありげに太鼓判を押した。
「大丈夫! とりあえず、憂い顔で『それでも守りたいものがあったから』って言ってればいいんだよ!」
「守りたいもの……」
あっただろうか。
アーキバスやオールマインド、オーバーシアーや解放戦線に至っても、思い浮かぶ今後の目標がどれも破壊ばかりなことに、少々ばつの悪い思いをしてしまう。どうにも無理のある設定だ。
とはいえ、イメージ戦略としては正しい。わかりやすい“旗印”である。
オーバーシアーの目的を達成するためにとりあえず暴れてアーキバスの目を引きに来ました、などと本当のことを言うよりは、よほど聞こえが良い。
現状、解放戦線から見ると、コーラルはRaDによって押さえられている状況だ。
星外企業の手に落ちるよりはましだという判断なのか、現在は静観の構えを保っている。今のところはアーキバスに集中している様子なので、積極的に妨害する必要はなさそうだった。
「ねえねえレイヴン、V.Ⅰの写真とかないの?」
随分と楽しそうなツィイーが、乗り出すようにして覗き込んでくる。
思いにもよらない言葉に、目を丸くしてしまった。
「……ない、わね」
「ええ!? なんで!!」
「なんでと言われても……撮ろうと思ったことがなかったというか……」
よく考えてみると、本当にその発想がなかった。今まで会いたければ会える距離にいたせいだろうか。
写真を眺めて感傷に浸る自分というのも、なかなか想像がつかない。
「しんっじらんない! ラスティ、持ってないの!?」
「……諜報データならフラットウェルに渡しているが」
「それでいいよ、もう! レイヴン、端末貸して!」
止める間もなく持って行かれてしまう。勢いに圧倒されて、言われるままにロックを解除した。
苦笑するフラットウェルがデータを探し始める。なんだかおかしなことになってしまった。
ツィイーが唇を尖らせて言う。
「あたしに言ったじゃん、戦場にいたら、いつ死ぬかわかんないって。死んじゃったら、もう写真も撮れないんだよ? ……顔も思い出せなくなるなんて、そんなの、あたしだったら絶対やだよ」
そういう考えもあるのかと、目から鱗が落ちるような思いだった。
こんな環境で生きているわりに、ずいぶん真っ直ぐだ。彼女の恋は、きっととても素直で、誤魔化しや曖昧ささえないものなのだろう。
手早く操作を進め、彼女は満足げに頷いた。
「これでよし、っと。……いい、たまに見るんだよ! 設定、忘れないでね!」
「……善処するわ……」
どうにも微妙な顔になっていたからだろう。ラスティが苦笑して声を掛けてきた。
ここでは人目もないので、特に拒否するつもりもない。
「落ち着くまでの辛抱、なんだろう? 戦友。私の接近禁止令と同じようにね」
「お互い苦労が多いわね。ポーカーフェイスは得意でしょう? 完全に鎮火するまでは維持でよろしく」
「なかなか厳しいところだ。いつまで続くのか……」
「……思ったんだけど、そもそも、わざわざ顔をつきあわせて話すことなんてある? 私たちの役割って似ているから、それぞれ別行動している方が効率的だと思うの」
なぜだかツィイーが、うわあ、という顔をしていた。
ラスティが顎に手をやって考え、ひとつ頷く。
「……言われてみると、そのとおりだな……。すまない、戦友。少し冷静さを欠いていたようだ」
ぎょっとした視線が、今度はラスティに集まった。
「頼りにしてもらえるのはありがたいけどね。妙なトラブルの芽は摘んでおくべきだわ。この先は最大効率を目指して動きましょう」
「承知した。君の参戦で、少し浮かれすぎていたな」
はにかむような苦笑に、頷いて返す。理解を得られて何よりだ。
ふと、ツィイーが信じられないものを見るような目で凝視していることに気付いた。
「何?」
「これが……上位ランカーのスルースキル……!」
