621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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都市防衛戦

 初期段階の作戦はアーキバスの混乱もあり、順調に進んだ。

 運も味方したのだろう。

 だが、その優勢は長く保たなかった。空き番となったヴェスパーの隊長に昇格が行われ、驚くべき早さで体制の立て直しが行われたのだ。

 特に、新たにV.Ⅳとなった人物は非常に脅威で、続く武器製造工場襲撃では解放戦線側に大きな被害が出た。インデックス・ダナムが戦死し、MT部隊も数名しか戻ってこなかった。そのほか、六文銭は通信基地においてV.Ⅷと交戦し、かろうじてこれを退けている。

 組織の立て直しに辣腕を奮ったのは、今のところ表に出てこないV.Ⅱのようだが、いずれも知らない名前だった。

 捕虜となっていた惑星封鎖機構の高級将校やエースパイロットではないかとラスティは推測していたが、仮に洗脳状態にあったとしても、かなり無理をした人事だ。おそらくはフロイトがめずらしく仕事をした。頭脳労働者に洗脳状態の人間を使うとは思えないので、V.Ⅱについては何らかの取引きで口説き落としたのだろう。

 それで曲がりなりにも立て直せているのだから、企業の底力を思い知る。構成員が基本的に優秀なので、代わりの駒がうまく嵌まれば動くようになるのだろう。今後も、人員の補充は続くはずだ。解放戦線としては悩ましい話だった。

 

 ダナムの死によって、ツィイーはますます訓練に打ち込んだ。

 鬼気迫るほど真剣に、寝食を惜しんで課題を一つ一つクリアしていく。足回りと腕装備の扱いは安定してきたので、ミサイルの使用を解禁した。

 思っていたよりずっと早く、戦場に出すことになるかもしれない。

 

 主力の一人を失ったことで、解放戦線の中には沈んだ空気が漂っていたが、その空気を変える出来事が二つあった。

 

 ひとつは、旧技研都市に再侵攻していたヴェスパーの部隊が壊滅的な損害を出したいう情報。

 もうひとつは、シュナイダーから届いたAC5機の存在だ。

 シュナイダーはアーキバスの系列企業だったはずだ。解放戦線を支援することを決めたのは、独立を目論んでのことなのだろう。聞けば、ラスティが昔所属しており、フラットウェルとも関係性が深い企業なのだという話だった。

 

 攻勢作戦の第二段階が近づく中、凶報が舞い込んだ。

 

 緊急の戻りを要請されて司令部に向かう道すがら、ラスティと行き会う。

 

「貴方も呼ばれたの?」

「ああ。……いい予感はしないな」

 

 同感だった。

 ブリーフィングには主要戦力が集められていた。フラットウェルが重い口を開く。

 

「アーキバスがルビコンの都市襲撃を計画しているという情報が入った。場所はベリウス地方、マランビオ――人口は6000人。ルビコニアン最大の都市だ」

「都市を? ……解放戦線とは何かの関わりが?」

「我々と直接的な関係はなく、防衛力も少ない。ほぼ民間人ばかりだと思ってくれていい」

 

 顔をしかめて考えを巡らせる。嫌がらせにしてはたちが悪い。とんでもない悪評になるはずだ。

 ラスティが発言した。

 

「計画、か。この段階で情報が漏れたということは――」

「ああ。意図的な漏洩だ。我々の戦力を分断し、総攻撃を掛けるのが狙いだろう。だが、動かないわけにはいかない」

「如何様に」

 

 六文銭が煮えたぎるような声で問うた。

 ベリウス地方は遠い。解放戦線はアーキバスが開いた航路を使って船で移動してきたというが、相手は既に長距離航空の手段を手に入れている。とてもではないが間に合わない。

 

「SGを通じて惑星封鎖機構の残存部隊にコンタクトを取った。協力を得られるよう交渉するつもりだ」

「こちらも強襲艦を使うのか。取引材料は? システムに判断を仰がせないだけのものが必要だろう」

「再教育センターからの捕虜奪還を考えている。……撤退を決めた今、システムは承認すまい。だが、現場にいるのは人間だ。戦闘への参加ではなく、あくまで移動のみの協力を求めるならば、受け入れられる余地はある」

「……難しい交渉になるだろうな……。頼む、フラットウェル」

 

 重々しくフラットウェルが頷く。

 細く息を吐いて、手を上げた。

 

「協力を得られたら、私が行くわ」

 

