【急募】「感情がないんだ」とか言い出した腐れ縁の魔女をキレさせる方法【私の幼馴染をなんとかする!】 作:てりのとりやき
うーん。
実を言うと私は馬鹿だ。
すごく、すごい、馬鹿である。
そんな私がどうしてお夕飯も食べずに悩み続けているかと言うと、その原因は幼馴染――キサレアにある。
「トキト! あんたご飯食べないの!?」
「今めっちゃ考え中ー! あとで食べるから残しといて!」
下の階からお母さんが叫ぶ。我が家は壁が薄いので、壁越しでも丸聞こえだ。今日のお夕飯ってなんだっけ? トンカツだったっけ、トンカツか……。
私のお腹がぎゅるぎゅる悲鳴を上げる。ううん、トンカツとあいつの事、どっちが重要なんだ。ええいと私は頬を叩く。ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち。叩いても結局トンカツへの誘惑に耐え切れなかったので、思い切って決めた。
よし。
トンカツ持ってあいつの家に行こう!
そうと決まれば話は早い。リビングへとダッシュ。台所へ向かえば、お母さんが丁度皿の上にきつね色の衣に包まれたお肉を盛っている。うまそう。
「お母さん! 私の分のトンカツ、タッパに入れて!!」
「いいけどトキト、あんた、なにするの?」
「キサレアん家に持ってく!」
お母さんが明確に表情を歪めた。何その顔、虫でも食べたの。
「そう……。キサレアさんも大変なことになっちゃったわね……魔法実験で失敗するなんてねえ」
「なにそれ、どゆこと?」
「あんたいい加減真面目に学校行きなさいよ! 小学生でも習うことじゃない!」
チッ、いらんことを言ってしまったか。お母さんは私が学校をめちゃくちゃサボってるのを薄々勘付いているので、私が隙を見せるとこうして目つきをギンギンにする。……キサレア的な言葉を使えば「怒髪天を衝く」ってやつだ。
「これが才能ってやつだよ」と胸を張って言うと、なんかいろいろ諦めたっぽいお母さんが溜息と共にタッパを用意した。なんだかんだ言って私のお願いを聞いてくれるお母さんは良い人だ。もうすぐ16歳の誕生日だけど、今年の誕生日は分厚いお肉が食べたいです!
私は薄っぺらいけどとっても美味しいトンカツを前にめっちゃ祈った。
「今どき魔法理論の体系化なんて、ねえ……」
――この世は地獄なのにね。
そうお母さんが言いつつ渡してくれた、揚げたてのトンカツ2枚。タッパ入りのそれを抱えて私は家を出る。
「地獄、地獄か……」
みんな、口を揃えてそう言う。
私はいまいち詳しくないんだけど、どうやら《世界》はたくさんあった? らしい。宇宙とかそういうのじゃなくて、《世界》。
その数154億。
その、154億すべての《世界》は、神様?(みたいなものってキサレアは言ってた)のミスで一斉に、ぜんぶ、統合されたらしい……。
言われても全然わからんけど、でも毎日ニュースで「○○世界と○○世界が戦争状態に~」とか言ってるし、たぶんそうなんだろう。
とにかく。
そうして合体したそれぞれの世界には、それぞれの法則があって。数年前まで当たり前にあった不思議な力“魔法”は、だけど154億通りの法則全部が混ざっちゃったから、それぞれの世界にあった『当然のルール』が邪魔しあってめちゃくちゃな答えを生むようになって――。
「“そして魔法理論は崩壊した”」
キサレアはいつもそう言っていた。
「“火を生む魔法は核反応を導き”
“水生成の魔法は重力を消失させ何億と言う人が死んだ”……」
だから、この世は地獄なのだ。
――ってキサレアはこうも言ってた。
自分が世界に秩序をもたらすんだって。
……うん、やっぱりよくわからない。私は馬鹿だし授業もめっちゃサボってるし、キサレアの話はいつも難しかったし。
まあつまりだ。
キサレアは、世界を救う実験に失敗したのだ。
そして代償に感情を失った。
「よっ!」
私は、そんな幼馴染の家の合鍵を使って屋内に侵入すると、感情を失っても魔法理論の体系化?とやらのために寝食を忘れて研究する、年上の幼馴染に挨拶する。
キサレアも慣れっこなのか。それとも、お母さん秘伝の下味をつけたメチャ激ウマトンカツの匂いにつられたのか。書類の束と格闘していたキサレアが鼻をくんくんさせながらこっちを向く。
「ん」
