621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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Shrouds have no pockets (3)

 

 静かな声が、ハンガーのロックスミスから響いていた。

 

《AC起動シークエンス開始。通常ブートにて立ち上げ、各部位データリンク開始――異常なし。FCS認証完了。武器安全装置を解除。ACS起動、正常値での電磁装甲稼働を確認。ジェネレーター稼働――回転率上昇正常。100%に到達。ジェネレータープール異常なし、メインブースター点火。チェックスキャン完了。――戦闘モード起動》

 

 回収して修理が完了したロックスミスは、だが依然としてフロイト仕様のままだ。無駄な手間が多く、 主な機動が神経接続の代わりに生体電位信号を使った操作になることもあって、強化人間には扱いづらい。

 それを毎回面倒な手順を経て揺り起こし、慣らすように動きを確かめるのは、「いずれ借りなければならないときがくるかもしれない」というV.Ⅰの発言によるものだった。

 

 ロックスミスが滑らかな動きでハンガーから出て行く。

 その先はカメラモニタで確かめた。

 

 フロイトの動きは優雅といえば聞こえがいいが、最適ではない遊びがあった。気持ちよく動かすことを優先していたせいだろう。

 レイヴンには明白な違いがある。無駄は少ないがどこか思い切りがよく、しばしば予測とは違う動きをする。

 

 どちらも群を抜いた腕を持っているからこそ、その差がありありと浮かび上がっていた。

 

 まるで踊るように訓練場の中を走らせた後は、武器管制の確認だ。

 耐久度を上げた訓練用の無人機にアサルトライフルを撃ち込み、レーザードローンを展開しながらブレードで斬りかかる。青い閃きが消えたと同時に後退しながらスプレッドバズーカにて追撃。いつも通りの手順だった。

 

 特に変わったことをしているわけではないのに、おお、と歓声が上がる。

 新人だろうか。興奮した様子でしきりに周囲に話しかけ、苦笑いで応じられていた。

 

 一通りの動きを確かめ終え、ロックスミスがハンガーに戻った。

 そして、これもいつも通り――何の作業もしていない10分ほどの無駄な時間を経てから、ようやくV.Ⅰが降りてくる。大きすぎるジャケットに袖を通しながらこちらへ向かってきた。

 

「いかがです?」

「やっぱりお気に召しては貰えないみたい。一応、動いてはくれるんだけど」

 

 馬か何かの生き物を示すかのような口振りで、V.Ⅰが応じた。だぶついた袖にすっかり慣れた様子で手を突っ込んで、まず左手を発掘する。

 無人機が相手だとはいえ、こちらから見ると十分なほどの動きだった。あれで満足できないのなら、ヴェスパーの隊長格は軒並み不合格ということになってしまうだろう。

 現在使っているAC ロゼッタストーン以外にも、ハンガーには以前のアンラヴルがきちんと整備保管されている。ロックスミスを持ち出す機会はまずないだろう――いや、あってはならない。万一を考えて備えることには反対しないが、その万一を引き起こさないための手配が重要で、それは自分の役割だった。

 右手も無事に引っ張りだし、眩しげにロックスミスを見上げていたV.Ⅰが、淡い笑みを浮かべて顔を向けた。

 

「付き合ってくれてありがとう、スネイル」

「気が済んだなら何よりです。ブリーフィングまで時間がありますので、少し休んでは」

「シミュレーションでの訓練相手を頼まれているの。それが終わったら、多分ちょうど良いくらいの時間ね」

 

 首席隊長を付き合わせるなど贅沢な話だった。シミュレーションならば万一のことはないだろうが、大規模な作戦を明日に控えている今、必要のないことはしないでもらいたいのだが。

 それとも、これも気晴らしの一環なのだろうか。

 ため息を吐いて反論を飲み込んだ。

 

「ベルグレイブ要塞の奪還は反攻作戦の要です。疲労を溜めないよう、程々に」

「ええ、わかっているわ」

 

 淡々と頷いて向けられた背中を、苦い気持ちで見送った。

 もうこれに乗せるべきではないのではないかと、実際のところ、毎回考えている。

 

 

 

***

 

 

 

「作戦行動中でもないのに、毎日睡眠管理デバイスを使っているようなんです」

 

 執務室を訪れたメーテルリンクが言った。ため息のような声だった。

 すっかり慣れきった頭痛を覚え、こめかみを押さえた。

 あれはそんな使い方をするものではない。極限状態において最大効率での休息を得るためのものだ。電源を落とすような不快度の高い入眠は、多用すれば精神状態の悪化をもたらすという報告が上がっている。

 

「……また頭の悪いことを……。理由は何です」

「夢を見たくない、と」

 

 単純に眠れないというだけなら他の方法もあったが、そちらでは手の打ちようが限られる。デバイスでも麻酔でも、常用による副作用の危険性は大差ない。

 まったくもってあの女、他人を心配症呼ばわりする前に己を顧みるべきだ。

 