 打たれたようにラスティが顔を上げた。反対だと、その顔が言っていた。

 

「戦友、相手は惑星封鎖機構だ。君の立場では――」

「あまり戦力を割けないなら、行くのは私かラスティになる。そして、本命がここである以上、ラスティは残した方が良い。そうでしょう?」

 

 ラスティが煩悶の表情を見せる。参加したメンバーから異論は出ず、フラットウェルが真っ直ぐにこちらを見据えてきた。

 

「私もそう考えている、レイヴン。頼めるか」

「ええ」

 

 はっきりと頷いた。

 その後は予想される襲撃についての検討が行われた。緊迫したブリーフィングを終え、各々それぞれの準備にかかる。

 それを見送って、司令部に残り、フラットウェルと二人になってから口を開いた。

 

「6000人か……十歳以下の子どもが10%だとしても、600人ね」

「……ああ。もう少し数は多いだろう」

「捕虜の奪還で惑星封鎖機構が動けばいい。でも、それが駄目だったときのカードは、もう、私の身柄くらいしか残っていないんじゃない?」

 

 ライセンスの件とその本来の持ち主の所行は、合流時に申告してある。

 惑星封鎖機構は“レイヴン”に並々ならぬ恨みを持っている。優先排除対象というのは、いわば指名手配犯だ。

 フラットウェルが、苦悩に満ちた顔でこちらを見た。特に顔色を変えたわけではない。今日の彼は、ずっとこの顔だ。

 

「――使っていいわ。いざとなったら、なんとか逃げてみる」

 

 ふ、と空気が漏れた。

 まさか笑われるとは思わなかったので、眉根を寄せた。

 

「……ありがたい話だが、気持ちだけ受け取っておこう」

 

 予想とは逆の返事だった。

 てっきりそのつもりでいると思っていたのだ。目を瞬かせていると、張り詰めたものがとけた様子で、フラットウェルが凝りをほぐすように肩を回した。

 

「貴重な戦力を失うことも、仲間を差し出すことも、我々にとっては悪手だ。他にもまだ打つ手はある。本部と連携して住民を避難させれば、人的被害を抑えることはできる。あの都市は元々企業工場へのアクセスのよさから発展したのだ。企業へ雇用されている者も多い。BAWSやエルカノだけではなく、シュナイダーらの星外企業も、今回の件は座視できないだろう。ベイラムなどは嬉々として喧伝するだろうな。アーキバスが圧力を掛けても応じないとなれば、そちらから多少の戦力を出させることはできるはずだ。……さらに言えば、これはアーキバスの陽動だ。つまり我々が戦力を割くことを可能とする“手段”を用意しているだろう。たとえば――()()()()()()()()()()アーキバスの部隊だとか、制圧できそうな()()()強襲艦だとか。その場合復路に問題は生じるが、やむを得ない手段を取るのは、その辺りをすべて潰してからだな」

 

 つらつらと挙げられた方策の多さに、決まりが悪くなって目をそらした。

 まったくもって、見当違いな覚悟だったらしい。

 

「……ごめんなさい。考えが足りなかったみたい」

「気にすることはない。それも考えていたことは事実だ。……むしろ、お前の為人(ひととなり)が知れたことを、喜ばしく思う」

 

 フラットウェルが笑う。

 彼はオキーフと同年代だろうか。どうにも、このくらいの年齢の相手には、経験の差を感じさせられる事が多い。

 十年二十年後まで生きていたとして、同じようになれるものだろうか。

 

「惑星封鎖機構との交渉、以前の“レイヴン”の件も話すつもりだ。奴との戦闘データを貰いたい。通信記録もついていれば、証拠の一つにはなるだろう」

「わかった。送っておくわ」

「それで安全が保証されるわけではないだろうが……ACから降りなければ、滅多なことはないだろう。用心は忘れるな」

 

 頷いて返す。

 フラットウェルが気を引き締めるように、大きく息をついた。

 

「……まずは私の仕事だ。お前はお前の準備を進めておいてくれ、レイヴン。早ければ今夜立つ」

「ええ、任せて。必ずやり遂げるから」

 

 

 

***

 

 

 

 果たして、フラットウェルは交渉を成功させた。

 指定された合流地点で待っていたのは、1隻の強襲艦だった。

 

《こちらは惑星封鎖機構強襲艦 AS07-T1578。ルビコン解放戦線中央氷原支部指令ミドル・フラットウェルの要請に応じ、アーレア海上空を最大戦速にて航行する。格納庫へ収容されたし》

