惑星封鎖機構が新型機を投入するという情報は、情報部門からかなりの確度をもって齎された。
AA22 HEAVY CAVALRY――執行部隊用の特務仕様だ。
フレームも武装も、おそらくこれまでのLCの比ではない。
その概要に目を通したV.Ⅰが、特に熱もなく言った。
「この新型機、本格配備前に交戦しておきたいわ。情報を集めて」
「……わざわざこちらから襲撃を?」
「戦況は落ち着いているでしょう。少しでもデータが欲しい。こちらから仕掛ければ、有利な状況を作り出せる」
顎に手をあて、眉間に皺を寄せながら端末を眺めた。
あながち見当違いな考えでもない。機体の到着後、間を置かず第1部隊を動かして、調整期間中を狙うことができれば、鹵獲も視野に入れることができるだろう。リスクもそれなりだが、リターンは相応に大きなものだ。
「……いいでしょう。ただ、一つ忠告が」
「何?」
「MT部隊を庇うような真似は控えるように。貴方が意識するべきは迅速かつ確実な作戦目標の達成であり、隊の損耗を抑えることではありません」
彼女は少しばかり目を眇め、小首を傾げた。
「……そうね。気をつけるわ、スネイル」
「この忠告、何回目なのだかおわかりで?」
「さあ。よく飽きないなと思うくらいには聞いてる気がするわね」
「実際に言い飽きてきたところです。……受け入れる気はないと?」
「そうは言っていないわ。目に入るんだから仕方ないでしょう。まあ、わかってる、気をつけるわ」
あくまで“
これでもフロイトに比べれば、その場の気分で仕事をしないだけましだとわかっているのだが、人間とは慣れるものだ。
頭痛がひどくなって眼鏡を外し、眉間を揉みほぐしながら話題を変えた。
「……補充した隊員の様子はどうなのですか」
「腕は確かね。一人、アクが強くて浮いているように思うけど」
「作戦行動に支障が?」
「そこまでではなさそう。今のところはね。……ただ……」
言葉を切ったV.Ⅰを、訝しく思って見やった。
口元に手をあて、少し考えるようにしてから、彼女がこちらに視線を寄越す。
「参考までに聞いておきたいんだけど、もし私が隊員を殺したら、処罰はどんな内容になる?」
内心でぎょっとしたが、おそらく顔に出さずにはいられただろう。
あまりにも、この女には似つかわしくない発言だった。身内にはかなり甘い女なのだ。
口の中が渇くのを覚えながら、慎重に訊ねた。
「……殺す予定が?」
「今のところはないわ。それで?」
「やるなら作戦行動中の事故に見せかけていただきたいところですが、もし生身での状況なのであれば――査問会にて事情聴取ののち、謹慎と減給といったところでしょう。あくまで、正当事由が認められればの話ですが」
理由もなくそんな行動に出る女ではないだろう。そう、と頷く顔に特段の表情は見られない。怖れも、不安も、不快感すら。
危機感のない様子に、苛々と言葉を継いだ。
「問題が発生しそうなのであれば、先に手を打つべきでは? 部隊を異動させるなり、再教育センターに送るなり、方法はいくらでもあります」
「そうね。根拠ができたらそうするわ」
話は終わりだとばかり、V.Ⅰが席を立つ。
にこりと、つくりもののような笑顔を浮かべた。
「PCAの新型機の件、早めにお願いね。いい土産を持ち帰るから」
嫌な予感というものは、群れを成して現実となってくるものだ。
とはいえ、ここまでのものは正直なところ想定外だった。
惑星封鎖機構の拠点を襲撃し、ほぼ完璧に近い制圧を行いながらLC2機を撃破した。そこまでは良かった。
応援を要請されたHCがたどり着く頃には、敵の勢力はほとんど片付いていた。一対一なのであればお誂え向きのデータ収集の機会だ。曲がりなりにもヴェスパーの首席隊長を名乗る女が引けを取るはずがない。
だが、そこへ乱入者が現れた。
一つはレッドガンG5イグアス、AC ヘッドブリンガー。無謀な作戦の憐れな従事者。
さらには何を狙ってか、解放戦線の“帥父”、歴戦の軍事指導者にしてコーラル神秘主義思想家であるサム・ドルマヤン――AC アストヒクが参戦してきたのだ。
HCをそっちのけでヘッドブリンガーと戯れていたV.Ⅰに、苛立ちながら声をかけた。
