621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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記憶喪失ネタの予定が、幼児化というエッセンスを頂いたことによりこうなりました。パロディでは定番のやつ。
どんな原理なのかって?
ありとあらゆる法則に反してるからもう考えるのをやめるべきだと思います! 一応肉体の幼児化だけなら理論的に可能みたいだけど、他は無理がすぎる……もうそういうもんなんです、うん。
ルートは本編基準です。




The child is the father of the man.

 

 

 スネイルがいつも通り一番遅れてミーティングルームに姿を現わした時点で、異常は明らかだった。

 遅れてきたことが、ではない。それはいつものことでしかない。

 彼が、幼児としか思えない小さな子供を、肩に担ぎ上げていたからだ。

 おまけにめちゃくちゃ抵抗されている。細い足がぶつかって吹っ飛んだ眼鏡を驚くべき反射神経で空中で掴み取ると、いい加減頭にきたのか、幼児の後ろ身頃を掴み上げて引き剥がし、傍に来たメーテルリンクに押し付けた。

 

「か、閣下? この子供は……」

「おろしてっ」

「あ、ごめんね」

 

 メーテルリンクは慣れない手つきで抱き上げたものの、舌足らずな声の抵抗にあわてて床へ下ろしてやった。

 素直に言うことを聞いたためか、少女は警戒こそ解かないものの、逃げようとはしなかった。

 ごく普通の、可愛らしい子供だ。年齢は5歳くらいだろうか。

 この場所がルビコンでなければ親の職場見学か何かだろうかと思えたのだが、いかんせん、ここは封鎖惑星たるルビコン3である。子供など現地のルビコニアンくらいしかいないはずだ――本来ならば。

 おまけに、少々格好が整っていない。着ているのはアーキ坊やのノベルティTシャツで、足元に至っては裸足だ。寒々しいにも程がある。

 ペイターが諸手を打った。

 

「まさか……第二隊長閣下、隠し子ですか!」

「えっ」

「違いますが!? よく見なさい、この場にいない残り一人に瓜二つでしょう!」

「いないのはV.Ⅸですか。つまり閣下と彼女の隠し」

「いちいち私を結びつけるのはやめなさい! フロイト、貴方もです! あり得ない妄想で殺気立たないでもらえませんか!」

 

 レイヴンがルビコンに来てまだ一年と経っていない。いくら何でも無理があるペイターの邪推に、メーテルリンクが大きく息を吐いた。

 

「ええと……つまり、レイヴンの……その、親族……ということ……でしょうか……」

 

 地雷だとわかっていても、確認しない訳にはいかない。戦々恐々とフロイトの方を伺いながら、メーテルリンクが切り込んだ。

 親族というのはぎりぎりの譲歩表現だ。年齢的には普通に娘でおかしくない。

 少し吊り目がちな大きな目も、物怖じしないその度胸も、髪や肌の色も、正直なところ生き写しと言っていい。

 だがしかし、首席隊長の心境を思うと、どうにもそれを言うのははばかられる。頼むから違っていてくれ、というその場の全員(1名除く)の願いは――驚いたことに、聞き届けられた。

 予想外の方向に。

 

「本人です」

「……は?」

「ですから、本人です。先進開発局と強化改造チームの合同実験による事故でこうなったと、報告が上がっています」

 

 しばし、唖然とした沈黙が流れた。

 オキーフが眉間を指で押さえる。

 

「いや……無理があるだろう、スネイル」

「そんなことは百も承知ですが!? 実際に遺伝子検査で本人だと出てしまった以上、それ以外の説明などどうしろというのですか! ……ともあれ関係各部署は全員締め上げた上で、約72時間で元に戻る可能性が高いとの報告を受けています。その辺りでうっかり死なれても困りますので、各位の保護を要請します。適当に対処してください」

 

 全員の視線がスネイルから、幼児に移った。

 確かにその辺で死にそうな生き物だ。

 スネイルが大きく息を吐いた。

 

「……では、後は任せます。私は仕事に戻りますので」

 

 その場に全部をぶん投げて、満身創痍のスネイルが部屋を後にした。

 どうするんだこれ、という視線が隊長間を行き来する。そして視線が集まるのはどうしても、彼女ともっとも関係性の深い、V.Ⅰフロイトになった。

 そのフロイトは、何のプレッシャーも感じていない様子で言ってのけた。

 

