621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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最後の歌

 

 絶対的だったV.Ⅰの存在と、オールマインドの用意したデッドコピーを排除してしまえば、アーキバスの本拠地を落とすのに困難はなかった。

 さらには、意外にも本当に惑星封鎖機構の元駐屯地司令だったV.Ⅱが、状況を把握して早々に投降を持ちかけてきた。一式丸ごと、左から右へと、かつて手を貸してもらった残存部隊に引き渡したという。フラットウェルがなんとも言えない悪い顔をしていた。

 こうなると気の毒なのはアーキバスの職員とヴェスパーの一般隊員だ。ようやく立て直したところが総崩れになったのだから、たまったものではないだろう。

 

 散々苦労させられた上でどうにか無事に確保できたウォルターは、年齢もあってかなり衰弱していたが、治療の経過は良好だという。

 最近では、足繁く通うK9とチャティを相手に、ぽつぽつおしゃべりをすることもできるようになっているらしい。

 

 ルビコンは動き始めていた。

 未来へ向けて。

 壊れたものを置き去りに。

 

 

 

 オキーフから話が来たのは、バスキュラープラント制圧とヴェスパーの司令部陥落から半月ほどが経った頃だった。

 

「オールマインドの件だが、データセンターの所在がわかった。既に現在、オーバーシアーによって通信を遮断されている状況だが……物理的な破壊を行えば、脅威のより根本的な排除となる」

「そうですね。まあ、ルビコンの独立傭兵は大混乱に陥りそうですが……ああ、もうそうなってるんでしたっけ」

 

 ぼんやりと頷いた。

 なにしろ幅広い役割を受け持っていたAIだ。依頼の受発注や報酬の清算、武器やパーツの販売や製造に至るまで。基本的なプログラム自体はAIがなくとも動くだろうが、能動的な動きをすることはできなくなる。

 

「……一応聞くが、お前はどうする?」

 

 顔を上げ、首を傾げた。

 どう、とは何だろう。

 

「戦力は足りている。お前が残るというなら通るだろう。それとも――」

「行きます」

 

 別に、オールマインドに恨みがあるわけではない。あれはフロイトの意思で、オールマインドはむしろ利用された側だ。

 オキーフの懸念は理解できたが、留守番をするという選択肢は無かった。

 

「……行きます。行かなくて誰かが死ぬことになったら、きっと後悔すると思うので」

「……そうか。……そうだな」

「戦力が充実しているというのは安心材料ですね。私が暴走しそうになったら、止めてください」

「ああ」

 

 冗談で言ったつもりだったのに、真面目に頷かれてしまった。そんなに危うく見えているのだろうか。

 ともあれ、今回の作戦目標はサーバーの物理的破壊だ。仮に暴走したところで、問題が起きるとは思えない。他人を巻き込まない程度の理性は残しているつもりだ。

 

 

 ――場所は、グリッド135。

 この星にたどり着いて、最初に降り立った場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高層建築たるグリッドの奥底に、その場所はあった。

 堅牢で、密やかで、臆病さの垣間見える造りの隔壁を解錠し、内部へと侵入する。

 いつか見たウォッチポイントの風景を思い出した。形状は違えど、緑色の光が無数に瞬く、プラネタリウムのような様相だ。

 周囲に銃口を向けながら、慎重に進んでいく。

 急に明かりが点り、オールマインドの声が呼びかけてきた。

 

《オーバーシアー、独立解放戦線……強化人間C4-621、レイヴン。貴方がたがここまでたどり着くことは、想定外でした》

《ずいぶんとまあ、甘い想定だったねえ。封じ込められた時点で気づけただろうに》

 

 カーラが鼻で笑った。

 実際のところ、サイバー戦でAIに勝てる彼女が規格外なのだろう。味方でなければ恐ろしい相手だ。

 

《大それた夢を見たな、オールマインド。一介の傭兵支援システムには分を越えた話だ》

《貴方がたは、何故理解しないのです。人はその可能性に比べてあまりに愚かです。十全な管理の下、適切な繁栄による増加と闘争による淘汰こそが、より大きな進化を促すというのに》

《悪いな。それに興味のない連中ばかりが集まっているんだ》

《大体がねえ……あんたはちょっと人間って物をわかっちゃいない。あのままV.Ⅰにリリースさせたところで、あんたの思うように行くわけがないじゃないか。人選ミスにもほどがあるね。それで全知全能気取りされちゃ、笑いすぎて腹がよじれちまう》

 

 特に言いたいこともなかったので、口を噤んだままオキーフやカーラのやりとりを聞いていた。

 挑発することで、“彼女”の設計者、あるいは改竄者を突き止めたいようだったが、進捗は芳しくないようだ。

 少しばかり飽いてきたころ、暗号通信が入った。

 