青い瞳。金色のうざいくらい長い髪。整った顔。つまり超美人。歳は21歳で、大学生。
キサレアが期待の新星とか言われてインタヴュー受けた記事は、記念に私の部屋に飾ってある。とにかくキサレアは頭が良くて、私より年上で、でも私の幼馴染だ。
そうとも。
この美人こそが、私の悩みの種。
魔女――魔法を未だに振るおうとする災厄。だから誰も彼女には寄り付かない。
キサレア。キサレア・ハングドマン。
魔法研究のすごい奴らしいけど、最近魔法実験に失敗したんだそうな。
そして、感情を失ったのに、まだ世界を救うことを諦めていない。
◇
「どうよ研究はどうよ」
「相変わらずね」
つまりまったく進んでないってことだ。
キサレアは机に散らばる書類をつまみ、ぱらぱらとめくる。
「やはり基幹魔法理論を安定させようとすると、ゼ・キ江系世界第十位“新緑”の魔法法則……『魔力は完全な円形を常に維持し、法則の終端と始端は接続される』――が邪魔するわ」
「ごめんぜんぜんわかんない」
「そう。相変わらずトキトの知能レベルは低いのね」
む。そういう言い方は、いくら私が、高校のテストで学校初の全教科欠席をしたからと失礼じゃないだろうか。漫画は好きだから文章はすらすら読めるし、本も好きなんだけど。
「よくわかんないけど、つまり魔法の体系化? のために異世界の法則が邪魔してるってことでしょ?? たったそれだけじゃん。いっつもキサレアは話を難しくするよね!」
「事象を簡潔に、かつ分かりやすく説明すればさっき言ったような内容になるだけよ」
「だからそういう言い方がー」
私が頬を膨らませると、キサレアの座る椅子がくるりと回る。キィと音を立てて体をこっちに向けた彼女は、律義にもつき合わせた両ひざの上に手を置いて、清楚な雰囲気でじっと私を見上げてくる。美人の感情味のない視線は何か色々と心臓に悪い。なんでしょうか……。
「……昔の私なら」
「は、はい」
「昔の私なら、あなたのそういうしつこいところを“うるさい”と言ってすぐ怒っていたんでしょうね」
「記憶は記憶だもの。私は、あなたを鬱陶しいと思っていた」。そんな寂しいことを、オブラートに包むこともなくそう言うキサレア。えっ、そんな本気でウザがられてたんだ……。
ま、まあ、キサレアが私によくブチギレてたのは事実だ。幼馴染の笑顔よりキレ顔のほうが見る回数は多かった。でも美人の怒った顔ってそれはそれで良い気がする。
「だけど今は、“ただそこにある事実”としか受けいれられない。……この感覚を説明するのは、とても難しいことだけれど」
などと私がうんうん一人で落ち込んだり悩んだりしていると、キサレアは表情筋ひとつ動かさないでなおも続けていく。
「簡潔に言うなら、今の私はあなたをうるさく思わない」
私はそう締めくくったキサレアの言葉尻を自分なりに解釈した。
つまり、キサレアが言いたい事は……。
「ふーん、じゃあいつまで居てもいいってわけだね!」
「……そういう意味ではないんだけれども」
じゃあどういう意味なの、とは聞かない。キサレアにはやりたい事があるはずだし、それをあんまり邪魔する気もないし。
なにせ本気で世界を救おうとした魔女なんだから。その本気度合いを私は心の底からすごいと思うし、できれば手伝いたかったりもする。私は馬鹿なので研究とかは無理だけど、身の回りの世話とか、料理作るとか……あっそうだ、トンカツ持ってきたんだった。
トンカツ入りタッパをずいっと幼馴染に差し出すと、キサレアの青い瞳が無機質に揺れた。
「キサレア! お母さん手作りのトンカツ持ってきたし一緒に食べよ? どうせ何にも食べてないっしょ」
「……そうね。言われてみれば、今日は何にも食べてないわ」
「なにー? お米は大事って知らないの? キサレアは本当に研究しかできないだめな大人だね」
言いつつ私は、キサレアの手を引いて彼女を椅子から引きはがす。こうでもしないとキサレアはずっと研究し続けると知っている。
リビングに行き、冷蔵庫の中にパンがあったので、それの表面をフライパンで焦げ目がつくくらいに炙る。そうしたらトンカツを半分に切って、甘い味付けの濃いめソースをかけて、パンで挟む。トンカツサンドの完成だ。
「いただきまーす」
「いただきます」
