……恋物語ってなんだっけ……?
アーキバス武力実行部隊ヴェスパーが第2隊長、スネイル。
まぎれもなく有能な働き者でありながら、上からも下からも満遍なく嫌われている、実に人望というものから懸け離れたルビコン戦域指揮官である。
無論本人にも問題はある。いちいち嫌味や侮蔑を練り込まないと会話ができないのかといった全方位に失礼な言葉選びだとか、他人を信用せずにいちいち試し行為を入れる悪癖だとか、無駄に有り余る自己評価の高さだとか、微妙に自分に甘いところだとか。
だがしかし、それらの問題点が、過労によるストレス反応から来ているのだといえば、ほんの少しくらいは同情を得られるのではなかろうか。
細大に渡る広汎な事務処理に、人員配置、作戦立案から上層部との折衝、積み上がる賞罰手続き、果ては首席隊長のやらかしの後始末に至るまで。山のような仕事を片付けるため毎日3時間の睡眠で身体を酷使しているのである。強化人間だろうがなんだろうが、これは早死にコース間違いなしだ。
メーテルリンクがそれを気にし始めてしまったのは、実は人造人間なんじゃないかというまことしやかな噂まで流れていたスネイルに、意外なほどの人間味を見るようになってからだ。
きっかけは、長らく空席だったV.Ⅸの地位に、一人の独立傭兵が推挙されたことだった。
彗星のように現れた、首席隊長の“運命”。
休憩室で飛び交うその評価を苦り切って聞いていたスネイルは、特に何も反論しなかったが、部屋を出る前に、ぼそりと呟いていた。
「いや……。……恒星フレアだな……」
部屋の扉が閉まった後、思わず吹き出してしまった。
恒星表面での爆発現象だ。大規模なものになると電波障害にとどまらず、CMEによる電力システムの破壊を招く。要は彼の中で、V.Ⅸの存在が災害級のものにまでなっているということだ。
気持ちはわかる。なにしろくだんの独立傭兵、なんと首席隊長の同類だったのだ。
首席隊長による通り魔騒動が減ったことに胸を撫で下ろしていたら、今度は狂犬のじゃれ合い(機体の破壊と中身の負傷付き)が勃発したのだから、スネイルの胃薬の消費量が上がったのも無理はない。
彼女本人は結構好ましい人物なのだが、二人揃うと途端にトラブルメーカーに変貌するのだ。被害を被るのは主にスネイルと整備班くらいなので、他の社員はわりと状況を面白がっていた。
だがしかし、スネイルに同情心めいたものを一度抱いてしまうと、メーテルリンクとしては、ちょっとその胃痛を無視することができなくなってしまった。
なんだか段々、私が支えなくてはこの人は、そしてヴェスパーは駄目になってしまうのではないかと思えてきてしまったのだ。
そんなことをうっかりレイヴン相手にこぼしたところ、彼女にはめずらしい、深刻な真顔で首を振られた。
「……メーテルリンク。それは、良くない。すごく良くない」
「そこまで」
「私、それ知ってる。駄目な男、引っかかるやつ」
「なんでちょっとカタコトなの……それに、スネイル閣下は別に駄目な男なんかじゃ――」
「そこの評価は置いておいて、とりあえず思考回路が良くない。本当に良くない。一回そうなるともうまともな男じゃ物足りなくなって、次から次へと駄目な男ばっかり捕まえてくるの。それで満足そうに消耗していくの」
「見てきたかのように……」
「実例が身近にいた話、する? かなりのホラーよ」
そう言われると、返答に詰まってしまう。
レイヴンはゆっくりと頷いた。
「まあとりあえず、冷静になって。錯覚だと思うわ。その手の男は貴方がいなければ別の人間を利用するだけだし、いなければいないでなんとかなるものだ、って、先人が含蓄のあるお言葉をくれている」
「先人……」
「ちなみにそのご婦人がぶっ飛ばしたのは、ギャンブル借金系のダメ男だったわ」
「さすがにそれと比較されるほどひどくないよ! 撤回、撤回を求める!」
「……どうしてかしら、別方向に駄目な男の気がしてならないの……!」
「くっ……それはなぜだか否定できないけど……!」
なんだか芝居がかった応酬ののち、レイヴンがコホンと咳払いをした。
「まあ、ここまでが、かなり本気の冗談として」
「……いや、どっちなの」
