オキーフから通信が入ったのは、攻勢作戦開始の前日だった。
地底で別れてから連絡がつかなくなっていたので身を案じていたのだが、どうやら、しばらくアーキバスの本拠地に滞在していたらしい。
相変わらずくたびれた風ではあったが、前回よりはましな声音だった。
《レイヴン、応信が遅くなった。……ずいぶんと……色々、あったようだな》
「……はい」
苦い思いで頷いた。
スネイルが死亡し、オーバーシアーがコーラル集積地点を手に入れた。解放戦線と合流し、ファクトリーの破壊を果たし、ペイターが謀殺された。状況は大きく動いている。
ペイターはオキーフを慕っていた。オキーフが彼を気に掛け、何かと面倒を見てやっていたからだと知っている。
だからこそ、お互いにそこへ触れることはしなかった。
「まずは、報告を。……“エア”が、オールマインドに押さえられました。……すみません、止められませんでした。おそらく、リリースを行えばG5と再会できると、煽惑するものと見られます」
《……なるほど、巧い手だ。実現可能性を先送りにしたか》
「本当に、最悪ですよ。そんなことが出来るとは思えません」
また怒りがこみ上げてくる。
感情のままに愚痴を吐いてしまった。頭を振って話を戻す。
「ただ、伝達役の強化人間はまだ調達できていない様子です。
《そうか。……そいつは、大丈夫そうなのか》
「ウォルターに忠実ですし、素直な性根なので。かなり否定的な刷り込みを行っています」
《油断はせずにいくべきだろうが……こちらでも、新たな旧世代型強化人間がルビコンに到達したという情報は得ていない。……長丁場になれば、厄介だな》
「あちらの二人には寿命がなさそうですからね。ただ……エアについては、打てる手があるかと」
コーラルの潮流に生じた“変異波形”である以上、波が起きるだけの量がなくなった時点で、自我を保つことはできなくなるだろう。
オキーフが苦々しげにため息を吐いた。
《オーバーシアーの目的か。うまくRaDを隠れ蓑にしたようだが、この先は厳しいぞ》
思わず目を丸くした。見えもしないのに、両手を挙げてしまう。
「降参です。……どれだけ耳がいいのだか……まったく、貴方が把握できない情報なんてあるんですか?」
《半世紀も存続している組織なら、どこかで痕跡は残るものだ。あとは現状から推測がつく。持ち上げるほどのことではない》
「そういうことにしておきます。……オーバーシアーからは、私の判断での情報開示について了承を得ています。アーキバスとは利益相反が起きますが、リリース阻止には同様の手段を用いるほかありません」
《……コーラルの焼却か。多方面から恨みを買うな》
「ええ。ただ、危険性はおそらくリリース計画よりも切迫しています。……資料を送りますね。SF展開ではお馴染み、人類滅亡の危機というやつです」
おどけるように言ったが、少し思い直す。
トーンを落として付け加えた。
「……ただ、私には、この資料の正誤を判断するだけの知識がありません。場合によっては、専門家の協力が必要かと。……あとは貴方の判断を信じます」
《難しいところだな……。承知した。元々、星外に持ち出したコーラルで実験は進められている。うまく水を向けよう》
ウォルターやカーラを信用していないわけではないが、多角的な分析は必要であるはずだ。
胸を撫で下ろし、少しばかり居住まいを正した。
「それから……ファクトリーの件、片付きました。……ありがとうございます」
《確認している。……気は済んだか》
「どうでしょうね。自分でも、よくわからないんです。ただ……やり遂げたことで、安心はしました」
容易には再建できないよう、徹底的に消し去ると決意したのだ。
それが成し遂げられたのだから、偽善的な罪の意識を抱えるのではなく、きっと、満足するべきなのだろう。
――それが簡単にできれば世話はない。
苦笑いを浮かべて、話を変えた。
「……これは、もし答えられたら、でいいんですが……。……メーテルリンクは、どうしていますか」
沈黙が訪れた。
心配したからといってどうなるものでもないとわかっているが、あの日立ち尽くしていた後ろ姿が、記憶にずっと残っている。
彼女とスネイルの関係性が、どんなものだったのかはわからない。彼女は何も言わなかった。なじることも、声を荒げることもしなかった。それでも、悲嘆が、やり場のない哀傷が、息苦しくなるほどに伝わってきた。
直接手を掛けたのは自分でなくとも、それはただの結果論だ。
