621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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Shrouds have no pockets (5)

 

 回復したV.Ⅰは、すぐに下された旧技研都市攻略の命令を拒まなかった。

 彼女にも予感があったのだろう。ハンドラー・ウォルター――彼女のかつての飼い主が、まだコーラルを諦めてはいないと。

 そちらへの対策は立てており、V.Ⅰにもそれは伝えた。一度受け入れた以上、土壇場で作戦を放棄することはないだろう。

 第1部隊が再びウォッチポイント・アルファを抜けて旧技研都市に降り立ったのは、発見から四日後のことだった。

 

《旧技研都市に到達。制圧は引き続き第5部隊及び第6部隊に任せ、第1部隊はコーラル反応地点へ向かうわ。遅れないようついてきて》

《了解》

 

 その声に、不調の影は見られない。

 道中の敵は適宜撃破するとの作戦だったが、あいかわらず、鮮やかなほどの手並みだった。

 侵攻部隊を散々苦しめた自立型破砕機を、蹴りとキャノンとリニアライフルで片付けていく様は、フロイトよりもより直接的な暴力性を感じさせる。随伴するMTの役割は、撃ち漏らしを片付ける程度のものでしかなかった。

 制圧部隊を助けるためか、わざわざ降りて河を渡り、V.Ⅰが独り言のようにこぼした。

 

《コーラル集積地点が近い、か……。……このACの反応、アーキバスのものじゃないわ。ウォルターかしら》

「わかっているとは思いますが、V.Ⅰ――」

《わかってる。様子を見るだけよ》

 

 企業を出し抜いてコーラル集積地点に到達したACは、防衛機構たる無人機に苦戦していた。

 レーダー範囲外からそれを眺めるV.Ⅰに、焦りの様子は見られない。

 

 技研の遺産たる防衛兵器は、恐ろしい機動力を持っていた。息をつく間もなく繰り出される赤いレーザーは余りにも範囲が広く、ブレードの間合いも尋常ではない。ここに第1部隊を突入させていたとしたら、背筋が寒くなるほどの損害を受けていただろう。

 無塗装の4脚はその攻撃へ必死に対応していたが、限界が近いのは明らかだった。

 ショットガンの間合いに敵機が入らない。ミサイルへ追わせるもののその機動力で回避され、決定打がない状況だ。

 ふと、V.Ⅰが反応を見せた。

 無人防衛機がブレードで迫る。4脚ACは高速接近する敵機へ、真っ直ぐにブーストを噴かした。

 赤い刃をぎりぎりでくぐり抜け、抱きつくように機体をぶつける。銃口を押し付けるようにして、両脇からショットガンの弾を撃ち込んだ。

 そのまま、アサルトアーマーを展開する。緑色のパルス光が派手な音を立てて機体を軋ませた。

 もがくような無人機の動きに振り落とされながら、ミサイルを一斉掃射してショットガンの銃口を向ける。だが、間合いが遠い。

 V.Ⅰが言った。

 

《――捕らえれば良いのよね? スネイル》

「……ええ」

《だったら、そろそろ動くわ。MT部隊はスネイルの合図があるまで待機を》

 

 言うが早いか、アサルトブーストで接近する。

 肩に担いでいたレーザーランスを手にして、複雑な軌道を見せる無人機の背中を的確に貫いた。

 

《な……》

 

 4脚ACが反応する。合成音声だろうか、奇妙に歪な声だった。

 まだ動こうとする無人機を踏み潰すように湖面へ押し付け、即座に持ち替えたリニアライフルを向ける。チャージによって生じた強力な磁場が火花を起こし、2丁同時に撃ち放った。

 動かなくなった無人機を足元に、ロゼッタストーンが機体を起こす。

 

《アイスワーム以来ね、ウォルターの猟犬。……ここから先は行き場がないわ。投降しなさい》

 

 4脚ACが銃口を向けた。

 

《……ことわる。おまえは、ウォルターの、てきだ》

《そう。これを単機でどうにかできるほど、貴方は強いの? ……投降させてくれないかしら、ウォルター。猟犬を無駄死にさせられる状況ではないはずよ》

 

 包囲展開したMTに、無塗装の4脚は動揺を見せなかった。

 ここで死のうというのだろうか。

 いずれにせよ、既に勝敗は決していた。――現地到着の報告は受けている。

 通信内容を確認し、広域回線で呼びかけた。

 

