高利貸しのご利用は計画的に   作:推敲猿

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債権を回収しよう(前編)

 

 

 

 自由都市ハレザ。ギルドや税金のしがらみにうんざりした商人たちの集まる、大陸最大の商業都市である。住人たちは何よりも金が好きな人間として有名で、他の都市よりも港がはるかに大きいのは、荷物をなるだけ運び込もうという強欲さの証だと言われている。

 

 しかし、そんなハレザの住民の中にも、働くことに一生懸命ではない者はいた。

 

「店番面倒くさいなー。こんな朝早くから来る人なんていないのに」

 

 パン屋の息子、デネルーはテーブルを拭きながらあくびをした。店内に並べられているパンは数が揃っておらず、それが分かっているから客も昼にやって来るのだ。

 

「早く遊びに行きたいや」

 

 デネルーはそわそわしながら窓の外を見る。すると、フーデッドローブをまとった少女がやって来るのが見えた。少女はドアベルの涼しげな音とともに店内に入ってくると、デネルーの方を見る。目と目が合い、デネルーはどきりとした。

 

「おはようございます、デネルーさん。白パンはありますか?」

「今焼いてるところだよ」

「どれくらいかかりますか?」

「もうすぐかな。ちょっと前に黒パンが焼けてたから」

「では少し待たせてもらいます」

 

 常連の少女―フィリアがフードを脱ぐと、雪のように真っ白な髪があらわになった。デネルーは彼女の容貌を見つめ、ほうとため息をついた。

 

 これだけ綺麗で、安い大麦ではなく白パンを買っていくのだからそれなりに裕福な家の人間なのだろう。客の大半を占めるおばさんたちと違って口数は少なく、いつも業務的な言葉をかわすだけなので彼女が何者なのかということは知らなかったが、将来こんなお嫁さんを貰えたら、と子ども心にそう思った。

 

 フィリアは手持ち無沙汰なのか店内をじっと眺めていたが、そのうち壁にかかっている絵画に気づき、それを値踏みするように眺め始めた。

 

「これ、ひょっとしてアルベールの作品ですか?」

 

 デネルーは、彼女が自分に話しかけているのだということに気づくと少し気持ちがはずんだ。

 

「あ、ああこれ? ウチの爺さんがパンの代金として貰ったんだってさ」

 

 アルベールは一昔前の売れっ子画家で、その絵は貴族や豪商たちの間で高く取引されている。名が売れるまでの修行時代は絵を売ってその日暮らしを続けていたのだが、そのうち6枚をデネルーの祖父が買ったのである。

 

「いい絵ですね。これなら十分に担保になりそう」

「タンポってなんだい?」

「ああ、こちらの話なので気にしないで大丈夫です」

 

 フィリアがそう言ったとき、店の奥からパンをたっぷり入れたバスケットを抱えたデネルーの父が出てきた。父親はフィリアがいるのに気づくと話しかけてきた。

 

「おっ、フィリアちゃんじゃないか。ちょうど今パンを焼いたところだからね。好きなだけ持って行ってよ」

「ありがとうございます、ラジエンさん」

「それにしても、いつも白パンを食べられるなんてうらやましいね。お父さんはどこの商会の人なんだい?」

「家族はいません」

 

 予想外の言葉に、父親は言葉に詰まったようだった。

 

「それは……養子ってこと?」

「いえ。文字通りですよ。血のつながり云々以前に、家族はいません」

「じゃあどうやって食べてるんだい?」

「お仕事をして、主から給金を頂いています。そうそう、今日はパンを買いに来ただけじゃないんです。ラジエンさんとお話ししたいことがありまして」

「話? 今日はそんな用事……なんて……」

 

 父親の言葉は、途中でかき消えた。何かを思い出したかのように、さっと顔色が変わった。

 

「思い出していただけましたか。昨日ルーフェン商会に来てお金を借りたいとおっしゃいましたよね。今日は融資についてお話をしに来ました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が所属しているルーフェン商会は経済力でハレザ市を支配している巨大な商会で、商品取引、投資、輸送、金融などを一手に引き受けている。

