惑星封鎖機構は取引内容を守った。
騙し討ちで身柄を押さえようとする動きもなく、無事に再びアーレア海を越え、そろそろ中央氷原が見えてくるだろう頃合いで――個人的な通信が入った。
通信士なのか、艦長なのか、相手は名乗らなかったのでわからない。
淡々とした、口調の丁寧な声だった。
《じきに中央氷原へ到着します。……貴方がたの目的を遂げることが出来、何よりでした》
「ええ。ご助力、本当に感謝しています」
ため息のような音が聞こえた。錯覚かも知れないと思うほどの細やかさで。
《レイヴン。……我々、惑星封鎖機構は、秩序を何より重んじています。それは秩序こそが、力を持たない大多数の市民を守るものだと信ずるためです》
「……そうですね。それは正しい考えだと思います」
惑星封鎖機構の思想自体は、間違いなく正しいものだろう。
危険性があるものは隔離すべきだ。管理しなければ危険性が増幅し続けるものだと想定できず手をこまねいていたことは難点だろうが、判断を大きく誤っていたとは思えない。
少し迷って、付け加えた。
「ただ……すでに定着してしまった人々の生活を根こそぎ動かすことは、やはり難しいんだと思いますよ。どれほど貧しくとも、苦汁を舐めようとも、今ルビコンに生きている彼らはここで生きていくことを望んでいる」
《……我々は、それを認容できる立場にないのです》
「ええ、わかります。……けれど、もしいつか、ルビコンから“危険性”が失われたそのときには――あなた方の理解を得られることを願っています」
かすかに、驚いたような気配があった。
《……それが本当に可能であるならば、システムも判断を変えるでしょう。……レイヴン、我々の僚友の命、貴方がたに託します。……どうか》
「力を尽くします」
迷いを感じさせないように強く応じた。
相手もまた人であると、その確信は心強かった。あとは、条件を整えるだけだ。――それがより困難なものになるとしても。
それが実現可能性のあるものなのかどうか、正直なところ、今はまだわからない。
解放戦線の戦況は小康状態に入っていた。
散発的な戦闘は起きているものの、解放戦線が引き気味に応戦し、戦線を下げていったことで、被害を最小限に抑えることができた。
この辺りは、特定の陣地防衛を必要としないゲリラ戦を仕掛けているからこそ選べた戦略だろう。特に中央氷原においては、占領されてはまずい場所などないに等しい。逆に、アーキバスは幅広く広げた拠点をそれぞれに守らなければならない状況だ。
最終的には領土の占領や奪還ではなく、相手の戦力を維持不可能になる程度まで削りきって、アーキバス本体にルビコンからの撤退を決めさせることが目標となる。
その手段の一つとして、再教育センターの襲撃は、解放戦線としても理にかなっていた。人材の補填阻止が目的だ。
再教育センターにおける捕虜の洗脳は、基本的に外科手術と投薬、機器による意識変性調整などを組み合わせたものになる。中脳に埋め込まれたデバイスで快楽報酬系を操作し、アーキバスへの忠誠心をすり込むという手法だ。
言うまでもなく非人道的である。
治療は困難ではあるが不可能ではないだけ、ファクトリーより多少はまし、という、その程度の代物だ。
近々の動きを見るに、アーキバスは、本来の目的であるコーラルの確保を優先事項に置いたようだった。
ウォルターとK9の身柄はオーバーシアーあるいは隠れ蓑のRaDとしては重要だが、表面上も事実上も、解放戦線と彼らを繋ぐのは“レイヴン”の存在だけだ。
捕虜の奪還に両者が手を組むかどうかを、アーキバスがどう見立てるかによって、集められる戦力は変わってくるだろう。
それこそ解放戦線においては、欺瞞情報を流し、これを機に策源地を攻撃するという案も出たほどだ。
結論として、フラットウェルは二正面作戦を決断した。