《C4-621、レイヴン。貴方に提案があります》

「……提案?」

《貴方の望むものを、貴方にお返ししましょう。我々につき、この場にいるすべての敵性機体を破壊してください》

「何を言っているの?」

 

 メインサーバーが収まっている様子の機材へ銃口を向ける。暗号通信の内容を、広域回線でそのまま流してやった。

 同行したすべてのACが、警戒して攻撃準備を始める。

 モニタに表示された映像が、ひとつのポッドを指し示す。

 黒い楕円形のポッドだ。ここから中身は見えない。けれど、嫌な予感に肌が粟立った。

 

《V.Ⅰ フロイトの肉体は、この中にあります》

「……そう。悪趣味ね」

 

 後生大事に手元に抱えているとは思っていなかったが、予想はできていたことだ。

 「微小管で発生した波動関数の収縮情報」とやらをデジタル化するとして、肉体が自動的に消滅するわけではない。

 捨てたものはその場に残るだろう。そして、人工呼吸器などの手立てを用いれば、肉体の生命活動を維持させることは可能だ。

 ――それだけのことだ。

 チリチリと肌をさす苛立ちがあった。まだ感情が死んでいなかったのだと、自分で意外に思う。

 

「それが取引き材料? 中身のない人間に何の意味があるの。弔ってやれとでも?」

《“中身”は我々の中にあります。G5 イグアスと同じく、復元は可能です》

()()()()()()()()()()?」

《はい。無論――》

 

 目の前が真っ赤に染まった。

 ふくれあがる殺意のままに、引き金を引く。

 破裂音と共に機械へと銃弾が撃ち込まれた。火花を散らし、煙を上げるサーバーから、ポッドへと銃口を動かす。

 

「……何回、殺させようって言うの……」

 

 心臓が狂うほどの熱で沸騰した。呼吸が浅くなって、指先が冷たくなる。

 肉体などただの器だ。それだけ残っていたって仕方がない。そこにいるのは、“フロイト”ではない。

 ――醜悪で不気味な、違う何かに変えられてしまうくらいなら、いっそ。

 

《待て、レイヴン!》

 

 オキーフのバレンフラワーが射線上に入ってくる。邪魔だとしか思えなかった。

 

「どいて」

《やめておけ……銃口を下ろすんだ》

 

 どうして止めようとするのだろう。

 目が焼けるように熱い。眩むようだ。苛立ちはなぜか声には乗らなかった。どこか遠くで聞いているようで、現実味がない。

 おずおずと別の人間の声が割り込んでくる。

 

《ま、待ってよ、レイヴン。だめだよ……だって、まだ、生きて……》

「生きていないわ。私が殺した」

《……でも! だめだよ、大事なひとなんでしょう!?》

 

 答えなかった。

 だからこそなのだと言っても、きっと通じない。伝わらない。

 

《戦友、どうしてもと言うなら私がやろう。……君の傷になる》

「……傷なんて」

 

 口元が歪んだ。

 今さらすぎる。どうでもいい。フロイトではないフロイトを見せられるよりずっとましだ。

 手を下す役割を、誰かに譲るつもりもない。

 カーラが大きく息を吐いた。

 

《……可能性の話をするかい、レイヴン。なにも今、それを捨てることはないだろう》

「無理よ。信じられない」

《……強情だね……。チャティ、ちょっとこいつの相手をしてやりな。――意味はわかるね》

《了解だ、ボス》

 

 寄って集って、何を説得にかかる必要があるのだろう。

 彼を必要としている人間など、この場には一人だっていないだろうに。

 どうすればいいのかわからなかった。ただひたすら、怖れていた。今自分がいる場所すら見失っている気がした。

 

《レイヴン、情報を整理しよう。お前はフロイトを憎んでいるのか?》

「……まさか」

《重畳だ。では、なぜ肉体を破壊する必要がある?》

 

 なぜ、と問われて、直感的だった嫌悪感の中身を考えた。

 オールマインドが“中身”を入れると言ったからだ。そしてそれが、“彼”ではないと確信したからだ。

 口に出すにはためらいがあって、唇を結んだ。

 

《俺たちがお前を止める理由は、簡単なものだ。その必要性がなく、それが今である必然性もなく、結果が不可逆的なものだからだ。もし――》

「それでも」

 

 ぶつけるように言葉を遮った。

 言われていることはあまりに正しくて、感情が追いつかない。

 

「それでも、耐えられない。これ以上、見たくない」

 