「でも、そうね。貴方が自分の欲求として、スネイルを助けたいんだっていうなら、止めないわ」
打って変わって、淡々とした口調だった。
透徹した目がこちらを見つめる。
「義務感でも庇護欲でも何でもいいけど、そうしたいのは貴方で、相手がスネイルだからそうしたいんだって言うなら、それは、いいんじゃないかな」
彼女は独立独歩を旨とするフリーランサーだ。その思考は一貫して自律的で、おそらくは人間関係においてもそうだった。
生来の性分でそうだった、というよりは、そうでなければならないのだという牢固な自負に思えて、いつもなら少しもどかしくなる。そこまで自分の足で立たなければならないのかと。
だが今回に限っては、耳の痛い正論に感じた。
「……所詮は自己満足、ってことか」
「喜ぶかどうかは相手の決めることだしね。そこ履き違えないほうが自分も楽だと思う。こういうのは、自分に無理のない範囲でやることだと思うわ。でないと共倒れになりそう」
「……スネイルが倒れるとしたら、多分原因の4割くらいは貴方たちじゃないかな!」
「心外だわ。3割はフロイトでしょ?」
「どうかな、この間の現場でうちのMT部隊と小競り合い起こしてたじゃない」
「向こうが後から首を突っ込んできたんだもの。私は退くように言ったわ」
そんな言い合いをしたものの、その後もスネイルの胃痛は治まるところを知らなかった。
――具体的に言うと、半年足らずでこんな有様だった。
「大変ですスネイル閣下! また模擬戦で負傷者です!」
「今度はどちらですか……!」
「りょ、両方です! V.Ⅰが肋骨骨折、V.Ⅸが右腕脱臼とのこと……!」
まだ軽傷だ、と思えてしまうだけ毒されている。
本人たちは「これからがいいところだったのに失敗した」「そこまで最高だったぶん欲求不満だ」などと供述しており、まったく反省の色が見られなかった。どうやったらACは無事なのに中身が負傷するような事態が起きるのかと思えばACSを戦闘中オフにしているという正気を疑うような話を聞いて、本気で頭痛がした。スネイルは頭を抱えていた。
「スネイル、ダミー企業から苦情だ! ベイラムから支払い督促を受けているとのことなんだが、僕の方には該当のデータがない!」
「十中八九フロイトでしょう! 再発行だけ要請して処理しなさい、後で締め上げます!」
非正規の購入ルートを勝手に使うなとは言わないが、やるなら最後まで責任を持てと言いたい。
絶対にしれっとした顔で「忘れてた、悪いなスネイル」などと欠片も悪びれずに言ったのだろう。こんなイレギュラーが続けば不正に気付くのも難しくなる。
「閣下、コーラルの逆流で北部ベイエリアが消失しました! V.Ⅸとの連絡が途絶しています!」
「閣下! 開発中のオーバードウェポンをぶっ放した首席隊長が重傷です!!」
「閣下、首席隊長が生身で第7部隊の隊員と乱闘事件を起こしました……!」
「惑星封鎖機構が技研の遺産を起動しました、中央氷原を占拠しています!」
「RaDから対IA-02決戦兵器の売り込みが入っています、とんでもない額なのですが……!」
「閣下ー! 首席隊長がシュナイダーの新型の決裁通してますー!! というか当の首席隊長、行方不明なんですがっ!?」
「首席隊長発見されました! ……シュナイダーのルビコン支社まで、新型の試乗に行っていました。現在精密検査中です……!!」
ほぼ首席隊長じゃないか、というツッコミは正しい。
日々細かなトラブルは山ほど起きているのだが、大きなトラブルとなるとどうしても権力を持つものが原因になるのだろう。……いや、そもそも権力を持っているならそれなりに思慮深く行動して欲しい。どこの暴君だ。古代中国の武将メンタルか。
最後の件はその中でもとびきり頭の痛い話だったというのに、おまけが着いてきた。
のけ者にされたV.Ⅸが拗ねたのだ。
「……ひどいと思う。私がいない間にそんな楽しそうなイベント、一人だけで!」
「お前、よその仕事でいなかったじゃないか」
「待っててくれたっていいじゃない。私が逆だったら待ってた!」
「あのタイミングしかなかったんだ、仕方ないだろ。そのうち買うから待ってろ」
「……そう。そういう態度なんだ……! わかった、もういい。しばらく顔を見たくない」
