高利貸しのご利用は計画的に 作:推敲猿
労働、アイデア、資産……金を得るには別の何かを持っていなくてはならない。金を借りるときもそうだ。担保がない者は、自分の尊厳を差し出さなくてはならない。
「やめて!娘だけは……」
「娘以外に売れるもんがあるのかよ、おい!」
「ひ……っ」
私の目の前で怒鳴られ、肩をすくめた女とその娘は、まさにその典型だった。父親が隣国との戦争に行って死に、生活に困った挙句、返す当てもないのに高利貸しに金を借りたのである。
「服も何もかも売って、借りた分は返したわ。これ以上、私から取り上げないでよ」
「奥さん。元貴族なのに、利息も知らないんですかい? おいぼーっとすんなフィリア、借用書出せ」
そう言って高利貸しの男―イベルクは私に手を差し出した。イベルクはニキビだらけの顔にぎらついた目をもつ小太りの中年男。不本意ながら、私の主だ。
私が背嚢から羊皮紙を取り出して渡すと、イベルクは母親にそれを見せつけた。
「ディリナール銀貨30枚、利息は1週間で3割。あんたは利息分も払えてなかったから、借金はもう銀貨60枚分になっちまってるんだよ」
「いつか絶対返しますから……」
「これまで払えなかったのがこれから払えると思うのか?」
「うっ、うう……」
母親は言葉に詰まり、彷徨わせていた視線をイベルクの後ろに控えている私に目をとめた。
「おねがいです! この子を助けて……。あなた、娘と同じくらいの歳よね? なら、この子が奴隷になったらどんな目にあうか、分かるでしょう⁉」
「そうですね。ある程度教養もありそうな子ですし、立派な高級娼婦になれると思います」
「……そうじゃないの。私はこの子を奴隷にしたくないの」
「じゃああなたが奴隷になればいいのではないですか?」
「……でも……それは……娘一人で生活とか……できないだろうし……」
「知りませんよ。売るんですか? 売らないんですか?」
結局、母親は私たちに娘を売った。値段は相場より安めの銀貨62枚。借金との差し引きで、銀貨2枚だけが母親の手元に残った。
私の名前はフィリア。奴隷だから姓はない。物心ついたころから商品として育てられていたので、家族もいない。
ただ一つ幸運だったのは私が「扉」と「治癒」の2つの魔法を使えること。奴隷商の男は私を仕入れてから高級性奴隷として育てる予定だったらしいが、予定変更して読み書きや計算、魔法の練習をさせて出荷した。
そして一か月前にイベルクという高利貸しにディリナール銀貨1000枚で購入されてからは、彼の下で働き続けている。
「かあーっ! しっかり取り立てた後の酒はうまいぜ!」
「そうですね」
薄暮の中イベルクは奴隷を捕まえたその足で酒場へ行き、祝杯をあげていた。そこそこの額を回収できて、イベルクは上機嫌のようだった。
彼の儲けがどれだけ大きかろうと私には関係ないが、食事が豪華になる可能性があるし、少なくとも八つ当たりで殴られることはないので喜ぶべきことだろう。
「お前もちょっとは金貸しっぽくなってきたんじゃねえか。ご褒美にお前のシチューを肉入りにしてやろう」
「……ありがとうございます」
久しぶりのお肉。私は嬉しくなったが、それは母娘を地獄に叩き込んだ結果だということを思い出すと、途端に嫌な気分になった。
「あの……私、どうなるんでしょうか」
そのとき、私たちの座るテーブルの脇に立たされていた少女が口を開いた。
「あァ? もうお前はモノなんだぜ? どう使われるかなんて知ったこっちゃねえだろ?」
「私は物じゃないわ」
「ああ?」
「私はアルデーヌ家の長女リオネ。確かに借金を返さなかったのは褒められることじゃないけど、こんなの許されるはずがないわ」
リオネはイベルクを睨んだ。すると先ほどまで機嫌のよかったイベルクは、ちっと舌打ちして少女を怒鳴りつけた。
(……口答えしなかったら痛い目見なくて済むのに)
彼女は奴隷というものがどういう立場なのかが分かっていないらしい。
「許されないとか言ってるが、お前はもう、『法的に』奴隷なんだよ。犯されても殺されても文句は言えねえ。元貴族なのにそんなことも勉強してないのか?」
「……っ」
「へへ、せいぜい、殺しの好きな変態の旦那に売られないよう祈っとくことだな」
