621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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V.Ⅰレイヴンのifルート、スネイル視点の話になります。


フロイトが死んでレイヴンがV.Ⅰを引き継ぐ話
Shrouds have no pockets (1)


 

 V.Ⅰ フロイトが戦死したのは、中央氷原に入って間もない時期だった。

 突発的に起きたベイラムとの戦闘で、レッドガン G1、ミシガンと遭遇したのが始まりだった。こちらの制止を完全に無視し、それはそれは、血湧き肉躍る戦いを繰り広げ――そして、敗れた。

 ベイラムの物量差に押し負けたと言えば、その通りだろう。フロイトは単機で、既に消耗しており、対して無傷のミシガンは配下のMTを数十機伴っていた。

 だが、経過や敗因には何の意味も無い。

 結果としてフロイトは死んだ。――ただ、それだけが事実だ。

 

 あまりにも大きな痛手だった。遺体はファクトリーに送る余地さえないほど焼け尽くし、残るのはただの膨大な戦闘データだけだった。

 頭の痛いことは更にもう一つあった。フロイトに次ぐ力量を持つV.Ⅸはあくまで独立傭兵であり、フロイトとのごく個人的な契約によってアーキバスに協力していたに過ぎない。理由を失った以上、引き留めるだけの材料はいくら考えても思いつかなかった。このままでは、戦力の大幅な低下は避けられない。

 金銭を詰むだけですむならいい。だが、それは役に立たないだろう。守銭奴を自称するわりに、彼女が報酬の額にこだわっている印象はあまりに薄い。おそらくは飼い主の元へ戻るか、少なくともルビコンを離れるだろうと考えていたのだ。

 

 だが、簡易的な葬儀を終えたその日、彼女は姿をくらませるのではなく、ひどく静かな佇まいで自分の前に立った。

 

「V.Ⅰの席を、私が貰うことはできる?」

 

 ――本音を言うのなら、意外だった。

 愚かしいほどに自由へ固執していたはずの女だ。それが、自ら首輪を填めようというのだから。

 

「……理解しているとは思いますが、正規の手続きで企業所属となっていただく必要があります。簡単に破棄できるような契約ではありませんよ」

「そうね。お望み通り、繋がれてあげる」

「ならば結構。……要望があれば聞きますが」

「……だったら、ひとつだけ。フロイトの使っていた部屋、私がそのまま貰ってもいい?」

 

 ずいぶんと感傷的な話だった。だが、拒む要素はない。

 彼女は目を泣き腫らすでもなく、ひどく淡々とした様子だった。だから結局、どの程度フロイトの死を悲しんでいたのか、はっきりとはわからないままでいる。

 

「いいでしょう。ご自由に」

 

 ありがとう、と目を伏せたその顔は、なぜか途方に暮れたものに見えた。

 自分から言い出したことだというのに、まるで、引き返せない一歩を踏み出したかのように。

 

 

 その日から、彼女はクローゼットから取り出したサイズの合わないジャケットを使うようになった。――異なるエンブレムの、しかし同じⅠのイニシャルが刺繍されたジャケットを。

 

 

 

***

 

 

 

 そう間を置かず、惑星封鎖機構が本腰を入れて企業勢力の排除に乗り出した。

 各拠点の撤収作業にはヴェスパーを総動員せざるを得なかったが、負け戦のその中で、V.Ⅰの存在は異彩を放っていた。

 味方を一人も守り漏らすまいとでもするかのように敵機を瞬く間に鉄塊に変え、撃ち落とし、最低限の動作で蹂躙していく。まるで、気分が乗ったときのフロイトのような鮮やかさで――それは、襲撃に動揺していた社員にとって、福音であるように見えただろう。

 塗り替えられていく戦況はだがしかし局所的なもので、大勢を覆すには至らない。そこまでの道筋を立てるのはこちらの役割だ。

 司令部の大きなモニタへ表示される各地の侵攻状況を睨んでいると、V.Ⅰから通信が入った。

 

《ベルグレイブ要塞の撤収作業が完了したわ。このまま明け渡して良いのね?》

「ええ、いずれ再利用しますので、破壊は不要です。V.Ⅰ、貴方は一度戻って休息を」

《まだ大丈夫。もう一箇所くらいは片付けておくわ》

「……MT部隊の損耗状況はいかがです」

《ああ……。そうね、私だけでいい。指示して、スネイル》

 