 

私やイベルクの主な仕事は資金繰りの厳しい者に金を貸す、いわゆる高利貸しであり利息の取り立てで食べている。借金の回収さえできればそれなりに儲かるが、人を追い詰めることも多いので嫌われる仕事である。

 

「あんた、金貸しだったのか」

 

 ラジエンは私を店の奥の部屋に通すと、商談のテーブルについた。先ほどまで「お得意様」の私に向けていた好意的な眼差しではなく、緊張を帯びた視線を投げかけている。

 

「正確にはその部下というべきでしょうか。私は話を整理するだけで、お金を貸すかどうか決めるのはイベルク様です」

「『貸し剥がし』のイベルクか。とんでもない奴を呼んじまったみたいだな。なんでイベルク本人は来てないんだ?」

「このパン屋がどれだけ汚れているかを調べるためです。照会が終わればこちらへやって来ます」

 

 ちなみに、「汚れている」とは店内が汚いという意味ではなく、どれだけ借金のカタにされているかということである。

 

 例えばこの店の価値は銀貨3000枚ほどだろうが、それを担保に誰かがラジエンに銀貨2500枚を貸していたとする。それを知らず、さらに私が店を担保に2500枚を貸した後にラジエンが金を持ち逃げした場合、誰かと私が貸した銀貨5000枚と担保が釣り合わず、金の回収に苦労することになる。

 

「しっかりしてるな。確かにこの店はもう他の金貸しの担保に入ってるよ」

「やっぱりですか。しかし、パン屋なんてそうそう転ばない商売だと思うのですが、なぜ金を借りようと?」

「博打だ」

「……そうですか。大変ですね」

 

 ラジエンはきまりが悪そうな顔をしていた。まあ、真面目に働いていたのではなく、遊びで借金を作ったのだからそれはそうだろう。

 

「何人から借りたんですか?」

「3人だ」

「ちなみに私たちからはどれだけ借りるつもりですか」

「ディリナール銀貨1000枚くらい。小麦の買い付けに使うんだ」

「用途は言わなくてもいいですよ。……しかしこれだとちょっと厳しいですね」

 

 普通ならこの店を担保に1000ディリナールの貸しつけを行うのは全く問題ないのだが、他からも同じ調子で借りていた場合は競合することになる。店を担保に入れるのは難しいとなると、他の担保が必要だ。そう思ったとき、店内に飾られていた絵画が頭に浮かんだ。

 

「……アルベールの絵がありますよね。あれはどうですか?」

「よく気づいたな。確かにそれなりの価値はある。でも親父が遺してくれたものだからなあ」

「他に価値があるものがあればそれでもいいんですが。他にありますか」

「ない。わかった。絵を担保に入れる。何枚あればいいんだ」

「……1000ディリナールなら、4枚くらいですかね」

 

 低く見積もってもアルベールの絵なら1枚300ディリナール。4枚押さえていれば利息を計算しても十分におつりがくるはずだ。これなら回収できる。

 

 私が思わずうなずいたとき、デネルーがそっとドアを開け、顔をのぞかせた。

 

「……親父。客だ」

「デネルー。こっちに来るなと言っただろ。しばらくお前が客の相手を……」

「ところがどっこい。あんたじゃないと話がまとまらないんだな」

 

 デネルーの後ろから現れたのはイベルクだった。イベルクはラジエンの前に座っている私の姿を見て、羊皮紙の切れ端を投げてよこした。

 

「確認したが、このパン屋は担保になりゃしない。お前は何かいい方法を思いついたか?」

「はい。一応は」

 

 私がアルベールの絵を預かって1000ディリナールを貸すという話をすると、イベルクはにやりと笑った。

 

「そうか。お前も店に飾ってある絵を見て思いついたか。……ラジエン、1000ディリナール融資してやる」

「おお、そりゃありがたい。さっそく手続きしてくれ」

 

 私は「扉」から羊皮紙と1000枚のディリナル銀貨を取り出した。移動にも使うが収納にも使える分、やはり「扉」は便利だ。

 