「俺もパスだ。そのサイズだとACにも乗れないだろうからな。戻ったら教えてくれ」

「……はい!? フ、フロイト隊長、えっ、嘘ですよね、本気で言ってるんですか……!?」

「何がだ」

 

 メーテルリンクがうろたえにうろたえて引き止める。

 不思議そうにすらしているフロイトに、ラスティが憤りを押し込めたような声で言った。

 

「……彼女が彼女であることに変わりはないだろう、首席隊長殿。それを他の人間に預けるというのか?」

「子供の扱い方など知らないからな。メーテルリンクにでも任せた方がいいだろう?」

「そっ……そういう問題ではありません、フロイト隊長! こんなにレイヴンそのままの子供を見て、本当に何も思わないというんですか!?」

「……そうだが。何を思えというんだ……?」

 

 そろそろ掴みかかりそうな血相のメーテルリンクに、スウィンバーンとオキーフが揃って取り押さえと宥めにかかる。

 気持ちはわかるが、相手が悪い。この男にそんな情動を期待する方が無理なのだ。

 

「ま、待てV.Ⅵ! 相手は首席隊長だぞ!」

「ですが、スウィンバーン! これではあんまりです……!」

「落ち着け、メーテルリンク。フロイトがこうなのはわかっていたことだろう。……頭の痛いことに、おそらくレイヴン本人も気にしない」

「どうかしてません!? 私がおかしいんですか!?」

「いやあどうでしょうね、そうかもしれませんね!」

「ペイター君、本当にちょっと黙ってようか」

 

 ともあれ、暫定子供の前で言い争い続けるのもよろしくない。

 ホーキンスは騒動の渦中を一人離脱すると、原因たる少女に向き直った。さすがの度胸というべきか怯えている様子はないが、警戒するように部屋の隅へ移動している。

 距離は無理に詰めないほうがいいだろう。ホーキンスはそう判断を下すと、両膝を曲げ、できるだけ目線を低くして、穏やかに問いかけた。

 

「ええと……そうだな、君、お名前は言えるかい?」

「――言うな」

 

 打つような声が、少女の返答を遮った。

 驚きと困惑の視線がフロイトに集まる。当の本人は特に失言したつもりもないようで、あいかわらず温度のない目で少女を見据えていた。

 

「ここではお前は、“レイヴン”だ。いいな」

 

 一方的な決定だった。おまけにそのまま部屋を出て行ってしまったので、あとには途方に暮れた空気だけが残ってしまう。

 なるほどねえ、とホーキンスがひとりごちる。オキーフと目が合い、苦笑を交わした。

 あの変わり者の首席隊長殿は、どうやら彼女(レイヴン)の本名を知っていて、それを大っぴらに教えたくはないらしい。それでいて本人らしき幼子には興味がないというのだから、なんともいびつな独占欲だ。

 なんだか不機嫌そうな顔になった少女は、既に反骨精神というものを持ち合わせているらしい。アァン?とでも言わんばかりのなかなか堂に入った渋面に、ホーキンスは苦笑いで弁護した。

 

「まあ、知らない人に名前を教えるのは良くないかもね。どうだろう、君のコードネームだ」

「……コードネーム」

 

 ちょっとばかり表情が輝いた。この手のものをかっこいいと思うご年齢のようだ。

 こくこくと頷いて、レイヴン、と口にする。言葉は通じているようだが、今の彼女とは違う、少し癖のある発音だった。

 

「さて、コードネーム・レイヴン。この秘密基地で3日間の研修を受けるのが、君の任務だ。どうだろう、引き受けてくれるだろうか?」

「……うん、わかった」

「おや? 返事は了解(ラジャー)ではないかね、レイヴン隊員」

「! りょうかい(ラジャー)

「よし、良い返事だ。そうそう、私のことは隊長と呼びたまえ」

「たいちょう……!」

「そう、隊長だ」

 

 きらきらした目でレイヴンが拳を作る。「子供の扱いがうまい……」と、メーテルリンクが慄くように零した。ラスティも「見事な手際だな」と頷く。なぜだかペイターは得意げだ。オキーフとスウィンバーンも感心したような顔で、同僚一同の盛大な褒めように、ホーキンスは面映ゆげに後ろ頭を掻く。たまたま息子たちとレイヴンのノリが似ていてくれただけなのだが。

 

 さて誰が当面の面倒を見るか、という段になって、なぜだかメーテルリンクではなく、ホーキンスに白羽の矢が立った。

 原因は明確だ。その話をしているところに、本人がホーキンスの隊服の裾を掴んだからだ。

 見下ろせば、猫のような目と視線が合う。そのまま妙な沈黙が流れた。

 