《……気を張って奔走している。ホーキンスをよく補佐して、スネイルの穴を埋めようとしているようだ》
「……眠れて、いるでしょうか」
オキーフが大きく息を吐いた。
《一度だけ言おう。……戻る気はないか、レイヴン》
目を瞠る。
彼に言われるとは、思わなかった言葉だった。
《心配するくらいなら傍にいてやれ。フロイトのこともそうだ。……立ち位置を変えるだけでいい。獅子身中の虫としてでもオーバーシアーの目的は達せられるだろう。解放戦線を裏切ることにはなるが、コーラルの存在がなくなれば、遠からずアーキバスはこの星を捨てる。結果的に、大した変わりはないはずだ》
「……ラスティが聞いたら、怒りそうな話ですね」
《決めるのはお前だ。二度は言わないが、口にしておくべきだと判断した》
オキーフの言うとおり、自分にはない視点だった。
存在を秘匿するなり身元を誤魔化すなり方法があるにはあるのだろう。だが、不可能ではないというだけで、現実味の薄い話だ。
苦笑いが浮かぶ。未練たらしい態度を見かねたのだろうと思うと、ただでさえ忙しい彼にそんな気遣いをさせたことが、申し訳なくなった。
「さすがに、無理があります。これだけ殺しておいて戻ったりしたら、上層部も現場も収まりがつきませんよ。……私としても、周囲を欺しながらこそこそ動くのは気が進みません」
《……それがお前の選択ならば、徹底しろ。それがお前のためでもある》
「仰るとおりです。……すみません、いやな役目をさせてしまって」
あのときペイターを捕虜にしようとしたことは、そうすることによる利益を計算したものだと考えていた。今でもそう思っている。
だが、そこに甘さが介在していなかったかと言われると――否定は難しい。
結果として余計に事態を複雑化させ、結局のところ死なせてしまった。
再びメーテルリンクと戦場で対峙したとき、同じことをせずにいられるだろうか。
すべきではないと、わかっていても。
そっと息を吐き、冗談を口にした。
「オキーフ長官とは談合させていただきたいので、もし戦場でお会いしたらよろしくお願いします。最初に強く当たって、あとは流れで」
《お前な、もう少し言い方を……まあ、間違ってはいないんだが……》
「どっちが退きます? じゃんけんで決めておきましょうか」
《俺がお前を退けるのか。フロイトの顔が見物だな》
「……わざとらしいですかね」
《双方生き残るには少々無理があるな。すまんが、油断して逃げられてくれ》
「了解です。……ありがとうございます。貴方がいてくれて、よかった」
苦笑いで告げた感謝に、同じく苦笑いが返ってくる。
通信はそこで終わった。
ガドリングの弾をばらまきながら近づき、敵機右方へ移動、パルスブレードを打ち込む。
動かない的を相手にした動作は、まさに退屈な「練習」だ。
すぐに距離を取って再びガトリングガンでの攻撃、次は左からパルスブレード。
――AC ユエユーが行った一連の動きを一通り眺め、淡々と告げた。
「撃ち始めるのが早い。踏み込みが浅い。ブレード後の回避行動が遅い」
《ぐうっ……!》
「あと、あいかわらず左への回り込みがもたついてる」
《んもおおお! まだ駄目なの!?》
「駄目ね。少なくとも機体の移動がちゃんとできないうちは、お話にならないわ」
《うー……!》
「……もうやめておく? 諦めるなら止めないわよ」
《やめないよ! くっそー、この鬼教官!》
「どちらかというと放置してると思うわ。アリーナで模擬戦を試す方が楽しいのは分かるけど、基礎訓練をもう少し重点的にやるべきね。力押しでどうにかなるのはデータの中だけよ」
とはいえ、アリーナでCランクまでは難なく進められているのは驚きだった。思っていたよりも、大きな才能を秘めているのかもしれない。
荒削りすぎるのは変わりないので、まだ合格点を出す気にはなれないが。
「確か、アーキバスの訓練教程があったような……。ああ、これね。データを送っておくから、参考にして」
《……訓練、退屈なんだよなあ……》
「それだといつまでも上達しないわよ。私だってこれを参考に練習したんだから」
《え、うっそ。そうなの?》
「……なかなかフロイトに勝てなかったのよね……地道な練習の重要性を思い知ったわ。当初の勝率、1割もなかったと思う」
《ええ、ほんとに!? 最近は?》
「直近10戦なら、4割強ってところ」
《……レイヴンで!? 化け物じゃんか……! V.Ⅰってそんな強いの……!?》