 イベルクは借用書を書くと、ラジエンにサインさせ、懐に入れた。そして私の「扉」に4枚の絵を入れると、1000ディリナールをラジエンに渡す。銀貨の枚数を数えだすラジエンに、イベルクは作った笑顔を投げかけた。

 

「また何かあったら俺たちを頼ってくれよ」

「あ、ああ……わかった。でも用はすんだろ? あんまり金を借りたなんて知られたくないんだ。早めに出て行ってくれ」

「ま、そうだな。フィリア。引き上げるぞ。商会に「扉」を繋げ」

 

 金を受け取った後の人間ほど、金貸しに冷たい者はない。しかしイベルクはそんなことには慣れっこのようで、特に気分を害した様子もなく立ち上がる。そして私が「扉」を開くと、その中にさっさと入っていった。

 

「……フィリア」

 

 私も帰ろうとしたところでデネルーに呼び止められ、立ち止まった。

 

「なんですか、デネルーさん」

「俺、馬鹿だからカネのこと何もわかんないんだけどさ、フィリアとイベルクはうちを助けてくれたってことなのか?」

「うーん? そうともいえますかね……しかしなぜ急にそんなことを?」

「うちさ、親父がカジノに行きまくったせいでカネが無くなってさ。おふくろもどっかいっちゃって大変だったんだ。でも最近はなんとかなってて。それがフィリアたちがカネをくれたおかげなら、お礼でもしないといけないかなって」

「……」

 

 デネルーはまだ金を借りることの意味が分かってないのだろう。ラジエンの性格からして借金を返済できず夜逃げすることは目に見えている。そんな運命が待っている人間から感謝されても、苦痛でしかない。

 

「お礼なんてしなくていいですよ。……いえ、しないでください」

 

 私は無理にほほ笑むと、「扉」の中に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間がたったある日、私はルーフェン商会に足を運んでいた。金を借りた人間がきちんと支払っているか確認するためである。

 

 床には大理石が敷き詰められており、無造作に置いてある商談用の机や椅子は値の張るカルルクの木でつくられたもの。ここにあるものの一つでも自分のものだったら。そう思いながら、私は歩みを進めた。

 

 受付のカウンターには、背の高い色黒の女性がいた。彼女はアレシエ。商会の取引書類を管理する仕事をしている。仕事上顔を合わせるのが多いのだが、私は彼女が苦手だ。なぜなら―

 

「あらあらあら、フィリアちゃん、今日もお仕事を手伝っててえらいわね。可愛いわ~」

 

 アレシエは私を見ると頭をもみくちゃにするほどの勢いで撫で始めるのだ。

 

「アレシエさん。やめてください。今日はイベルク様の債権表を確認しに来たんです」

 

 そう言うと、アレシエは不満げな顔をして、私の頭から手を離した。

 

「はいはい。イベルクのやつ持ってきて! 3番目の棚に入れてるから! ……じゃ、書類くるまでなでていいよね?」

「やめてください。子どもじゃないですよ」

「15歳は十分子どもよ。あーあ、なんでゼンリ会長はこんなに可愛い子をイベルクなんかにつけたのかしら。私と一緒に働いてたらもっと愛でられたのに」

「あなたが私を撫でられる以外にメリットがないからだと思います」

「十分じゃない」

 

 平然と答えるアレシエに私は呆れた。

 

 そうこうしているうちに、イベルクの債権表が届けられた。私はそれに目を通し、ラジエンのパン屋に赤い丸が付けられているのに気がついた。

 

「……ラジエンさんが返済してませんね」

「ラジエンってあれ? 表通りのパン屋の人?」

「そうです。絵を質にとって1000ディリナール貸してました」

「一回目の支払いすらすっぽかすなんて、もともと返す気なかったんじゃない」

「かもしれませんね。でも一週間で名絵画がもらえるので、悪くない取引ですよ」

 

 借金を分割して返していく契約をしていたとしても、一度でも返済が遅れれば借金をその場ですべて返さなくてはならない。当然ラジエンにそんな金はないだろうから、預かっている絵画は自動的にイベルクの懐に転がり込むというわけである。