とかなんとか言って、レイヴンがアーキバスのルビコン進駐拠点から“家出”をしてしまったのだ。
そうしてかれこれ10日、帰ってこないどころかこちら側からの連絡をことごとく無視しているようで、まったく連絡がつかない。
首席隊長の機嫌も日に日に悪化していく一方で、スネイルの胃痛も比例して悪化していた。初の派手な痴話喧嘩がこれである。正直、もっとマイルドなところから始めて欲しかった。
「水と食糧は足りてる?」と実家の母だか姉だかのようなメッセージを送ると、ようやく返信があった。問題はないとのことだ。どうやらしっかり準備は整えていったらしい。
さらには「反省してそう? するわけないわよね? まだ帰らない」と意固地なことを言うが、当たりだ。
あれはまあ、苛立っているのであって反省しているわけではない。とはいえこのまま放置して反省に至るかと言われれば――性格的に無理だろうなあ、と考える。
仕方なしにスネイルのところへ様子をうかがいに行くと、オキーフと行き会った。
「オキーフ長官……お戻りだったんですね。騒ぎはお聞きですか?」
「ああ。……随分と……面倒なことになっているようだな」
「同感です。……レイヴンは今のところ、折れそうにありません。フロイト隊長へは、オキーフ長官より働きかけをお願いできないでしょうか」
「気が重い。素直に聞けば良いが……新型を入手するのが最短だろうな」
予想外の反応に、メーテルリンクは目を丸くした。
意外だった。機微に敏いこの上官も、やはり男性的な考え方をしているのだろう。
「いえ、多分……問題は、そこだけではないのだと思います」
「ん?」
「いえ、もちろんそれもあると思います。それがあれば釣れると思いますし。ですが……もう少し、感情的な面があるのではないかと」
「感情的? あいつがか」
「はい。うまく言えないのですが……そうですね。二人で楽しみにしていたことを、ないがしろにされたことが、そして、そのことに対して首席隊長殿がまったく悪びれなかったことが、彼女の感情的な側面を刺激してしまったのではないかと」
そうでなければ、「反省」などという言葉は出てこないだろう。食べてしまったプリンを単に買い直せば良いというわけではないのと同じだ。広範的な再発防止と、たぶん共感を求めている。
そう分析してみると、確かに、彼女にはめずらしい話だった。
オキーフが考え込むように顎を撫でた。
「……なるほどな……。助かった。どうも、表面的なものの見方をしていたようだ」
「わかります。レイヴンですからね」
「やれるだけやってみよう。そちらは頼む」
「はい」
苦笑をかわしあい、情報を共有してその場で別れた。
改めてスネイルの執務室をおとなうと、大体いつでも悪い顔色が、本当に土気色になっていた。
「……スネイル閣下、あの、食事はちゃんととっていらっしゃいますか? ひどい顔色ですが……」
「……どうにも、食欲が」
「何かお持ちしましょうか? 温かいものの方がよさそうですね。カロリーも考えると、スープよりリゾットとか……」
「……貴方も仕事中でしょう、V.Ⅵ。無用な手間です。それで、何の用件ですか」
「あ、はい。レイヴンの近況をご報告に……」
「……とっとと戻るように仕向けてはもらえませんか」
懇願だった。これは相当きている。
ため息に近い声に「尽力します」と応じ、急いで厨房に駆け込んだ。他の仕事をしろとは言われても、スネイルが倒れる方が影響は甚大だ。インカムで部下に色々と指示を出しながら、あり合わせで、できるだけカロリーと栄養バランスと消化性を重視したリゾットを作った。
押しかけて持ち込んでしまえばスネイルも拒むことはなく、苦々しい顔ながらも保温容器を受け取った。
一旦退出して仕事に戻り、あわただしく仕事を片付けた。1時間経って時間を捻出して皿を回収に行くと、多少は顔色が戻っていた。すべて食べてくれたようでほっとする。
スネイルが何か言いたげな顔をして、ようやく口を開いたとき、さらなる凶報が舞い込んだ。
《閣下、星外からの搬入船が衛星砲にやられました! エンジン推力は生きていますが油圧系統機能喪失、着地予想地点を算出中です!》
