コーラル集積地点の奪還は、カーラの提案によってしばらく見合わせられることになった。
様々な実験と計測を繰り返した結果、バスキュラープラントを利用しないことにはコーラルを焼き切ることが困難だと判断したらしい。
不敵に笑ってこう告げた。
「アーキバスの奴らにバスキュラープラントの改修工事を行わせる。それをこっちが押さえて改造して、吸い上げて集める端から燃焼させるって寸法さ。……本格稼働前に仕掛けて占領する。あんたたちの力、見せて貰おうじゃないか」
その日こそが決戦のときだ。
解放戦線の戦力は充実している。V.Ⅰを排除すれば、アーキバスの本拠地を落とすことも十分に可能だろう。
そんな、わずかな、小休止の合間だった。
RaDの急造工房に呼びつけられて向かってみると、カーラが得意げな顔で振り返った。
首を傾げると、顎で視線を誘導される。
その先にあったものに、目を瞠った。
おそらくは近接武器だ。ヘリアンサスを小さく平べったくしたような
おまけに一枚だけではなく、手元側に複数の予備刃が重なっているのが見える。
「これ……」
「おまちかね、“ぶん投げて戻ってくる近接武器”さ。基本はうちのチェーンソーをベースにしてる。めちゃくちゃな機構だから強度の確保に手こずったが、なかなか笑える出来になっただろう? 刃のロックを解除して投擲可能、投擲後もレーザー通信で引き寄せられるって仕組みだ。予備刃のセットは自動にしておいた」
「……すごい、まさか本当に作ってくれるなんて。いつの間に……」
「いい気分転換になったさ。だがまあ、値段を見て驚くんじゃないよ」
市販のチェーンソーに桁を3つ足したお値段だった。ワンオフの試作品としても高額だが、それだけの価値はありそうだ。
ここに来て慣れない武器を使うのは危険でもあるが、しっかり手に馴染ませることができれば、フロイト相手の奥の手になるかもしれない。
使い道をあれこれ考えながら訊ねた。
「刃の予備、後から追加で売ってもらえる?」
「あれ自体にかなりいい推進機構をつけてるからねえ。使い捨てるような値段じゃないと思うが」
「できるだけ拾ってはくるつもりだけど……修理も、多分こっちでは難しいでしょうね」
「まあ、特注品だからね。とりあえずはあと2枚ある。それ以上はちょっと時間がかかるね。なにしろ、旧技研都市に移した生産施設もほとんど押さえられちまった」
つくづく口惜しいことだ。せめて破壊されていなければ再制圧時に取り戻せるのだが、望み薄だろう。
残り2枚をその場で即決購入し、ドナトに連絡を入れて、引き取りと換装を頼んだ。すぐにでも練習に取りかかりたい。
テスト環境で一通り動作を確かめて、やはり実戦相手が必要だと感じた。
マニュアルで投擲するだけに、とにかく速い相手と戦いたい。動きの癖はフロイトと違っても、自分の操作の勘を磨くことはできるはずだ。
そう考えて、思いついたのは一機だった。スティールヘイズだ。
確認しておくべきはラスティでなくこちらだろうと思って、フラットウェルに訊ねた。
「一応聞いてみるんだけど、スティールヘイズ・オルトゥスを模擬戦で壊したら、怒る?」
「壊さないでくれ」
「……えっと」
「壊さないでくれ」
見たことがないくらいの真顔で繰り返された。いつもの苦り切った渋面より迫力がある。
どうやら、あの機体は新生解放戦線の象徴として扱うつもりらしい。それはまあ、壊しては駄目だろう。
さらに一応訊いてみた。
「……スティールヘイズの方は?」
「…………」
フラットウェルは無言のまま、眉間を揉んでいる。
検討していたのではなくただひたすら頭痛を堪えていたのだと、絞り出される苦り切った声で理解した。
「……この時期に怪我をしかねないような模擬戦は、すべきではない。わかるな? 一から十まで理由の説明が必要か?」
子どもに言い聞かせるような口調になっている。おとなしく諦めて、シミュレーションに誘うことにした。
ラスティは快くスパーリング相手を引き受けてくれた。特製兵器には唖然とした様子だったが、「君らしい」と苦笑いを浮かべて、立て続けにかなりの回数の練習相手を務め――その馬鹿馬鹿しいほどの破壊力に苦笑を引きつらせることになった。