出来立てお肉がサクサク衣と香ばしく焼けたパンに挟まれて幸せを生み出す。私がガツガツ食べてしまうのに対し、キサレアはとっても小さくはむはむ食べている。相変わらず食べ方も弱弱しい。
「どうよ、お母さんのトンカツはうまいっしょ」
「ええ。相変わらずおば様の料理の腕はさすがの一言ね」
「よくわかんないんだけどさ、そういう言葉にも感情はないわけ? 凄いって思ってるんでしょ?」
「私の味覚が、良好に刺激される。そんな味付けのものを作れることは客観的に見て『凄い』事でしょう? そもそも、『美味しい』や『凄い』という思考の結論は感情なのか、それとも過去の経験からくる自動的な計算処理なのか、そこから定義づけすべきであって……」
「あ~そういう難しい話は食事中は無し! 今はとにかく食べて食べて!」
強引に話をさえぎられて、むぐ、とキサレアは口をつぐむ。キサレアは放っておくと延々考え事を口に出すタイプなので、全然食事が手につかなくなってしまうのだ。美味しいうちに食べてもらえた方がお肉も幸せだろう。
その後十分ほどかけて黙々とキサレアが食べるのを眺めつつ、私は言った。
「暇だし掃除とか洗濯もしといてやる! 感謝しろ!」
「はいはい、ありがとう」
はいは一回だ。
……私は知ってる。
今のキサレアが言う「ありがとう」に感情はないってこと。私は馬鹿だけど、でも、以前のキサレアとは違うってことは分かる。
私はイマイチ頭が良くないので、解決策とか全然ない。でも、やっぱりキサレアは無表情より怒った顔がよく似合うと思う。
◇
キサレアの家はいっつもぐちゃぐちゃだ。私が毎週掃除してるのにすぐ汚くなるのはきっと家主の性格が表れてるんだと思う。キサレアは、まあ? 私より頭が良いし? すんげえ美人だし? なんか
「でも私のほうが掃除できるし料理もできるんだよなー!」
「トキト。夜中に大声出さないで」
今はキサレアが研究室として使っている、地下室を掃除中だ。読み終わったまま乱雑に積み重なる論文の束とか、くしゃくしゃになった紙とか、そういうのを仕分けして整理整頓していく。これはとっても知能的なお仕事である。私はえらい。
「キサレア、読んだ論文と読んでない論文、ちゃんと五十音順にして整理したから。あと燃えるゴミと燃えないゴミもばっちりだし、どうせ今日も徹夜で研究っしょ? お夜食のおにぎりと卵焼き、キッチン借りて作っといた!」
「相変わらずてきぱきこなすのね」
「んん? 感謝の言葉が聞こえないなー」
「ありがとう」
キサレアは机に向かって顔も見せないでそう言う。絶対感情のこもってない声で。
……きっと何とも思ってないんだろうなぁ。
私はとっても感情が豊かな人間なので、感情がない人間がどんな感じなのかわかんない。でも、昔のキサレアも今と似たような感じに生活能力のない奴だったし、研究に没頭してると反応が雑だった気がする。
「でもやっぱ昔のキサレアはよく怒ってたんだよなあ」
「そうね。あなたに見せていたのはキレ顔のほうが多かったと思うわ」
「最近のキサレアは張り合いがなくて寂しい」
「そう」
冷たい女め。
掃除もして、お夜食まで作ってしまうと私はけっこう暇だった。暇つぶしに出来そうな物もキサレアの家にはほとんど無い。沢山ある本は、学術書とか難しい本ばかりで、読んでるとむしょうに眠くなってしまうので読まないし。
ではこういう時に私が何をするかというと、そう、ネットである。
「キサレア、ぱそこん借りていい?」
「いいけど。またいつもの掲示板? 前時代的……という言葉も似つかわしくないくらい、古代の遺物よね」
「うるさいな。こういう闇っぽい感じ? 地下的な雰囲気が好きなの」
「アンダーグラウンドって言いたいのかしら……」
そうそれ、アングラ。
地下室の隅っこにある四角い箱のボタンを押す。その四角い箱は、遥か大昔に使われていたという『ぱーそなるこんぴゅーたー』――略して『ぱそこん』と呼ばれた機械だ。
魔法を動力源とした機械ではなく、なんと『でんき』とやらで動く不思議な箱である。その箱とケーブルを通じて繋がる、『ぱそこん』と同じくらい大きな四角い箱……こっちはどうやらモニターになるらしい。でかい、分厚い。
魔法が使えなくなって数年経ち、どうにか人間達が引っ張り出してきたのが、博物館で飾られているこの古代技術の代物たちだ。