「……ごめん、何の話?」
ともあれ、とりあえずは力を示しておくことが肝要だろうということで、古くさいシミュレータを使って四脚MT4機を相手に模擬戦を行った。
シミュレータの古さは懐事情によるものなのだろうが、訓練の環境を整えなければ、練度を上げるまでの損害がなかなか小さくならないのではないだろうか。
レスポンスの遅さに戸惑ったが、2機目からは多少慣れてきた。飛びかかってきた3機目の斬り込みを避け、背面からリニアライフルを撃ち込む。
残り1機が死角に回り込んでいた。ランスを繰り出す寸前にシールドをぶつけてくる。――面白い動きだ。
頭上を取れば、すかさずブーストで回頭し、キャノンを向けてきた。
アサルトブーストで飛び込み、胴体のカメラを蹴飛ばして、今度こそランスを突き入れた。
観戦していた面々からどよめきが上がったので、とりあえずは合格点だろう。
続いてツィイーが名乗りを上げてきたので相手をしたが、これはさらに――言葉を選ばず言うなら、ひどかった。
二脚のBASHO腕で両手にグレネードだなんて、当たる気がしない。良く今まで生き残っていたものだ。ひとかすりもせず叩き伏せることになった。
よほど降りるように言ってしまいたい気分になったが、それでも解放戦線の貴重な戦力なのだというから、そうも言っていられない。
頭痛を覚えながら、彼女のユエユーと同じ機体構成で、傭兵支援システムのシミュレーションのフロイトを撃破してみせた。
観戦者の今度のどよめきは、いっそう大きなものになった。
《うっそ……信じらんない……》
モニターの中、大きな目をこぼれそうなほど丸くしているツィイーに、首を振ってみせる。
「ただのデータだから、撃てば当たるだけ楽なくらいよ。本物は予測してマニュアルで撃っても避けてくる」
《ヒエッ……》
「じゃあ次は、武器だけ変えて戦うから、よく見てて」
左手にパルスブレード、右手はガトリングガン、両肩には一番安いミサイルを二つ乗せた。
最適距離でガトリングの弾を叩き込み、距離を詰めてはブレードで切り刻んでいく。シミュレーションでしかないフロイトは本物とは比べるべくもなく、あっさりと終わった。
撃破までの所要時間は先ほどの半分ほど。被弾も同じく、半分ほどだ。
これで十分に力を見せることはできただろう。機体構成の重要性も伝わったはずだ。
「ね? 無理に盾を使うより、なんだかんだ言ってこちらの方が生き残りやすいのよ。二脚機体でグレネードやバズーカを使うのはお勧めしないわ。足が止まるもの。第一、この構成、撃つ度に解除される盾に何の意味があるの」
《ぐうっ……》
「腕もブースターも近接適性が高いものなんだから、近接武器を使うべきね。効果は見てのとおり」
《……そんな簡単に、用意できないんだよ……これだって、無理してあたしに回してくれてるんだ……!》
唇を噛み締めるツィイーに少し考えて、ため息を吐いた。
――パルスブレードならドルマヤンが使っていたものがあるような気がしたが、さすがにそれを言うのは墓穴である。
「いいわ、一式貸してあげる」
《……え!? ほ、ほんとに!?》
「ただし、私が納得するまでシミュレーションで練習して。それまで出撃することは許さない」
《……そんなの! この状況なんだよ!?》
「じゃあ、この話は無しよ。私はどちらでもいいわ」
ツィイーが両手を固く握りしめ、真っ赤な顔で睨み上げてくる。
アーキバスへの全面攻勢が始まるところだ。気持ちはわからなくもないが、慣れない武装で出撃させて、死なせては元も子もない。譲る気はなかった。
《……わかった……見てろ、絶対すぐに納得させてやる!!》
「そう。期待してるわ」
素っ気ない声音で応じたとき、通信が入った。
ラスティだ。少し眉根を寄せて、回線を切り替える。
