621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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ウォッチポイント襲撃

 

 

 その日ウォルターが持ち込んだ依頼は、ウォッチポイントと呼ばれる施設の襲撃だった。

 地中に眠るコーラル支脈の観測を担い、かつては流量制御も行っていたという。

 目標は最奥、センシングバルブの破壊。

 コーラルを見つけ出すことを目的としていたウォルターが、なぜ観測施設を破壊しようと考えているのかは分からない。だが、おそらく“主脈”にたどり着くための手段なのだろう。不穏さはあるものの、仕事を受けることにためらいはなかった。

 そこを管理しているのは企業ではなく惑星封鎖機構だ。アーキバスとの利害関係はない。

 ひとつ問題があるとすれば、アーキバスの進駐拠点からは三日ほどかかる距離の遠さだろうか。不在期間が長くなる。

 仕事中は端末を触らないようにしているので、終わったときの未読メッセージが新記録の3桁に到達するかもしれないな、と、そんなことを考えていたくらいだった。

 

 

 

 濁った夜空から、針のような雨が降り注いでいる。視界の悪い夜だった。今日の天気は当たりのようだ。

 

「こちらレイヴン、作戦予定地点に到達。状況を開始するわ」

《証拠は残すな。目撃者はすべて消していけ》

「……潜入とか言ってなかった? まあいいけど」

 

 惑星封鎖機構とやりあうのは初めてだ。胸が高鳴る。

 敵の総数が分からない以上、慎重に進めたい。まずは砲台を潰すべきだろう。

 おあつらえ向きに障害物の多い場所だ。下から潜り込んで、まずは一台を潰した。

 

《コード15、侵入者を捕捉。敵は……AC単機だと? どこの所属だ》

《詮索はあとにしろ。迎撃を開始する》

 

 まあ見つからないというのは無理な話だ。2台目の砲台を破壊し、SGに狙いを向ける。

 火力はありそうだが、見た目よりも脆い。

 それにしても、通信が生きているなら、目撃者を消しても意味がないのではないだろうか。

 

 ふとよぎった疑問は、すぐに解消した。

 

《コード78、応援を要請。……これは……!? 本部と繋がりません!》

《なんだと!?》

 

 うろたえる通信へ、ウォルターが無慈悲に告げた。

 

《応援は来ない》

 

 なるほど、と口角を上げた。ウォルターが仕掛けておいたらしい。相変わらず頼もしいことだ。

 

「やるわね。さすが」

《……無駄口を叩いている暇はない。殲滅しろ》

「了解」

 

 言葉通りにエリアを制圧していく。この調子なら、仕事は長引かずにすみそうだ。

 思っていたよりも警備が薄い。それほど重要視されていない施設なのだろうか。

 高くそびえる壁を越えると、長く続く通用道路の向こうに、平べったい建物が見えた。

 

《見えるか。あれがウォッチポイントの制御センターだ。……内部に侵入しろ。目的のものはそこにある》

 

 違和感があった。警備の姿が見えないのだ。

 ここが中心だというのなら、ここにこそ戦力が集中されているはずなのに。

 慎重に近づいていく。破壊された、数多の機体が見えた。

 

(これは)

《ウォッチポイントを襲撃するとは……相変わらずだなァ、ハンドラー・ウォルター》

 

 年老いた嗄れ声とともに、赤黒いACが姿を現わした。

 奇襲をかける必要もないと言わんばかりの、妙に堂々としたご登場だ。

 笑いを含んだ声が、嬲るように告げる。

 

《また犬を飼ったようだが、何度でも、殺してやろう》

《貴様は……スッラか!?》

 

 ウォルターの声が動揺していた。怒りに近い響きだ。

 ACが飛び降りてくる。即座にミサイルを放って、アサルトブーストで肉薄した。逃げるようにふわりと浮く。蹴りは届かない。舌打ちして弾を叩き込んだ。

 

《待て、レイヴン! 背後からも狙われている!》

 

 反射的にその場を動いた。青く長い光線が遙か遠くから放たれてくる。とんでもない射程距離だ。

 この感じ、覚えがある。BAWS第2工廠で戦ったステルス狙撃機だ。

 ウォルターと因縁があるようだが、この男が差し向けたものだったのだろうか。

 