RaDの再教育センター攻略には相当数の歩兵のみを貸し出し、残りはすべて旧宇宙港の強襲艦襲撃に当てる。情報を流すことで、相手の戦力を分散させるのが狙いだ。
再教育センター攻略に参加するACは、アンラヴルと、チャティのサーカスとなる。
さらには、嬉しい誤算もあった。
V.Ⅲ オキーフが、アーキバスを離れ、解放戦線に合流したのだ。
これによって、再教育センターの最新の警備配置状況や巡回手順、施設の見取り図に警備システムの情報までもを手にすることができた。
話を聞いていても立ってもいられず、足早に司令部へ向かった。
ラスティやフラットウェルと話している姿を見つけ、小走りに近づく。
「オキーフ長官! ……あ、いえ。ええと……オキーフさん……?」
「好きに呼ぶといい。……思っていたよりは元気そうだな、レイヴン」
苦笑で迎えられた。
考えてみれば走る必要はなかったなと、少し気恥ずかしくなる。指の背で頬を擦った。
「じゃあ、オキーフ。……意外でした。何か状況に変化が?」
「ああ。……新たなV.Ⅱ、相当な切れ者だ。10日で業務のおおよそを掌握し、間諜の炙り出しにまで手をつけた。そろそろ危うい肌感だったんでな」
「そこを私が口説き落としたというわけさ、戦友」
ラスティが軽やかに笑う。
思わず彼に右手を差し出して、無駄にがっちりと固く握手を交わした。
「最高。さすがよ。この上ない増援だわ」
「そうだろう?」
「……
「謙遜だな。単なる戦力としても、心情的にも、この上なく心強いさ」
ラスティが上機嫌に笑った。このはしゃぎ具合、自分が解放戦線に合流したときを思い起こさせる。そして今となっては、あのときのラスティの気持ちがものすごく理解できてしまった。
うんうんと頷いて同感を示していると、フラットウェルが可笑しげに喉で笑った。
「うちのエース二人にずいぶんと懐かれているようだ。あてにさせて貰おう」
「……よしてくれ。尻の据わりが悪い」
どうにも苦々しげにオキーフは言っていたが、実際のところ、この上ない戦力の増強だ。その実力はシュナイダーの新人AC5機をも上回る。
後は、その使いようだった。
予想外のことはもうひとつあった。
V.Ⅶ スウィンバーンが、RaDの捕虜――というより、一員になっていたのだ。
旧技研都市の再侵攻時に投降したらしいが、そもそもRaDに捕虜を抱える余力はない。というより正確には扱った経験がない。解放戦線と合流するなら引き渡すかという話になっていたのだが、あわてふためいたスウィンバーンが己の有用性を全身全霊をもってアピールし、無事カーラのお眼鏡にかなったのだそうだ。
なんとも言えない気分で再会したスウィンバーンに、とりあえず言っておいた。
「……今度の職場、横領はやめておいたほうがいいですよ? 比喩ではなく溶鉱炉に投げ込まれますので」
「ぐうっ……! 気付いていたのか……!」
それはまあ、それなりの量の会計処理を手伝ってきたのだ。
彼が関わっているものだけ反応が違えば、否応なしに気付くというものだろう。わりとどうでもいいから指摘しなかっただけだ。
「それにしても、生存能力が高いですね。感心します」
「言いたいように言え! あれはとんでもない悪夢だったぞ……!」
話を聞くと、なんでもRaDはヘリアンサス型を改修して運用していたらしい。
なるほど、それはかなりの地獄絵図だ。
縦横無尽に飛び跳ね走り狂う回転破砕機に、ヴェスパーの番号付きレベルの実力を持つAC2機。これらが恐ろしい精度で連携していたというのだ。突破できたフロイトの異常性がますます光る。
げっそりした顔でスウィンバーンが首を振った。
「実に悪夢だった。逃げ延びたのはホーキンスの部隊だけだ。メーテルリンクの最期などは……、……その、何だ。……知らなかったのか」
顔色をうかがうような様子で、スウィンバーンが言葉を濁す。
何か言おうとして、言葉が見つからずに口を噤んだ。
