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→ 「V.ⅡとV.Ⅵが好きに生きるifルートの話」(甲乙様)
「もっとも昏きは夜明け前」(レイヴンがまさかのママになるも戦場神経症的なやつでうまく適応できなかった話)に、それこそまさかの、V.Ⅱ スネイルとV.Ⅵ メーテルリンクのハッピーエンドルートを生やしていただきました。
スネイルがいかにもスネイルで、なおかつメーテルリンクさんがもうとんっでもなくいい女なので是非読んでいただきたい……!
紹介だけだと投稿できないので、上記から派生した短いお話を一本。レイヴンとお隣のお嬢さんです。
「おばさまは、おじさまのどこを好きになったの?」
おとなりのお嬢さんが目をきらっきらに輝かせて放った質問に、思わず硬直した。
「不思議の国のアリス」を思わせる空色のエプロンドレスを完璧に着こなした、この上なく愛くるしい幼子だ。
薔薇色の頬と唇、星のような宝石のような美しい目、くるくる変わる表情はどれも輝くようだが、なかでも笑顔はまるで花が咲いたかのよう。この子を見ると、いつもマザーグースの「女の子はなにでできてるの」という一節を思い出す。“お砂糖とスパイス、それから素敵なものぜんぶ”。――カエルとカタツムリ、仔犬のしっぽ成分扱いの男児とは違いすぎる。差別だ。
可憐な容姿も勿論なのだが、彼女の本領はその性格にこそあった。
おませで、しっかりしていて、要求をはっきり言葉にできるタイプで、それでいて相手を転がすのがうまい。末恐ろしいお嬢さんだ。
彼女の父親は態度こそ一貫して冷厳さを保っているものの、その実このお姫様に連敗続きだというのは公然の秘密である。なお本人は認めていない。
比類なき嫌味堅物と、そこそこな真面目堅物のカップルから、どうしてこうも「お姫様」な女の子ができあがったのか――いまだに謎だ。仕事を理由に家を空けていた時間が長く、我が子よりもさらに関わりが薄かったためだろうか、さっぱり分からない。感心するやらおののくやら。一体何がどうなってそうなった。
走馬燈レベルにそんなことを振り返っていると、にっこり可憐に笑った娘さんが、もう一度同じ質問を口にした。
どこを好きになったの、と、滅茶苦茶に答えにくい質問を。
「……ママにも聞いてみた?」
「ええ、もちろん!」
「なんて言ってたの?」
「『まじめでひたむきなところよ』、ですって」
なるほど、ものは言い様だ。あの神経質な執念深さをそう言い表したか。
それを参考に言葉を濁そうとしたのだが、思った以上に難しかった。
きらきら輝く瞳が回答を促してくる。誰かに助けを求めたくなったが、残念ながらこんなときに限って普段うるさい家の中に人の気配がない。
「とうさまはおしえてくれなかったの。『
「いかにも言いそうね……」
照れ隠しがバレバレだとはいえ、娘に何てことを言うのだ、あの男。このお嬢さんが異常に
眉をひそめたところに、お嬢さんがにっこり駄目押しを繰り出した。
「おばさまは、とうさまとはちがうもの。ちゃんとおしえてくれるでしょ?」
――そうきたか。
あっさりと王手をかけられた。あまりにも言葉巧みが過ぎる。この年齢にしてこの会話術、人生何周目だ。
どこで拾ってきた才能なのか、彼女は幼いながらに「
冷や汗を掻きながら視線を泳がせ、やむを得ず、言葉を絞り出した。
「その、ええと……。……つ……強かった、から……?」
大きな目が、まん丸になって瞬いた。
いや、それがすべてではないのだ。いまどこに愛情を感じるかと言われればもっと簡単で、家族を大事にしているところだとか、頼りがいがあるだとか、意外な程の根気強さだとか、いくらでも数え上げることができる。
ただ、あの辺境の惑星で、どうして彼に惹かれたのかと問われてしまえば――正直、それ以外に答えようがなかった。
だってその時点では、そんな美点など見つけられていなかったのだ。フロイトにそんな部分があるだなんて夢にも思わなかった。昔の自分に言っても、絶対に信じないと思う。
とはいえ、我ながら、いくらなんでもあんまりな返答だ。しどろもどろに言い訳をした。
「あの、ごめん。あくまできっかけね? 好きになった理由としてね? 違うのよ、いいところは他にもいっぱい――」
「……すてきだわ!」
「え」
宝石のような目が輝きを増した。
小さな両手を合わせて、まるで舞台上の女優のように美しく立ち上がる。
「そうよね! あれほどお強いんだもの! それにみあうあいてでなくちゃ、ぜったいにうそだわ!」
「う、うん……。……うん……?」
「いつものんびりして、めだたないおじさまが、まさかそんなにお強いだなんて……! それってとっても、すてきだわ!」