RaDの粋を集めた特注品だ。フレームと基本形態の回転鋸自体がかなりの強度で、物理ではありえないほどの勢いで装甲を削っていく。おまけに得意の投擲と、遠隔操作での引き寄せも加わる。いっそ刃に自爆装置でも組み込んだらもっと頭の悪い――もとい、笑えることになっていたかもしれない。
ちなみに一回だけラスティの代打で引っ張り出したスウィンバーンは、遠隔操作での攻撃を背後からまともに受け、「卑怯だぞ!?」などと悲鳴を上げていた。回収する刃は回転数が低いので奇襲以外での効果は低そうだ。フロイトが相手なら、期待できるのは、きっと笑っている隙を作る程度の効果だろう。
他のAC乗りにも一通り協力してもらったが、意外なことに、一番避けるのが巧かったのはツィイーだった。一切攻撃をせず回避へ集中していたとはいえ、適切な距離を取り続け、投擲にも背後からの追撃にも、かなりの回数を対応してみせた。
――そろそろ頃合いだと、判断せざるを得なかった。
ツィイーの最終試験は実機で行った。
パルスブレードの打ち込みをパルスアーマーで受ける。アサルトライフルで応戦した。
すぐに距離を取ったAC ユエユーが時間差で左右のミサイルを放ち――そして、全速で離脱を試みた。
アサルトブーストで遠ざかる背中へミサイルを放つ。アラートに反応したユエユーが一度地面に降り立ち、一秒後、左後方にクイックブーストを入れて、再び加速する。
ミサイルはすべて地面に吸い込まれた。
完璧だ。
一連の動きを見送り、そっと目を伏せた。
《ッ……! 被弾なし! どうよ!?》
「降参するわ。……合格よ」
ツィイーが声にならない声を上げた。コンソールを叩く音がする。
シミュレーションではなく実機なので本気で仕留めようと戦ったわけではないが、六文銭に匹敵する程度の腕前にはなった。ここまで成長されては、もう止めることはできない。止めるべきでもないだろう。
ため息交じりに諦めた。
「戦場に出たら、引き際だけは誤らないようにね。貴方が死んだら悲しむ人は、ものすごく多いんだから。生きてさえいればいくらでも取り返せる。それを忘れないで」
《うん……! うん、わかってる! ありがとう、レイヴン》
「……よく頑張ったわ。ここまでやるとは思わなかった」
《うわもう……やばい、泣けてきた……!
よし、じゃあアーシルに逆プロポーズかましてくる!》
「……うん?」
なんだか耳慣れない単語を聞いた気がする。聞き間違いだろうか。
《すぐ結婚式するから、レイヴン、絶対来てよ!》
「そ……そう。おめでとう、は、まだ早い……?」
首を傾げているうちに、ユエユーがそのまま飛んで行ってしまう。
――何がどうなっていきなり結婚式なのだろう。
とまどいはしたが、考えるのをやめた。まあ、戦況は安定しているところだし、おめでたいことには変わりない。
とはいえ、まさかその翌日に結婚式が行われることになるとは、さすがに思わなかった。
そう大がかりな準備が必要なものではなく、夕餉の時間が結婚の儀式に変わるだけなのだという。
参列者が用意するものもひとつだけ。その製作に声をかけられ、まあ時間もあることだしと、ドナトとマギー・Gを伴って準備の場に足を運んだ。
広場に用意されていたのは、積み上げられた不活性コーラルの結晶と綺麗な水、それから植物原料らしい紐と、空薬莢だった。大きさからしてACではなく、ガードメカかMTのマシンガン辺りだろうか。
戦場での調達が容易なものばかりである辺り、最適化されているのかもしれない。
さてどこで作業しようかと視線を巡らせていると、一角に集まった女性陣に手招きされた。
少し意外に思った。女性ばかりが集まっていたからか、ドナトは「俺ぁ余所でやるわ」などと言ってそそくさと立ち去っていた。
缶の椅子を勧められ、素直に腰を下ろす。
「レイヴン、よかったら作り方を教えるよ」
「ええと、これは……キャンドル、なのよね?」
「見てればわかるじゃない。まずコーラルをしっかり砕いて、水で練って、器に詰めるだけ。簡単でしょ? ああ、芯を忘れないでね」
結晶化した不活性コーラルは思いのほか脆く、小さなハンマーで簡単に砕くことができた。加工が簡単なのは、再利用を考えるなら利点だろう。もしかしたら、不活性化してからの経過時間で硬さが変わるのかもしれないが。