「この……っ!」
少女は、手かせでイベルクを殴った。がこぉん!と派手な音を立て、イベルクは床に倒れこむ。周りで飲んでいたほかのゴロツキたちは、無様に転がったイベルクを見て大笑いした。
「おいおい、こんな娘に突っ転ばされるなんて、ずいぶん軽くなったもんだな。ええ?」
「るせえ」
イベルクはやじを飛ばした男を一睨みしてから起き上がると、リオネの胸倉をつかんだ。
「てめえ、殴らないと分からないらしいな」
「やってみれば? 商品にキズをつけたら値打ちが下がるでしょ?」
その瞬間、鈍い音が酒場に響いた。イベルクがリオネの顔を拳で殴ったのだ。
「あ……え……?」
「あまり俺をなめるなよ」
茫然としてへたり込んだ少女の腹に、イベルクは蹴りを入れた。リオネは呼吸ができなくなったようで、不自然に小さな叫びをあげた。イベルクは身体を丸めて身を守ろうとする彼女を執拗に蹴る。
「おっと、殺さないように気をつけないとな」
イベルクがそう言って暴力をふるうのをやめると、リオネは傷ついた体をかばいながら安堵の息を吐いた。だが、イベルクが恐ろしいのはここからなのだ。
「フィリア。癒せ」
「……了解しました」
私は防御姿勢を取っているリオネに駆け寄ると、顔に手をあてがい、「治癒」の魔法を使った。すると暖かい光があふれ、みるみる腫れが引いた。
普通、商品として価値が落ちるので奴隷に対しては暴力をふるいにくいのだが、「治癒」を使える人間がいれば話は別だ。魔法を使える限りは延々と奴隷をいたぶることができるからである。
一瞬で傷が癒えたことに驚いたのか、リオネは目を丸くしていた。
「全然痛くない。これ、あなたの魔法?」
「そうです」
「……ありがとう」
「お礼はいりません。頑張って」
「頑張るって?」
私が下がると、椅子に座って見ていたイベルクが立ち上がり、リオネの前に出てきた。
「さあ、二回戦といこうか」
指を鳴らしたイベルクを見てこれから何をされるか理解したらしく、リオネは絶望の表情を浮かべた。
夜。
奴隷になった少女―リオネにあてがわれた部屋は粗末だった。窓がないため薄暗く、家具と言えるものもベッドが一つあるだけである。扉も外から鍵をかけられるので、牢獄と何ら変わらなかった。
「う……ぐすっ」
リオネは、ベッドに座って泣き続けていた。貴族から庶民になってしまったときも、借金のかたに売られてしまったときも、不安こそあったものの恐れはしなかった。勇敢に戦死した父のように、貴族としての誇りと立ち向かう勇気を受け継いでいるという自負があったからだ。
しかし今や、あの金貸しの男の顔を思い出すたびに、体中が震え始めるようになってしまった。腹を蹴られたときの内臓をえぐるような痛みや、骨の折れる激痛が記憶に染みついてしまっていた。
「誰か……助けて」
これが悪い夢だったら。父親、母親、よく施しをくれたパン屋のおじさん、服の仕立て屋のおばさん、仲の良かった男の子。皆の顔が頭に浮かんだ。もう彼らには会えないのだ。
すすり泣いていると、扉の開く音がした。はっとしてそちらを見ると、そこにいたのはイベルクにつき従っていた魔法使いの少女―フィリアだった
「失礼します」
「……あなたは呼んでないわ」
先ほどはフードをかぶっていたので分からなかったが、フィリアの容姿は整っていた。透き通るような白髪と青い眼はまるでおとぎ話に出てくる妖精のようだった。
しかし彼女が「治癒」の魔法でリオネを癒し続けたために、リオネはイベルクになぶられることになったのである。フィリアもイベルクの手下なのだと思うと、腹の底から嫌悪が湧いて出てきた。
「私はあなたの品質管理をしなければならないので。お食事ですよ」
フィリアがそう言った瞬間、彼女の手の上に黒い円が現れ、さらにその中からパンとスープを乗せた丸盆が出てきた。おそらく瞬時に他の場所へ移動できるゲートを作り出す「扉」の魔法だろう。
「食欲がないの」
「食べてください。死なれては困ります」
「いらない」
「一生懸命作ったんですよ。おいしいですから」
「放っておいてよ!」
ぬけぬけと言ってくる態度に腹が立った。かっとなったリオネはフィリアが押し付けてきた丸盆を受け取り、彼女に叩きつけた。スープが盛大にぶちまけられ、フィリアのローブをぐしょぐしょにする。