 

「そう。で、アルベールの絵の価額を調べとく?」

「お願いします。儲けが出たらさっさと計算しろと怒鳴られるので」

「そりゃ大変ね。ちょっと待ってて」

 

 アレシエが受付の奥へ引っ込むのと入れ替わるようにして、イベルクがやって来た。

 

「そういえば今日のお客様(カスども)の様子はどうだ」

「ラジエンさんが入金していません。他の取引相手は期日内に納めてますが」

 

 私の報告を聞いて、イベルクは軽く舌打ちした。

 

「初回でトんだか。もう少し保つと思ってたがな」

「今は絵を鑑定してもらってます。しかし意外ですね。イベルク様はさっさとラジエンさんが支払えなくなって喜ぶかと思いました」

「馬鹿かお前」

 

 その瞬間、イベルクは私の頬を無造作に殴りつけた。鈍い痛みが走り、床に尻もちをつく。

 

「何度も言ってるが、お客様とは長い付き合いをして利息を貰うのが鉄則だ。次同じことを言ったらぶちのめすぞ」

 

 私は痛みに耐えながら立ち上がった。イベルクの気分を害してしまうと基本的に顔か腹を殴られる。イベルクには絶対に逆らえないので、彼の逆鱗に触れてしまったらひたすら耐えるしかない。

 

「癒」で治療できるとはいえ痛い思いはしたくないので、私はすぐに謝った。

 

「……すみません」

「ふん、まあいい。損したわけではないならよしとするか」

 

 私は胸をなでおろした。これ以上ひどい目にあうわけはあるまい―そのとき、なぜか申し訳なさそうな顔をしてアレシエがやって来た。

 

「おい、あの絵画、どれだけの値打ちだったんだ」

「ちょっとイベルク。あんたドジ踏んだね」

「あ?」

「あれ、アルベールの贋作だよ」

「ああ?」

「だから、あの絵はに、せ、も、の。かなり精巧に作られてたから、騙されてもしょうがないとは思うけど」

「鑑定額は?」

「普通の絵として考えたら全部合わせて100ディリナールいくかどうか……」

 

 イベルクの顔は、鬼のような形相に変わった。当然だ。差し引き900ディリナールの損害である。しかも、絵を預かって金を貸そうと言ったのは私なので、怒りの矛先が向けられるのは―

 

「フィリア」

 

 イベルクに名を呼ばれ、私は身を縮こませた。折檻されても最小のダメージで済むよう、防御姿勢をとる。

 

「回収に行くぞ。まずはラジエンのパン屋へ行く」

 

 思いがけない一言に、私は驚いた。

 

「……怒らないんですか? 腹パンが飛んでくると思ったんですが」

「驕るな。俺は俺の判断で金を貸した。お前が判断したわけじゃない」

「……」

「それに、損はしてないからな」

「はい? でも偽物って……」

「俺が気づかないんだ。よっぽど腕のいい鑑定士じゃないと贋作だと気づけないなら、それは本物として通せる」

「……ああ、そういうことですか」

 

 つまり、ラジエンが私たちに贋作を押し付けたのと同じように、適当な人間にアルベールの絵だと言って売ればいいわけだ。仮に購入者が贋作であることに気づいたとしても、本物だと言って他人に売る方が得になるなら騙されたとは公言しないはずである。

 

「ラジエンもその辺を考えて贋作を俺に預けたんだろうな。というかアルベールの絵を店内に飾ってるのもそれが狙いだったのかもしれん。……が、それはそれとして俺に贋作を掴ませたのは絶対に許さん」

「では、回収の目標はどうしますか」

「ふむ、そうだな……まず担保割れ分900ディリナール、違約金500ディリナール、回収手数料は300ディリナールってところか」

 

 贋作で十分元はとれるのだが、イベルクはさらに貸した金の2倍近くを回収するつもりらしい。私が思った以上に強欲だ。

 

「行くぞ。俺になめた真似をした奴は、死ぬまで搾り取ってやるってとこを見せてやらないとな」

 

 

 

 

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