 

 おっと、と思った。甲板を借りるつもりだったので、内部に入ることになるとは思っていなかったのだ。

 だが、理由としてはもっともだ。

 少し悩んだが、こちらは武装しているACだ。いざとなれば穴を開けて逃げればいい。

 海上だとお互い厄介なことにはなるが、その辺りはお互い様だろう。共に海の藻屑になっても意味がない。

 

「承知しました。協力に感謝します」

 

 予想所要時間を尋ねると、4時間5分との回答だった。AIが管理している組織であるためか、やたらと細かい。

 日付が変わる頃に到着する計算だ。

 艦内に粛々と入り、また少し考えて、戦闘モードを入れたまま仮眠を取ることにした。通信とセンサー反応で覚醒するよう設定し、意識を落とす。

 

 幸いにも、途中で目を覚ます事態にはならなかった。

 時刻はルビコン標準時で0時になろうとしていた。

 礼を言って艦を降り、都市マランビオへと向かう。

 

 6000人という人口はかなり小さな数だ。地球の規模で言うなら「町」に近い。

 だが、マランビオは思っていたよりも都市らしい姿をしていた。

 ヨーロッパの旧い街に似た風情がある。教会のようなものを中心とした街並みは、非常時だからか明かりが灯されて、どこか幻想的な光景に見えた。

 街の近くには現地の戦力が展開しており、緊張と怒りを漂わせている。

 

「こちらレイヴン。解放戦線との契約により都市防衛戦に参加します。アーキバスの襲撃予定時間は0300時……約3時間後との情報です。私が応戦するので、MT部隊及び企業ACは都市の防衛に集中を」

《了解。……頼むぞ、レイヴン》

 

 住民の避難はおおよそ終わっているとのことだった。BAWSが敷地を提供したというが、動かす人数を考えると時間ぎりぎりだっただろう。鉄道の一つすらないのだ。

 生活基盤を破壊されれば今後の生活は厳しくなる。アーキバスがこちらの予想通り、都市を狙わないでくれれば幸いだが――そうでなくとも、墜とさなければならない。

 

《広域レーダーに反応あり。……強襲艦、3隻……!!》

 

 襲来は時間通りだった。律儀なものだ。

 おそらくはベリウス地方に到着後、どこかへ身を潜めていたのだろう。長距離移動の消耗は期待できない。

 ブースターを噴かして迎え撃つ。

 おそらくこの星で一番多く強襲艦を墜としてきたのは自分だ。アーキバスがどの程度まで改良を施したのかはわからないが、都市に近づける前に墜とせる自信はあった。

 黒い戦艦が夜の空に溶けている。

 

「こちらは独立傭兵識別番号Rb23、レイヴン。アーキバス強襲艦隊に告ぐ。ただちに停止し、撤退せよ。応答なき場合、交戦の意思があるものとみなして撃墜する。……私がそれを得意だってことは、アーキバス所属ならよくわかっているでしょう?」

 

 レーザー砲が、扇を広げるように青い線を放った。

 わかりやすい返答だ。アサルトブーストで距離を詰め、艦橋に狙いをつける。

 グレネードを放とうとした瞬間、アラートが鳴った。プラズマミサイルが機体を掠める。

 

《おっと。……させるわけにはいかないよ、レイヴン君。先に私と戦ってもらおう》

「ホーキンス隊長……貴方でしたか」

 

 旧技研都市への再侵攻部隊は壊滅状態にあると聞いていたが、生き延びていたようだ。

 強襲艦の甲板を足がかりに、上空で交戦する。取り回しの効く機関砲の弾がひっきりなしに追いかけてきた。

 ホーキンスのACリコンフィグはEN兵器に特化した重四脚だ。戦うのは初めてだったが、射撃はお手本のような正確さだった。流れ弾が強襲艦に当たらないよう調整さえしているようだ。

 

「民間人の虐殺に荷担するなんて、貴方らしくもない」

《命令は命令だ。私が拒否しても誰かが代わりになるだけさ》

 

 お互いにミサイルを回避しながら距離をはかる。

 飄々としているが丁寧で、隙のない機動だ。性格の出た動きだった。

 

《それに、狙いはわかっているんだろう?》

 