その可能性を考えなかったわけではない。ただ、最初に壊滅の情報を聞いたときはあくまで不確実な状態だったし、色々と重なって、RaDから戦果を聞くこともなかった。
実感が湧かないまま、視線を落とした。
――そうか。……もう、いないのか。
思い出す記憶はどれも鮮やかで、ぎこちなく唇の端を持ち上げ、ため息のような声で言った。
「……優しい人ばかり死んでいきますね」
「……ふん。性格が悪ければ生き残れるなら、いくらでも悪くなるがな」
「違いないです」
軽口を叩ける自分が不思議だった。まだ、悲しみが追いついていないだけなのかも知れないが、いつか、慣れるのだろうか。
誰かを失い続けることに。
再教育センターの施設はACやMTが入ることの出来る大きさではなく、歩兵での制圧が必要だった。
ACやMT等の機械化部隊での戦闘が中心となっている今、人対人の戦闘は少なくなっており、解放戦線においてもあまり訓練されていない。適当に撃っても当たらない銃より範囲で鎮圧する方が現実的だ。
カーラがにんまりと笑い、「こんなこともあろうかと」と提供したのは、催涙手榴弾とガスマスクだった。もはや何でもありだ。味方にするととんでもない具合の頼りがいだった。
残念ながら、もちろん非殺傷での制圧を目的としているわけではない。催涙手榴弾での無力化に加えて銃撃すれば、下手な鉄砲でもそれなりに当たる。施設や保護対象の損害も押さえられる、という目論見だ。武器の考案者が聞けば頭を抱えるだろう。
《まずは監視システムのデータをダミーに切り替え、システム権限を掌握して警備システムを落とす。お次はすべての扉のロックを解除するから、合図と共に一斉突入だ。いいね》
作戦指揮はカーラが執ることになっていた。気負いもなく、いつも通りの飄々とした口振りだったが――妙な迫力が、解放戦線の援軍さえも完全に支配下に置いていた。
それこそ、女王の風格だった。
電子戦に強いチャティが先に潜入を果たす。しばらくして、カーラが威嚇するように笑った。
《システムを掌握。ロックを解除した。――さあて、始めようじゃないか》
ACの出番はまだ先だ。
じりじりしながら、歩兵部隊から上がってくる報告を待った。
《C1-1区画、制圧完了。保護した捕虜は13名。回収に移る》
《よし。拘束されていない捕虜がいたら、まず拘束することを忘れるんじゃないよ。途中で暴られたら厄介だ》
《了解》
《こちらA2-4、警備以外は無人だ。次に行く》
《えーっと、あー……どこだここ? ボス! とりあえずけっこう見つけましたぜ!!》
《B3-3だよ馬鹿。ったく……ヘリα1、回収に向かってくれるか。数はそっちで数えとくれ》
なかなか混沌とした有様だった。RaDに比べると、解放戦線はまだしも組織だっているようだ。比べる相手が悪いだけかもしれないが。
ゆるいなあ、とは思ったが、仕事自体は順調に進んでいるようだ。
異常を察知し、警護のMTやLCが動き始める。ACは配備されていなかった。
そちらを手早く片付けて、モニターの進捗状況を見つめていると、緊迫した通信が入った。
《ボス! すまねえ、しくじった!! 交戦中だ。応援を寄越してくれ! 例のガキを見つけた! D-4だ!!》
とっさにその場所を確認した。K9のことだろう。
カーラの舌打ちが聞こえた。
《D区画ならACが入れそうだ。レイヴン、向かってくれ!》
「了解」
ブーストを噴かして、ACにとっては短い距離を移動する。
ぽっかりと口を開けた施設へ慎重に入り込んだ。味方を轢いたりブーストに巻き込んだりしてはまずい。
入り口で銃を撃ち合っていたドーザーが、あわてた様子で腕を振った。
格納庫だ。ヴェスパーの教育用に使われるような、ベーシックなACの前で、研究者らしき男が泡を食った様子で何かわめいていた。
《ま、待て! こちらには人質が――!》
「だから何? 面倒だけど5秒だけ待つわ。諸共撃たれたくなければ投降しなさい。命だけは助けてあげる」