「ハンドラー・ウォルターの身柄を押さえました。そこの駄犬、飼い主を生かしたくば、武器を捨て、速やかに投降しなさい」

《っ……!!》

 

 打たれたように反応した4脚が、大きく動揺しながらカメラを上げる。判断に迷うような時間があったが、やがて銃口を下ろした。

 戦闘モードを終了した機体を確かめ、スタンニードルランチャーの照準を外す。

 

 ――最大の目標は遂げられた。

 コーラル集積地点は、アーキバスの手に。

 

 

 

***

 

 

 

 犬と飼い主を捕らえて再教育センター送りにはしたものの、V.Ⅰの命令により、ただの捕虜として丁重に扱わざるを得なかった。当然、拷問も洗脳もご法度だ。

 彼女がこの作戦に同意したときから分り切っていたことではあるのだが、実に忌々しい。

 そして――予想通りにV.Ⅰが元飼い主のもとへ向かったとの報告が上がり、様子を観察するために、監視室へと足を運んだ。

 狭く白い部屋の中、サイズの大きなジャケットを羽織ったV.Ⅰが、虜囚となった男に対峙していた。

 

《621……》

《久しぶりね、ウォルター。手荒な真似をして悪かったわ》

 

 今の彼女を見て、この男はどう感じたのだろう。

 しばらくどちらも何も言わず、ただ沈黙が流れた。

 やがて、V.Ⅰが口を開いた。

 

《恨み言を聞きに来たの》

《……恨み言、か》

《私は一度選択した。……いえ、二度ね。それで、これが三度目だと思ってる》

《今のそれが、お前が望んだ姿なのか、621》

 

 彼女は、少し笑ったようだった。

 

《違うわ。これはただの感傷。……でも、もうそろそろ、周りを付き合わせるのは終わりにする》

 

 一度視線を落とし、ため息のような声で言うと、ゆるやかに顔を上げた。

 

《私は選んだわ。一度目は、貴方の元を離れることを。二度目は、アーキバスのものになることを。その先の三度目を決めるために来たの。――貴方が、()()()()を持っていると思うから》

 

 次第に険しくなっていく顔で、男がカメラを見た。

 ああ、と応じたV.Ⅰが、ホルスターからハンドガンを取り出す。そして迷いなくカメラと集音マイクを撃ち抜いた。

 ――まさか、こうもわかりやすく行動に出るとは思わなかった。

 舌打ちとともに立ち上がり、足早に収容区画へ向かう。走ることは意地でもしなかったが、その距離を途方もないものに感じた。

 ようやくたどり着き、階段を降りた先に、彼女の護衛が立ち塞がった。

 

「……どきなさい」

「できません。V.Ⅰのご命令です」

「どけと言っている!」

 

 護衛は無表情のまま微動だにしない。いつの間にV.Ⅰへ忠誠を誓ったというのか。

 オキーフが選んだだけあって、対人格闘にも銃火器の取り扱いにも長けた男だ。ACならまだしも、生身での戦闘は分が悪い。

 ただ声を荒げることしかできなかったが、そこへ、V.Ⅰがようやく姿を見せた。

 

「早かったわね、スネイル。カメラの修理代は私に回しておいて」

「何の真似ですか、V.Ⅰ……!」

「恨み言を聞いていただけよ。気は済んだわ」

「そんな口上を誰が信じるというのです!」

 

 彼女は足を止めない。引き留めるために腕を掴んだ。

 静かな目がこちらを見返した。

 空洞ではない。久方ぶりに見る、意志を持った目だった。

 

「――心配しないで、スネイル。貴方が私を切り捨てたとしても、私は貴方たちを裏切らない」

 

 とっさに、返す言葉を失った。

 大きすぎるジャケットから手が滑り落ちる。護衛の男が割って入り、彼女はそのまま収容区画を後にした。

 衝撃が過ぎ去り、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 苛立ちに任せて収容室へと踏み込み、疲れ切った男の胸ぐらを掴み上げた。

 激高するこちらを、ウォルターは抵抗することなく静かに見返した。

 先ほどの彼女と同じ、強い意志を持つ目だった。

 

「答えろ、ハンドラー・ウォルター。あれに、何を言った……!」

「……ただの恨み言だ」

「戯言を!」

 

