【急募】「感情がないんだ」とか言い出した腐れ縁の魔女をキレさせる方法【私の幼馴染をなんとかする!】 作:てりのとりやき
少し甘く見過ぎていたのかもしれない。
私はやっぱり馬鹿なんだろう。感情がないってことを私なりに真剣に考えたつもりだったけど、でも、所詮は何も知らない子供が考える事だった。
魔法理論のりの字も知らない。
凄いことが出来るわけじゃない。
一体、こんな私がどうすれば、キサレアを怒らせられるのだろう。
「う~あ~あ~」
引きこもってから三日目。私は布団にくるまってお饅頭みたいになりながら、うーうー唸り続ける。正解のない、答えへの道筋もはっきりしない、そんな難題をどう解決すればいいのか分からない。
考えようとしても、結局浮かぶのはキサレアの怒った顔と、笑った顔だけだ。あ~超絶美人~。
「はあ。キサレアのインタビュー記事でも読むか……」
こんな時は顔の良い幼馴染でも眺めるに限る。そう思って勉強机に置かれた大きめの写真立てを手に取った。A4サイズの枠の中では、いつもよりキリっとした顔をした当時17歳のキサレアが映っている。私はうむむと唸った。
「くそ、この写真、めちゃくちゃ良く撮れたってキサレア自慢してきてたな……まあ事実その通りだけど……」
これは私たちが暮らす地元の地方紙の片隅を飾った、飛び級で大学に入学したキサレアへのインタビュー記事だ。その日はわざわざキサレアが新規契約した地方紙の記事を鼻息荒く見せつけてきたことを忘れていない。私も負けじとキサレアのインタビュー記事を大量に印刷して街中・学校中・ご近所さん全員に配りまくったことも覚えている。「そこまでやれって言ってない!」と顔を真っ赤にしたキサレアに怒られたこともだ。
むへへ、と私は思わず笑ってしまった。
キサレアとの思い出はいつもこうだ。私が何かして、キサレアが怒る。全部大事な思い出で、だけど……。
「はあ」
残念だが私はお子様だった。まだ16歳で、20歳にもなってなくて、だからキサレアのインタビュー記事に書かれたキサレアの専攻とか研究内容はさっぱり分からない。私に分かるのは超絶顔の良い女が映ってるというだけ。
「キサレアってやっぱ頭いいな……あんくらい頭良くないとだめなんだろうな、世界救うなんて、凄いことだもんね……」
私には無理だ。こんな、お饅頭で、アホで間抜けでちょっと家事が得意なくらいの子供には無理なのだ。
世界を救う偉い人にはきっとなれない。そんなこと、知ってる。
「でも、大事な幼馴染だけなら、なんとかなるって思ってたんだけどなあ……」
私は無力だ……。
はあ、と布団の中でため息を吐く。額に当たる枕の硬さと、ぎちぎちな頭の中。口から出るのはため息ばかり。
よくない。実によくない。
こんな時は昼寝に限る、と私は考えを改めた。やっぱり駄目な時は何をしてもダメなのだ。一度寝て、気持ちを切り替えよう……。
「トキトー!」
などと考えていると、部屋の外――階下からお母さんの怒声が扉を貫通してきた。
「あんたいつまで部屋に引きこもってんの! そんなにじっとしてると太るよ!!」
と。ドスンドスン足音立てて階段を上りながら叫ぶお母さん。私は、
「うーうー!」
と唸って拒絶の意思を示した。
「そのうーうー言うのやめなさい!」
「うううー!」
お饅頭の私が自室に引きこもり早三日。風呂とトイレと食事以外で外に出ようとしない私に、どうやらお母さんの堪忍袋の緒ははちきれんばかりなようだ。
私はお母さんを撃退するために、普段よりも頭を使うことにした。
「お母さん知らないのー? 争いは同レベルでしか発生しないんだよ! つまり、私と喧嘩するってことはお母さんは私と同レベルになるってことなんだよ……!!!!」
「どうしてあんたはそういうとこだけ賢くなるのよ―!」
お母さんは「ご飯ここ置いとくからねダメ娘!」と叫び声を上げる。ドッスンドッスン階段を降りていく足音。へっ、勝った。
そうしてまたお饅頭モードに落ち着いた私が、うーうー悩み声を上げ続けること数十分。今度は扉が優しくノックされる。誰だ、一体。
「トキト」
その優しい声音にハッとなった。
懐かしい、男の人の声。思わずお饅頭を解いて布団から顔を出してしまう。
「そ、その声は――」
「トキト。お父さんだよ」
「パパ!」
私は大喜びで部屋の扉を開けた。扉の先ではパパが優しい笑みを浮かべて立っている。
パパは、軍人だ。私はあんまり詳しくないけど結構お偉いさんらしい。だから忙しい身の上で、こうやって家に帰ってくることはめったにない。そしてたまにしか帰ってこないということで、パパは毎回私にお土産を持ってきてくれるのだ。