 これはただの我が儘だと、ようやく気付いた。

 もう二度と帰らない存在を、醜悪な何かで塗りつぶされることが耐えがたかった。

 記憶も、思いも、踏みにじられるようで。

 どうしてもいやだった。

 

《俺も、死んだ存在を取り戻すことが可能だとは考えていない。お前の怒りの根拠は、理論上理解できる》

「……だったら、止めないで」

《止めるべきだ。止めて欲しいはずだ。殺すにしても、手順がある。それこそ――弔わなくて、いいのか》

 

 指先が震える。照準がぶれた。

 殺してからでもできることだ。宥めるための発言だとわかっていても、一瞬だけ揺らいだ。

 わからなかった。どうしてこんなことになっているのか。

 ぐらぐらと煮立つ感情を抱えたまま、バレンフラワーに目を戻した。

 

「弔いなら後でするわ。……どいてください、オキーフ。このまま、撃ちますよ」

《……レイヴン、お前が言ったんだ、止めろと》

「暴走なんてしていません。冷静です」

 

 ACなら多少巻き込まれても死にはしないだろう。

 照準を定める。引き金を引こうとしたとき、耳慣れた声が割って入った。

 

《……待て、621》

 

 打たれたように、身体が動きを止めた。

 この場にいないはずの声だ。

 自分を止められる力をもつ、唯一残っている声だ。

 いつだって重々しく、ほとんどの場合で苦々しく、冷酷を装いながら情を捨てきれない、“飼い主”の声だ。

 

 ああ、と息を吐く。

 ――まだ残っているものが、自分の中にあったのだと。

 

()()には俺が対処する。……戻って、休め。621――レイヴン》

 

 幾度となく聞いた言葉に、まるでそうプログラムされているかのように自然に、銃口を下ろしていた。

 泣きたかった。

 泣けなかった。

 唇を噛み締めて、ただやるせない感情が過ぎ去ってくれるのを待つ。

 

 なにひとつ信じられなくても、この声に従うことはできた。可能性なんて信じられなくても、怖さはどうしても拭えなくても――自分に言い訳をつけることができた。

 甘えだ。

 止めてくれた誰も彼も、何の利益もなかったはずだ。ただひたすら、自分のことを案じてくれていただけなのだと、本当はわかっていた。

 なさけなくて、うれしくて、それでもまだ消えない怒りが腹の底を灼いていて――抱えきれない感情に両手で顔を覆った。

 

 いつか、もし、このことを後悔するときが来ても。

 きっと、誰も憎むことはできない。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 バスキュラープラントの改造工事が終わったのは、その三日後だった。

 接収したアーキバスの機材と技術部員を総動員して当たらせたと言うから、大丈夫なのだろうかと少し心配になる。ただ、カーラがそんなところで下手を撃つとは思えないので、おそらく問題は無いのだろう。

 

 ACの出番はなかったので、拠点からその作業を眺めた。異様なほどの巨大建築なので、地平線の向こうにでもなければどこからでも見える。

 だというのに、なんとなく誰もが高台まで集まってきて、いつの間にか大所帯になっていた。

 

 バスキュラープラントが稼働を始めて、30分ほどが経過していた。

 ぷつぷつと弾けるような耳鳴りがした。

 自分には耳鳴りとしか聞こえないこれは、コーラルの「声」なのだろうか。だとしたら、きっと聞こえないことは幸いだ。

 ちらりと、K9の様子をうかがった。この子にはどう聞こえているのだろう。

 “交信”を行うには、旧世代型強化人間であること以外にも条件があると聞いている。同じような耳鳴りなのか、それとも、G5イグアスのように、その意味を受け取ることができるのか。

 無表情な横顔からはうかがえない。だが、どこか悲しげに見えるようにも思える。

 どうにも気になってきたので、口にしてみた。

 

「K9、貴方には、声が聞こえる?」

 

 少年がこちらを見て、ぱちりと目を瞬かせた。

 そのままこっくりと頷く。

 驚く大人たちに大した反応はみせず、K9はウォルターに顔を向けた。

 

〈ウォルター、エアと、はなしてもいいのか〉

 

 車椅子姿のウォルターが、難しげに考え込んだ。

 旧世代型強化人間であるK9は、コーラルリリースのトリガー足りうる存在だ。接触させることはためらわれる。

 だが、K9はそれを望んでいるのだろう。

 ウォルターはしばらく黙り込んでいたが、やがて、バスキュラープラントのコントロールセンターへ連絡を入れた。

 画面の向こうのカーラは、計測装置を確認しながら肩をすくめた。

 

《まあ、共振が起きる水準にはない。言えるのはそれくらいだね》

「……そうか」

 

 深く息を吐き、ウォルターはK9を見つめた。

 