やってから、リオネはしまったと思った。こんなことをすれば、またひどいことをされるに決まっている。リオネはそっと顔をあげ、フィリアの様子をうかがった。
「そうですよね。あんなこと……許してくれるなんて思ってません」
今まで無表情だったフィリアは悲しげに笑っていた。意外な反応にリオネが驚いていると、フィリアは再び「扉」から同じ食事を取り出した。
「あとで食べてください。私と会うのが嫌なら、なるべく顔を合わせないようにします。では……」
「ちょっと待って」
リオネは部屋を出て行こうとするフィリアを引き留めた。
「ご飯食べる、から、お話してくれない?」
「……わかりました。着替えますのでちょっと待ってください」
そう言ってフィリアは出ていった。彼女を待つ間、リオネは食事を口に運んだ。料理はなかなか美味しかった。パンは本物の白パンで、鉛粉で白く見せた紛い物ではない。スープも鶏肉が入っていて、一般的な食事と比べるとかなり豪華だった。
食事が終わる頃、フィリアは戻ってきた。そして空になった器を見て、嬉しそうな顔をした。
「食べてくれたんですね。美味しかったですか?」
「ええ。……でも、どうしてこんないい食事にしたの? 白パンと肉なんて、奴隷が食べていいものじゃないでしょ」
「ああ、気づかれましたか。イベルク様には内緒にしてくださいね。あなたが可哀想で……せめていいものを食べてもらいたかったんです」
「ごめんなさい。そうとは知らなくて……火傷はしなかった?」
「大丈夫ですよ。「治癒」を使えばすぐに治るので」
フィリアはにこりと笑った。ということは、火傷はしていたのだろう。彼女の心からの親切に対して仇で返してしまったらしいということに気づき、リオネは少し罪悪感を覚えた。
しかし、それだけに一つの疑問が湧き上がってきた。
「……あなたは、どうしてあの男に従っているの?」
「どうして、とは?」
「あなたみたいな子が拷問の手伝いをさせられるような仕事をやる理由がわからないの。お金の問題があるとしても、魔法が使えるならもっといい仕事があるでしょ?」
魔法を使える人間はまれで、しかもたいてい使えるのは1人につき1種類の魔法だけである。「治癒」と「扉」の2種類―しかも「扉」を使える人間はほとんどいない―を行使できる人間は、どこでも、引く手あまたのはずである。
すると、フィリアは合点がいったというようにぽんと手を叩いた。
「ああ、そういうことですか。私もそもそも奴隷ですし、魔法……というか呪いをかけられていて、イベルク様の言うことには逆らえないのです」
「あいつ、魔法使いなの?」
「いえ、魔法をかけたのは別の人です。「契約支配」の魔法で、私はイベルク様に服従する必要があります。掃除をしろ、人を痛めつけろ、自殺しろ……従わなくても、自動で私の身体が動くようになっています」
フィリアはさらりと言ったが、リオネは驚いた。それでは彼女は奴隷以下ではないか。ある程度命令に反抗できる分、自分の立場がまだマシである。
「逃げようとは思わないの?」
「逃げてはならない、自殺してはならない、イベルクを攻撃してはならない。最初にそう言われました」
「ひどい」
リオネが同情の視線を向けると、フィリアは困ったような顔をした。
「……ところで、お風呂に入って、服を着替えてほしいのですが」
「品質管理ってやつ?」
「ええまあ、そうなりますね……」
フィリアは申し訳なさそうにうつむいたので、リオネは慌てて言葉を続けた。
「ああ、別に気にしてないわ。でもこの家にはお風呂があるのね」
「奴隷と私が使うための粗末なものですが」
「それでもいいわ。お風呂なんて久しぶり」
貴族だった頃はよくお風呂に入っていたが、庶民として生活を始めるようになると、それがどれだけ贅沢なことだったのかということが分かった。奴隷になってからまた風呂に入れるとは、なんとも皮肉な話である。
リオネが風呂で十分に身を清めて出てくると、フィリアは着替えとブラシをもち、まるで使用人のように控えていた。
「こちらが寝巻です。それを着たらこちらに座ってください。髪をとかします」
亜麻のワンピースを着て椅子に座ると、フィリアは髪にブラシを入れ始めた。力加減はちょうどいい塩梅で、なかなか気持ちよかった。