 無謀であるという程ではないものの、その危うさに対する懸念はある。

 思案するように指で机を叩いたが、今回は彼女の意向を受け入れることにした。

 

「……いいでしょう。北北東36km、アボア燃料基地へ」

《了解。MT部隊は戻らせるわ》

 

 言葉少なに応じて通信を切る。

 作戦行動開始から15時間が経過していた。次はごねても休ませるべきだろうと考えていたのだが、燃料基地撤収完了後の報告は、予定通り帰投するとの内容だった。データを見る限り損傷も少なく、大きな問題はなさそうだ。

 それでもハンガーの現状確認を彼女の帰投時間に合わせたのは、直接様子を見ておくべきだと判断したためだった。

 

 輝くような光沢の白に塗り上げられた新しいACは、度重なる戦闘で煤けて汚れていた。

 古い石碑(ロゼッタストーン)の名前を持つその機体は、以前と異なる重逆関節だ。脚以外はアーキバス系列のもので揃えているだけ、かなり行儀のいい機体だった。

 コクピットから降りてきた彼女が、抱えていたジャケットに袖を通しながら整備士に応じている。

 

「ご無事で何よりです、隊長」

「6時間後に出るわ。整備と修理をお願い」

「了解しました」

 

 話しながら、指先も出ない袖口に手を差し込んで、手首を発掘するように袖をまくっている。ようやく出てきたその腕は白く、折れそうに見えた。

 そう小柄な方でもない筈なのだが、大きすぎるジャケットは、この女をやけに繊弱なもののように錯覚させてしまう。――ただのくだらない錯覚だ。

 こちらに気付いて、V.Ⅰが少し首を傾げた。顔色は悪くない。

 

「スネイル。こんなところで何を?」

「ハンガーの状況確認です」

「そう。私は少し休むわ。6時間後にまた出る。次のプランを立てておいて」

「ええ、わかりました」

 

 思ったよりもしっかり休憩するつもりでいるようだ。自己管理ができているなら重畳だった。

 部屋へ戻る背中を見送り、周囲に気付かれないよう息を吐く。

 犬は人につき、猫は家につくという。その言葉を適用するなら、今の彼女は、まるで猫のようだ。

 清掃担当からの報告によると、あの部屋は、フロイトの生前のまま何一つ変わっていないとの話だった。

 馬鹿げた執着だ。いくら時間を止めようとしたところで、死んだ人間の記憶は日に日に薄れていく。それがわからないほど愚かではないはずだが、こちらには理解しがたい何かを真綿か何かで包むかのように抱え続けている様は、一歩踏み出せば狂人のそれになるだろう。

 

 歴史を紐解けば、死んだ王の心臓をハンカチに包んで肌身離さず持ち歩いた王妃がいたというが、あれはどこの誰だったか。

 ――いや、と内心で否定する。頭を振る代わりに眼鏡をずらし、疲労に痛む眉間を親指で強く押さえた。

 

 あの女はどこまでも正常だ。おそらく壊れることはあっても、狂うことはない。

 ならば、その正気と感傷を可能な限り長引かせて、有用な駒であり続けさせるべきだ。

 

 そう、意外にも、彼女は有用な駒だった。

 

 生来が真面目な気質なのだろう。様々な面でいくつかの仕事がフロイトの頃よりも格段にスムーズになり、驚くことに実務面での負担が減っていた。組織の立て直しは覚悟していたよりもずっと容易だった。

 V.Ⅰとしての実力も申し分なく、アセンブリを無駄にあれこれ変えることもなくなり、戦い方が安定した。ましてや、他の隊長格を模擬戦に付き合わせるはずもない。愛想は抜け落ちたが部下への配慮もあり、十分に慕われている。お手本のようなトップエースだ。

 そのことに、どこか複雑な感情を抱いてしまう自分がいた。

 

 ばかばかしい話だ。胃の痛かったあの短い時期を、懐かしく思ってしまうなどと。

 

 

 

***

 

 

 

 戦況が落ち着いたのは、それから三日ほど後のことだった。

 手が回りきらず被害は甚大だったが、回収できた人員と装備で立て直しは可能な程度に収まった。時間は必要となるものの、ベイラムに後れを取ることはないだろう。

 本社に要請した補充物資の承認内容を確認しながら、上層部とV.Ⅰとの会議が予想以上に長引いていることに気付いて顔をしかめた。

 会議と言っても、内容はただの叱責だ。フロイトなら即座にこちらへ押し付けて逃げ出した仕事である。実に無駄な時間でもあるので引き受けてもらえるのは助かるが、若い女だとみて侮られているのかも知れない。完全に現地のみで採用して、首席隊長まで成り上がった彼女の出自も、本社の人間からすれば問題だろう。