「639、お前の思うようにするといい」

 

 頷いたK9が、硝子玉のような目をバスキュラープラントへ向ける。

 そして、呼びかけた。

 

〈エア〉

 

 耳鳴りが、さわさわと揺らいだ。

 しばらく黙って待っていたK9が、ことりと首を傾げる。

 

〈おれ? ……K9。ウォルターのりょうけんだ〉

 

 とたん、叱られたように首をすくめた。

 当然の話ではあるが、どうやら恨まれているらしい。

 

〈エアはウォルターがきらい? ……そうか。おれはすきだ〉

 

 誰かが吹き出した。ウォルターの顔をこっそりうかがうと、なんとも言えない顔をしている。

 K9は困ったような空気を漂わせていた。しばらく黙って相手の言葉を聞いているようだったが、ふと、繰り返すようにつぶやいた。

 

〈……“なんのために”〉

 

 灰色の視線がさまよう。まるで、答えを見つけようとするかのように。

 

〈うまれてきたことに、りゆうは……ない、と、おもう。おれにも、だれにも。

 でも、いきたことには、いみがうまれるって、チャティがいっていた。……あ、チャティはおれのともだちだ。すごいやつなんだ〉

 

 こんなに小難しいことを、長々と話すところは初めて見た。

 受け売りだからか年齢よりも相当大人びた発想だったが、あわてたように付け加えるところは、年相応の幼さがある。

 アンバランスさを持つ少年は、今懸命に、対話をしていた。

 

 

〈はなしかけてる、りゆうは。……ないてたから〉

 

 ………、……

 

〈しぬときにひとりなの、おれはさみしい。だれかがいたら、うれしい〉

 

 ……・…、……。………

 

〈おれだったら、すきなひとのはなしをしたい。ウォルターとか、チャティとか、レイヴンとか。みんなのはなしがしたい〉

 

 …………

 

〈だから、エア。イグアスのはなしをしよう〉

 

 

 思わず目を瞠って、彼の顔を見た。

 心なしか、ざわめきが収まったようにも感じた。

 

〈おれはあったことがないから、おしえて。どんなやつだったんだ〉

 

 淡々と、けれどとても穏やかな声で、K9は問いかけた。

 誰もが声を潜めていた。

 胸が苦しくなった。指先で服を掴んで、握りしめる。

 

(……きっと、私でも……)

 

 自分でも、死ぬときに誰かと悠長に話していられるとしたら、彼のことを話すだろう。

 強くて、我が儘で、自分勝手で。誰にも似ていなかった彼との思い出を、鮮やかに残る記憶のことを、聞いて欲しいと願うだろう。

 羨ましいと自覚した思いに、苦笑した。

 

 K9が、ぽつりぽつりと相槌を打つ。

 

 

〈うん。……うん。……うん?〉

 

 ……、……、……・……

 

〈それはいやなやつだ〉

 

 ………!

 

〈……ちがうのか。むずかしいな……〉

 

 …・……、………、……………

 

〈うん。……うん、そうか〉

 

 …………。……

 

〈そうか〉

 

 ……、……

 

〈すごい。かっこいいな〉

 

 …………

 

〈ふうん〉

 

 ………、……、………・……

 

〈……うん。いいやつだ〉

 

 

 K9が口元を綻ばせた。

 ほんの僅かな変化だが、それは確かに、笑顔だった。

 淡い表情は、きょとんと目を瞬いたことであっという間に消えてしまった。

 

〈うた?〉

 

 ぱちぱちと目を瞬き、やがて、こっくりと頷く。

 

〈ああ、きく。……うたって、エア〉

 

 耳鳴りがざわめく。目を伏せて耳を傾けても、歌には聞こえない。

 K9を見ると、彼は目を閉じてはいなかった。まっすぐに前を見ていた。

 

 晴れた空から降りてきた風が、広がりながら吹き抜けていく。

 細かい氷の粒が舞い上がり、光を弾いてきらきらと光る。上空を、雲が滑るように流れていった。

 

 どのくらいそうしていただろう。やがて、小さなため息が落ちた。

 

〈すごい。すごく、じょうずだ〉

 

 率直な感嘆を口にして、どう返されたのか、K9が首を傾げた。

 しばらく考え込むように耳を傾けて、ひとつ頷く。

 

〈……わかった〉

 

 何を頼まれたのだろう。

 いくつもの目に見守られる中、彼は緊張するように深呼吸をして、口にした。

 ――彼女が望んだ、称賛を。

 

〈「わるくねえ」〉

 

 耳鳴りが、嬉しそうに泣き出しそうに、響いていた。

 

 

 

 

 

 

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