「PTSDの治療プログラムを使うか、向精神薬を出させるか……いずれにせよデータの収集と、医師の診断が必要ですね」

「それが……悪夢では、ないようなんです。いえ、悪夢に限らない、といった方が正しいでしょうか」

 

 言葉の意味を理解するのに三秒かかった。

 顔を掌に押し付け、肺の空気をすべて押し出す勢いでため息を吐く。

 

 目覚めて、思い知るからだ。

 もういないのだと。

 

 ――あれほど執着しておきながら自分の脳が作り出す虚像さえも拒むとは、実に度し難く、理解に苦しむ話だった。

 

「……いずれにせよ、メンタルケアが必要だということでしょう。投薬を含め検討を」

「大人しく受けてくれればいいのですが……」

「説得は貴方に任せます。あれがまともに話を聞く相手は、今や貴方くらいだ」

 

 メーテルリンクは淡い苦笑を浮かべ、はい、と頷いた。

 正直なところ、彼女がここまでV.Ⅰの世話を焼くようになったのは意外だった。V.Ⅰの方も、困惑しながらも一応拒まず受け入れている。他の人間ではこうはいかなかっただろう。

 優秀でそつのない人材だ。そこには冷徹さと計算高さへの評価が含まれる。それが、一度懐へ入れるとこうも変わるのか、と、慈愛じみた表情に思った。

 その色が、こちらへも向けられていることには、気づかない振りを続けている。

 

「……スネイル閣下。……貴方は、つつがなくいらっしゃいますか」

「見ての通りです。何か問題でも?」

「いえ。……出過ぎたことを言いました、忘れてください」

 

 空になったサーモマグを細い手が片付けていく。

 すっかり舌に馴染んだジンジャーとレモンマートルのハーブティはこの部下の私物で、当たり前のように供されるそれを自然に受け取るようになったのはいつだったか。

 薄れてしまった警戒心が、ぽつりと本音になってこぼれた。

 

「……いたらいたで胃が痛かったというのに、いなければいないで頭が痛い。不愉快極まりない話です」

「そうですね」

 

 くすりとやわらかな笑みが落ちた。マグを手にしたまま、思い出すように視線を落とす。

 

「けれど、お二人の信頼関係は少し羨ましくもありました。あの方を最も生かすことができるのは貴方で、貴方の最も頼りにする力はあの方だった。我々を導く(しるべ)でした」

「……ものは言い様だ。尻拭いに奔走させられた記憶しかありませんね」

「ご謙遜を」

「いずれにせよ、死んだ人間のことを取り沙汰しても仕方がありません。戻らないものに拘泥していつまでもそこに思考を囚われるなど、非効率にも程がある。……実に疎ましい。上層部といい、レイヴンといい……愚かなことです」

 

 メーテルリンクは答えずに、苦笑で応じた。

 

「……メーテルリンク、貴方も同様です。共倒れにならないよう、適切な距離を保つように」

「はい。わきまえております」

「ならば結構。……ご馳走様でした」

 

 少し驚いたような顔をして、笑みがふわりとしたものへ変わる。

 春のひなたのような笑みだ。

 

「お口に合えば幸いです、閣下」

 

 疲労に麻痺した頭が、いつまで手を伸ばさずにいられるだろう、と考えた。

 

 

 

***

 

 

 

 ベルグレイブ要塞の奪還作戦は、多大な犠牲を払いつつ達成された。

 露払いとして差し向けた独立傭兵はほぼ壊滅状態となり、第1部隊のMT部隊も約3分の1が失われた。

 見立て通りの結果だった。

 あとは上層部に報告し、予定通りの叱責を受けるだけだ。

 

 事件が起きたのは、その日の夜だった。

 

 

 

 報告を受け、事件現場の惨状を確認してから足早にV.Ⅰの部屋へ向かった。

 発生から一時間が過ぎていた。治療は終えているというが、動揺が収まるには、まだ早いかも知れない。

 フロイトが死んで以降、この部屋に入るのは初めてだった。聞いていたとおり何一つ変わりのない様子で、解錠コードすら変えられていなかった。

 

 目当ての人物は、リビングの隅で膝を抱えていた。

 その身を包む大きなジャケットをしがみつくように強く掴んで、自分を抱きしめるように身体を縮こませている。

 わずかに血の匂いがした。

 

「……V.Ⅰ」

 

 呼びかけに、女が顔を上げた。一見いつもどおりの表情にも見えた。ただ、その左頬は冷却材で覆われている。

 右の手首には、強く掴まれたことによる手型の痣があった。

 どこかぼんやりとした声が言った。

 

「……ああ、そうか、査問だっけ……」

「いえ。不要です」

「……そうなの?」

「ええ」

「……そう」

 