 レーザーキャノンを飛び退くように躱して、リニアライフルを撃ち込んだ。

 こちらの近接武器はレーザーランス、ホーキンスの武器はレーザーブレードだ。間合いはあちらの方が広い。迂闊に飛び込むことは避けた方が良いだろう。

 強襲艦が都市へ向かうようなら無理にでも先に墜とすつもりだったが、固定してしてこちらへ攻撃を加えてくるばかりだ。

 彼らにとっても気の進まない任務なのだろう。――こちらを墜とせば、案外大人しく帰ってくれるかも知れない。

 都市をも燃やすようにと、命令を受けてさえいなければ。

 

《部下たちにも生活がある。命令違反でも命令拒否でも、退職金どころか給与が払われないんだよねえ》

「だから命令に従って、無辜の市民を殺すと言うんですか」

《さて。――君は、それを止めるためにここにいるんだろう?》

 

 レーザーブレードのチャージ動作に角度をはかる。

 すり抜けるように回避し、二段目をくぐり、距離を詰める。

 突き込んだレーザーランスは、パルスアーマーに阻まれた。ミサイルを放ちながら距離を取る。

 

《命令が出されたときから、君を墜とすか、私が墜ちるか、どちらかしか道はなかったからね。すまないが、付き合ってもらうよ》

「それは――ホーキンス隊長、だったら……!」

《ほら、油断すると危ない》

 

 上空へ跳んだところへ、強襲艦の主砲が放たれた。

 ――記憶しているより弾速が速い。

 わざわざ警告したのはこの隙を狙っていたのだろう。回避した先で紫光が機体を襲う。夜闇にプラズマミサイルの弾が浮かび上がり、ぐんと伸びて接近してきた。強襲艦の機関砲もしつこく追いかけてくる。

 リコンフィグが接近してくるのが見えた。

 プラズマミサイルを、直前で退がることで目の前の甲板に弾けさせる。滑るように横手へ回り込みながら、ランスをチャージさせた。刺突を見極めるつもりだろう。対空能力では四脚が上だ。リコンフィグは距離を取らず、レーザーキャノンのチャージ光を溜め込んでいた。

 さらに回り込んでレーザーを避ける。大きく踏み込み、そして、ランスを()()()()()

 

《な……!?》

 

 衝撃を受けたリコンフィグの機体が大きく軋んだ。体勢を崩したところにもう一撃を加え、背面を蹴り飛ばす。

 回避しようとした動きがちょうど重なり、レーザーキャノンが破損した。

 そのまま甲板に激突するかと思われたが、体勢を持ち直してくる。感嘆するような声が聞こえた。

 

《笑えない強さだ……フロイト君が惚れ込むわけだな……!》

 

 リニアライフルで追撃する。弧を描いて追うミサイルをリコンフィグが避けた先に、二連グレネードを叩き込んだ。

 脚部が破損した。

 プラズマライフルの乱射をかいくぐりながら接近した。ミサイルの軌道を読んで回り込み、今度は腕を狙って、レーザーランスを斬り払う。

 

《――そう来ると、思っていたさ!》

 

 レーザーブレードで撥ねのけるように払われる。出力はこちらが上だったはずなのに、狙いを逸らされた。

 破損した脚部が蹴りを打ち込んでくる。衝撃に息を詰めながらも、反射のようにグレネードを作動させた。

 直撃とはいかなかったが、一発は入った。

 

《君は強いが、甘さがある。良くない癖だ……。つけ込まれるよ》

「……ご忠告をどうも!」

《だが、それでも相手を圧倒できる強さがある。羨ましい話だね》

 

 いつの間にか、強襲艦の高度が随分上がっていた。

 破損状態はかなりひどくなっているはずだが、ホーキンスの声音には、妙な穏やかさがあった。

 プラズマライフルの射撃が繰り出される。悲鳴のような音がした。

 

《正義も正気も、こんな世界では大した意味を持たないんだ。……選べるものは多くない。選ぶ力をもつ人間も、多くはない》

「どうして……! わかりませんよ! こんな命令を出す会社なんて、辞めてしまえばいいだけじゃないですか!」

《誰もが、君のようには生きられないんだ、レイヴン》

 

 リコンフィグが滞空したまま、頭上から撃ち下ろしてきた。

 プラズマの嵐をかいくぐりながらミサイルに追わせる。回避にブーストを使ったリコンフィグが高度を落とすのを待ち、チャージしたリニアライフルを射し込んだ。これも避けられるが、その避けた先へ、二連グレネードを撃ち込む。

 

 着弾した機体が小さな爆発を起こす。――装甲が限界を迎えたようだ。

 

 甲板へと不時着したACを、追撃はしなかった。その前に降り立ち、銃口を向ける。

 