《そこの犬、お前には同情するぞ。飼い主が違えば、もう少し長生きできただろうに》

「ご心配なく、もう飼い犬じゃないの。ただの雇われよ」

《ほう……? 忠犬を作るのが得意なお前にはめずらしい、ハンドラー・ウォルター。どうやら振られたようじゃないか》

 

 戦闘が始まっているというのに、よく喋るものだ。

 毒々しいシャボン玉のようなパルスガンが的確にこちらを削ってくる。ふざけた見た目のわりに避けにくい。

 被弾を覚悟で懐に飛び込む。力の限り叩きつけたブレードは、うまく入った。

 

《619と20はどうした。死んだか? 私が殺ったのは、何番だったか……》

《……C1-249 独立傭兵スッラ。第1世代強化人間の生き残りだ。……そいつの戦闘は狩りに近い。うかつに距離を詰めれば、畳みかけられる。気をつけろ》

 

 今までに幾度も見た光景なのだろう。怨嗟のにじみ出るような声だった。

 

 横合いからの狙撃をまともに食らった。バズーカが打ち込まれる。

 ACS負荷が厳しい。逃げる間もなくプラズマミサイルの光が視界を覆う。足を止めずに滑り出た。

 ――強い。

 けれど、速くはない。動きは追えている。

 

《この感じは第8世代か。めずらしく金をかけてもらったようじゃないか。アーキバスしか持っていない技術のはずだが……どこで手に入れた犬だ? まあ、それもリードを食いちぎられていては甲斐のない話か。気の毒なことだ》

《……奴の妄言に構うな。集中しろ》

 

 ブレードを妙な動きでかわされ、赤黒い機体がこちらのコアを蹴り飛ばしてきた。狙撃の追撃をかろうじて避けながら、ミサイルとリニアライフルを放つ。

 確実に当たっているし、削っている。だというのに、相手は余裕めいた態度を崩そうとしない。

 

《首輪を外して何になろうというのだ、猟犬? 自由の恐ろしさを知らぬわけでもなかろうに》

「これから何かにならなきゃいけないの? わからないわ。今の自分で十分じゃない」

 

 馬鹿馬鹿しい、と笑ってやった。

 煩すぎるせいだろうか、この男との戦闘は、楽しくない。ざわざわとした苛立ちが胸に居座っている。

 先達の猟犬たちと面識はなかった。ただ一度だけ、618からメッセージが届いていただけだ。

 ウォルターを案じ、敬愛し、こちらにあとを託す内容だった。

 結果的に応じることのできなかった頼みだ。それでも、まっすぐに向けられたその願いは、あの頃薄かった感情のどこかに確かに残っていた。

 ――だからこそ、こいつに侮辱される謂われはない。

 

「そういう貴方こそ、何になりたいの? 何を欲しがっているの? 他人を嘲る言葉ばかり並べていても、本当はさぞかし足りないものを数えているんでしょうね」

《……なるほど。なかなか面白いことを言うが……お前のその力、やはり危険だな。ここで消えてもらうのが上策のようだ》

「お断りよ。……貴方こそ、ここで、終わってもらう」

 

 青い狙撃をかいくぐり、円を描くように背後へ回り込む。

 放たれたバズーカを最良のタイミングでかわせた。パルスガンを構える手にブレードをぶつけ、チャージしたリニアライフルの銃口を、相手のコアに押し当てた。

 

 抉るような、高い破壊音が響く。

 

《……C1-249、独立傭兵スッラの撃破を確認。……よくやった、レイヴン》

 

 沈黙し、炎を上げるACを最後に見つめる。

 殺意をもって人を殺したのは、久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 制御センター内部は静かに稼働していた。小さな光が無数に瞬く。子どもの頃に見た、プラネタリウムを思い出した。

 ドーム状の空間だ。深い穴の底に、破壊目標であるセンシングバルブが見えた。

 水栓のようだと、そう思った。

 

《それだ。中央にあるデバイスを壊せ》

 

 罠もなさそうだった。躊躇いなく、引き金を引く。

 青白い火花を散らしながら、破損したデバイスが崩れ落ちてきた。

 電源が喪失したのか、周囲の光が落ちていく。

 