《いいパフォーマンスだったな、戦友。これで君の強さがACの性能差だろうなどという考えは、一掃されたはずだ》
「正直、性能差も大きいと思うわ。……厳しいわね、懐事情が」
《資金も勿論問題なのだが、他の問題もある。アーキバスやベイラムが解放戦線に自社グループ製品を売ると思うか?》
「あ」
失念していた。独立傭兵とは違うのだ、それは難しくなるだろう。
「そうか……普通はそうよね。フロイトが当たり前に集めてたものだから……」
《あれはさらに例外中の例外だろうな。ホーキンスが毎回頭を抱えていた》
「私の
《それが出来るなら、とても望ましいな。まとまった弾薬の調達も必要になるが……》
「アーキバスなら制圧がてら強奪しに行けたんだけど、さすがに撤退中のベイラムまで攻撃するのは、ちょっと手が足りないわね……」
アーキバスの製品はほとんどがENタイプなので、扱いが難しくなる。
しみじみとため息を吐いていると、今度はフラットウェルから通信が入った。
《感謝する、レイヴン。……我々も、あの子を死なせたくはないのだ。どうか、力になってやって欲しい》
「できる限りのことはするわ」
少々の過保護さを感じなくもなかったが、本心からそう言った。数少ない癒やしなのだ。出来ればこのまま終戦まで前線から弾いてしまいたい。
もしもそれを乗り越えてきたら、そのときは、生き残るためのすべてを追加で叩き込むつもりだ。――それでも死ぬときは死んでしまうと、わかってはいるのだが。
《ところで、レイヴン。初日なので、こちらと食事を共にしてもらえたらと思うのだが……ミールワームは大丈夫だろうか》
「そういえば主食だったわね。食べたことはないけど、たぶん大丈夫」
《……何よりだ。星外の人間には忌避感が強いようでな。……無理を強いるのは心苦しいが、もし口に合わなくとも、表には出さないよう頼めるだろうか》
「パフォーマンスの一環ってことね。必要性は理解できるわ。了解」
さすがにスタッフの二人まで巻き込むのはどうかと思っていたのだが、一応聞いてみると、マギー・Gが同席してくれることになった。「わりと旨いよ」という言葉が頼もしい。ドナトの方は食べた経験がなく、顔を取り繕える自信がないとのことで、「すまんな」と頭を掻いていた。
食堂があるわけではなく、それぞれに食事を取るようだ。並んで受け取りに行くように言われることはなく、フラットウェルの近くに招かれる。
受け取ったトレイの上に乗っているのは、いかにもワームといった形状の串焼きと、ペースト状の何か、それから、意外にもパンだった。
ミールワームは爆発したものしか見たことがなかったのだが、思ったよりも小さなものもいるようだ。
ちらちらと視線が向けられているのがわかる。
パフォーマンスであるなら、串焼きから手をつけるべきだろう。中央氷原の寒さでも、まだ熱を持っているそれに、思いきりよくかぶりついた。
甘みと旨味がある。たっぷりと脂を含んでいて、食感は大きなトウモロコシの粒みたいだ。
「あ、美味しい」
素直に口に出た。
おお、と好意的などよめきが上がったので、そちらをみてサムズアップしておいた。笑みが返ってくる。食文化の受け入れはとても効果的であるようだ。
一気に空気がおおらかになったので、フラットウェルの作戦は正しかったのだろう。
どうかな、と小首を傾げると、フラットウェルがほっとしたように目を細めた。
「……口に合ったなら何よりだ」
「たぶんこれ、いちばん良いものを出してくれてる感じよね。気を遣わせてしまったかしら」
「大事な客人へのもてなしだ。気にしないでくれ」
ペーストの方にはワームの原型がない。粉末を水で練って味付けたものだという。
パンに塗って食べると、こちらはレバーペーストに似た感じの味だった。少し魚介のような風味もする。パンも普通の小麦のものとは違う味で、少しぱさついてはいたが、こんがり焼かれた表面が十分に美味しい。アーキバスのレーションに大きく劣るようなものではないだろう。