「強いわよ。戦場で遭遇したら、即座に逃げるのをお勧めするわ」
恐れおののくツィイーに基礎訓練を念押しし、時間を確かめた。そろそろ移動しておいた方がいい。
アーキバスへの攻勢作戦が始まった。フラットウェルがまず目標としたのは、物資集積拠点と弾薬生産工場――相手の兵站を狙う阻止作戦だ。
衛星情報もなしに正確な所在地を突き止めることができたのは、諜報戦の勝利といっていいだろう。思っていたよりも、解放戦線の諜報活動は優秀であるようだった。
フラットウェルをのぞき、現在解放戦線が動かせる限りのACを総動員して、各地の物資集積拠点へ同時多発的に破壊作戦を実行した。
無事に完了して報告すれば、いずれの場所も成功を収めたとのことで、ひとまずは胸を撫で下ろす。損害もそう大きなものにはならなかったようだ。
引き続き弾薬製造工場の破壊に向かう。
ベースヘリで弾薬の装填を行っている間、栄養ゼリーで自分も補給をしていると、通信が入った。
《レイヴン、RaDのチャティ・スティックだ。伝えたいことがある。状況に問題があれば言ってくれ》
「一応ACに移動するわ。少し待って」
ゼリーのゴミを片付け、足早にハンガーへ向かった。
コクピットに乗り込み、改めて通信を繋ぐ。
「お待たせ。いいニュースと悪いニュース、どちらかしら」
《どちらでもある情報だ。V.Ⅰによりグリッド086が完全に破壊された。襲撃を受けたのは2時間前だ》
予想外の情報だった。
眉根を寄せ、惨憺たる状態の映像を確認する。強襲艦の姿もあったが、あれだけの巨大建築だ。ここまで破壊するのは骨が折れるだろう。
「そっちを狙うのは、まあわからないでもないけど……わざわざACですることかしら。フロイトを行かせなくても、ミサイルでも撃ち込んでおけば良さそうなものなのに」
《ボスも笑っていた。ミサイル防衛システムの破壊後、わざわざミサイルを撃ち込まれて、この有様だ》
「笑っていたの? 怒っていたんじゃなくて?」
《「いやがらせにいくら使ったんだかね」、だそうだ。製造設備は既に破壊されていた。ミサイルに意味はない》
RaDを営利企業とみるなら、製造設備の破壊は正しい報復だ。本業を潰されてはたまらないだろう。――本来であれば。
だが、今のRaDはオーバーシアーのカバーだ。いざとなれば星ごと焼き払うつもりでいたカーラが、その程度で、強烈な使命感を揺らがせるはずがない。
主要な製造設備は、既に旧技研都市へ移設されている。一般向けの製品製造はストップするだろうが、自前で使う程度のものは賄えるだろう。
《いいニュースでもある。V.Ⅰの現在地はベリウス地方だ》
「中央氷原はしばらく安全そうね。そちらはどう?」
《再侵攻部隊はまだ到達していない。
チャティの口振りに、目を瞬いた。
ずいぶんと感情豊かな言い回しだった。それを言う彼も、言い表されたK9も。
少なくとも、自分はそこまでK9の感情を読み取ることができなかった。
「なかよくなったの?」
《“なかよく”という様態の定義を求めたい》
「そうね……今の貴方たちみたいな感じね」
《定義がループしているようだ。……だが、ボスも同じ言葉を使っていた》
思わず笑ってしまう。友達ができたのなら、何よりだ。
「だったら、この状態が“なかよし”ってことでいいんじゃないかしら。……まだ話を聞きたいところだけど、次の機会にするわ。ヴェスパーの隊長格はいずれも相応な実力の持ち主よ。気をつけて」
《ああ。じゃあな》
おそらく激しい戦いになる。どちらにどれだけの死人が出るか予想はつかない。――正念場になるだろう。オーバーシアーにとっても、アーキバスにとっても。
RaDからの情報として、フラットウェルへ回す。
話を聞いたフラットウェルは、厳しい声で応じた。
《……グリッド086にはRaDの生産施設があった。報復だけではなく、資金源を潰すことが目的だろう》
「解放戦線では、RaD製品はあまり使っていなかったわよね。弾の在庫を心配する必要はなさそうだけど……」
《ベリウス地方にはBAWSの工場が存在する。アーキバスが我々と同じ戦略を取るとしたら、BAWSが標的になる可能性も否定できない》
「まさか。アーキバスの主力MTもBAWS製のものよ。すべて惑星封鎖機構の鹵獲機体に切り替えるなんて、無理があるはずだわ」
大体が、フロイトがやりたがるはずのない仕事だ。
だが、上層部が、その意向を無視してきたとしたら?
