621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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コメントでいただいたネタです。ありがとうございました!
前提条件を書かないといけないからちょっと本番始まるまで長くなりました。
あととてもいわゆる「後日談」になった。
本編のエンディングまでがっつりネタバレしていますのでご注意ください。

ルビコン神拳で普通に大破させられるやろ、というツッコミは心の中に秘めておいてください。あれですよ大会用に出力落としてるんですよ(適当)



番外編
ルビコンどつきあい選手権


 

 

 

 フロイトが生きていた。

 そんな報告を受けたカーラは片眉を上げ、次に苦々しく顔をしかめてから、大きく息を吐いた。

 

「……で? 戻すのかい」

「戻す?」

 

 首を傾げた。帰ってくるかどうかさえ、実を言うとまだ半信半疑なのだが。

 さっぱりわからない、というのが顔に出ていたのだろう。カーラが呆れ顔になる。

 

「あんた、ウォルターがどうして()()に馬鹿げた維持費を払ってると思ってるんだい」

「あれ?」

「そこからか……V.Ⅰの身体だよ」

「え……どうだろう、私の整理がつくまで待つ気なのかなって……」

「呆れたね! あんた、それで大人しく引き下がってたのかい!? なんっともまあ……」

 

 ウォルターが管理下に置くなら、妙な利用のされかたはしないだろうと思ったのだ。あのときは本当に感情が一杯一杯で、殺さずにいると決めるだけで限界だった。

 その後はやることを詰め込んでできるだけ考えないようにしていたから、実際のところ、実物を見てすらいない。

 ――そういえば、本来の所有者が生きていたわけだから、本人に判断を仰いだ方が良いのだろうか。

 呆れすぎて笑えてきたのか、カーラが椅子の上で身体を折り曲げた。余りに笑いすぎておなかが痛そうだ。煙草の灰が落ちてしまわないかな、と少し心配になる。

 ひいひい言いながら目元を拭い、ようやく話が先に進んだ。

 

「人格のデータ化なんてもんが実現できるとは、あたしも思っちゃいなかったんだが……そいつはあんたにとって、ちゃんと“フロイト”だったんだろう?」

「……うん」

「だったら話は別だ。人間の身体を動かすのは電気信号だからね、デバイスにでもぶち込んで脳なり頚椎なりにぶっさせばいい。ちょうど強化手術も受けた後だ、下地はできてるだろう。

 ……ま、強化手術の方はちょいと弄らせてもらうがね」

 

 唖然として、カーラを見つめた。笑ったまま小首を傾げて返される。

 冗談を言っている顔ではない。

 

「……え、うそ、だって……ええ……?」

「……まったく、それを頼みたくて連絡を取ってきたんだと思っていれば。まさか気付いてなかったとはねえ」

「……チャティみたいな感じで、AC以外の身体を用意できないかなって、そう……」

「人間の肉体ほど精密で長持ちで自己修繕能力のある機械なんてありゃしないよ。それが残ってるのに、わざわざ別のものを作る必要があると思うか?」

 

 呆然と立ち尽くしてしまった。

 嬉しいかどうかよりも、予想外すぎて感情が追いつかない。

 カーラが苦笑した。

 

「飲み込めたなら、ウォルターに感謝しな」

「……とんでもない大きさの恩ができてたってことは、わかった……」

「ならいい。抱きついて頬にキスのひとつでも贈ってやるといいさ」

「……喜ぶと思う?」

「さあねえ。やってみればわかるんじゃないか? まあ、面白い物は見られるだろうよ」

「わかった、やってみる」

 

 大真面目に頷いた。到底それだけでは足りないだろうが、やってみる価値はありそうだ。

 近くに寄ってきた小さなサーカスが、ちかちかとモノアイを明滅させた。

 

〈よかったな、レイヴン〉

「……その節は本当、お二人にも、大変ご面倒をおかけしました……」

「勢い余ってぶっ殺しておかなくてよかったねえ。まあ実際、無駄になる可能性の方が高いと思っていたんだが……ばかげたハッピーエンドも、たまには悪くない。よく頑張ってくれたあんたへの報酬さ」