「遊びは終わりです、V.Ⅰ。サム・ドルマヤンの確保、あるいは排除を優先事項に変更します」
《そう。役に立つかしら。この間までベイラムの捕虜だったんじゃなかった?》
「それは私が考えることです」
《確かにそうね。わかった、できるだけやってみる》
HCがけたたましく騒いでいるが、耳障りであるばかりだ。しかし、その発言内容には少々引っかかるものがあった。
“レイヴン”――凶兆の名前。惑星封鎖機構の優先排除対象。その原因の一端が、その言葉には表れていた。
MT部隊にHCへの攻撃集中を指示しながら、どうにも違和感を持て余す。
サム・ドルマヤンの狙いは、どうやらG5のヘッドブリンガーであるようだ。混戦ながらほとんど2機を相手にしている状況だというのに、老獪な歴戦のACは、“レイヴン”を狙うHCをうまく利用しながらいなしていた。
V.Ⅰがおもむろに、狙いをG5に変えた。
《なっ!? ……テメエ、なにしやがる!》
《こちらを確保しろと言われてしまったの。悪いけど、先に落とさせてもらうわ》
襲いかかるHC機体をすれ違いざまに蹴り飛ばす。リニアライフルで的確にメインカメラを破壊した後は、再びヘッドブリンガーへと攻撃を集中した。同様に、サム・ドルマヤンのアストヒクも攻勢を強める。
《くそが……っ!》
《……ルビコンの脅威よ、この警句には続きがある……》
《知るか黙れ!!》
《コーラルよ、ルビコンとともにあれ――コーラルよ、ルビコンのうちにあれ! コーラルを解き放ってはならぬ。その先には、人間世界の破滅が待つ……!》
《黙れっつってんだろうがよ!!》
取るに足りない譫言は、興味深いことにG5の動揺を誘っているようだった。
ナパームの炎が周囲を焼く。パルスブレードがシールドを割った。
《ああ、くそっ……ふざけんじゃねえ!!》
ヘッドブリンガーがミサイルを放ち、闇雲に引き金を引く。その背後へ回り込み、V.Ⅰが機体を蹴り飛ばした。
《がっ……! しま――》
《残念だわ》
チャージしたリニアライフルをコアに撃ち込む。体勢を崩した状態では、破損した装甲は搭乗者を守ることができなかった。
弾丸が内部まで食い込み、爆発を起こす。
電子機器に微細な阻害現象が起きた。ジェネレータの影響でもあったのだろうか。
ほぼ同時に、HCがMT部隊の集中砲火でようやく動きを止めた。
その機を逃さず、V.Ⅰの機体が滑らかに持ち替えたレーザーブレードを閃かせる。
《馬鹿な……寄せ集めに、執行機体が……!》
そして、惑星封鎖機構の新型機も沈黙する。
ふう、と息を吐くのが聞こえた。
MT部隊は特段の指示も必要とせず、アストヒクへぴたりと銃口を向けている。
《さてと……。お望み通りG5は消えたわ、サム・ドルマヤン。好きな方を選ばせてあげる。生き延びるか、ここで死ぬか》
《脅威は……消えたというのか。いや……いや、違う。お前は……!》
《私を脅威だと思うなら、生き延びた方が良いかもしれないわね》
《何と言うことだ……お前こそが、
本来の、何だと言うのだろう。
死にものぐるいと言った様相で襲いかかるアストヒクをいなしながら弾を撃ち込み、V.Ⅰもまた怪訝そうにしていたので、ただの戯言に過ぎない可能性は高い。
だが――その言葉は、やけに耳に残った。
脅威。
破滅へと導くもの。
――それは、
ほどなく撃墜されたACの赤い炎を眺めながら、背中を這い上がるような悪寒に、身体の強ばりがいつまでも解けずにいた。
戦場では破壊の化身のような蹂躙を見せつけるわりに、生身の女は余りにも普通の女だった。
油断しているうちにすっかり番号付きの溜まり場と化した第三休憩室で、互いに書類を片付けていたある日、ぽつりとこんなことをこぼした。
「……最近、メーテルリンクの心配性がすごいんだけど、どうしたものか……」
そのとき室内にいたのはV.Ⅲ オキーフ、V.Ⅷ ペイター、そして次席隊長たる自分だった。
うっかりコーヒーを入れすぎて零すところだった。
思わず顔を引きつらせたこちらよりも早く、ペイターが空気を読まずに相槌を打つ。
「なるほど。心配性とは?」
「もうおかあさんレベルに色々と……ちゃんと食べてるかとか寝てるかとか、生存確認の頻度と範囲がすごい……」