「パパ、おかえり! お土産は? お土産はっ?」
物欲に惹かれた素直な私に、パパはその手に提げた袋を掲げる。
「近所のお肉屋さんで分厚いお肉、買ってきたよ」
「ほ~!」
その手にはたんまりみっちりお肉が詰まってそうな包み紙。私の心臓はバクバクと音を立て始めた。じゅわりと浮かぶ涎が零れ落ちそうになり、思わず口元を引き締める。
「さっすがパパだね、パパ大好き」
「トキト。お腹が空いているんじゃないかな。今夜は家族三人でステーキにしよう」
肉で釣られちゃ仕方がない。人間はみんなお肉が大好きだし。少なくとも私はお肉が大好きだ。
そんなこんなで私は引きこもりを止めた。
◇
さて、引きこもりの罰としてお母さんからお小遣い半年0円の刑を言い渡された後。家族三人で分厚いステーキを食べている途中。
「パパさー。ちょっと相談したいこと、あるんだけど」
私は父親に悩みを打ち明けることにした。
「感情がない人を怒らせるのってどうしたらいいかなあ?」
「ふむ」
パパはお母さんに目配せをする。お母さんはそれは海よりも深いため息を吐いて、私の代わりに事情を説明してくれた。
「この子、キサレアさんのところで最近生活してるの」
「へえ。なんでまた」
「キサレアのキレ顔をまた見たいなって」
「ふむ……」
パパがまたお母さんに目配せする。「私にもよくわからない」とお母さんは私の思考回路の推察を放棄した。
「キサレアさんの怒った顔が見たいんだね。トキトは昔から、キサレアさんととても仲が良かったからかな?」
「そう。私、キサレアに昔みたいにすぐ怒る人になってほしい!」
「そうか」
率直な思いを伝えると、パパは痛ましい思いを眉間の皺に寄せた。
「キサレアさんの件は聞いていてね。軍としても期待していただけに、とても残念に思うよ」
「ねえパパ。キサレアの感情を取り戻すのって難しいの?」
「私達の世界は、精神……心や魂というものが存在すると実証できた世界だ。脳神経細胞間の電気信号が生み出す錯覚でもなく、シナプスの発火でもない、確かに心は誰しもが持っていて、肉体の死と共に魔力となって還元される。それが私たちのクラスヲ・ア羅系世界第一位『絶滅』の魔法法則……ここまでは分かるね?」
「え、そうなんだ。知らなかった…………」
お父さんの口の動きが凍った。
お母さんの顔が活火山の噴き出すマグマよりも赤くなる。しまった……!
「――お母さん怒らないで! 私がとてつもなく頭悪いってお母さんは分かってるでしょ!? その怒りは今更すぎるんだ、もういい、もういいの! もう私のために辛い思いをする必要なんてどこにもないんだよ!」
「何良い感じに話を終わらせようとしてるの! あんた本当にこのままだと大人になってから苦労するからね!」
「いいし別に、私キサレアと暮らすから」
フフリと得意げになって鼻を鳴らした私に、パパは「うーん?」と首を捻ったまま固まっている。
「まあ、そうなんだ。とにかく私たちの世界は人に魂があると知っていて、その延長線上に感情というものが存在することは把握している。でも、その形を知るところまでは到達できていないのが実情だ」
「ほえー」
「現状では形而上の存在を、物理の論理で当てはめることは非常に難しい」
「……お母さん、パパの言葉が難しすぎる」
「トキトでもかみ砕ける言葉にするなら、感情を失うという状態は誰にも証明出来ないんだ」
パパはさらりと言い換える。お、今度の言葉は私でもわかるぞ。
つまりこう言いたいのだ。
「じゃあ、ひょっとして? そもそもキサレアは感情を失ってないかもしれない、ってこと?」
「トキトは論理の展開が上手だね」
にっこりと笑ったパパが食べ終えた皿を除けて机に両肘を着き、身を乗り出す。
「そう。誰にも証明できないものを『在る』と言うことも『無い』と言うことも出来ない。揺らぎ、重なった状態の事象は、観測点によって結果を変えるのが常だ」
……キサレアは感情が『無い』と思い込んでいるだけで、『ある』と思わせられれば、キサレアは感情を取り戻せるかもしれない。
もしかしたら感情を失ったわけじゃなくて、心の機能がとっても弱くなってるだけかもしれない。
そういうことを言われてる。
「だからトキト。君は諦めてはいけない。君が『ある』と言えば、世界は存在を認め続ける」
パパは私を勇気づけてくれているのだ。
だけど。
「一生かけて、それでもキサレアが怒ってくれなくても?」
私なりの努力が実を結ばなかったのも現実だ。弱気になってるんだと思う。だから、パパに訊いた。