 

 くつくつと笑って告げられた温かい言葉に、なんとも言えない気分で項垂れた。

 これはもう、一息に、頭の上がらない相手が増えてしまった気がする。

 

 

***

 

 

 フロイト自身がどう受け取るかは微妙なところだと考えていたのだが、意外にも、話を聞くなり即決で帰還を決めた。

 正直なところ驚いた。数年くらいは待たされるかもしれないと思っていたのだ。

 だが、「そうでなきゃ笑える細工をしてやるところだったよ」などとカーラが不穏に笑っていたことや、生きていたことを知ってからずっと三割増しになっていたウォルターの眉間の皺が二割増しくらいに緩和されたことからすると、危機察知能力の(たまもの)だったのかもしれない。

 

 肉体の維持費用を自前でまかなうなら別にいいんじゃないかな、などと悠長に構えていたのは、どうやら自分だけだったようだ。

 

 結論から言うと、手術は成功した。妙な後遺症も意識の混濁や断絶もなく、ここに至っておそらくは、世界で唯一の形式のサイバネティックス成功症例が生まれたことになる。

 世間に知られればまた大騒ぎになる話だ。応用次第では永遠の命を得られる、夢のような技術に見えるに違いない。

 コーラルを用いるものであることには変わりないので、この情報は厳密かつ慎重に廃棄された。

 あとは、コーラルが完全に除去されるまで、どこかから漏れないことを祈るばかりだ。

 

 体力も筋力も落ちきってしまった身体のリハビリには相応の時間と努力が必要になったが、もう一度ACを動かすためなら苦ではないと、むしろ嬉々として取り組んでいた。

 それ以外の動機もあったらしいということは、まあ、置いておくとして。

 何にしても体力は必要だ。

 

 ようやく医者の許可が下り、新しく調達したAC――当然ながら機体名はロックスミスだ――の操作にうきうきと四苦八苦しているのを見たツィイーが、ある日、閃いたように声をあげた。

 

「……今なら、殴れる気がする!!」

 

 かくしてフロイトのリハビリに付き合うという名目の、どつきあい選手権が開催されることとなったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 

 冗談だろうと思っていた話は雪玉が転がるように膨らみ、参加するしないはさておき、もはや顔見知りが勢揃いしているのではないかという盛況になった。

 ルールは単純、素手での鬼ごっこだ。ロックスミスは反撃禁止でひたすら回避に徹し、参加者がどれだけそれをどつけるかでポイントを競う。優勝者には豪華賞品として、地球への温泉旅行が用意された。

 出資者は無論フロイトだ。

 彼にとってはリンチでも罰ゲームでもなくワクワクするお祭りなのだから、さもありなんという話である。

 

 RaDが用意した狭いフィールドの中、二機のACが対峙する。

 

《エントリーナンバー1、ツィイー、ACユエユー! 行っきまっす!》

 

 名乗りを上げたユエユーがアサルトブーストで接近する。

 彼女の腕はAA-J-123 BASHOだ。近接適性が高いだけに頑丈で威力は十分。ただ、殴るという用途での動きはさして早くない。

 どのくらい強くなったのかなと楽しみに見ていると、初っ端から拳ではなく蹴りを繰り出していた。

 

「……蹴って良いんだっけ?」

「まあ、ルールには書いてないな、無武装としか。ポイントは拳と明記されているが」

 

 審判のフラットウェルが応じる。

 なかなか良いタイミングで繰り出された蹴りは機体を掠めるに終わったが、すかさず踏み込んで殴りつける。

 思わず両手をあわせてしまった。

 フロイトがリハビリ中だとは言え、かなりいい動きだ。

 

《お前はあいつに教わったんだったか。動きの基本はアーキバスの癖だが、なかなか面白い》

《うっわ褒められた! ……ほんとさあ、アンタが死んでからのレイヴン、見てらんなかったんだから、ね!》

 

 追撃は避けられた。ちぇ、とこぼして口撃は続く。

 