もたもたしながらようやく一つ作り終えると、初めてにしてはいい出来だと褒めて貰えた。少し嬉しい。
女性が集まれば話は盛り上がるもので、きゃらきゃらと華やかな声があちこちに話題を飛ばしている。とりとめもないお喋りといった様子で、内容はほとんどがアーシルとツィイーのおかしな昔話ばかりだ。幼馴染みというやつだったようで、話題には事欠かなかった。
盛り上がる会話の中、意外にもラスティの名前は出なかった。牽制し合っているのか興味を失ったのか、どちらだろう。
例の「企業所属の恋人」のことも、触れられなかったのはありがたかった。
普段は戦闘要員や支援要員として張り詰めた顔を見ることが多かっただけに、こんな風にしていると、本当に普通の女性たちだ。
遠い昔、友人と騒いでいた頃を思い出す。
賑やかだった友人たちを、もう二度と会えないひとたちを――懐かしく、思い出す。
それにしても、と首を傾げた。
急な話だったにも関わらず、誰も面倒がったり僻んだり、いやそうな顔をしていたりしないのは、少し不思議だった。
そのまま口に出してみると、笑い声が弾けた。
「まあねえ、皆やきもきしてたから」
「ツィイーって子どもっぽいでしょ。なんか皆の妹分、って感じなのよねえ」
「あーあ、お得だわあ。憎めないのよね、ほんと!」
「それに、今回は急ぐ理由があるじゃない」
「理由?」
「そうそう、聞いたわよ。結婚したら、レイヴンから武器一式丸ごと貰えるって」
思わずマギー・Gを見た。
ゆっくりと首肯される。
――なるほど、急な結婚式の原因は、どうやら自分にあったらしい。
「そうでもなきゃあの二人、きっとまだうだうだやってたと思うからね。感謝してるんだ」
「良いタイミングだったよね。……あの子、頑張ってたでしょ」
「……そうね」
優しく細められた目に、頷いて返した。
その結果が戦場に出ることなのだから、この戦いであっけなく命を落としてしまうかもしれない。それはわかっていて、だからこそ、彼らが結ばれることを喜んでいるのだろう。
かつてルビコンに来たばかりのころ、解放戦線には今ひとつ肩入れできないと思っていた。
封鎖機構による退去命令に応じなかった移民と、封鎖後に渡ってきた不法移民と、その二世三世で構成されている組織だ。宗教めいたフレーズを口にして理念に走る姿を見ては、よくわからない、と首を傾げていた。合流することを決めたときでさえ、その辺りにうまく折り合いをつけられるかどうかは疑問だったのだ。
けれど、中に入ってみれば人は人で、優しさや愛情をお互いに向け合っている。
できあがったキャンドルを手慰みに回す。
無骨な薬莢の中、薄い紫色の綺麗な結晶が、きらきらと光を弾いていた。
日が沈み、結婚式が始まった。
火を灯された無数のキャンドルが並ぶ中、花嫁と花婿が即席の祭壇に足を進める。服装はいつも通りだが、ツィイーだけは白いヴェールをかぶって、らしくもなくしずしずと歩いていた。
ゆらゆらと揺れる炎が、どこか幻想的な光景を作り上げる。
祭壇で待っていたフラットウェルが、いつになく穏やかな笑みを浮かべて、二人を迎えた。
アーシルの持つキャンドルにツィイーが火をつける。垂れたヴェールが炎に触れそうになって、アーシルがあわててヴェールを持ち上げるといったハプニングがあったが、どうにか燃えずに済んだようだ。
周囲から堪えきれない笑い声が起きる。
二人して大慌てしたあと、照れくさそうに顔を見合わせて笑う姿は、本当に幸せそうだった。
ツィイーのキャンドルにアーシルが火を灯し、二人のキャンドルが交換される。
フラットウェルが笑みをたたえたまま、厳かに口を開いた。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも――これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓うか?」
そこは聞き覚えのあるフレーズだった。
誓います、という唱和が響く。
「今この場所で、新たなる夫婦の誕生を祝う。互いに、共に手を取りあい、苦難に立ち向かうことを誓い――炎を、灯しなさい」