「なるほど……。本当に安心感を覚えたようですね。少々意外ではありますが……」

「さすが、唯一の育児経験者は違うな。まあ、貴方なら大丈夫だろう」

「うーん……でも、女の子だろう? メーテルリンク君の方が適任だと思うけどねえ」

「本人の希望ですから」

 

 メーテルリンクが苦笑気味なのは、どうも警戒されている様子だと気づいているからだろう。

 さてどうしたものか、と思いながら、ホーキンスは幼子を見下ろす。真っ直ぐに見上げられた。

 おそらく選んだのは消去法だろう。そこにメーテルリンクではなく自分が残ったのは意外だったが、もちろん、悪い気持ちにはならない。

 

「ホーキンス隊長が辞退されるのであれば、不肖このペイターが」

「却下だ」

「論外」

「……やめておけ」

「賛成できん」

「……まあまあ皆……うん、でも、やっぱりちょっと無理だろうねぇ」

「心外です。これでも弟妹が二人いるんですよ?」

 

 嘘だろう、と言う目がペイターに集まった。

 フロイトとは違う意味で我が道を行く(ゴーイングマイウェイな)青年の弟妹。いったいどんな空恐ろしいエピソードが出てくるのかと、全員がそっと聞かなかったことにした。ただでさえ寒々しい中央氷原だというのに、室温が一、二度下がった気がする。

 首席隊長のお気に入りに恩を売る機会だと判断しているのだろうが、正直怖くて任せられない。

 ホーキンスが咳払いを落とした。

 

「……いや、まあ、本人のご指名だ。私が責任を持つよ。レイヴン、君もそれでいいかな?」

「うん、たいちょう」

 

 幸い、戦況も安定しているところだ。特に問題はないだろう。

 元に戻った彼女が恐縮しつつ身悶えするところを思い浮かべて、本当に私でよかったのかねえ、と首席隊長へ内心で問いかける。まあ、それは本人の責任だ。

 

「ともあれ、まずは……そうだなあ、靴をどうしようか」

「ああ、大人用のものでは危ないだろうしな。……研究開発部の3Dプリンター辺りで作れるんじゃないか。パイロットスーツも個別出力だ、図面さえあればなんとかなるだろう」

「ああ、その手があったか。そうするよ、オキーフ君。ありがとう」

「……大仕事を任せてしまうからな。何かあれば相談に乗る」

 

 オキーフが言葉を濁す。厄介事、と言いかけたのを方向転換したのだろう。ホーキンスは苦笑で応じた。

 

「ホーキンス隊長、私もできる限り協力します」

「私も同意見だ。とはいえ、具体的な内容が思い浮かばなくて心苦しいが……」

「メーテルリンク君、ラスティ君も、ありがとう。何かあれば頼らせてもらうよ」

「ホーキンス隊長、ぜひ私も!」

「うん、ペイター君は本当に気持ちだけで」

 

 何故ですか、といういかにも心外そうな声にホーキンスはまた苦笑を返し、レイヴンに許可を取って抱き上げた。

 

 5歳ともなればそれなりの重量だ。腰に気を遣いながら研究開発棟に向かう。

 人体改造の研究員たちに群がられるかも知れないと思っていたのだが、意外にもすんなり目的地にたどり着けた。

 別件でそれどころではなかったというのは、後から知った話だ。

 

 先にスネイルの決裁を経ておいたことが功を奏したのか、話は首尾良く進んだ。

 靴だけではなく、担当者の厚意で、サイズの合った肌着やワンピースを製造してもらえたのは幸いだった。シンプル極まりない造りだが、まあそう長く使うものでもない。追加で着替えの一式を作って部屋に届けてもらうよう頼み、建物を出たところで、フロイトと行き会った。

 

「……おや、めずらしいところで会うね」

「ああ。一応話を聞きに来た」

 

 なるほど、とホーキンスは苦笑する。少なくともちゃんと心配はしているようだ。

 普段接点の少ない首席隊長による事情聴取。この空気感で行ったのなら、実行犯たちもさぞ肝を冷やしたことだろう。良い薬になればいいのだが。

 

「スネイルが言っていたとおり、ちゃんと戻りそうかい?」

「そう聞いている」

「そうか。それならよかったね」

「ああ」

 