《大体だよ、戻ってきてからこっち、あんっっっだけ、いちゃついといて! 身体いらないも何もないよね! どの口が言うのさ!》

《耳が痛いな》

《素直なのがまた腹立つ~!》

《どうしろと言うんだ》

 

 背後に回り込んだロックスミスを、ユエユーがクイックターンで捕える。

 間合いもタイミングも完璧だ。二発目が入った。

 

《よしっ! ……あと、まあ、お互いさまだけど! これは、めっちゃ仲間殺された、ぶん!!》

《そうか》

《そうかって言うなら避けるなあ!》

《当てないのが悪い。当ててくれ》

《……マジでむかつくんだけど!?》

 

 元気に騒いでいるわりに動きは冷静だ。

 一度距離を取り、クイックブーストでフェイントを入れて、行く手に回り込む。

 三度目の当たりだった。

 そろそろ時間切れが迫っている。

 

《あと、もう、一回ッ!》

《宣言するのはやめたほうがいいんじゃないか》

 

 拳を引き込んだユエユーが、不意に体勢を崩した。

 ロックスミスが足払いの要領で、脚部を横に払いのけたのだ。

 思わず目を丸くする。そのままロックスミスがユエユーの肩に重量を掛けて地面に引き倒し、そこで時間切れとなった。

 

《……いっつ……! ちょっと!? 反撃禁止っ!》

《ダメージは与えていないだろう》

「いやそうじゃない、ちょっと待って……ACSオフにしてない……!?」

《ああ、最後だけな》

《審判――!!》

 

 フラットウェルが難しげに腕を組んで考え込んだ。

 そもそも真面目な性分である。一方的にやられていろと命じるのはどうか、などということを考えているのだろう。

 

「……機体に直接ダメージを与えない範囲なら、許可する」

《なかなか範囲が狭いな。了解した》

「あ、待って。掴むのは禁止ね。趣旨が変わっちゃう」

《……だめか》

「だめ」

《受け止めるのは?》

「まあ、あり」

《わかった》

 

 渋々と言った声だった。次はそれを試してみようと思ったんだろうなあと肩を竦める。掴みをOKにしては、ろくに殴ることもできない参加者が出てしまうかもしれない。

 二番手は驚いたことにウォルターだった。

 腕はIB-C03A : HAL 826。技研のアイビスシリーズ最終後継型だという。左右非対称で独特なそのフォルムは、腕も悪くないが、実は脚部がかなりの好みだ。最近メンタルが落ち着いたせいか物欲が復活してきていて、いつねだろうかと時期を見定めている。

 

《エントリーナンバー2。ハンドラー・ウォルター、AC HAL-826。……殴る機会があるのならそうさせてもらおう》

《ああ、散々迷惑を掛けたからな。かなりの腕だと聞いている。楽しみだ》

 

 形状が特徴的で企業ACより多少大きい機体は、リーチがある分有利だ。

 慎重に見極めながら距離を詰め、拳を突き出す。フロイトが大きく下がって回避した。まだ間合いがまだうまく取れていないのか、背中がエリア枠の柵にぶつかって音を立てる。

 追撃がコアを打った。更にもう一度といったところだったが、すり抜けて背後を取る。

 

《本当に感謝しているんだ、親父殿。動くなと言われれば止まるが》

《ぬかせ。……それに俺は、あいつの父親ではない》

《そうか。今の俺にとっては父親のようなものだな。だったらあいつにとってもそうだろう》

《……貴様、以前俺に何と言ったか忘れたのか……?》

《ん? ……ああ、再教育センターのときか。謝罪して撤回する。俺が間違っていた》

《…………》

 

 苦虫をまとめて噛みつぶしたような沈黙だった。

 一体何を言ったのだろう。ウォルターへの恩をきっちり返すためにも、今度聞き出しておかなければ。

 あとは、そう。どんな場面で特に感謝されているかを知ったら、多分比ではないくらいの苦々しさになる。口を滑らせてくれるなとひやひやした。

 

 HAL-826が動きを止め、何だかものすごく深いため息を吐いた。

 

《わかった。止まれ》

《ああ》

 