人間とACでは勝負にもならない。
淡々とゆっくりカウントを重ねると、幸いにも、数が尽きる前に諦めてくれたようだった。
――かなり危ない橋だった。
無事通じた虚勢にこっそりと息を吐き、モニタを眺める。RaDのメンバーが拘束するでもなく相手をどつくように追い払い、その場に残った人影は――やけに、小さなものだった。
眉を顰める。
小さすぎる、気がした。
《おいおい、生きてんのかよ、これ……》
《こんなのをACに乗せてたとはなあ、ボスも大概イカれてるわ。……おい坊主、生きてっか? っつーかよお、聞こえてんのか?》
《立てるか? ……って、うおっ!?》
困惑した声に目を向けた。どうも、K9が暴れているようだ。
傷つけずに回収するのは厳しそうだ。唇を噛み締めて――少しばかり迷った後、ACから降りた。
白兵戦にはまったくもって自信がない。足早に近づいて、圧倒的に筋力差のある男から小柄な子どもの身体を引き受けた。
そう、子どもだった。
十歳かそこらの、まともに育ちきらない細い身体だ。傷だらけで包帯だらけで、喉には首輪のような機械が嵌まっている。
瞬間的に感情が燃え上がった。――こんな幼い子どもを、自分の代わりにしようとしたのかと。こんな子どもに、拷問や洗脳を加えたのかと。
ウォルターにも、アーキバスにも、自分自身にも。堪えきれないくらいの怒りを覚えた。
爆発しそうなほどのそれらを無理矢理に押さえ込む。
今、考えるべきことではない。
〈うぉる、たー……だめ、だめだ、ウォルター……! だめだ……!!〉
合成音声がうわごとのように叫ぶ。
むずがるような動きを、RaDのメンバーがあわてて押さえ込んだ。
ほとんど頭突きに近い勢いで額を合わせる。頬をぐにぐにと揉みしだくように撫でて、目線のあわない目を見据えた。
「落ち着きなさい。大丈夫。……大丈夫よ、639。心配することは何もない」
〈……うそだ……いやだ、だめだ……おれたちの、もくてきは……アーキバス、の……きぎょうの……〉
「いいえ、違うわ。……だいじょうぶ、助けに来た。あなたも、ウォルターも。……大丈夫だから」
小さな身体を固く抱きしめた。後ろ頭を手で撫でる。それでもしばらくもがいていたが、やがて、その動きが緩慢になった。
息を吐いて、身を離し、再び額を押し当てる。
迷うことはなく言葉を重ねた。
「あなたは何? 答えなんていらないでしょう。
焦点はいまだ定まらない。だが、届いていないわけがない。
たかだか数日だ。思考を塗りつぶせるわけがない。ウォルターの育てた猟犬は、彼らが思うほどやわではない。
〈おれ、は……〉
「そう。わかるわね? あなたは企業の犬なんかじゃない。ウォルターの猟犬よ」
〈……うぉるたー、の〉
「そう。ウォルターの猟犬。ウォルターを目的地までたどり着かせた犬。……私がなれなかった“存在”よ。そして、私を越える可能性のある存在。ウォルターの大事な切り札。わかるでしょう?」
〈おまえ、を〉
先輩に向けるにしては少しばかり配慮の足りない二人称に、笑みがこぼれた。
「お説教は後でしてあげる。……聞こえるわね? かえっておいで、K9」
幼い眦から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
力の抜けた小さな身体を抱き留める。
この方法が正しかったのかどうかはわからない。今このときの脅威を遠ざけただけだし、依存先を元の場所に切り替えただけだ。おそらくは相応の時間を掛けた治療が必要になる。
意識を失ったK9をRaDのメンバーに預けていると、チャティから通信が入った。
《レイヴン、高速接近する機体反応がある。この識別コードは……》
「……V.Ⅰね?」
《ああ、間違いない。随分と遅いご登場だ》
「ウォルターは見つかった?」
《……いや、まだだ。予想区画――C-4への制圧に手間取っている。防衛力が多い》