魔法が使えた頃の生活を保てているのもこういうのを再活用してるからなんだとか。私は学校サボってるので詳しいことは分かんない。
「でもキサレアの家っていいよね、ネット繋がってるもん」
「これでも政府から研究予算を貰ってる身だもの。古代のインフラ……電気を基盤とした機器の支給も早いわ」
「まあ今は私のおもちゃになってるけどね!」
キサレアはこの『ぱそこん』をめったに使わない。魔法が使えた頃にあった、めちゃくちゃ頭がいい魔法計算機構ほどの性能がないから、とかなんとか。
起動して動かせるまで数分かかる『ぱそこん』をネットに繋げる。そうしてブックマークしたアドレスに飛べば、そこは無機質な文字ばかりが連なる『掲示板』だ。
この『掲示板』は私がネットサーフィンしてた頃に発見したもので、いろんな話題についてネットに繋がる者同士議論できる、なかなかに面白いものでもある。
(よーし。キサレアが気付く前にやることやるぞ)
そう。
私がこんな夜中にキサレアの家に押し掛けた真の目的は、これ。
この掲示板で、キサレアの感情を取り戻す方法を得ようとしているのだ。
◇
【急募】「感情がないんだ」とか言い出した腐れ縁の女をキレさせる方法【私の幼馴染をなんとかする!】
1 超天災たわし2420/03/22(日) 21:43:48 ID:6uy
自分はめちゃくちゃ頭がいいけどおばかな幼馴染を怒らせたいんだけど人を怒らせる方法しりたいんですけど教えてください!!!!!!!!
2 名無しさん@世界の終わり 2420/03/22(日) 21:43:59 ID:ewi
まずその読みづらい文章を直せ
3 名無しさん@世界の終わり 2420/03/22(日) 21:44:01 ID:e9r
うんこ
4 名無しさん@世界の終わり 2420/03/22(日) 21:44:39 ID:6fs
その相手がどこに居ても常に側にいるとか?
存在感を発揮し続けてうざったく思わせる
◇
なるほど……。早速有益な情報を得てしまった。
うん。
よし。決めた。
「キサレア! ちょっと家帰るね!」
「わかったわ」
私はぴゅぴゅーっとキサレア宅を後にして、隣の実家に舞い戻る。空のタッパを台所で綺麗にしてから、編み物をしてるお母さんに宣言した。
「私しばらくキサレアん家泊まるから!」
「また唐突によくわからない事を言い出す……」
お母さんがめちゃくちゃ重いため息を吐いた。編み物を動かす手を止めて、お母さんは「もう慣れました」と言わんばかりにしれっとした顔をした。
「で、何日くらいキサレアさんの所にお世話になるつもりなの?」
「んー。とりあえず一か月くらいいってみようかなと!」
「分かった。毎日夜七時にはこっちへ戻ってきて、ちゃんと顔を見せるのよ」
「らじゃ!」
うん。お母さんはいい人だ。こういう時、事情も聞かずに娘のやりたいことをやらせてくれるとってもいいお母さんだ。私は尊敬する母親へ、パパがやってるような最敬礼をビシっと決めた。「そういう仕草は真似なくていいの」とお母さんは窘める。かっこいいのに。
さて。
そんなこんなで私は荷造りを終えると、すぐさまキサレア宅へ再び舞い戻った。
「ただいまー」
「おかえりなさい。で、どうしたの?」
「一か月くらい泊まるからよろしく!」
「相変わらずよくわからない事を言い出す子ね……」
キサレアもお母さんと同じような事を言ったけど、ため息は一つもなかった。どうでもいいって感じの無表情で「好きにしなさい」と告げると、また机に向かって集中しだす。
好きにしなさいと言われたら、好きにするまでだ。
私は用意してきた寝袋を広げると、地下室の床に寝床を整える。時刻はすでに午後9時。私は眠い。
私の立てる物音で何をしているのか察したのだろう。キサレアが背中越しに呟いた。
「私の背中なんか見て、何かあるのかしら」
「そうやって集中してるキサレアの後ろ姿見るのが結構好きなの」
キサレアとの付き合いは私が物心ついた頃からだ。だからええと……11年くらい? とにかく長い。父親が仕事で家を空ける事が多く、母親もパートで居ない時間が多かった私は、よくキサレアの家に預けられていた。彼女は10歳の時点で既に中学校を飛び級卒業するくらい頭が良かったせいで、ちんちくりんの癖に学校に行ってなかったのである。