 ロックスミスの前まで歩み寄り、マニュアル操作でか、その頭部を殴り飛ばす。

 わざわざACSを停止しておいたらしく、ロックスミスが派手に吹き飛んだ。柵にぶち当たり、その場に頽れる。脳震盪を心配してしまうような勢いだった。

 

《……これで(しま)いだ。俺はもう何も言わん》

《っ、そうか……。悪かった、ハンドラー・ウォルター》

《謝る相手は俺ではない》

 

 何も言わない、と言った端からこれだ。抜けない親切さに苦笑する。自分にとっても、間違いなくもうひとりの父親だ。

 休憩と医療チェックを挟んで、第3戦。

 次はオキーフだった。忙しいとぼやいていたところなので、息抜きに来たのだろうか。

 

《……これは、言うのか? ……エントリーナンバー3、オキーフ、ACバレンフラワーだ》

 

 気怠げな声が言った。

 4脚だとそもそも間合いが遠くて、殴ること自体が難しい気がする。

 腕はVE-46A。重量があって近接適性も悪くない。当たれば痛そうだが、蹴る方が楽そうだ。

 

《まあ、俺は、他人のことに口を挟むつもりはないんだが……それでも苦労はかけられたからな。一発くらいは殴っておこう》

《久しぶりだな、オキーフ。相変わらず疲れていないか?》

《そうだな。だが今日は気分がいい》

《何よりだ。楽しませてくれ》

 

 オキーフが苦笑する気配があった。

 バレンフラワーが加速する。当たり前のように放たれたのは蹴りで、ロックスミスを追い詰める。間髪入れずに更に蹴りを繰り出し、機体が怯んだそこで、ようやく拳を撃ち込んだ。

 

《ははっ……! さすが、手堅いな!》

《卑怯と言わないのがお前だな、フロイト》

《こんなに楽しいのに卑怯も何もあるものか。大体、ルール内なんだろう?》

 

 ロックスミスが飛び上がって蹴りを躱す。上下動をメインにするつもりのようだ。

 追いかけてきたバレンフラワーの足部分に着地し、そのまま背後へ飛び上がる。

 

《はっ……ふざけた操縦技術だ。これでリハビリ中とはな》

《まだまだだ。楽しいんだが、こうも打つ手が少ないと反撃したくなるな……》

《ルールだ。諦めてくれ》

《乗ってくれないのか。残念だ》

 

 すり抜けるように地面へ着地する。すぐにバレンフラワーが迫ったが、再び背後を取るように飛び上がった。

 スピードはないが緊張感のある読みあいが続き、そのまま時間切れとなった。

 

 続いたのは、オキーフより更に意外なスウィンバーンだった。

 ああ、と納得して頷いたのは自分だけだっただろう。

 

《エントリーナンバー4、スウィンバーン、ACガイダンス! 散々書類で苦労させてくれた恨み、一回とは言わず晴らさせて貰おうッ!!》

 

 うらみつらみという点では、多分誰よりも蓄積したものがあるに違いない。いつだったか3回同じ名前が出てくる死亡者手当リストの決裁を通していたが、あれはきっと序の口だ。

 同じく4脚なので、当てるのがまず――と思ったが、そういえば間合いの狭いスタンバトンを得意としていた。案外うまくぶつけてくるかもしれない。

 腕はVP-46S。フロイトが愛用していたものだ。近接適性も高く、取り回しも優秀な「傑作」である。

 

《意外だな。生き残っていたのか、なによりだ》

《……ええい! そんなことを言ってもほだされんぞ!》

 

 いやほだされかけただろ、と多分聞いていた全員が思った。

 まあ、他人に興味の薄いフロイトが言うにしては、確かに人情味のある発言だった。

 

 前戦のオキーフが同じく4脚だったためスウィンバーンも蹴りを中心にしてきたが、さすがに見慣れてしまったのかなかなか当たらない。やけになって殴りにかかった方がいい動きになっていたのが面白かった。

 繰り返し殴りかかり、アサルトブーストで距離を詰めて回転蹴り。それをロックスミスが避ける頃にはエリアの端に追い詰めることができていて、ようやく、拳の一撃が届く。

 スウィンバーンが雄叫びを上げた。

 なんとなく、拍手をしてしまった。苦労していたからなあと思ってしまう。

 