 自白剤の投与でも拷問でもしてやりたい気分だ。それが許されないことが、こうもストレスになるとは思わなかった。

 縊り殺してやりたい衝動を必死に押さえ、突き飛ばすような勢いで手を離す。

 何度か咳き込んだ虜囚が、苦々しい声で言った。

 

「……あいつは、お前たちに感謝していると言っていた」

「感謝だと……⁉ どうかしている!」

「ああ、同感だ。だが……その言葉通り、あいつは()()()()()守るだろう。……たとえお前が、あいつを殺そうとしていようとも」

 

 愕然として、男の顔を見た。

 ばかな、と声が掠れた。

 あれは、アーキバスにとっての脅威であるはずだ。あってはならない存在だと、破滅を導く凶星だと、そう確信したからこそ――切り捨てるための準備をしてきた。

 それが間違っていたとは思えない。

 だが、足元が崩れるような感覚に、ぐらりと揺らいだ。

 

「……ありえない……ならば、何故……!」

 

 なぜ、猜疑心を煽るような真似をするのか。反旗を翻すような素振りを見せるのか。

 ――フロイトならば理解できたのだろうか。

 ああそうだろう、平然とした顔で、いかにも面白そうに、ほとんど直感だけで何の根拠もなく解説してみせたのだろう。間違っているのは、お前の方だ、と。

 

 こんな感覚は久々だった。

 途方に、暮れている。

 救いがたいほどの誤ちを突きつけられ、それでも認められない。認めたくはないという感情が目を塞ぎ、喉を締め上げる。

 そして、蓋をした。重石をつけて踏みつけるように強く。

 

「……ならば……彼女には、行動で示してもらうのみです」

 

 何も変わらない。注視し続けるだけだ。真実、彼女がアーキバスに牙を剥かず飼われ続けるのか。それだけでいい。

 ウォルターの重い眼差しは、まるで、憐れむような色を湛えていた。

 

 

 

***

 

 

 

 V.Ⅰ率いる第1部隊が参加した旧技研都市の制圧は順調に進み、進駐拠点の移転も残り半分ほどとなった。コーラル集積地点を発見したとの報は本社の上層部を大いに喜ばせ、久しぶりに詰問ではない――皮肉や当てこすりは依然として見られたが――会話が、会議において展開された。V.Ⅰはいつも通りに、いつも通りの応答を行っていた。

 表面上、後は粛々と、成果たるコーラルを持ち出すための準備に入るはずだった。

 

 その凶報が上げられたのは、本社の方針に応じて、バスキュラープラントの改築移動に着手した直後だった。

 

 地下深くであることと、コーラル自体の危険性から、旧技研都市における進駐拠点は常に様々なモニタリングを行っている。

 警報がけたたましく鳴り響く中、部下が青褪めた顔で報告した。

 

「危険水準の地殻変動が観測されました。コーラルの……逆流現象が、予想されます」

「なんだと……? 予測規模は?」

「ベリウス地方北部ベイエリア消失時の観測データに匹敵します。……おそらく、地下都市はすべて活動範囲となるかと」

「予測時間は」

「約41時間、最長でも52時間後です」

 

 迷っている暇はなかった。

 奥歯を一度強く噛み締め、指示を飛ばす。

 

「……現拠点を一旦放棄します。総員、速やかに地上まで退避を」

 

 多少の猶予があるとはいえ非戦闘員も多く、避難は時間との戦いになった。

 だが、曲がりなりにも軍事組織だ。規律だった動きでマニュアル通りに撤収作業は行われ、どうにか、噴出前にすべての人員と最低限の機材を地上へ運び出すことが適った。

 氷原が、まるで難民キャンプのような有様だ。

 部下から観測数値の報告や撤収人員の点呼報告を受けているうち、第1部隊の副隊長から切迫した報告が入った。

 部隊の撤収を彼に一任したV.Ⅰが、通信に応じないのだという。

 嫌な予感がした。こちらへの通信にも応答がない。背筋が粟立つような悪寒を覚えながらメーテルリンクへ協力を求めると、今まさに、連絡を取ろうとしているところだった。

 

《閣下? 申し訳ありません、今――……繋がった! レイヴン、どこにいるの!》

 