 不意に、ざわつくような悪寒を覚えた。

 息を呑む。足元から、赤い色が煙のように立ち上っていた。

 

《まずい、待避しろ! ――621!!》

 

 赤い奔流が突き上げる。全身に衝撃が走り、たまらず目を閉じた。

 目蓋の奥、鮮烈な赤い色が、焼き付いていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 混濁した意識の中、過去のことを思い返していた。

 

 衣食住に困らず、子どもに十分な教育を与えることのできる環境。ごく平凡だと思っていた人生が人類の数パーセントしか享受できないものだと思い知ったのは、すべてを喪ってから――いや、捨ててからだ。

 

 最初は手足のしびれだった。次第にうまく動かすことができなくなった。食べることすら難しくなり、その頃になってようやく、自分を襲った病の正体を知った。

 末梢神経のうち、運動神経だけが少しずつ喪われていくものだ。意識や五感ははっきりと生きていて、だからこそ、絶望と恐怖が耐えがたいものになった。

 

 このまま指先一つ動かせなくなって、最後には呼吸をすることもできず、死んでいくのか。

 

 根本治療はあまりに高額で、進行を止めるための治療薬ですら家族に多大な負担を強いた。家族は少しずつ壊れていった。

 ごく普通に、平凡に、愛された娘だったと思う。

 だからこそ、代替手段である強化人間手術を受けると――ウォルターの手を取って、敵対者を踏みにじることで生き続けると決めたとき、その「娘」は死んだのだ。

 死ななければ、ならなかったのだ。生きている方がずっと家族を悲しませるから。

 他人の命を糧にして生きている今を彼らが知れば、どれだけ心を痛めて、嘆くことだろう。それよりは、喪われた悲しい思い出になっておく方がずっと良い。

 

 

 意識が散逸していく。

 輪郭が薄くなる。

 自分のものではない声が響いている。

 自分のものもあったのかもしれないが、もう、わからない。

 

 

 おまえは しぬべきだった

 

    どうしてあなたが

 

     なぜ そんなことが できるの

  

ばけもの

 

   ああ しにたくない  まだ

   

 あいしているわ      ころさないでくれ

 

   ひかりが  そらに

 

 

 思い出した景色があった。

 青い空が広くひろく広がって、汚染された惑星とは思えないくらい、清々しい気候の日だったことを覚えている。

 アーキバス進駐拠点の屋上。

 再手術を受けて、自分の身体が自分の意思だけで動かせるようになった、その日。

 AC以外に興味の薄いフロイトが、何のきまぐれか、歩き回りたい自分に付き合って、見せてくれた景色だった。

 

 話したことはいつもどおり、ACのことばかり。

 

 けれど、こちらを見る融けた色の目が、不思議と満足そうに細められたことを、覚えている。

 

 

 

 

 ――おぼえている。  そう、わたしは、まだ、 ここにいる。

 

 

 はっと目を開けた。

 どのくらい意識を失っていたのだろう。いつの間にか外に出ていたようだ。浮遊していた機体が着地し、COMの無機質な音声がオートパイロットの切り替えを告げる。

 通信機能にいくつかエラーがあるようで、ウォルターとは繋がらなかった。

 

 肌がざわついて落ち着かない。妙な感覚だった。

 システムが急速で接近してくる敵性機体の存在を告げる。ほうけている暇はなさそうだ。

 

 あれほどの奔流に飲まれたはずなのに、ACの動作に問題がないのは幸運だった。自分自身へのダメージ確認は後回しだ。まずは今、生き残らなければ意味がない。

 

 降りしきる雨の中、大きな機体が空気を裂くような音と共に現れた。

 惑星封鎖機構の機体だろう。速度がとんでもない。逃げ切ることは無理そうだ。

 見たこともないリング状の発射装置をセットする姿に、ふと、王冠のようだと思った。

 

 そして予想通り、無数のミサイルが一斉掃射される。

 

 アサルトブーストで懐に飛び込んだ。斜め下からブレードを叩き込むが、手応えがない。どうやらパルスアーマーに覆われているようだ。ずいぶんと大きくて気付かなかった。強度も、おそらくACとは桁違いだろう。