「OA1855には重要物資は含まれていない、無理のないうちに脱出するよう指示を。着地――いえ、墜落予想地点へ部隊を回します」
「第6部隊、すぐに動けます。お任せください」
その場で請け負うと、スネイルが顔をしかめつつ頷いた。
「情報はベイラムや解放戦線も得ているはずです。十分に注意を」
「はい」
あわただしく準備を整え、輸送機に配下のMT部隊を連れて出撃した。
墜落予想ポイントはそう遠くない。約1時間といったところだ。物資搬入船の操舵人員はずいぶんと真面目なようで、ぎりぎりまで粘るつもりであるようだった。間に合わなくなる前にはスネイルが脱出させるだろう。その予想通り、道中で機体を放棄する旨の連絡が入った。
やがて、氷原の端に煙が見えた。
墜落に伴う火災は消火機構がうまく働いてくれたようだ。派手に破損し、ぶすぶすと燻るような音を立ててはいたが、コンテナはおおよそ無事であるようだった。……コンテナの中身までは保証ができないが。
早くに到着できたことが功を奏し、まだ他勢力の姿は見えない。
周辺を警戒させながら回収作業を進めていると、オペレーターが苦い声を上げた。
《高速接近する機体反応。――速度的に、おそらくACです》
「了解。1班を除き、回収作業を一時中断。交戦準備を」
追加で上げられた報告によると、相手は独立傭兵とのことだった。ベイラムの依頼を受けたのだろう。
ACが2機。2脚とタンクだ。たまたま近場にいたのだろうが、少々厄介な組み合わせだった。
機動力を生かしながら足を止めずに動き回り、まずは2脚を狙う。最適距離からパルスガンを撃ち込み、相手の攻撃をシールドで防いだ。MT部隊も連動して背後からの射撃を狙う。
タンクがばらまきタイプのミサイルを放った。
「散開!」
MTが巻き込まれないようにとバックステップで距離を取る。その隙に距離を詰めてきた2脚に、チャージしたプラズマキャノンで応じた。
警告音に従って回避。タンクのバズーカが機体を掠める。さらにライフルの弾が差し込まれてきた。
かなり練度の高い連携だった。手こずりそうだ。
《V.Ⅵ、救援です! これは――》
戦場に飛び込んできたのは、薄紅色の機体だった。
雪煙を上げながら地を滑るように接近し、そのまま二脚に蹴りを打ち込む。少しだけ角度を変えながら更に距離を詰め、立て続けにレーザーダガーを叩き込むその動作は、まるで踊るような軽やかさだった。だめ押しにレーザーキャノンまで叩き込んで、ようやく一息つく。
「レイヴン……!」
《無事ね。近くでよかった》
「助かったよ。援護に回る」
《うん、任せて》
数的優位、それもエースを戦力に数えていれば後れを取ることもなく、独立傭兵は早々に仕事を放棄した。
去って行く2機をレイヴンは追わなかったが、迷うように見送った後、長々としたため息を吐いた。
《……もしかして、居場所がばれてた? スネイルから救援要請が来たんだけど》
「偶然だと思うよ。かなり参ってるところだったから、わかってたならもうちょっと手を打ったんじゃないかな」
《ならいいけど……。操舵人員は?》
「ちゃんと脱出してる。今連絡を取っているところ」
《そう、よかった》
「……貴方もこのまま一緒に帰ってくれるなら、すごく、助かるけど。まだそんな気になれない?」
レイヴンが沈黙する。苦り切った様子だった。
《……これ以上時間をおいても、意味は無いとは、思うのよ》
「そうだね。帰っても口をきかなければいいんじゃない?」
《それ、結構難しくない? 顔を合わせるのに無視するの?》
「メンタルには来ると思うな」
《……だから、ちょっと、難しい》
微妙な優しさに、メーテルリンクは苦笑した。
まあ、あの首席隊長殿のことだ。捕まえられる範囲でそんな暴挙に出たら、大人しく無視されていてはくれなさそうだが――そちらよりも、相手を直接傷つけることを考えてしまったらしい。
「スネイル閣下の胃痛がそろそろひどいことになってる。私を助けると思って、帰ってきてくれないかな」
《……スネイルの胃はわりとどうでも良い》
「そう言わないで。すっかり食欲が落ちちゃってるみたいで、すごい顔色になってるんだから」
《手料理でも差し入れてあげたら?》