 フロイトが素直に応じて、ふと、視線を落とした。

 レイヴンは少し身じろぎしたが、特に怯えた様子は見せずにじっとフロイトを見上げる。

 かなりの高低差を持って見つめ合うその様子は、どちらかというと、「目をそらしたらやられる」といった雰囲気に見えた。

 そう長い時間ではなかっただろう。ついと視線を動かしたフロイトが、ホーキンスに目を戻した。

 

「お前が面倒を見ることになったのか」

「そうだね。交代するかい?」

「……いや、任せる。頼んだ」

 

 やはり感情を交えないまま言い、フロイトがその場を後にする。やれやれ、と苦笑をこぼしてその後ろ姿を見送った。

 気のせいなのか、願望なのか――どうにも、いつもとは違った様子に思えるのだ。

 ぷは、とレイヴンが息を吐いた。背中に隠れなかった辺り気丈なものだが、緊張はしていたらしい。

 心配して見下ろすホーキンスに、居心地の悪そうな顔で言った。

 

「あのひと、こわい」

「……うーん、そうか……残念だけど、おじさんも、世間一般の基準で言うと、“こわい人”なんだよねえ」

「……!!」

 

 レイヴンがまんまるに目を瞠って硬直した。がぁん、と書いてあるような顔だった。

 随分と自分の見立てに自信があったらしい。

 元の彼女との共通点を見つけ、思わず笑ってしまう。なるほど自信家だ。それでいて、ウサギが寂しいと死んでしまうというのは迷信だと聞かされたときの息子のような、「うらぎられた!」と言わんばかりの純粋な幼さがある。

 ついつい、小さな頭を撫でてしまった。咳払いでごまかす。

 

「いいかい、レイヴン隊員。いい人そうな人が皆いい人というわけじゃないんだ。今は他に選べないだろうが、常に警戒は必要だよ」

「むう……」

「それと、フロイト君のことは、そこまで怖がらなくても大丈夫だ。少なくとも、君に危害を加える相手ではないからね。……多分」

「きがい? たぶん?」

「そこ拾っちゃうかあ。まあ、判断は君に任せよう、レイヴン隊員」

「ん」

 

 決意を漂わせて頷く。これはどうも、警戒を解く気はなさそうだ。

 それにしても、小難しげな言い回しによくついてくるものだ。息子たちもそうだったが、好きこそものの上手なれというものだろうか。

 

「さてと……。レイヴン隊員、靴を手に入れたところで、何か希望はあるかね? 部屋でアニメでも見ているかい? 今なら、おいしいお菓子もついてくる」

 

 う、と少女が苦悶の声を上げた。お菓子かアニメか、なかなか魅力的な選択肢だったらしい。

 だが残念なことに、この幼児は一般以上の好奇心か――あるいは警戒心を、持っているようだった。

 

「いろいろ、見て、まわりたい。えっと……たてもの、とか!」

 

 ホーキンスは顔をかげらせないよう気をつけながら、柔和な笑みで頷いた。

 誘拐犯を相手に情報を得ようとするような感じに見えて、どうにも苦々しくなる。多分当たっている。

 我が子が5歳の時より、随分と色々考えることができる子のようだ。もっとも、大人からすれば透けて見えているのが涙ぐましい。

 

「そうか。では、そうしよう。行き先は君が決めると良い」

「えっ……う、うん!」

「私も同行させてもらうが、好きなだけ見て回ると良いよ。……歩けるかい? だっこが必要かな?」

 

 ふるふると首を振って、代わりにジャケットの裾を掴んできた。

 この少女が本当にレイヴンなのだとすれば、本当に随分と、平和なところに生きてきたのだろう。

 ――自分の子供たちと同じくらい、それよりもなお。

 無理を押して決めた我が子の環境が正しかったことを確信する。それは共にあるよりも格段にまともな世界で、男親の背中を追うことなくそこを選んでくれた子供たちに、誇らしささえ覚えていた。

 こんな自分でも、躊躇いながら手に入れてしまった家族を――どうしても諦めきれず得てしまった家族を、一般的な「幸せ」に押し込むことはできたのだと。

 

 どれだけ寂しがらせていても、恨まれていても。

 

 くい、と袖を引かれた。

 急かす意図ではなかったのだろう。幼い目がなんだか数多の意図を含んでいるように錯覚し、ホーキンスは苦笑で応じた。拠点施設の見取り図を端末に表示する。

 