「……なんだか、本当に昔に戻ったみたい」
「貴族もお風呂の後はこうして髪をとかすのですか?」
「そうね。櫛はもっといいものだったけれど、昔髪をすいてもらってた召使いより腕はいいわよ」
「ふふ、なんだか照れますね」
「ええ……すごくリラックスできるわ」
リオネは目を閉じ、フィリアのなすがままにすることにした。しばらく二人の間に沈黙がわだかまっていたが、手を動かしながらフィリアが口を開いた。
「きっと、これからも何かいいことがありますよ。それまで頑張って生きてください」
「……」
「逃げたり逆らったりすると、「契約支配」を使われるかもしれません。だから、売られた先でどんな目に遭っても、耐えてください。そのうちきっと、チャンスが訪れます」
フィリアの手が止まった。顔を見上げると、彼女は泣きながら笑っているように見えた。
「私のようになってはいけませんよ」
リオネは取り立てられてから3日で買い手がついた。表向きは家事をする家内奴隷として、東のリュッケン市の市長が彼女を購入したのである。
引き渡しの当日、私がイベルクとリオネを「扉」の魔法で船着き場に移動させたとき、領主の使者はもやい綱を括り付ける杭に座り、煙草をくゆらせていた。その背後には彼が乗って来たらしいキャラック船が停泊していた
「待たせた。俺がイベルクだ」
「どうもどうも。じゃあいつも通り、銀貨でいいな?」
「ああ」
イベルクは使者の男が渡した皮袋を受け取り、きちんと代金が揃っていることを確認し始める。リオネはその様子を不安そうに見ていた。
「お別れですね」
「うん。……覚悟はしてたけど、ちょっと怖いかも」
「大丈夫です。そのうちきっと……」
「いいことがある」
「……せっかく慰めようとしたのに、言葉を取らないでくださいよ」
私が不満そうな表情を作ると、リオネは少し笑みをもらした。
「私はもう大丈夫になったから。これまでありがとう」
「……私もあなたと話せて楽しかったです」
そのとき、イベルクが振り向いて手招きした。時間切れだ。リオネは名残惜しそうに私を見たが、流石にイベルクに逆らうわけにもいかないので、船の方へ歩き出す。
リオネは私に軽く手を振ってから、船に乗り込んだ。それを見た使者の男は感心したようにイベルクに話しかけた。
「おたくの奴隷、すごく従順だね。見た目もきれいだし、ウチの市長様が奴隷を買うときはおたくで買えって言うのも納得だわ」
「ちょっと手間をかけてるからな。しっかりしつけもしたし」
「どういうやり方だい? 後学までに聞いておきたいね」
「別に変わったことはやっちゃいない。ちょっといい餌とムチをやるだけさ。しっかり殴ってしっかり甘やかす。心を折ってから優しくしてやれば従順になる。な、フィリア」
「そうですね。今回はかなりやりやすかったです。たった1時間で私に気を許してくれたので」
私は、リオネが思っているほど「いい人」ではない。少し良い待遇をしてやったのは絶望しきって自棄になられると困るからだ。そして彼女に話した内容―イベルクの言うことに逆らえないのは真実だが、本当の狙いは、彼女に不安を与えることである。
これ以上堕ちようがないという人間は逃亡や主人の殺害を試みるかもしれないが、私のように契約支配されてしまうかもしれないという「さらに堕ちる」恐怖と美味しい食事という「飴」を与えれば、多くの人間は与えられた環境で我慢しようと思ってしまう。
そして自由になる選択を忘れ、従順な奴隷が出来上がるというわけである。
「生かさず殺さずのコツはなかなか難しいです」
「あんた、可愛い顔してなかなか悪党だね。さすがイベルクさんの部下だ」
「……お褒めいただきありがとうございます」
人を不幸に突き落とすのは気分がいいものではない。しかしどちらにせよやることになるなら、良心をかなぐり捨てた方が楽だ。
(もし死後の世界が本当にあるなら、私は地獄行きだろうな)
そんなことを考えながらリオネの載せられた船を眺めていると、イベルクに頭を叩かれた。
「おいぼさっとすんな。「扉」を開け。次の商談がある」
「承知しました」
次に地獄へ突き落とすのは誰だろう。そう思いながら、私は商会へつながる「扉」を開いた。