「まさに本日そうしたところだよ。貴方も食べたくない? トマトと鶏挽肉とタマネギのリゾット」
《胃袋掴もうとしたってそうは……っ! ……ああもう、わかった。おなかすいた!》
幸いにも音を上げてくれたので、こっそりオキーフに連絡を取っておいた。できれば帰るまでに、首席隊長に何らかの変化をもたらしてやって欲しい。
オキーフがうまくやってくれたようで、とりあえず、レイヴンがまたすぐに飛び出すような事態にはならなかった。
輸送船のコンテナはすべての回収に成功し、スネイルからは労いの言葉を受けた。それに加えてレイヴンを連れ帰ったことも大きかったのだろう。心底から安堵のため息を吐いていたので、今日くらいは早く寝るよう進言した。
スネイルから声をかけられたのは、墜落から翌々日のことだった。
呼び出されるでもなくこちらから向かうでもなく、廊下で呼び止められるというのはめずらしい話だ。首を傾げながら足を向けると、どこか居心地の悪そうな様子で袋を差し出された。
「色のついた砂糖です。製菓にでも使ってください。……いつも私物をご馳走になっていますので」
「えっ。……あ、ありがとうございます……?」
砂糖なら常備品が存在する。わざわざ取り寄せた理由はよくわからないが、厚意であるなら、それは嬉しいことだ。
袋から見える色は可愛らしい白と薄紅色で、思わず笑みが漏れる。
両手で受け取り、胸に抱いた。
「ありがとうございます、閣下。大事にいただきますね」
「……いえ。早めに使ってください」
そう言って早々に立ち去る姿は、どこか何かを飲み込んだかのようだった。
不思議に思いながら休憩室へと足を向ける。レイヴンとお茶をする約束があるのだ。
扉を開けると、不機嫌そうに机に伏していたレイヴンが顔を上げた。
その顔が、きょとんとしたものになる。
「ずいぶん嬉しそうだけど……良いことでもあった?」
「少しね。……ねえ、今日はミルクティーにしない? 綺麗な色のお砂糖をいただいたんだ」
ふうん、と首を傾げたレイヴンが、机に置いた小袋を眺める。
「砂糖なんてわざわざ……? まあ、綺麗な色だけど……」
「いいじゃない。腐らないし、実用性があるんだから」
「それはそうなんだけど。スネイルでしょ? ちょっとらしくないっていうか……」
そのままじっと砂糖を見つめていたが、ふと、思いついたように声を上げた。
「もしかして。……ねえ、これ開けていい? お皿はある?」
「え? ええ……いいけど、どうしたの?」
レイヴンは丁寧に袋を開けると、砂金を探し出そうとするような慎重さで、砂糖を少しずつ皿に移していった。
首を傾げながら、紅茶を用意する。
やがて、レイヴンが両手をあわせた。
「……やっぱり! ほら見て、メーテルリンク!」
呼ばれて覗き込む。
皿の上に広げられた、白と薄紅のまだらな砂糖粒の中に、ひとつだけ、形を持ったかたまりがあった。
コロンと丸く、凹凸がある。
これは――薔薇の花、だろうか。
「角砂糖の花を贈るなんて、可愛いところがあるじゃない」
墜落の衝撃で砕けちゃってたから、言い出せなかったのね、とレイヴンが笑う。
決まり悪げなあの様子を思い出して、うっかり胸が熱くなってしまった。いつもの彼ならうまく行かなかったプランなど痕跡も残さず破棄してしまっただろうに――どうして、手渡してくれたのだろう。
「か、角砂糖の、保存方法について……っ! 調べなきゃ……!」
「わあ乙女」
「だって、こんな……! ねえレイヴン、どうしよう、これってどういう意味だと思う!?」
「え……意味はあんまりないんじゃない? スネイルよ?」
「なんでそんなひどいこと言うのかなあ!?」
「いや、意味を込めるなら砂糖ではないんじゃ……普通にちょっとしたお礼……」
「……そ、そうよね……うん……言われてみればそのとおりなんだけど……うう……!」
「あーごめん、ごめんってば。わかった、角砂糖の保管方法ね。えーっと」
きゃいきゃいと騒ぐ二人の番号付きに、入室した隊員がめずらしいものを見るような目を向ける。
可愛らしい砂糖の薔薇は、乾燥剤とともに小さな瓶に入れられて、メーテルリンクの私室に保管されることになった。
宝物扱いのむず痒さに、いつまで耐えられるかしらね、とレイヴンが笑った。