「ああ、ごめんごめん。それで、そうだなあ、とりあえず端っこから見て回ろうか。見取り図は読めるかな?」

「……北は、わかる。いま、いるところは、これ」

「おお、優秀だ! 縮尺……地図の読み方は、どうだろう?」

「ん……ちょっとだけ。これが、1メートル。わたしとおなじくらいの、おおきさ」

「すごいなあ! その年で縮尺がわかるのかい!?」

 

 少女がぐにゃぐにゃと唇を曲げた。くすぐったそうな、誇らしげな感情を押し隠すようだった。どうにも抑えきれずに笑っていると、ぽかぽかホーキンスの腕を叩いてくる。

 息子二人も随分大きくなってしまったが、やっぱり娘も欲しかったなあと益体もないことを考えてしまった。

 

 そのままお嬢さんの望み通りに、施設を端から見て回った。

 おそらく大して面白いものではなかっただろうし、子供の頭で考えられる脱出経路など限られていただろう。それでも、真剣そのものの幼子はどこか微笑ましく――そして少しばかり、痛々しく思えた。親どころか知り合いもいない場所に放り込まれたのだ。無邪気に見えるが、おそらく、かなりのストレス下にある。どうにかしてやりたいものだが、賢い分、素直に懐柔されてはくれないだろう。

 保管区画、事務区画をのんびりと紹介しながら抜けて、発電棟へと向かった。膨大な消費電力に応じるための巨大な発電設備は彼女のお眼鏡にかなったらしい。飛び跳ねこそしなかったが、そうしたそうに、そわそわ体を揺すっていた。どうも機械が好きそうなので、ハンガーへ連れて行くのが楽しみだ。

 昼を回ったくらいの時間帯で、メーテルリンクから通信が入った。

 

《ホーキンス隊長、今どちらですか?》

「ええと、第3休憩室付近だね」

《ちょうどよかった。レーションだと量が多いし、子供には食べにくいと思って、ラップサンドを作ってみたんです。食堂では目立ちますから、そちらにお持ちしましょうか?》

「ええ!? すごいね……! じゃあ、お言葉に甘えようかな。ありがとう」

 

 そのまま第3休憩室で待っていると、メーテルリンクがデリバリーに訪れた。

 食べやすいようにという配慮だろう。トレイに並べられたラップサンドの一つ一つは小ぶりだったが、量はなかなかのものだった。

 

「あれ? もしかして、僕の分もあるのかい?」

「はい。同じものを食べるほうが、安心できるかと思って……」

「ああ、確かにね。さすがの配慮だ、メーテルリンク君。ありがとう」

「いえ」

 

 お礼を促すように少女を見ると、こくりと頷いた。

 

「ありがとう、おねえちゃん」

「……っ!」

 

 メーテルリンクが胸元を押さえて息を呑む。どうやら心を射抜かれたらしい。

 これは一人っ子だなと微笑ましく見ていると、我に返ったようで、下手な咳払いをした。

 

「……よ、喜んでいただけたなら良かったです。お口に合えばいいのですが。では、その、私はこれで――」

「え? 食べていかないのかい?」

「はい。休憩時間は過ぎていますし、切れ端や残りなどを片付けたので、割とお腹がいっぱいなんです」

「うーん……それは休めてないんじゃないかなあ。コーヒーくらい飲んでいきなよ」

 

 でも、と困惑したように眉を下げる。

 レイヴンの方を気にしているようだったので、鹿爪らしく助け舟を出した。

 

「レイヴン隊員、任務だ。君には、コーヒーメーカーの使い方を習得してもらいたい」

「えっ? ホーキンス隊長、それは危険では――」

「そう、彼女の言う通り、今の君には困難な任務だ。したがって、このメーテルリンク隊長が見本を見せてくれる。よく見て、その技を盗むのだ。いずれ役に立つときが来る」

わかった(ラジャー)

「えぇ……」

 

 ごっこ遊びに慣れていないメーテルリンクが困惑するが、少女は大真面目に頷いた。

 技も何も、と口の中で呟きながら、コーヒーサーバーに足を向ける。ついてきたレイヴンにぎこちなく手順というほどでもない手順を教えている姿は、いかにも子供に慣れていなかったが、レイヴンにはそれが良かったらしい。ませた子供というのは大人扱いをされるのを喜ぶものだ。

 

 2人分のコーヒーと1人分のココアを準備すると、いつもとは違う昼食の時間だ。

 レイヴンはだいぶ警戒が解けた様子で、勧められるままにラップサンドを手にとってかぶりつく。

 もぐもぐと口を動かしているうち、目が輝いてきた。

 飲み込んでから口を開いたのは、親御さんの躾によるものだろう。

 