《……作戦は、失敗だ……。全艦、退却を……》

《了解……! 第5隊長殿、脱出を! 機体を捨ててください!》

《はは……。いい部下を、持ったなあ……》

 

 応じる声には苦痛が滲んでいた。負傷しているのだろう。

 不意に、リコンフィグが動いた。

 至近距離からアサルトブーストで肉薄してくる。とっさに撃った弾を避けもせず、ぶつかるようにしてしがみついてきた。

 

「何を……!?」

 

 推力を全開にしたリコンフィグが、そのままアンラヴルを甲板から押し出した。

 判断に迷った数秒で、ホーキンスの目的は遂げられた。

 ここからリコンフィグを引きはがすのにはさらに数秒かかる。その距離では、ACであの高度まで戻るのは困難だ。――このために高度を上げていたのか。

 ホーキンスが笑った。

 

《全艦、全速で戦闘領域を離脱。生き延びるんだ、いいね……!》

《隊長!!》

 

 自分を犠牲にして、部下を逃がそうというのか。

 とっさに強襲艦へ銃口を向ける。けれど結局、引き金は引けないまま落ちていった。

 ――戦闘中、強襲艦は都市へミサイルの一つさえ向けなかった。

 雁字搦めになったわずかな矜持でも、それに価値がないとは思わない。

 

 諦めたのが伝わったのだろう。やがて、リコンフィグがこちらの機体を解放した。もうブースターもいかれてしまったのか、ほとんど墜落するように地面へ倒れ込む。

 急いでその機体の前へ降り立った。――脱出していない。ACから降り、ハッチの緊急開扉を行ってこじ開けた。

 血の匂いがした。

 ホーキンスは意識が朦朧とした様子で、荒い呼吸をしながら、苦笑いを浮かべた。

 

「……生きていますか、ホーキンス隊長」

「……かろうじて、まだ、ね。……もちそうにはないが……」

「もたせてください。ご家族が待ってるんでしょう」

 

 出血は腹部と大腿部だった。手早く応急処置を続けていく。

 外傷だけではなく、内臓に損傷があるようだった。

 言いたいことは山ほどあった。どうしてこんな方法しか取れなかったのか、こんな無茶をしてまでやる必要があったのか。

 自分にも、彼にも、言いたいことは山ほどあった。

 

「……やっぱり君は、強い、なあ……。勝てなかったか……」

「もう喋らないで」

「……もう、行きなさい。看取ることは……ないんだ」

 

 唇を噛み締めた。

 ホーキンスが肩を押す。ほとんど力は入っていなかったが、穏やかな拒絶が伝わった。

 

「いきなさい」

 

 自分を手に掛けた離反者に向けるには、あまりにも、優しい言葉だった。

 

 

 

***

 

 

 

 一夜明け、マランビオには住民が戻った。良く晴れた日だった。

 惑星封鎖機構の強襲艦は燃料の補給が必要だということで、その運搬に時間がかかっていた。

 中央氷原では、解放戦線とアーキバスが交戦中だという。

 ACに乗ったままぼんやりと時間を過ごしていると、不意に、足元へいくつかの音響センサー反応が近づいてきた。

 カメラをそちらに向ける。――子どもだった。

 十歳だか五歳だかにもならないような幼い子どもたちだ。こちらへ大きく両手を振っている。降りてきて、という声に少し眉を下げたが、あまりにも無邪気な笑顔に、一つため息を吐いた。

 離れるように言ってから、ACSを切って機体に膝をつかせる。

 やわらかな風が吹いていた。地面に降り立つと、わっと声を上げて囲まれた。口々にまくし立てられてうまく聞き取れない。

 

「ありがとう、おねえちゃん!」

「かあさん言ってたんだ、このピンクのACがたすけにきてくれたんだって!」

「かっこいい!」

「うごいてるとこ見たい!」

「おれのりたい! のせて!」

「ばかおまえ、ずるいぞ!」

「あのね、これ、みんなでとってきたの!」

 

 差し出された花を、困惑しながら受け取った。

 白い清楚な花だ。――以前メーテルリンクにあげたものと、きっと同じ花だろう。 

 

「……ありがとう」

 

 微笑んでお礼を言うと、満面の笑顔が返ってきた。

 収集のつかない騒ぎになりつつあったところへ、見守っていた大人たちが声を掛けてきた。何人かはなかなか去ろうとしなかったものの、最終的には脇に抱え上げられて強制連行されていた。暴れる子どもは、まるでびちびちと跳ねる魚のようだ。