――あり得ないと思っていたV.Ⅰの離反に、現実味が見えてくる。
唸りながら考えを巡らせた。
「……たぶん、ないわね。もし上層部がそんな命令を出しても、V.ⅢやV.Ⅴが必死で止めると思う。V.Ⅰの離反を招きかねない愚行だわ」
《一応、BAWSに警告は入れておく。その推測が正しければ、V.Ⅰを引き込む二度とはない機会だ。名前を使わせてもらいたい。……いや、音声メッセージの方がより効果的か……》
「アーキバスも、さすがにそこまで馬鹿じゃないと思うけどね。一応用意しておくわ」
フロイトの力を過小評価するにせよ、今の人手不足極まりない状況で、リスクを背負ってまで破壊するべき対象ではないはずだ。
「むしろ、アーキバスが報復を目的にしてフロイトを動かしているのなら……危ないのは、解放戦線の本部じゃないかしら」
《こちらの司令部と同じく、定期的に場所を移している。そう簡単に捕捉されるものではないと願いたいが……念のため、近々の移動を提案しておこう》
ベリウス地方に残している戦力はそう多くないとのことだが、本部が壊滅させられたとなれば、構成員の士気に関わるだろう。
ベースヘリが降下を始めた。位置情報を確認する。
「予定地点に到着したわ。作戦を開始する」
《ああ。後はこちらで検討を行おう。情報に感謝する、レイヴン》
眼下に見えるのは、惑星封鎖機構の機体用の弾薬製造工場だ。本格稼働して間もない、ぴかぴかした建物だった。
惑星封鎖機構から機体と物資を手に入れても、運用し続けるためには莫大な量の消耗品が必要だ。
それらを一手に担う工場の破壊は、アーキバスにとって非常に手痛いダメージとなるだろう。
上空から飛び降りる。
今回は、人間には逃げられても構わないだけ気が楽だ。惑星封鎖機構の武器など解放戦線では使えるはずもないので、回収の必要性もない。
警備のLCやHCと派手に戦闘を繰り広げてから、施設の破壊を始めた。
スネイルが生きていたら、おそらくV.Ⅰはこの場所にいたのではないだろうか。
少なくとも、叩かれて痛い部分へ送り込めるよう準備していたはずだ。それが嫌がらせのためにベリウス地方まで送られているというのだから、組織の迷走を感じる。
こっちに来てくれたら良かったのに、と、少しばかり思わないでもない。
最後に話したのは離反直後だったから、もうかれこれ半月以上か。まさかこんなに会えないなんて思わなかった。
身近だった人間の死をいくつか経験しても、フロイトとの戦いに怖れや忌避感はなかった。あいもかわらず、楽しみなままだ。
あの男ならそう簡単には死なない、という楽観によるものか。
自分とて簡単には死なないという、自負によるものだろうか。
――駄目だなぁ、と、少しだけ思っている。
これはきっと、恋しいとかそういう感情だ。
情けないし、みっともなくて、誰にも言えない。
作戦は増援を迎えることすらなく、あっけなく終わった。
バルテウスとは言わないが、せめてエクドロモイくらい出してきて欲しかったものだ。戦った感じがしない。
「フラットウェル、工場の破壊を完了したわ。帰投する」
《何よりだ。他のチームでも、集積物資の回収を確認した》
迎えのヘリが降りてくる。
中央氷原の厚い雲の影から、凍り付いた地平へ、夕陽が沈もうとしていた。