当時すでに有名な研究者だったらしいキサレアは、昔からこうして地下の研究室に籠ることが多かった。私はそんなキサレアの後ろ姿を見ながら眠りに就くのが好きだった。
ぼんやりとした照明に照らされて輝く長い金髪とか。
ちいさくて丸い肩が揺れるのとか。
耳をすませば聞こえてくる紙にペンを走らせる音だとか。
キサレアの吐息だとか。
そういう、穏やかな感じがすごく落ち着くのだ。それはキサレアが感情をなくした今も変わらない。
「でも、私はまた、キサレアの怒り顔が見たいのだ」
「何か言った?」
「なんでもなーい」
そう。とだけ言って深く追求しなかったキサレアは、今度こそ研究に没頭しだした。そうして自分の世界に入っていく彼女の後ろ姿は、やっぱり変わらず心臓から指先まで暖かい気持ちでいっぱいにしてくれる。
もっと欲を言うなら、昔みたいにちょっかい出せばすぐ怒って……構ってくれた頃に戻ってほしい。
だから、いつかお前のキレ顔じっくり拝んでやるぜ。
右手を銃の形にして、ばきゅんと心の中で引き金を引く。
そうして私は明日からの同棲生活に思いをはせつつ、目を閉じた。
◇
キサレアをキレさせる作戦その1――。私はこんもりと山になった布団の山にそっと伸し掛かった。布団の山から「うぐ」と苦し気な声が聞こえてくる。感情がなくなっても苦しいものは苦しいんだなあ。
なんてことを思いながら足をぱたぱたさせていると、布団をめくってキサレアが顔を出した。寝起きで長い金髪がぼさぼさでも、美人は美人、ずるいやつ。
キサレアがぼーっとした顔で呻く。
「重いんだけど……」
「おはよーっ。元気ないじゃん、どしたの?」
「朝で、低血圧で、あなたが私の上に乗っかっているからでしょ……」
とは言うけど、全然怒ってるように見えない。こんな程度の存在感ではまだまだ遠いか……。
「キサレアより五つも年下なのに、私のほうが力持ちだからキサレアは身動きが取れないんだよね。ふふん、すまし顔ばっかしやがって、この、この」
「ちょっと。抱き着かれると余計重い」
こうして布団の上から抱き着いてもよくわかるんだけど、キサレアは引くほど体が細い。ちゃんと食べてんのかって感じ。こういうところが放っておけないのだ。
しばらくそうして無抵抗なキサレアを堪能し満足した私は、朝のちょっとした運動で低血圧から抜け出したキサレアを連れてリビングに向かった。
ここは勝手知ったる幼馴染の家。朝に弱いキサレアより早く起きて、朝食を作るなんてヨユーである。
「じゃじゃん。今日の朝ごはんは炊き立てほかほかご飯に、焼いた塩鮭、お味噌汁だよ」
「トキトは和洋中、なんでも作れるのね」
伊達に料理メチャウマお母さんの娘やってないからね。
二人して席に着き、同時に「いただきます」した。
「ところでトキト、学校は?」
「ん? 永久に休みだよ?」
「それをサボりと言うのよ」
ぴしゃりと言われる。昔からキサレアは学校行け学校行けってうるさかったんだよなあ。
「何言われたって私、学校行かないからね。今日からしばらくキサレアの家で暮らすって決めたし」
「頑固なんだから」
どこかじとっとした感じがするキサレアの眼差し。青すぎる瞳に一直線に見つめられるとやっぱりドキドキするし、炊き立ての白米を食べるための箸が止まってしまう。顔のいい女はずるいし強い。気を抜くと、すぐ言う事を聞きそうになってしまう。
「ふ、ふん。そんなに見つめられたって言う事きかないよ。とにかく学校行くより今はキサレアと居たいの! ……って何言わせるんだこの女はー!」
「全部あなたがぺらぺら喋ってるだけよ」
私の顔が真っ赤なのとは違って、キサレアは日に焼けたこともなさそうな白い頬。ご飯を箸でつまむ仕草までなんか、決まってる。
納得いかない。何で私ばっかり恥ずかしい思いをしているのだ。
もしかしなくてもこの作戦、私が恥ずかしい思いするだけなんじゃないのか? 失敗なんじゃないのか? もっと別のやり方を考えるべきか……。
ええい。こんなことではくじけないぞ、と両の拳をむんと握った。
「落ち着けトキト……私には重大な作戦がある……」
そうとも。
まだ、同棲生活は始まったばかりだ。
これから着々と存在感を発揮し続ければいい。まだ焦る時じゃない。