「ふむ。ちなみに実際どうなんです?」
「食堂には行ってないけど食べてるし、少なくとも5時間は寝てる」
「……三食がブロック食か栄養ゼリーという意味だな。それはまあ、安心材料にはならんだろう」
オキーフが淡々と応じる。同感だ。戦場にいるならまだしも拠点にいてそれでは、アーキバスの福利厚生の名折れである。
「すごく頻繁にお菓子を作ってくれるのは嬉しいんだけど」
「我々もご相伴に預かれますしね。異議はありません」
「何か、こう、すごく気を遣われているというか……なんでだろう……」
「それは貴方が首席隊長だからでは?」
「ペイター……お前、さすがにそれはメーテルリンクが激怒するぞ」
「そうですか? ああ、なるほど。では恋人を失った友人への配慮というものですね」
あまりにも率直な言い回しに、オキーフと共にぎょっとしてしまった。若い人間の考えは本当にわからない。
V.Ⅰは特に気分を害した様子はなく、納得がいかない、といった風に眉根を寄せていた。
「そんなの、ごくありふれた話でしょう? いくらでも転がっている話だと思うし、特別気にかけてもらう話でもないと思うんだけど……」
「まあそうですね、その辺りに掃いて捨てるほどある悲恋です」
ことごとく地雷を踏み抜いて踊っている気がする。お前はもう黙っていろと張り倒したくなったが、言われた本人は特に異論がないようで、普通に頷いていた。
「そうよね。むしろ迷惑をかけてる方だと思うから、何て言うのかな……居心地が悪いというのか……」
「おや、迷惑というのは意外です。どの辺りでそう思われるんですか?」
「普通に現状の全部。役に立っているつもりではいるけど、ただの感傷に巻き込んでる自覚はあるのよ。……だから、余計にこう……なんだろう、過剰に気を遣われている気がして――」
思わず反射的に、その後頭部をスパンとはたいていた。
部屋の空気が硬直する。
はたかれた彼女が頭を押さえて目を丸くしてこちらを仰ぎ見たが、多分こちらも、負けず劣らず驚いた顔をしていた自覚はある。本気で無意識だった。
「……第2隊長閣下! これは首席隊長殿に対する明確な叛意では!?」
ペイターが嬉しそうにそんなことを言うので、その顔面にタブレットをぶん投げたくなった。
かろうじて押さえ込み、咳払いで誤魔化す。
「いえ、その。……失礼しました、V.Ⅰ」
「あ、うん……」
「いや叛意ですよ、首席隊長殿! 再教育センター行きもご一考を! そしてその後任には是非このペイターを」
「黙らっしゃい! いえ違うのですV.Ⅰ、そもそも貴方が余りにふざけたことを口にするからですね!?」
ぽかんとした様子だった女が、くしゃりと顔を笑わせた。
いつものプログラムされたような笑い方ではなく、普通に、人間の笑い方だった。
「ごめん。私が悪かったんだと思う。……気を遣われるのがいやなんじゃないの、自分はそれに見合わないって思ってるから、居心地が悪いだけ。メーテルリンクに失礼なことを言ってしまったわ」
「……そんな話はしていませんが」
「そう?」
「そうです」
ふふ、と笑って後頭部をさすり、彼女は肩を竦めた。
「貴方も強情よね。私に負けないレベルだと思うわ」
「……さすがに心外です。貴方ほどではないはずだ」
「……後悔しないうちに素直になったら?」
「何の話です」
頬杖を突いたV.Ⅰが、愉しげに目を細めた。
「まあ良いわ。当分は私の独占ね」
不思議そうに話を聞いていたペイターが、はたと気付いたように手を打った。
「なるほど、つまり首席隊長殿はスネイル閣下に思うところが――」
「いや違うから。何でこの流れでそうなったの」
「そうですか? それが違うとなると――」
「この話は終わり。首席隊長命令よ、V.Ⅷ。いい?」
「承知しました」
彼女はそのまま休憩室を出て行った。そこで初めて、仕事を投げて逃げられたことに気付いた。
舌打ちして、端末を手に後を追う。行き先はほとんど確信に近かった。
追いかける必要など無い。急ぎの仕事は終わっている。
だが、どうしてだか足を止めることができなかった。
彼女は高いところが気に入りのようで、よく意味も無く屋上に上っていた。
ベリウス地方と異なり、雪の積もる寒々しい場所だというのに、姿が見えないと思えばそこにいた。