 失敗したか、と腰を上げたとき、V.Ⅰがようやくブリーフィングルームから戻ってきた。

 実に二時間が経過していた。さすがに疲労の色が濃い。

 

「随分としつこかったようですが……何か問題が?」

「同じことの繰り返し。この損害は大きすぎる、フロイトならもっとうまくやれただろうに、お前で大丈夫なのか、ってところ」

 

 ため息を吐いた。もういない人間のことを取り沙汰しても仕方が無いだろう。

 無言でコーヒーを差し出すと、彼女が少し愁眉を開いた。

 ありがとう、と細やかな声が返す。

 ジャケットから出た指先だけで上手に受け取り、冷えた手を温めるように包み込む。

 

 そうして背を丸めていると、確かに、大丈夫なのかと言いたくなる気持ちは理解できた。

 

「言われたとおり、口答えはしないでおいたわ。――はい、いいえ、仰るとおりです、奮励します、最善を尽くします――あとは適宜沈黙。録音データを送っておくわね」

「後ほど確認します。……ご苦労でした、V.Ⅰ」

「お互い仕事よ。気にしないで」

 

 淡々とした返事だった。

 以前だったらもっと、からかうような口調で恩に着せてきただろう。すっかりなりを潜めたあの笑い方は実に癪に障るものだったが、なくなるとなくなるで違和感があり、いまだに持て余している。

 ジャケット袖のエンブレムが、こちらをあざ笑うかのように見えた。

 干され酢漬けにされた罪人の手。蝋燭ではなく鍵を持っているのは、扉の鍵を開けるという方の民間伝承(フォークロア)を意味しているからだろう。

 そこにあるのが蝋燭であれば、火を灯すことで、人間を身動きできなくさせるのだという。

 ふと、この現状がそのものではないかと気づき、焼き払ってやりたいほどの苛立ちを覚えた。

 

「……何か怒るようなことがあった?」

 

 はたと気付けば、彼女がこちらを見ていた。

 誤魔化すように眼鏡を押さえる。

 

「いえ、特には。……それとも心当たりが?」

「そうね……大豊の新しい肩ガトリング、少し気になってはいるけど」

 

 思わず大きなため息を吐いた。ふふ、と笑い声が転がる。

 プログラムされたような笑い方だった。

 

「安心して、取り寄せろなんて言わないわ。アーキバス系列だって十分に良いものを作ってくれているものね」

「……それはなによりです」

「怒らなくて済むの、ちょっと寂しかったりする?」

「まさか。冗談にもほどがあります。……お疲れのところ申し訳ありませんが、書類の処理を」

「そうね、大分たまっていそう」

 

 彼女は書類仕事を嫌うタイプではなかったが、戦力が少なくなった影響で時間がなく、定期的にまとめて処理を行って貰う必要があった。

 逃げも隠れもさぼりもしないとわかっているのに見張らずにいられなかったのは、単純に拘束時間の短さとこれまでのトラウマによるものだ。場所はさすがに執務室ではなく、人目のある場所をその都度選んでいる。一応、V.Ⅰは若い女なので。この上妙な噂を立てられてはたまらない。

 

 彼女はあいかわらず、ずり落ちて手元を隠す袖をその都度たくし上げながら、端末に指を滑らせていた。

 折り丸めてしまえばいいものをと、その非効率さに毎回眉を顰めるのだが――その姿は、どこか祈りのように見えて、結局言ったことはない。

 

 ただの感傷だ。そしてそれが、この女をここに縫い止めているすべてだった。

 ならば、好きなようにさせる方がいい。藪をつついて蛇を出す必要など無いのだ。

 

 書類の処理を一段落させた彼女は、毎回、作業を見張っているこちらに苦笑しながら机に両腕を乗せた。居眠りをする不真面目な学生のような仕草だった。

 ふと思い出す。

 いつだったか、こんなことを言っていた。

 

「自分でもよくわからないのよね。未練なのか、哀悼なのか、惰性なのか……代わりをやりたいのか、記憶をなぞりたいのか。これがいつまで続くのかも」

 

 そのときの自分は大して感銘も受けず、苦々しさばかり感じたことを覚えている。

 