 どんな制御をしているのかずっと浮いたままだ。滑るような動きで距離を取ってきた。

 追った先にバズーカが放たれた。かろうじて避けるが、再び冗談のような数のミサイルが襲いかかってくる。

 

 左右に振って回避しながら、こちらもミサイルで応じる。長引かせればそれだけ危険が増しそうだ。だが、パルスアーマーを破壊しないことにはまともに攻撃が入りそうにない。

 とにかく張り付いていくしかない。下手に距離を取ればミサイルの餌食だ。

 再びアサルトブーストで距離を詰め、もう一度ブレードを振り払う。

 今度は手応えがあった。パルスアーマーが消える。中心の機体に蹴りを入れ、ありったけの弾を放った。

 逃げるのかと思うような速度で大型機体が距離を取る。今度はミサイルにだけ追わせ、こちらへ狙いを定めるのを待った。

 

 扇のように広がるミサイルは、雨の中、どこか現実感のない夕陽めいた色をしていた。

 

 回避しつつ飛び込む。うまく頭上を取ることができた。再び展開されたパルスアーマーにブレードを叩きつけ、ミサイルを追加して剥がしていく。いい調子だ。

 ふと、不穏な気配が生じた。

 距離を取る。間に合わない。視界を埋め尽くすようなパルスが炸裂した。

 衝撃に息が詰まる。警告音がひっきりなしに鳴り響く中、急いでリペアを作動させた。

 

「っ……! アサルトアーマーまで使えるとか、ずるくない!?」

 

 思わず口に出た。

 やってくれる、と思うのと同時に、この上なく闘争心をかき立てられた。

 ブレードを振るおうとして、機関銃めいた掃射に阻まれた。ミサイルとバズーカだけではなかったらしい。大きく手を合わせるような動きと共に、馬鹿げた大きさの炎の剣が生じる。

 

(本当、手数が多い……!)

 

 振り下ろされた炎を斜めに避ける。頭上を取ったと思ったが、これまで以上のミサイルが視界を埋め尽くした。

 視界がふさがれる中、敵機が再び炎を振りかざすのがわずかに見えた。

 とっさに距離を詰める。大きな炎の剣が機体を掠めた。次が来る前に、ありったけのミサイルを浴びせる。

 

 ぐんと速度を増して、大型機体が距離を取った。

 ガシャン、と音を立てて王冠がセットされる。――ミサイルが来る。

 

(間に合わせる!)

 

 アサルトブーストで飛び込む。ぎりぎりだった。ブレードを続けて打ち込み、負荷限界を引き起こす。

 あともう少しだ。

 リニアライフルの弾が切れた。迷うことなく、それを敵機に投げつける。

 ミサイルを放ちながら接近。ブレードの冷却もどうにか間に合い、敵機の中心に、ぶつかるようにして突き立てた。

 

 連鎖的な爆発を起こし、敵機がようやく動かなくなる。

 

 雨はまだ降り続いていた。張り詰めた糸が切れ、こみ上げる嘔吐感に口元を押さえる。

 

 そのとき、急に視界が明るくなった。

 

 一瞬、朝が来たのかと思った。メインカメラを向ける。かなり遠くで、相当規模の爆発が起きたのだと、数秒ほどたって理解した。

 遅れて、突風のような爆風が流れてくる。

 雨雲を振り払われた空が青と赤のグラデーションに彩られ、まるで、朝焼けのようだった。

 郷愁に似たものが胸を焼く。流れていく雲の美しさが、広く高い空の鮮やかさが、心臓を締め付けるかのようにひとつの感情を浮かび上がらせた。

 

(かえりたい)

 

 無意識のように思い浮かべた場所は、生まれ育った青い星ではなかった。

 しばらくぼんやりと見とれたあと、深く息を吐いて、シートにもたれる。

 

(……帰ろう。とりあえず……生きてるだけ、良しとしなきゃね……)

 

 

 長い夜が終わるには、まだ時間が必要であるようだった。

 

 

 

 




旧世代型じゃなくなってたのでエアちゃんと出会えませんでした。
ここからいよいよ本格的にifルートです。


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