 思わず、詰めていた息を吐いた。

 いつも通りの声が、メーテルリンクの通信越しに聞こえる。

 

《貴方こそ。もう地上?》

《当たり前……、……待って、レイヴン。……貴方、本当にどこに》

 

 彼女は答えなかった。

 困ったような苦笑の気配。それが、全てだった。

 

《何を……ねえ、冗談でしょう……? どこにいるの、レイヴン!》

《ごめんね、メーテルリンク。なかなか素直に感謝できなかったけど……貴方がいなかったら、ここに来る前に、潰れていたと思う。本当にありがとう》

《レイヴン、待って、お願い……何を……何をしようとしているの……!》

《貴方の幸せを祈ってる。元気で》

 

 通信が切れた。

 驚愕と狼狽の感情が支配する中、メーテルリンクの必死な呼びかけが虚しく響く。

 数値を睨んでいた観測員が、悲鳴じみた声で通信を入れてきた。

 地面が大きく揺れた。断続的に、まるでルビコンそのものが断末魔を上げ身を(よじ)るかのように。

 

 ――それが、コーラルの逆流現象などではなく、人為的に引き起こされた爆発的な連鎖燃焼であったことを知ったのは、全てが終わってしまったあとだった。

 

 

 

***

 

 

 

 ロックスミスに届けられていたメッセージは、随分と長い間見落とされていた。

 気づいたのは、様々な被害状況を一通り把握し終え、ルビコンからの撤収を進めている時期だった。

 添付された資料へと先に目を通す。

 コーラルに関する情報だった。アイビスの火以前の古い論文と、別の新しいデータで構成されている。

 真空下における高密度コーラルの爆発的な増殖――それはルビコンにとどまらず全宇宙へと拡散し、すべての惑星を汚染し、恒星から得られる熱を奪う。

 引き起こされるのは致命的な寒冷化、そして不作と飢餓だ。

 もしもこれが現実のものとなっていた場合、“アーキバス”の名は、人類にとって(あがな)い得ない罪を意味するものになっただろう。

 

 その資料と共にロックスミスの中へ残されていたのは、身勝手な女の、身勝手なメッセージだった。

 

 

 

《ここが一番気づくのに遅れそうだから、この子に託すことにしたわ。

 

 多分、すごく疲れているところよね、スネイル。悪いなとは思っているの。

 でもまあ、納得はしてもらえると思う。……いや、どうかな。そうでもないかしら。

 まあいいわ。

 

 とりあえず、今の時点ではもう、私がしたかったことは把握しているわよね。

 このままだと私たちは全滅する。それどころか、この星だけじゃなく、人類全体が大迷惑を被ることになる。

 もし本社を納得させることができて、バスキュラープラントでコーラルを吸い上げなかったとしても……それはありえないと思うけど、仮にね。それでも、コーラルが指数関数的に増殖していく以上、少し先延ばしにしただけで同じ結果になる。

 第一、ちょっとやそっとの危険で企業がコーラルを諦めると思う?

 どうにかして使おうと工夫して、どこかで失敗するのよ。目に見えているわ。

 

 だから、まあ、焼くしかないのよね。――今、地下の奥深くにあるうちに。

 

 ウォルターから貰ったのはその手段だけ。決めたのは私。

 勝手に決めて勝手に役目を放棄して、全部ご破算にしてしまったってこと。

 怒っていいわ。でもまあ、相談してもどうにもならなかったでしょうから、おあいこってことにさせてもらうわね。

 

 あとは……そうね、自己犠牲なんてものでもないのよ。死にたがってた人間が悪くない死に方を見つけて、飛びついたってだけ。どちらかというと呆れた話なのよね。

 

 そんな訳だから、私の個人資産は遠慮なく後片付けの費用に当てて。ACも全部売ってしまっていいわ。

 ……予約してる特注のLAMMERGEIER一式は買い手がいなさそうよね……まあ、バラせばいけるんじゃない?