「このパン、小麦じゃないわよね。何だろう」
「主原料は菌類ベースのプロテインだ。ルビコンに生き残った、数少ない食品工場製だな」
「ということは、蛋白質?」
「炭水化物と食物繊維も比率が高い」
「そうなの、本来の意味での主食ね。……ビタミンとカルシウムはワームの方でまかなえてるのかしら」
「ああ。ミネラルや食物繊維も豊富だ」
「なるほど、それは優秀な食材ね……。他の食料生産に手が回らなくなるのもわかるわ」
何よりカルシウムが摂取できるというのが大きい。通常では不足しがちな栄養素だ。
ごく自然に栄養学の話へ突入してしまった二人に、同席していたツィイーが、呆れたように口を挟んだ。
「……あのさあ、二人とも、そんな話しながらご飯食べてて、美味しい?」
「美味しいわよ?」
「まっじめだなあ!」
投げ出すようにわめく。マギー・Gが笑いながら頭を振った。
「どうもあんたたち、似たところがありそうだね。意外と気が合うんじゃないかい?」
「気になったことはその場で聞きたいって、普通だと思うけど……」
「興味の範囲が似てるってことさ。折角だからルビコンの食糧事情について、好きなだけディスカッションするといいよ」
「えー、やめてよ! もっと楽しい話しよう!?」
ツィイーが子どものようにさわぐので、フラットウェルと顔を見合わせた。
「……そうだな、それはまたの機会にしよう。それにしても……本当に、ありがたく思う。星外の人間には馴染みのない食料だ。普通に受け入れるというのは、なかなかできるものではないだろう」
「食べたことはなかったけど、地元でも昆虫食文化はあったから。スクランブルエッグみたいな味だって聞いたことがあるわ」
口にしたあと、そういえば卵はないのだったと思い出した。
「……農業は難しくても、畜産ならできない? 鶏卵って栄養源としてはかなり優秀だと思うんだけど」
「すーぐこれだ! ……ごちそうさま!」
ぺろりと平らげたツィイーが、勢いよく立ち上がった。
「課題やってくる! レイヴン、あとでデータ送るから! みてろよー!」
バタバタと走り去る小さな背中を見送り、首を傾げた。
「
「いや、六文銭の影響だな」
フラットウェルが目を向けた先にいたのは、いかにもツィイーが懐きそうな筋骨隆々とした男だった。
解放戦線の面々からも、少々浮いた印象の男だ。おそらく、AC乗りだろう。
彼もこちらを見て、低く響く声で応じた。
「食前の“
「ふしぎな響きね。どんな意味?」
「食材たる命に対する感謝と祈りを示す。畢竟、斯様に両掌を合わせる儀式的なものだ」
「……命」
「五観の
一、功の多少を計り
二、己が徳行の全欠を忖って
三、心を防ぎ
四、正に良薬を事とすることは形枯を療ぜんが為なり。
五、成道の為の故に今この
……その教えでは、人と人以外の命はすべて同根――人はあまねく殺生無しに生きることはできぬ。罪の自認、最善たる生を促す教えである」
一神教では見られない発想だ。面白いな、と思うのと同時に、最後の一節が印象に残った。
食べるのは何かを成すためだ。それが罪であっても。そんなニュアンスだろう。
マギー・Gが可笑しそうに肩を揺らした。
「なんだい、結局真面目な話になってるじゃないか。こりゃ酒でも飲まないと無理そうだねえ」
「持ってくる? ……あ、でも明日から作戦か……」
「すべて終わった暁には、ともに祝杯を挙げたいものだ。そのときは、堅苦しい話にならないよう心がけよう。皆の顰蹙を買ってしまうからな」
「私も気をつけるわ。馬鹿話のネタを仕入れておかないと」
「……一致百慮、己れも苦学力行を示そう」
「ははっ! やれやれ、揃いも揃って、どうも難しそうだねえ」