 次はカーラだった。見た目からして厳つい機体は、彼女らしい逞しさを持っている。

 

《エントリーナンバー5、シンダー・カーラ、ACフルコースだ。まったく本当に、散々引っかき回してくれたからねえ……。殴るくらいさせてもらわないと割に合わないよ》

 

 腕はAS-5000 SALAD。廃材の寄せ集めとは思えない完成度で、重装腕であることからも威力は高い。

 開幕アサルトブーストで追いかけ回し、蹴りを叩き込んだかと思うと――アサルトアーマーを展開した。

 ――さすがにそれは、ちょっとずるなのではないだろうか。

 ACS負荷限界を引き起こした機体を立て続けに2発殴って、3発目を躱されたところで、笑いながら距離をとる。

 降参するように両手を挙げた。

 

《はいよ、反則負けだ。ああ、スッキリしたねえ!》

《……やるな……。今度しっかり戦ってみたい》

《ごめんだよ。あんたはあんたの女とよろしくしてな。……ここまでご丁寧にクソ手間暇を掛けてお膳立てさせたんだ、泣かせるんじゃないよ》

《肝に銘じる》

 

 渋々、といった様子だった。多分言われた内容にではなく、戦ってもらえないということに対する不満だ。

 自分もちょっと戦ってみたくなったので、気持ちはわかる。きっちり武装したこの機体と戦いたい。チャティと組んで2対1とかだったら受けてもらえないだろうか。いっそシミュレータでもいい。

 続いてはそのチャティだった。

 

《エントリーナンバー6、チャティ・スティック、ACサーカスだ。恨みというほどのものはないのだが、ボスに温泉旅行を贈らせてもらう》

 

 腕はAC-2000 TOOL ARM。上腕部が華奢で殴るのには向いていない気がするが、近接適性は高いので見た目より丈夫なのだろう。肘の辺りのヒートシンクは攻撃向きかもしれない。

 そう思っていたら、まさかのアサルトブーストによる体当たりが主体だった。合間に拳を突き入れてくるので、間断なくダメージが入る。

 小回りがきいて素早い。狭いエリアで、これを避けるのはなかなか難しそうだ。

 三度目くらいでフロイトも対応してきたが、相性が悪い。上空に逃げたところを脇を通り抜けるようにして、肘打ちを繰り出してきた。

 これは拳になるのだろうか、とフラットウェルを見た。「まあ腕だろう」と頷く。

 

《無人ACか……? それにしては面白いな。どんなデータの蓄積をしたらこうなるんだ?》

《応用と発展は人間の専売特許ではない》

《なるほど、不見識だった。だがまあ……勝たせてやるのも癪だ……!》

 

 激しく機体が交錯する。現在のポイントは3。あと一回でトップに躍り出る。

 やがてサーカスがロックスミスを捕らえた。体当たりののち、ぎりぎりで拳を叩き込む。

 自分は参加しなかったK9が、大喜びを表わすように両手を挙げた。

 

「チャティ、やった!!」

《やられたな……ここまで悔しいのは久々だ》

《俺に有利な戦いだった。……感謝する。これでボスにプレゼントができそうだ》

《孝行なことだ。まあ、まだあと一人残っているが……せいぜい気を張るとしよう》

 

 最後はラスティだ。ヴェスパー時代のスティールヘイズを選んだのは、速度を重視したためだろうか。腕はNACHTREIHER/46E。軽くて細っこいので、威力はあまりなさそうだ。 

 

《エントリーナンバー7、ラスティ、ACスティールヘイズ。……このときを待っていた》

 

 あれ、と首を傾げる。思ったよりも声が低い。

 フロイトが応じるように低く笑う。

 

《ようやく本気を見せる気になったのか?》

《ああ、二度とはない機会だ。……痛い目を見せなければ気が済まない》

《お前の執着、ちょっと気持ち悪いな》

《世界を道連れにしようとした男ほどではないさ!》

 