「おいしい!」

「……本当だね! すごいな、元がレーションとは思えないよ」

「ありがとうございます。オイルで炒めて、味を調えただけなんですけどね」

「皮……というか、薄いパンなのかな。これも手製だろう?」

「はい。ちょうど最近、サンドイッチが作れないかなって、色々試していたところだったんです」

「すごいなあ。君をお嫁さんに貰う人は幸せだね」

 

 ついつい口にした後で、失言だったかも知れないと気づいた。

 

「あ、いや、すまない。これはセクハラかな? 違うんだ、純粋に褒めたかっただけなんだ」

 

 あわてるホーキンスを見て、にんまりとレイヴンが笑っている。チェシャ猫のような笑みというのはこんな感じなのだろうか。この姿で初めて見るはっきりした笑顔が、まさかこんなものだとは。

 メーテルリンクがそれと顔を見合わせて、くすくすと笑った。

 

「ご注意くださいね、ホーキンス隊長? 最近うちもコンプライアンスに厳しいですから」

「うん、すまない、気をつけるよ……。嫌な気持ちにさせてしまっていたら、本当に申し訳ない……」

「いえ、私は褒め言葉だと受け取っていますので」

 

 どうにも肩身の狭い思いで、コーヒーを啜ってごまかす。年齢の違う女性二人の笑い声が転がった。

 いつにはないほど、華やかで和やかな食事だった。

 

 

 

 

 

 

 食事の後は、施設調査(たんけん)の続きだ。

 レイヴンは武器保管庫のスケールに圧倒された様子だったが、そのままハンガーへ向かうと、いよいよ浮き足だった足元がおぼつかなくなった。立ち並ぶACの姿がお気に召したらしい。小さな身体がキャットウォークからうっかり滑り落ちないよう、ホーキンスは気を揉むことになった。

 第1隊長殿のロックスミスは、まだ静かにそのときを待っていた。

 鬱憤を発散するためでも面倒さを回避するためでも、とにかくここに居残るとは思っていなかった。少し意外に思いながら幼子と共にロックスミスの姿を見上げる。思った以上に気に入ったようで、なかなか足が次へ動かなかった。

 

「これは、フロイト君の機体(ロックスミス)だね。……気に入ったかい?」

「ふろいと」

 

 きゅっと顔中でいやそうな表現をした。

 名前と機体と相手が一致したようだ。どうにも悪者認定をされたらしい。

 嫌そうな顔をしたはずなのに、それでもなお、ロックスミスを見上げる顔には憧憬がある。

 美しいかたちを美しいというような、そんな――あまりにも似つかわしくない、ひどく純粋な感情だった。

 暴力の化身たる存在だ。

 平和な場所に生きてきた子供が純粋に憧れるには、あまりに難がある。せめて正規軍やどこかの防衛部隊のものならよかったのだが、これは、企業の利益のみを追求した“私兵”のものだ。

 あまりに血腥くて、正義とはかけ離れている。

 複雑な感情をホーキンスは自分の中で押しとどめ、立ち尽くす小さな姿に、そっと訊ねた。

 

「ロックスミスは、怖くないかい?」

「うん。……かっこいい」

「おやおや。他の機体はお気に召さなかったかな?」

「ううん。……でも、いちばん、きれい」

 

 純粋な回答だった。

 この子は成人女性であるレイヴンで、3日ほどもすれば大人に戻るはずの存在だ。

 覚えていたとしても、覚えていなかったとしても、本人は恥ずかしがるだろうし――それ以上の変化はないだろう。フロイトがどんな対応をしていたとしても、まあそうだろうで受け流すだろうし、自分が彼女にどんな反応をしていたとしても、お願いだから忘れてください、と懇願するだろう。

 それは、正しいことなのだろうか。

 

「……なあに?」

 

 はっと気付けば、幼子が裾を引いていた。

 ぎこちなく笑い返す。

 

「なんでもないよ。君はこれより、自分の機体を気に入るんじゃないかなあって思っていただけさ」

「じぶんの……わたしの!?」

「そう、君の機体だ。見たいかい?」

「うん!」

 

 はっきりと頷いた幼子を連れて、ハンガー内を移動する。

 やがて、彼女の機体が見えた。

 バランスの取れた、美しい機体だ。くすんだ薔薇色(コーラルピンク)に染め上げられたその姿は、きっと女の子にとって心ときめかせるものであっただろう。

 