「怒ってほしいのに、寂しいことしか言わなくて、死ぬときになって『無駄だったな』って思っても? それでも私は最後までやり通すべき?」
「ああ」
「どれだけ何をしたってキサレアに響かなくても?」
「ああ」
パパは即答した。
だから私もすぐ決心した。
「うん。わかった。私、やる」
「それがいい」
パパは、私の父親で、軍人で、すごい人だ。きっと色んな世界との戦いを知っている人が私のやりたいことを後押ししてくれるなら、それは間違っていないんだ。たぶん。
うん。
そう。そうだね。
私はやっぱりキサレアの怒った顔が見たい。だから、明日から、また頑張ろう。
◇
パパは翌日の朝、また職場に戻っていった。軍人で、英雄で、お偉いさんなパパは忙しい身だ。
「次はもう会えなかったりするの?」
玄関。
見送る時にそんなことを聞いた。そしたらパパは笑って言った。
「そうだねえ、出来れば死にたくないけど、いつかトキトに会えなくなる日が来るかもしれない」
「それって」
家の外には高そうな車が停まっている。あまり時間は無い。だから単刀直入に聞くしかなかった。
「私はキサレアの怒った顔も笑った顔も、もう二度と見れないのかな」
ヤハクが言っていたことを思い出す。
そう。『時間』だ。私は今16歳で、子供で、まだ大人じゃない。でも大人になった自分なんて想像できないし、それに。
「私がハタチになるより先に世界は壊れちゃうのかな」
トキト、とお母さんが私の両肩に手を置いた。真剣な声だった。
でも、私は私なりに真剣だった。
「――ねえパパ、私って大人になれないの?」
パパは軍人だから多くを語らない。この世界も、他の世界と戦争をしているってことは私でもわかる。でもテレビでは詳しい情勢もわからないし、いつまで世界が続いているのかも分からない。
私は、キサレアを怒らせるチャンスがいつまで残されているのか知りたい。
「ここは地獄だから、終わりはいつか来るだろう。だからトキト、今日を生きなさい。未来にばかり目を向けてしまうのはとてもいけないことだ。今の時代ならば尚の事」
「今日を」
「そう。それにだトキト」
パパはとても、とっても優しい表情で私に微笑んだ。
「私は、子供にそんな悲しい事を言わせないために戦争をしている」
パパは「じゃあ、また」と手を振って軍人さんが運転する車に乗ってしまった。
……私は考える。
パパは、終わりなんて来ない、なんてことは言わなかった。曖昧な希望らしい言葉を自分の娘にも言わなかった。
「――つまりいつか必ずこの世界は終わるってことだ」
それはもちろん、私が死んだあとかもしれないし、その前かもしれない。自分で言ってて悲しくなるけど、ひょっとしたら私が二十歳になる前かもしれない。
大人に一生なれない人生。
考えると、無性に、ヤハクの気持ちが分かってくる。……でもヤハクが立ち直って引きこもるのを終えたように、私だって私なりの考えて自分の気持ちを持ち直すことに成功した。
パパと話して(あとお肉食べれて)私の頭はだいぶスッキリしたのだ。
「ふー」
これは、大好きなお肉も食べ続ければ無くなってしまうのと同じことだ。
限りあるから、やる気は出るし、何かしなければという気持ちになる。
やることがないなら目の前の埃を払うべきだ。
うん。そういう考えでいい。
私はそういう生き方でいい。
「よし、今日も絶好調!」
やる気を取り戻した私は額の汗を拭って、目の前の成果に満足した。久々にキサレアの家を掃除しているが、やっぱり私の幼馴染は掃除とか全然しないのだ。今日も地下室に篭って研究に勤しんでいる。地下室の掃除は最後にしよう。次はキサレアの自室かな。
溜まりに溜まった家中の埃をかき集めると実に気分がいい。
掃除は好きだ。小さなことからコツコツ進めれば、なんとかなるって自信がつく。
「今日は天気もいいし、本の虫干しするかー」
キサレアの本棚は難しい学術書で一杯だ。こういう本って高いから、定期的にメンテしないといけないのに、キサレアは一度読んだ本の扱いが雑すぎる。
そういう訳で分厚いハードカバーの本を風通しの良い日陰まで運ぼうと、棚から本を抜いていると。
「お?」
並べられた本の奥に、一冊のノートが隠されているのを見つけた。古びた薄い冊子には『日記帳』と書かれている。これ、見た事あるな。なんだっけ。昔、似たようなものを買った思い出が……。
「本棚の隙間に隠してあるなんて、絶対やばいやつじゃん」
まあいいや。日記帳で、ここはキサレアの部屋。つまりこのノートにはキサレアの秘密が記されている。これは、見るしかない……。
私は擦り切れた日記帳をめくる。
そこには。