 先ほどとは違い、最初から双方の機体が目まぐるしい勢いで接近と回避を繰り返す。

 フロイトが慣れてきたというのもあるのだろう。実に一方的に楽しそうな様子を見ながら、首を傾げた。

 

「この二人、こんなに仲が悪かったっけ……あんまり接点がなかったような気がするんだけど……」

 

 フラットウェルが何か言いたげな顔でこちらを見た。

 その間も言い合いが続く。

 

《お前の望み通りにお前を討って、彼女は泣いていた……! あの彼女がだぞ!? まるで抜け殻のようになるほど傷ついていた! それを今さらのうのうと、よく手に入れるつもりになったものだ!》

《お前があいつを語るのはなかなか癪に障るな。やめてもらおうか》

《黙らせてみるといい……!》

 

 んん?とますます首を傾げてしまう。

 なんだかものすごく熱を込めて語られている気がする。とりあえず、泣いていたことをこんな大声で話すのは恥ずかしいからやめて欲しい。

 K9が一緒に首を傾げた。

 

「ラスティはレイヴンがすきなのか」

「いやそれはない……え? ないわよね?」

 

 思わずフラットウェルに確かめてしまう。確かめられても困るだろうに、彼は真面目に頷いた。

 

「……好意と執着なら、見ての通りだ。おそらく、奴にとってお前は“戦友”という理想なのだろう。もう少し間違えば女神か救世主扱いだっただろうな」

「……理由がわからない。どうしてまた……」

「あ、わかった、あれだ!」

 

 腕を組んでいたツィイーが、唐突に声を上げた。

 

「どっかで覚えがあると思ったんだ、この感じ。弟が姉ちゃんの彼氏に突っかかるあれだよ! ほら、解放戦線(うち)にももう一人いるじゃん!」

「……ああ、そうか、言われてみれば……!」

 

 フラットウェルまで納得してしまう。確かラスティの方がひとつふたつ年上だったはずなのだが、まさか姉とは。

 まじまじと眺めた視線に気付き、フラットウェルが咳払いをする。

 

「まあ、恋でなくとも人は盲目になれるという好例だ」

 

 好例って、と唖然としている隣で、K9が納得したように頷いた。

 

「そういうのもあるんだな。勉強になる」

「……お前は、ああはなるなよ。不毛だ」

「あれはだめなのか。わかった」

 

 そんな容赦のない会話が交わされる中、規定時間が過ぎた。

 まさかの0だ。要因はいくつかあるだろう。フロイトがすっかり動きになれてしまっていたこと、付き合いの長さで癖を読まれていたこと、ラスティが頭に血を上らせていたこと、お互いの気合いの入りようと双方の機体の相性。とはいえ、高速軽量機を相手にまさか逃げ切るとは。

 得意げなフロイトと悔しげなラスティに、これは多分声を掛けない方がいいのだろうなあと思って黙っていた。

 

 とはいえこれで全行程が終了だ。優勝はチャティである。

 表彰式でもやるのかな、と思っていると、ロックスミスがこちらを向いた。

 

《レイヴン、ここからはエキシビジョンマッチだ。相手をしてくれるだろう?》

 

 目を瞬いた。賞品を持っていくのは忍びないので身を慎んでいるつもりだったが――なるほど、その手があったか。

 腹の底がうずうずする。どうしようもなくワクワクする感情に、似た者同士だと心底思った。

 

「疲れてないの?」

《やっと良い感じに動けてきたんだ。この状態でやっておきたい》

 

 まったく、と笑って立ち上がる。

 見慣れていた構成とは違う新しいロックスミスが、ダンスを誘うように手を差し出した。

 写真に収めておきたいくらい、胸を高鳴らせる光景だった。

 

「いいわ。反撃も解禁ね」

《そうこないとな! 楽しみだ!》

 

 結局こうなるんだ、とツィイーが肩を竦める。

 あたしらを前座扱いとは贅沢だねえ、とカーラが笑う。

 ウォルターは眉間を押さえて黙り込んでいた。

 

 赤い色の薄れたルビコンの空が、まるで祝福するように、氷粒をきらきらとまき散らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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