 だが、その機体を見上げる幼子の顔は、思いのほか静かだった。

 興奮も、憧れも、喜びもない。ただあるがままに、知っていたものを提示されたような――そんな、感情の平坦さがあった。

 もちろん、落胆ではない。ただ、昂揚感も見られなかった。

 

「……これ……しってる」

「……うん、そうかい」

「なんで?」

「……なんでかなあ」

 

 乗ってみるかい、とは言わなかった。おそらく本来の彼女は、過去の自分にそうさせることを望まないと思った。

 ただの直感だ。

 幼い姿の彼女は、希求するようにその機体を眺めていた。

 

 まるで焦がれるように。だが――

 

 手を伸ばしてはいけない存在を、生まれて初めて、知ったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 結局疲れてしまったレイヴンを背負って、居住区へ戻った。

 すうすうと寝息を立てる高い体温と重量が悲しいほど懐かしい。……いや、ベビーカーという荷物がなく、おんぶで済んでいる現状をむしろ喜ばしく思うべきだ。真逆をやられた複数回の記憶はまだはっきりとこびりついている。

 難儀だったその記憶すら愛おしく思えてしまうのだから、まったく、人間というのは単純な生き物だ。さして育児に参加できなかった自分でこれなのだから、きっと妻の苦労はとてつもなかっただろう。

 好きなだけ寝させると夜中に寝てくれなくて厄介だという記憶はしっかりあったので、部屋についてすぐ揺り起こした。

 びくりと跳ね起きた幼子が、驚きと、そして、落胆を見せる。

 ――すべて夢だと思いたかったのだろう。

 

 どうにも罪悪感を覚えながら夕食を取らせ、メーテルリンクに連絡を取った。

 さすがに清拭まで手がけるのはよろしくないということで、シャワーを使うため彼女に預けて私室に連れて行ってもらう。その間に仕事を片付けていると、個人用のメールアドレスに、私信が入っていることに気付いた。

 妻からだった。

 

 次男の就職が決まったという報告だった。腕白だった印象とは裏腹に、星間の流通を担う大手企業のようだ。

 最近ではすっかり息子の情報は妻経由で、少しばかりの寂しさを覚えている。

 それでも、教えてもらえるだけまだましなのだろう。

 連絡をありがとう、頑張ったんだね、と短いメッセージを返す。

 次はいつ帰るの?と、短い返答があった。

 ――胸が痛んだ。それに、はっきりとした返答をできない、自分自身に。

 結婚してこのかた、彼女や子供にはどれほどの苦痛を強いてきたことだろう。わかっていたことだとしても、とうに忍耐力など尽き果てていて可笑しくないほどだ。実例など身の回りに溢れかえっている。これまで見放されていないことが、いっそ不思議であるほどに。

 

 頃合いだ、と、どこかで囁く声がした。

 

 もういい年だ。子供たちも手を離れた。

 だれかを口実に、こんな生き方を続けられる範囲は、とうに過ぎている。

 

 まるで何かに操られるように、端末へ手を滑らせた。

 「この仕事が終わったら」と、そう――決まってもいない未来を語ろうとした。

 

 部屋のブザーが鳴らなければ、そのまま送っていただろう。

 メーテルリンクが戻ってきたらしい。浅く息を吐いて、腰を上げた。

 

「……ホーキンス隊長? どう、なさいましたか?」

 

 怪訝そうにメーテルリンクが問いかける。

 いや、と答えたが、血の気が引いている自覚はあった。

 

「……すまない、大丈夫だ。……ありがとうね、メーテルリンク君」

「いえ……。ほとんど寝てしまっているようですし、もしご都合が悪いようでしたら、私の部屋で寝かせますが……」

「いや、大丈夫だ」

 

 ぐにゃぐにゃとした身体をすくい上げ、ぽんぽんと背中を叩く。

 連れてくるだけでも相当難儀したのだろう。メーテルリンクがほっとした様子で胸を撫で下ろした。

 

「では、よろしくお願いします」

「うん」

 

 メーテルリンクを見送った後、部屋に戻ろうとして、足を止めた。

 すっかり寝落ちた小さな身体は、重くて、温かい。

 あっという間に大人になってしまった子どもたちのことを思った。

 いても立ってもいられない気分に駆られて、踵を返す。幼子を抱えたままフロイトの部屋へと向かった。

 乱雑に呼び出しボタンを押した。一回では応じないと思ったので、しつこいくらいに何回も。

 やがて顔を見せたフロイトは、この上ない渋面だった。

 