「いかにも本命ね。……そちらは頼んだわ。V.Ⅰは任せて」
話しながらACへ戻った。
高鳴る胸を押さえながらコクピットへ身を沈め、レーダーへ目を向ける。
ほどなく、聞きたかった声が聞こえた。
待ち望んでいた、焦がれていた声だった。
《……お前か。やっと会えたな、レイヴン》
「本当に。……会いたかったわ、フロイト」
相手の武装を確かめる。パルスブレードにガトリングガン、両肩はミサイル。何の偶然か、ツィイーに貸しているものとよく似た構成だ。
こちらはレーザースライサーとRaDのショットガン、オービットにプラズマミサイル。思い切った近接戦闘型だ。
撃ち合うのももどかしく懐に飛び込んだ。
ロックスミスがパルスブレードを振ると同時にレーザースライサーを閃かせる。緑と青の刃が交錯し、反発して弾けあった。
撥ねのけられたような手応えに笑う。なるほど、鍔迫り合いではなくこんな感じになるらしい。
オービットの弾はいい具合に入っていた。ショットガンを撃ってから飛び退く。
《いいな……! 久々なんだ、じっくり楽しませてくれ!》
ガトリングの弾が追いかけてきたが、少し違和感があった。
思ったより被弾が少ない。久しぶりだとはいえ、もう100回近く戦った相手だし、相当回数相手にした武装だ。大体のダメージ量は把握しているはずなのだが。
「それにしても、ずいぶん遅かったわね。振られたのかと思ったわ」
《そう言うな。野暮用の最中だったんだ》
「ふうん?」
ミサイルを避けながら首を傾げた。
内容は気になるが、アーキバスの都合なら口を滑らせたりはしないだろう。適当に見えてもその辺りはしっかりしている。
ミサイルはすべて完璧に避けることができた。
回避の先にパルスブレードを射し込まれるが、少し、軸がずれている。ブーストを使うことなく躱した。
「……さすがにお疲れみたいね。新しいV.Ⅱとはうまくいってないの?」
《まだ慣らしているところだからな。思ったより感覚を覚えるのに手間取ってる》
妙な言い回しだ。機体を滑らせて背後へ回り込んだ。
ショットガンを放ち、間髪入れずにレーザースライサーを展開させるが、パルスアーマーに阻まれた。
まずい。
二段目を中断して飛び退く。追いかけてきたパルスブレードは機体を掠めるに留めた。
やはり――違和感がある。
反応が遅いわけではない。むしろ速くなっているようにも感じる。だが、フロイトらしくない。わずかだが精度が落ちているような、振り回されているような、そんな違和感を覚えた。
ざらつくような違和感だった。
「ねえ、慣らしているって……
問いかけに、フロイトが笑う。
ガトリングの射撃が次第に精度を増している。その答えを口にする前に、直接回線で通信が入ったようだ。フロイトの声のトーンが変わった。
《……何だ? 今がいいところなんだが。久々の逢瀬を邪魔するのは野暮だろう》
煩わしげに応じたフロイトは、いつも通りの口調で言った。
《わかっているさ、
――さて、続けようか》
愕然とし、色を失った。
心拍数が上がる。うまく声が出ない。寒気のような感覚に、肩が震えた。
「どういう、ことなの……。フロイト!」
パルスブレードの打ち込みをかろうじて躱す。追ってきたミサイルが視界をふさいだ。
《そこまで驚くことか?》
「驚くわよ! どういうつもりなの、一体、何を考えて……!」
ばらまかれたガトリングの弾が鬱陶しい。
足を止めないよう、必死になって自分を叱咤した。
集中できない。重なっていく被弾に焦りを覚える。
カーラから通信が入った。
《レイヴン、捕虜の回収が完了した。一度退くんだ》
「カーラ、でも……!」
《――ウォルターが見つからなかった。わかるね、立て直しが必要だ》
息を呑んだ。動揺をねじ伏せ、冷静さを引き戻す。
彼だけ移動させられていたということか。目的は何だ。誰が、何のために?