 シュナイダーのひとたちには内緒にしておいてね。ものすごく悲しみそうだから。

 それにしても、もう一回くらい乗りたかったな……。貴方も一回くらい試してみたら? なかなか他では味わえない感じだったわよ。

 

 できるだけ死人が出ないように色々手を回したつもりだけど、どうだったかしら。うまく行っているといいんだけど、駄目だったらごめん、存分に恨んで。

 ……いや、そうでなくても恨んでくれていいんだけど……何ていうのかしら。

 

 ……うまく言えないわ。まあいいか。

 

 感謝してるのは本当。仲良くやれたとはとても言えないけど、貴方がいてくれてよかった。

 

 そうだ、慢性的な睡眠不足って早死にするらしいわよ。そろそろ若くないんだから、無理はしないようにね。最後に特大のトラブルを持ち込んだ身で言うことでもないんだけど。ああ、あと、カフェインの過剰摂取も控えたほうがいいわ。

 ……まあ、その辺りは気にしてくれる人がいるから、大丈夫かな。

 陰謀は程々にね。人望も案外大事よ。うまく使い分けるのが策略家ってものでしょう?

 

 私の――私たちの我が儘に、ずっと付き合ってくれて、ありがとう。

 次のV.Ⅰは胃に優しい人だといいわね。幸運を祈るわ》

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い空を見上げると思い出す。その色を、その景色を、愛していた人間のことを。

 

 最初にそれを見せたのは、男の方だと聞いている。きっと大した意味もなく、ほんの気まぐれか――ただの気に入りを分かち合いたいという、ごく単純な感情だったのだろう。

 

 女の方は、もう少しばかり意味を持っていたはずだ。

 ずっとそれを追い求めて空を見上げては、見つけ出したその色に、ほんの僅かばかり救われて、目元を緩めていた。

 

 どうしようもなく目を惹かれるほど鮮やかで、途轍もなく厄介な二人だった。どれほど胃を痛めて頭を抱えたことか。事件の数々は枚挙に暇がない。

 よく似た二人だった。そして、ひどく違っていた。

 連理の枝や比翼の鳥などではなくとも、おそらく、互いが互いの半身だった。なんとも極端な破れ鍋に綴じ蓋だ。そんな自覚は、全く持ち合わせていなかっただろうが。

 今思えば、どうしてああまでちぐはぐだったのかと不思議になる。惹かれていたのも、特別だと思っていたのも確かなのに、理解しがたい何かが、彼らの間にごく普通の感情を認めさせないまま終わらせてしまった。

 どうにも、感情の(おさな)い二人だった。

 

 空を眺め、ぼんやりと浮かべていた感傷を、それこそ幼い声が掻き壊した。

 

「ぐあー! くっそ、じいちゃん、このシミュレーションどうなってんだよ! おかしいだろ!!」

「おかしくはありませんよ、お前が未熟なだけです。何十年前のデータだと思っているのですか」

「いやおかしいだろ、なんで普通に撃って普通に避けられてんだよ!? じいちゃん、こいつらに勝てるのかよ!」

「当然です。ただのデータですよ」

「マジかよ……!? ありえねえ、バケモンだろこのじじい……!」

「化け物とは大げさな。……データではないその二人なら、全盛期の私でも手こずりますね」

「……人間か、それ……!?」

 

 素直な称賛と畏怖に、喉を鳴らして笑った。

 

「そのうち、教えてあげますよ。私が知る限り、あれ以上はない最強です」

「……なんっだよそれ! もったいぶってんじゃねえよくそじじい、いま教えろよー!」

「……ええい、躾のなっていない猿小僧ですね! そこに直りなさい、まずは私が教育してやりましょう!」

 

 小さな頭を拳骨で挟み、ぐりぐりとねじ込む。痛い痛いと悲鳴を上げたがその程度で反省するほど大人しくはなく、ますます騒がしくなった。まったく、一体誰に似たというのだろう。

 

 青い空を鳥が飛んでいく。

 帆翔から急降下するその軌道は、滑らかで美しい。

 獲物を得ても逃しても、優雅な翼は当然のように地面を滑り、再び揚力を得て舞い上がる。いつか、飛ぶことができなくなるその日まで、繰り返し、何度でも。

 

 ――彼らが望んだ地獄が、彼らを羽ばたかせてくれる場所であればいい。

 ふと、そんなことを考えた。

 さすがにそこへACはないだろうが、せめて、再会くらいは願ってやっても良いだろう。

 いつか自分がその場所に行ったとき、当たり前のように――相も変わらず、頭痛を覚えさせるような二人であればいい。

 

 

 家の中から、昼食のパイが焼けたという妻の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

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