「なんだ、ホーキンス――」

「確かめに来た。君は、本当に良いんだね?」

「……何の話だ」

「僕も君も、生きていられるのが後どれくらいの時間かなんて知れたものじゃない。その貴重な時間を、本当に放り捨てるつもりなのか」

 

 フロイトはホーキンスが抱えた幼子の背に目をやり、ややあって、視線を落とした。

 

「もしこのまま戻らなかったとしたら、この子は、君の知っているレイヴンじゃないから、何の意味も無い存在だというのかい。……そんなはずはないだろう」

「……戻るはずだ」

「ああ、そうだ。だが、戻る前に君が死ぬかもしれない。誰にもそうならない保証はできない」

 

 必死に言い募った。

 ずっと、諦めていたはずだ。この男には希有なる戦闘能力と引き替えに人間らしい情動が失われてしまっているのだと認識してから、仕方がないものだと受け入れていたはずだ。

 だが、今、どうしても黙っておくわけにはいかない気持ちになってしまった。

 まだ間に合う時間を、投げ捨てることを許せなかった。

 彼のためか、彼女のためか、それとも自分のためなのか。それはわからなくても、今、動くべきだという衝動に駆られた。

 

「大切な存在なら、可能な限り、共にあるべきだ。フロイト――きみは、何に、怯えているんだい」

 

 フロイトがいやそうに顔をしかめた。

 らしくもなく横に視線を逸らしたことで、確信する。

 これは、ただの逃げだ。

 

「……そいつは、俺をいやがっているだろう」

「それくらいで諦めてしまうなんて、君らしくもない話じゃないか」

「言ってくれる。……いやがられるのも、怖がられるのも、思ったよりダメージがでかいんだ」

「それは正直自業自得だし、好かれるための努力をすべきだよ」

 

 くそ、とフロイトが髪をかき回した。

 自分よりもずっと若くて未熟な、ただの青年のようだった。

 

「……戻ったら、覚えていないんじゃないか」

「だからといって、誠実さを見せることを放棄するのは、話が違うんじゃないかな?」

「……簡単に言うな。誠実なんて、お前と違って縁が遠い」

「それは言い訳だよ、フロイト君」

 

 フロイトが長々と息を吐いた。

 そのまましゃがみ込んでしまうので、随分と素直だと笑ってしまう。

 本当に、この浮き世離れした男をここまで人間がましくしたのだ。レイヴンは誇っていい。

 

「……子供が苦手なのも本当なんだが」

「私が取り持つよ。練習あるのみだ」

「……置いていくのだけはやめてくれ。起きたときめちゃくちゃに暴れる」

「それはそうだね。また明日、改めて連れてくるよ」

「……あと、お前も、人のことばかりじゃなくてちゃんとやれ」

「……そうだねえ」

 

 案外色々と見ている首席隊長の逆襲に、ホーキンスは苦笑して答えた。

 本当に、愚かな男ではないのだ。だからこそ厄介なのだが。

 

「……この仕事が終わったら、そろそろ、退職の頃合いかなと思ってはいるよ」

「……そうか」

「それまでに心配ごとが減るといいんだが。君といい、レイヴン君といい、素直じゃないからなあ……」

「あいつに言ってくれ。俺は素直だ」

「そうかな? 今回の件で、ちょっとそう思えなくなってきたよ。……じゃあ、今日のところは帰ろうかな。運んでくれるかい」

 

 笑いながら、ほら、と眠る幼い子供を差し出す。

 受け取ったフロイトが、重いな、と顔をしかめた。

 

 

 

 

 

 

 

 レイヴンは関係者の予想通り、72時間で元の姿に戻った。

 正直なところ原理はわからないし違和感などとんでもないのだが、戻ったのならそれは何よりだろう。

 事故が起きてからの72時間はまったく記憶がないようで、人から話を聞いて目を白黒させながら謝罪に来たのを、苦笑してかわした。フロイトは素知らぬふりを通すつもりのようだ。やはり、そう簡単に変わることは難しいのだろう。

 

「……何を聞いても黙秘してるんですけど、何かご存じではないですか、ホーキンス隊長」

 

 苦々しげなレイヴンの発言に、思わず吹き出してしまった。

 いつか、彼らがまともに未来を見る気になったとき、これが笑い話になればいい。

 

「そうだねえ。私は何も言わないが、まあ、じっくり聞き出してやると良いよ、レイヴン」

 

 

 

 

 

 

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