 これだけ暴行の痕跡があれば、理由など問うまでもないだろう。至極冷静に配下の隊員の側頭部をハンドガンで撃ち抜いたというから、おそらく外から伺える以上の被害はない。

 失態だった。

 以前彼女が不穏な言葉をこぼした際、調査は行っていたのだ。

 新しく第1部隊に配属された一人がV.Ⅰの熱心な信奉者となり、戦乙女だの破壊の女神だのと誰彼構わず――本人に向けてもそれなりの頻度で――称賛の言葉を撒き散らしているという内容だった。その程度なら特に問題はないだろうと放置していたのだが、まさかこんな真似をしでかしてくれるとは。

 おそらく本人には、本能的な嫌悪感に近い違和感があったのだろう。予測していたからこそあの発言があったのだろうし、警戒も対策もしていたはずだ。だが、結局のところ、結末は同じだった。

 戦場ではありふれた話だ。だが、正気を疑う行動だ。

 この女が齎す圧倒的な破壊と死に、魅入られたとでもいうのか。

 偏執的な盲愛を暴走させる引き金となったのは今回の作戦だろうが、それにしても度し難い。ヴェスパーの最高戦力を損なおうなど分を弁えないにも程がある。あの時点で再教育センター行きを決めておくべきだった。もう死んでいるが、殺しても殺したりない。

 ぎり、と奥歯を噛みしめる。

 まだジャケットに指を食い込ませたまま、V.Ⅰが細く息を吐いた。

 

「ありがとう」

「……何の礼です」

「殺しても大丈夫だって教えてくれてたから。ためらわずにすんだ」

「……頭は大丈夫ですか」

「うん。大したことはされてないわ」

 

 そういう意味ではない。大仰にため息を吐いて気持ちを切り替えた。

 若い女を祭り上げることのデメリットを改めて認識する。この場合、足りなかったのはこちらの配慮だ。

 メーテルリンクが作戦中で不在なのは痛い。こんな状態の女のケアなど、不慣れなどという言葉では飽き足りない。

 自身の動揺を誤魔化すように、眼鏡を押さえて表情を隠した。

 

「今後は専従の護衛を付けます。よろしいですね、V.Ⅰ」

「……わかった。任せる」

 

 人選はオキーフと相談する必要があるだろう。

 彼女の様子は本当に変わりない。(こちら)に怯える様子もなく、訝しいほどにいつもどおりだ。

 だが、ジャケットを掴む指は力が入りすぎて白くなっている。その無表情には疲労感があって、どこか、罅が入っているようにも見えた。

 悲鳴のような軋みが聞こえる気がした。

 ジャケット越しに自分自身を抱きしめる腕は、誰かに助けを求めているかのようで、それでも、それを口にすることはないのだろうと思わせる。

 

 ――今日は、ただでさえ人が死にすぎた。

 極めつけにこれでは、さすがに堪えるものがあるのだろう。

 

「返り血を浴びたのなら、着替えて休んではいかがです」

「……そうね……」

「早めに洗った方が良い。そのジャケット、まだ使うのでしょう」

 

 それ一枚きりでないことは知っていたが、行動を促すために口にした。

 効果はあったようで、ようやく指の力を緩め、のろのろと身体を起こす。

 ふと、思い出したような呟きが落ちた。

 

「……ウォルターから接触があったと聞いたわ」

 

 耳が早い。

 どこから、と内心で盛大に顔をしかめながら、平静を装って応じた。

 

「ええ、新しい猟犬の売り込みを受けました。それが何か?」

「便宜を図っておいて。報酬も十分に。ウォルターの選んだ猟犬なら、きっと役に立つ。……人手は、どんどん減っているもの。使えるものは使うべきよ」

「……そう仰るのであれば、考慮します」

 

 惑星封鎖機構が強襲艦をバートラム旧宇宙港に集約させている。次はそこを叩く予定だったが、使えというならその猟犬を用いるのも一手だろう。

 近くにはエクドロモイの小隊も駐留している。うまく行けば、共に不穏分子を片付けることができるかもしれない。――いや、まだ時期尚早か。

 その考えが伝わったとは思わないが、彼女がこちらを見上げた。

 

「人手を減らすな、って命令した方がいい?」

「……わかっています。状況は理解していますとも、仰せの通りに、V.Ⅰ」

「それなら良いけど。貴方は本当に企み事が好きよね」

 

 いつだったかあの男に、似たようなトーンで似たようなことを言われたことを思い出し、思わず顔をしかめた。

 

「失礼ですね。私は特段、陰謀に傾倒しているわけでは」

「そう。……あと、メーテルリンクを謀略に使い捨てたら殺すから」

「……貴方も大概彼女に甘い」

「お返事は? 次席隊長」

「承知しました、首席隊長殿」

 

 ふ、と彼女が笑みを零した。

 腫れた頬が痛んだのか、すぐに顔をしかめたが。

 

「『も』っていうのが、気に入ったわ。スネイル」

「は?」

 

 言われた意味を理解したのは部屋を出た後で、その余りの無防備な無意識ぶりに、頭を抱えたくなった。

 

 

 

 

 

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