そのわりにさして楽しそうでも無かったのだが、ごくまれに、天気の良いときには、少し嬉しそうに見えた。その印象が正しいのかどうかは分からないし、突き止める必要性も感じない。
追いかけた先で、サイズの合わないジャケットを羽織った女が、足音に気付いてか振り返った。
眉根を寄せる顔に、追いかけて欲しくはなかったのだと認識する。
必然的に生まれてしまった沈黙は、ややあって、彼女の呟きが破った。
「――結局のところ、私は、あのひとほど純粋じゃなかったんだと思うわ」
さくさくと薄い雪へ足跡をつけていく。
脈絡もない、謳うような声に顔をしかめた。
「あれを純粋と言いますか」
「そうでしょう? あのひとは、ACを動かすことを単純に楽しんで、ただ強い相手と戦うことを望んでいた。……私は、そうじゃなかった。心から楽しいと思ったのは、あのひとと戦っているときくらいだったもの」
手すりもない屋上の端で、踊るようにくるりと身を翻す。落ちてはしまわないかと肝を冷やした。
彼女がフロイトとの大量の戦闘データを傭兵支援システムに提供して、コツコツと戦闘AIを育てているのは知っていた。だが、満足のいく結果は得られなかったようだ。
アーキバス社内で同じようなことをしている自分には、彼女のことを嗤えない。
もう消えてしまった面影を、お互いに、おそらくはまだ探し求めている。
「オールマインドがおかしなことを言ってきたわ。フロイトを取り戻したくはないか、ですって」
――それが出来るなら、彼女よりも自分の方がよほど強く望むことだろう。
人格はなくとも戦うだけの力があれば良い。あの存在をもう一度取り戻せるのなら――そして、今手元にあるこの存在をも失うことがなくなるのなら。そのときには、無人機の時代が再び訪れるだろうと。
「……それで、貴方は何と?」
「さんざん手を加えた戦闘AIでこれなのに? って」
落胆はそう大きなものではなかった。分かりきった話だ。
「夢物語ですね」
「そうね。再会できるのは、やっぱり地獄に落ちたあとかしら」
空気のような細やかさで笑う。あまりに普通に話しているので、少し違和感を覚えた。
振り返った彼女が首を傾げる。
「ねえ、地獄にACってあると思う?」
「ACがあるならば、それはフロイトにとっての楽園なのでは?」
「たしかに。……じゃあやっぱり、ないかしらね」
くすくすと笑う声は、どこか空滑りしているかのようだった。
会いたいと、そう滲んだ声だったのに、どこか軽々しく、足元がおぼつかない。
意味は違えど状況は同じだ。――面影を探している。ずっと。いつまで経っても刺さったまま消えない既視感が、いっそ鬱陶しいほど輪郭をくっきりと残して突きつける。
どこにもいないのだと。
あれだけ、疎ましいほどにあざやかだった存在が。もうどこにもないのだと。
感傷を焼き付けるかのように、歌うような声が言った。
「一回くらい、言っておけばよかったなって思うの」
情が深い女だと思っていた。
だから死んだ人間にいつまでも執着し続けるのだと。
愚かしいことだと思っていた。それでも有用だと。
「もしそうしていたら、……一回くらい、聞けたのかしら」
こんなものを見たかったわけではない。
失われてしまったものの輪郭など、その痛みなど。くだらなくて意味がない、ただのルーティンでしかない。そこに痕跡などありはしない。
自分のことしか考えていなかった男だ。それ以上の意味が付け加えられることはないだろうと――そう、思っていたからこそ。
捕らえ続ける。囚われ続ける。手に灯された火が身動きを封じる。
そこにある感情は違えど、どうあがいても、自分にとって――そして彼女にとって、あの男は無二であったのだ。
同じだけの力を有していても。可能性を秘めていても。代わりにはなり得ない。
膝が崩れそうなほどの絶望感を覚えながら、そうすることはできない。
のろのろと顔を上げれば、真っ直ぐに背を伸ばして立っている女の姿がある。
空の青はひたすら広く、高く、深く、雑然として美しかった。
狂うことはないと思っていた。――実際、狂ってなどいないだろう。
ただひたすらに、静かに。
いつかの先にたどり着く地獄だけを、その目は見ている。