アーシルがツィイーの手をすくい取り、指先に口づける。
はにかむように笑ったツィイーが今度はアーシルの手を取り、落ちてくるヴェールに苦労しながら掌にキスを落とした。
そうして、一回り大きなキャンドルに、二人が火を移す。
どこか既視感があるような、継ぎ接ぎでちぐはぐな、それでいてこの上なく神聖な――誓いの儀式だった。
わあ、と歓声が上がる。
それは、未来への約束だった。
自分では手に入れられなかった、普遍的で真っ直ぐな、愛情の形だった。
感傷が胸を灼くのを覚える。
ただの感傷と呼ぶにはどうにも苦さがあって、飲み込むのに、苦労をする温度だった。
そのまま結婚式の会場は宴会の場となる。できる限りの豪勢な食事を、少しばかり手をつけて、ほどほどに距離を取った。
キャンドルの明かりから離れ、賑やかさを遠目に眺めていると、本日の主役二人がわざわざやってきた。
「レイヴン、こんなとこにいた! 来てくれてありがとう約束覚えてるよね!?」
いつでもどこでも前のめりだなあ、と苦笑した。
実際覚えていなかったが、頷いておく。
「ええ、おめでとう。心配しなくても、ちゃんと約束は守るわ」
「やったあ! ありがとう!!」
「それから、もうひとつ。ターミナルアーマーの発注をかけておいたわ」
「……ええ!? そっ……いや、待ってよ! さすがに貰いすぎ……!」
「いいの、ただの自己満足だから。生き残って、ちゃんと帰ってきてあげて。返品は無し」
ぐ、とツィイーが唇を結んだ。
こくこくと頷く彼女の肩でも抱き寄せてやれば良いのに、アーシルはお行儀のいい距離を保ったまま、穏やかに――どこか気遣わしげに、笑った。
「ありがとう、レイヴン」
「言ったでしょう、自己満足よ。……ほら、主役二人がこんなところにいるのはよくないわ。そろそろ行って」
アーシルは頷いて、まだ何か言いたげなツィイーの背を押した。
入れ替わりに、チャティを連れた
「……意外ね。来ていたの」
〈カーラが、これもべんきょうだといった〉
なるほど、確かに情緒を育てるにはいいイベントだ。
K9は少しばかり不機嫌そうだった。ウォルターの行方をいまだ突き止められていない今、それどころではないとでも思っていそうだ。
少し笑って、隣に座り込んだK9に声を掛けた。
「やっぱり、元気がないわね。ウォルターが心配?」
〈レイヴンも〉
「そうね。手は尽くしているけど……」
〈ちがう。……げんきがない〉
目を瞬いて、息が抜けるように笑った。
案外、感情にさとい子だ。
「……そうね。素直に祝福できていない自分がいるから、過剰に親切にしてしまっているのかも」
〈わらってるのに〉
「笑えてる?」
〈うれしそう、だとおもう〉
いつにない慎重な言葉に、笑い声をひそませた。
「うん。そうね。嬉しいし、良かったなって思うのよ。……ただすこし、羨ましいだけ。ほんのちょっとね」
とても言えた立場ではないのだ。
ツィイーは思いを通じ合わせ、全身で大好きだと言って、自分から未来の約束を取り付けた。
どうしようもなく真っ直ぐで、眩しい。
幸せになって欲しいと思う。生き残って欲しいと。
――そうなれなかった自分が、ほんの少し、落ち込んでいるだけだ。
以前は、それでいいと思っていた。
約束を終えても、どちらかが死ぬまで戦い続けられると信じていた。繋がりも想いもきっと消えない。お互いに求め合い続けるのだろうと。
その関係を、唯一で無二だと思っていた。
けれど、今は――取り返しのつかないことになってしまった、今は。どうしても考えてしまうのだ。
本当に、フロイトを変えることはできなかったのかと。
〈レイヴン〉
呼びかけに顔を上げると、K9が小さなサーカス――チャティを差し出していた。
〈チャティはあったかい〉
〈ああ、精密機械だからな。排熱が必要だ。現在の表面温度は38.5℃だ。暖を取るには多少足りないが〉
元気づけようとしてくれているのだろう。
ふふ、と笑みを零して、素直に受け取った。
「過ぎたことばかり考えても、仕方がないわね。……できることをしなくちゃ」
フロイトを止めることができるのは、自分だけだ。
その役割は譲らない。誰にも、絶対に――何があっても。
たとえ、言葉が届かなくても。
力尽くでも。