 どの星でも子どもは変わらないなと、おかしくなった。

 

 胸の痛みに、視線を落とす。

 ホーキンスの子どもたちも、きっとあんな感じだったのだろう。腕白な息子二人に振り回される姿が、容易に思い描ける。

 

 ふと、貰った花を、押し花にしたいと思った。

 紙か布があればいい。ACから降りてうろつかないよう釘を刺されたことは覚えていたが、そのままふらりと歩き出した。

 

 人の多い方向に向かっていくと、市場のようなものが見えた。

 外観は市場だが、おそらくは商店街のようなものなのだろう。よくわからない機材を詰んだ店の隣には、パッケージされた合成食料が詰まれた店があり、さらにその隣は靴の修理をしているようだった。本屋や青果店といった、一般的な店はさすがに見られない。

 教会に似た建物は、知っている宗教のものではないようだった。形状はキリスト教のものに似ているが、十字架がない。ルビコン独自のものなのだろうか。ただの集会所なのかもしれない。

 オルガンの音に合わせて、幼い歌声が聞こえてきた。

 伸びやかで穏やかで、少し調子外れな、可愛らしい歌だった。

 

 さらに歩くと、古着屋らしい少し大きな店があった。 

 ちょうど良さそうなハンカチを見つけた。COAMでは支払いができそうになかったので、携帯食料と物々交換を行う。

 

 コクピットに戻り、熱傷用の治療シートと組み合わせて押し花を作った。不器用ながらもそれなりに形になった押し花を、医療品の保管ボックスにそのまま片付ける。

 

 膝を抱えたとき、通信が入った。

 カーラだった。

 

《レイヴン、緊急事態だ。……やられたよ、とうとうV.Ⅰがやってきた。集積地を押さえられたのはまあいい。仕込みはすんでる。……だがね、まずいことに、ウォルターとK9が捕まった。行き先はおそらく再教育センターだ》

 

 息を呑んだ。

 アーキバスの本当の狙いは、解放戦線ではなく、コーラル集積地点の制圧にあったのか。

 舌打ちしたい気持ちだった。

 

「戻りは明日になる。合流地点を指定して。……解放戦線も捕虜奪還の計画は立てているわ。協力できればより確実にできると思う。ただ、今動ける状況かどうかは……」

《大規模な戦闘が起きてるのは聞いているよ。……すぐに殺されるとは思わないが……時期を待つべきか……》

 

 舌打ちしたカーラは、苛立った様子で煙草に火をつけたようだった。

 考えるような間を置き、煙混じりの息を吐く。

 

《まずはあんたが戻ってからだね。そのときの状況次第だ。ああ、それから――ウォルターから伝言だ。『もし俺の身柄を盾にした要求があっても、応じるな』だそうだ。まあ、あんたもわかっているだろうがね》

「ウォルターを殺されたくなかったら投降しろとか、そういう話? ……とりあえず通信には応じない方がよさそうね」

《ああ。人質は生きていなければ意味がないからね。要求を伝えるまでは生かしておくだろうさ》

「……そうね。そう思いたい」

 

 苦々しく頷く。

 不意に、カーラが苦笑した。

 

《チャティがずいぶん落ち込んでる。どうも、K9の奴、破損したあいつを庇って戦っていたみたいでね。……困ったもんだ》

「どちらが?」

《どっちもね。仲が良いのは結構だが……まったく、“良い子”に育ったもんだよ》

 

 苦笑する声には愛情じみたものがあった。

 (チャティ)もまたAIだとは聞いているが、オールマインドとはかなり印象の違う存在だ。ずいぶんと人間味がある。いっそ感情めいたものさえ覚えるほどに。

 これは技術力だけではなく、案外、学習(インプット)してきたものの違いによるものなのかもしれない。

 

《ともかくだ。――レイヴン、あんたが頼りだ。戻りを待っている》

「了解。解放戦線にはこちらで渡りをつけるわ」

《歩兵が欲しいところだからね。こっちの酔っ払いどもよりは頼りになるだろうさ。……頼んだよ》

 

 状況が、大きく動こうとしていた。

 

 

 






(年齢的に10歳以下児からおねえちゃん呼びして貰えるか微妙な気もしたけど、おねえちゃんにしておく)
(さすがにちょっと、うん)
(10歳児からしたらたぶん20歳以上はおばさ以下略)
(良くしつけられたお子さんですね!)


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