「……私としては助かりますので、いつまででもお好きなだけ感傷に浸っていただいて構いませんが」

 

 だらしなく机に伏せたまま、彼女は空気のように笑った。

 

「うん。ありがとう」

 

 まるで少女のように(いとけな)い、おそらくはフロイトも見たことの無いような、笑い方だった。

 

 

 

***

 

 

 

 ようやく体制の立て直しに目処がつき始めた頃、あざ笑うように大雪が降った。

 除雪の費用と労力に頭痛を覚えつつ、予定されていた作戦の延期を通達する。不確定要素を押してまで実行する内容のものはない。

 多少、慎重になっている自覚はあった。

 予定外のトラブル対応に加え、通常業務、延期した作戦の再検討を行っていると、あっという間に時間は過ぎた。

 ノックの音に集中が切れ、眉間を揉みながら執務室への入室を許可する。

 

「失礼します」

 

 姿を現わしたのは、V.Ⅵ メーテルリンクだった。室内を一瞥して、落胆を顔に出す。

 

「……ご多忙のところ申し訳ありません、スネイル閣下。首席隊長殿の所在をご存じでしょうか」

「……いえ。何かありましたか」

「私事なのですが……その、本日、昼食を共にする約束をしておりまして……」

 

 困ったような返答に、時計を見る。提供時間はそろそろ終わろうとしていた。

 律儀な性格をした女だ。連絡もなく約束を反故にするとはめずらしい。

 ――そのめずらしさに、悪寒を覚えた。

 メーテルリンクも同様だったのだろう。少し青ざめた顔で、席を立ったこちらを見上げる。

 

「一応聞きますが、部屋には?」

「行きました。不在のようです」

「屋上は」

「確認済みです」

「……警備室に問い合わせます。貴方は食事を取り、業務に戻るように」

 

 ためらうメーテルリンクにもう一度重ねて言い聞かせ、連絡を入れながら執務室を後にした。

 まさかとは思うが、おかしな気を起こされていてはまずい。

 

 程なく報告が上がった。最後にカメラに写っていたのは、外に出る姿だったという。1時間も前だ。

 苛立ちと焦燥にかられながら該当の扉を開け、雪の積もった外に出る。冷え切った風が身を切るようで、コートを着てきて正解だったと知る。

 これで見つからなければ捜索隊を編制しなければならないところだったが、思いのほか、すぐに見つかった。

 

 厚く積もった雪の上に、黒い隊服の人影がある。

 まさか死んでいるのかと焦って足を速めた。

 

「V.Ⅰ! そこで何をしているのです!」

 

 雪に埋もれて寝そべっていた女が、ふるりと目蓋を震わせた。

 焦点の合わない目がこちらを見る。

 

「……スネイル? 今、何時?」

 

 余りにも間の抜けた問いかけに、膝から崩れ落ちそうになった。

 怒鳴りつけてやりたい気分をどうにか押しやり、低い声で応じる。

 

「……14時を過ぎたところです」

「ええ……まいったな、寝ちゃった……。メーテルリンクと約束が……」

「こんなところで寝るだなどと、何を考えているのです! 自殺願望でもあるのですか!」

 

 結局怒鳴った。緩慢に身を起こした女の腕を引き上げ、髪やら服やらについた雪をばさばさと払いのける。コートを脱いで、なすがままになっている相手に頭から被せた。

 

「重い」

「文句を言える立場ですか!? 誉れあるヴェスパーの首席隊長がこんな姿を見せるべきではありません! ましてやこんな場所で凍死など、笑い話にもなりませんよ! 立場をわきまえなさい!」

 

 叱りつけるように怒鳴ったものの、驚くほど手応えがない。

 すっかり冷え切って血の気が引いているというのに、面倒そうに目を細めている。

 

「そうね、悪かったわ、スネイル」

「……メーテルリンクがどれだけ心配していたか、おわかりで?」

 

 その名前を出すと、ばつが悪そうな顔になった。

 今となっては唯一の、彼女が人間らしい反応を示す相手だ。

 

「……怒られるかな……」

「泣くかも知れませんね」

「失敗した……。スネイル、何か任務を入れてくれない?」

「お断りです。良い機会ですから、逃げずにしっかり油を絞られなさい。まずはさっさと身体を温めることです」

 

 自業自得だというのにため息をつく女を、押しやるように室内へ連れ込む。

 

 雪がまた、音も無く降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

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