「あぁ、うん、そうね。そこは保証する」
きっちり引退して
いつぞや、クリスマスまでにこちらを連れ帰るためだけに膠着する戦場へ押しかけてきて
閑話休題。自分が子どもたちに戦闘を見せてしまったのは一回だけのことだが、この分だと、どうやらトラウマにはさせずにすんだようだった。良かったのか、今後のことを考えると悪かったのか。
「うぅん……やっぱり、おんなじところをすきになるものなのかしら。わたしがおうじさまをみつけるのって、たいへんそう」
それはありとあらゆる意味でそうだと思う。生半な相手では父親が首を縦に振るまい。
うーん、と一緒に首を捻った。
「自分とは違うから惹かれるってことも、よく聞く話ではあるけど」
「“こいは、おちるもの”?」
「そうね。理屈じゃないのかも」
「おばさまもそうだった?」
墓穴を掘った。
どうだったかなあと考える素振りを見せていると、楽しげな声が割って入った。
「面白い話をしてるな」
「フロイト」
仕事が一区切りついたらしい。もうそんな時間だったのかと時計を見て、夫の分の飲み物を用意した。
おとなりのお嬢さんが、もう、と小さな手を腰に当てていた。
「おじさま? レディのはなしをぬすみぎきなんて、よくないわ!」
「内緒話ならもうちょっと小声でやっておけ」
「それもそうね。つぎはそうしなきゃ」
「素直で良いことだな」
頭を撫でるのは本人から厳重な禁止令が出ているためか、ようやくやらなくなった。髪型が崩れるのがいやだという主張をあの手この手で言い換えてフロイトに納得させたのだから、本当に大したものだと思う。
小首を傾げたお嬢さんが、そうだ、と続けた。
「おじさまは、おばさまのどこをすきになったの?」
「きっかけか。強かったからだな」
止める間もなかった。
「やっぱりおんなじね!」と笑い声を転がせた少女に、思わず額を押さえる。
「……情操教育について、おとなりさんから苦情が来そうね……」
「お前も同じ回答だったんだろ。言われる筋合いはないぞ」
「……今は、他にも色々あるわよ?」
「俺も色々あるが、ここで披露するか? 観客がいるが」
フロイトが指さした先で、きらきらとした目に出くわした。
「ききたいわ!」
「秘密。……ほら、そろそろおやつの時間じゃない? ママが待ってるわよ」
「あら、ほんとうだわ。きょうのおやつはバナナケーキなの。つぎはきかせてね、おばさま?」
小悪魔めいた笑顔を見せてスカートをつまみ上げ、可愛らしいカーテシーでいとまを告げる。
無理に食い下がらないで、しっかり次に繋げてみせた。
弾むような足取りを見送り、その姿が見えなくなってから、たまらず両手にため息を吐き出す。
「……てごわいわ……」
「スネイルの切り札になる日も近いかもな」
「子どもを利用するなんて、って言いたいところだけど……すごくうまくやりそうなのはわかる……」
「本人次第だろ。それより、さっきの続きは聞かせてくれないのか?」
隣に腰を下ろして手を取り、面白がるように訊ねてくる。
思わず眉を下げたが、少し考えてから答えた。
「……たくさんのものをくれたところ。子どもたちも、今の生活も、全部。夢にもみたことがなかったものばかり」
「現実だって実感くらいは、そろそろ持ってもらえると嬉しいんだが」
「……頑張ってるんだけどね……」
「わかってるさ、無理はしなくていい。そのうち慣れる」
「……そうやって待っていてくれるところも」
「だろう。もっと言え」
得意げに笑う夫に笑い声をこぼしたとき、玄関から元気のいい声が飛んできた。
「ただいまー! ハラへったー、おやつなにー!?」
次男だ。二人顔を合わせて目を細めたのが同じタイミングだったので、なんだかそれが、とても胸を温かくした。
フロイトが先に腰を上げる。
「ドーナツだ。先に手を洗えよ」
「あ、父さんいんの!? あのさあ、ドローンのラズパイなんだけどさー」
「もう一回言うぞ、先に手を洗ってこい。鞄は投げるな」
「サーイエッサー! でなー、父さんが言ったのためしてみたんだけどさー!」
顔も見せないまま大声で続ける会話に、くすくすと笑いながらおやつを用意する。
いまはきっと、「そしてふたりは幸せに暮らしました」の続きだ。
人生はめでたしめでたしで終わらせられるものではなく、うまく行かないことは山ほどあって、どうしようもない自分がしょっちゅう浮き彫りになる。
それでも――幸せだと思う。惜しみなく与えられるそれを、きちんと受け止めて大切にするために、ちゃんと、変わっていかなければ。
ようやく顔を見せた次男がなだれ込むように椅子に座って、あれこれと矢継ぎ早に喋り始める。
分不相応なくらいに穏やかな、午後のティータイムだった。