《なんだ、もう行くつもりか? 面白いのはこれからだろう。……もう少し付き合え、レイヴン》
「……ウォルターはどこ?」
《なかなか妬けるな。勝ったら教えてやる》
舌打ちを堪えてレーザースライサーを打ち付けた。
当たらない。――やはりだ。回避速度が上がっている。このたった数分間で、感覚の違いとやらを埋めていっているのだ――人工的に強化された、これまでとは違う感覚を。
信じられなかった。信じたくなかった。
だが、それが事実だと本能が告げている。
ミサイルを避けた先を狩られた。コアを蹴り飛ばされ、衝撃に奥歯を噛み締める。ACSが負荷限界を迎え、パルスブレードが追撃を加えてくる。
アサルトアーマーを展開し、急いでリペアを起動した。
遅すぎた。装甲のダメージが大きい。警告がひっきりなしに鳴っている。
悠々とそのダメージ範囲を避けたロックスミスが、再び迫ってくる。
《どうした? ……つまらないな。お前はもっとやれるはずだろう。ちゃんと動けよ》
「誰のせいだと……!」
おかげで楽しむどころではない。威嚇に放ったショットガンを躱された。距離を取ろうとするが、完全に読まれていた。ミサイルが落ちてくる。
視界が悪くなる中、パルスブレードの光が見えた。
建物に脚部が引っかかる。普段ならやらないようなミスに息を呑んだ。
とっさに左腕を出す。苦し紛れのレーザースライサーが届くはずもなく、腕が破損した。バランスを崩した機体をロックスミスが蹴り飛ばす。倒れ込んだ機体を足で押さえ、赤く熱されたガトリングガンの銃口を突きつけられた。
――そのまま撃たれていたら、死んでいただろう。
だが、フロイトは銃口を下ろした。機体から足をのける。
囚えるつもりすらないらしい。
《今回は俺の勝ちだな。――あと2回だ。しっかり楽しませてくれ》
「……楽しめる状況で、あって欲しいものだわ」
《そうだな》
フロイトが喉で笑った。
本当に、誰のせいだと言いたかったが、負けは負けだ。殺すつもりさえあれば死んでいた。
去って行くロックスミスを見送り、力なくシートにもたれた。
たまらずに顔を覆う。手が震えていた。
オールマインドがフロイトを手に入れた。それは――予想さえしていなかった、最悪の事態だった。
じっくり伏線は入れてきたので、多分お気付きの方もいらしたのではないかと思います。
書き始めた当初はウォッチポイント襲撃後で終わらせるかどうかを考えていました。
そしてシナリオの最後まで続けると決めたからには、この展開でなきゃ嘘でしょう。ラスボスは彼以外にいない。
このためのお話でした。最後まで見届けていただければ幸いです。
ちなみに伏線として入れていたものはこんな感じ。
・フロイトは無強化であることに特にこだわっていない
・肉体の維持にもこだわっていない
・ルビコンの旧世代強化人間はほぼ全滅
・旧世代強化人間は「増やせる」
・「とんでもないこと」になりそうだという「予感」
・K9には振られ続けている
多分この展開にするのでなければ解釈が分かれる部分も多かったです。なので「よく考えずに言うので結果的に発言が嘘になる」キャラと設定した面も。実際その傾向はあると思いますが。
あとはK9(旧世代型)の存在がブラフになっていたと思います。レイヴンもオキーフもそっちしか見ていませんでした。