高利貸しのご利用は計画的に 作:推敲猿
「他の連中もかぎつけてきたのか。どいつもこいつも、欲の皮の突っ張ってそうな顔してるぜ」
最も欲の皮が突っ張り人相の悪い男―イベルクは店に群がっている借金取りたちを見て悪態をついた。
パン屋の中では、何人もの人間が店内をうろうろしている。おそらく彼らも商会でラジエンの夜逃げを知ってやって来たのだろう。
「……イベルク様。店に来たのはいいんですが、ラジエンさんはとっくに夜逃げしているでしょうし、別にこの店を担保にとっているわけでもないので何もできませんよ?」
「そんなこた分かってる。捕まえる前に儲けを増やす準備をしとかないといけないからな」
イベルクは、にやりと笑うと店内にずかずかと入り込んだ。借金取りが集まっているところでどうやって儲けようというのだろう。というか捕まえる前提で話しているということは、すでに追跡の手立ても思いついているのだろうか。
私は不思議に思いながら、イベルクの後に続く。店内に入ると、先にやって来ていた借金取りたちのじっとりとした視線が向けられた。その中で一番若い男が進み出、イベルクに話しかけてくる。
「イベルクと白い猟犬か。あんたらも嚙んでたんだな」
「久しぶりだな、バル。俺は別に金目の物を取りに来たわけじゃない。金貸しの先輩として、あと同じ商会のよしみで手伝いをしてやろうと思ってな」
バルと呼ばれた男はうさん臭いものを見るような目で私たちを見る。猟犬と言われむっと来たが、私は黙って話の続きを聞くことにした。
「何を企んでるんだ? 同じ商会の仲間だからってタダで助けてくれるヤツじゃないだろ。あんたは」
「そりゃタダじゃないが、お前にとっても得になる話だ。……一つ確認させてもらおうか。ラジエンの店だけじゃ、お前らが貸した金は十分に回収できないだろ?」
「ああ。俺たち4人はこの店を担保に合計で5000ディリナール貸してたんだ。俺が2000、残りの3人が1000くらいだ」
額がこれだけすらすら出てくるということは、この4人ですでにこの店をどう分けるかという話がすすんでいたのだろう。しかし3000ディリナール相当と思われるパン屋を取っても、必ず2000ディリナールの損害は出てしまうはずだ。
「……貸した割合で等分したら1200枚しか返ってこない。大損だよ」
バルもそれは承知しているらしく、肩をすくめてため息をつく。すると、その言葉を待ってましたとばかりにイベルクは口を開いた。
「だったら、俺が残り2000ディリナール分の取り立てを手伝ってやる。手数料は取り立てた金の半分」
それを聞いた途端、バルは目を光らせた。
「ラジエンの居場所に心当たりがあるんだな。頼む。教えてくれ」
「タダで教えるアホがいるか。1000枚よこせって言ってんだよ。断るなら、俺は何もせんぞ」
「……わかった。頼むよ」
バルは悔しげに唇を噛んだ。結局他の3人も同意し、私たちは合法的に計3700ディリナールをラジエンから巻き上げられるようになったのである。店を出てから、私は口を開いた。
「私たち、銀貨1000枚をたった一週間貸しただけなのに、こんなに取り立てられるものなのですね」
「食えるもんは髄までしゃぶれ、だ。ラジエンの居場所が分からなかったら権利をもってても意味ないが」
「確かにそうです。イベルク様は当てがあるんですか?」
「当然あるに決まってる。俺がホンモノだと見間違うほど精巧な絵を作れる贋作師は、この辺には一人しかいない。そいつから辿っていく」
言ってから、イベルクは少し考えこむそぶりをした。
「……そうか。お前がヤツのこと知らないよな。「扉」は使えないか」
「ヤツとは?」
「贋作師のミュリエール。知ってるか?」
「いいえ」
私が「扉」を繋げられるのは視界内、もしくは行ったことのある場所だけである。知らない場所には、一度だけ自分の足で出向かなければならない。
「まあいい。ハレザ市内だから、どうせすぐに着く。」
「ミュリエールさん……どんな人なんでしょう」
「ただの半汚れの女さ」
私とイベルクは都市の外れへ行き、贋作師ミュリエールの住処を訪れた。その家はそれほど大きくなく、壁には鳥のフンが付着して固まっている。暮らし向きはそれほどよくないようだ。
「ミュリエール、いるか。用がある」
イベルクがドアを叩くと、暗い雰囲気の女が顔を出した。顔立ちはそこそこいいのだが、目の下のクマが全てを台無しにしている。女―ミュリエールは私たちの姿を見て、片眉を上げた。
「イベルクね。支払いはまだでしょう」
「別件だ。協力してくれれば今月の支払いは待ってやる」
「……話を聞こうじゃないの」
ミュリエールに招き入れられ中に入ると、絵の具のむっとするような油の臭いが鼻をついた。部屋の中には風景画や人物画などがその贋作とともに2枚ずつ置かれている。
「……その子は、あなたが使役してる魔法使いの子?」
「ああ。こいつのおかげで移動も物の持ち運びも簡単だし、傷を癒すことだってできる。やっぱ魔法使いの奴隷がいるのはラクでいい」
「2つも魔法を使える子が金貸しの手伝いなんて、世も末ね」
「うるせえな。それより、お前これまでイベルクからアルベールの絵の複製を作る依頼を受けたか?」
イベルクの問いに、ミュリエールはわざとらしく首をかしげた。
「確かに私はそいつから贋作の作成を引き受けたわ。でも、代金を受け取ったら関係ないし、ラジエンの夜逃げ先なんて知ってるわけないでしょ」
確かにその通りだ。わざわざ追跡される危険を冒してまで自分の居場所を他人に漏らす馬鹿はいない。
「普通ならな。だが、お前とイベルクが取引のついでに協約を結んでいればその限りじゃない」
「……どういうこと?」
「ラジエンの立場になって考えてみろ。お前は絵の贋作を頼まれ、本物の絵を預けられたはずだ。贋作が完成してから、本物の絵はどこに置いておくべきだ?」
「自分の家に持ち帰るんじゃないんですか?」
私が口をはさむと、イベルクはため息をついた。
「金を借りるやつらがお前みたいに頭の回らん奴ばかりだったらもっと回収は楽なんだがな。何枚もある絵画はかさばるし、運ぶとなるとかなり目立つ。逃走の邪魔だし、夜逃げの途中で見つかったら手持ちの金と一緒に取られる危険もある。となるとミュリエールの家、つまりここに置いて、ほとぼりが冷めたころに届けさせるのが得だ」
「待ってください。確かにその方法の方が安全かもしれませんが、ミュリエールさんが絵を持ち逃げしたらどうするんです?」
「贋作と絵画の保存を含めた代金を後払いにすればいい。それに持ち逃げしたら市の憲兵に匿名でタレこめる。ミュリエールが金を持っていて回収してくれたら半分やるとでも言えば、やつらは血眼でミュリエールを探すだろ」
なるほど、ミュリエールは絵画を、ラジエンは代金を持っていて、お互い裏切ると割に合わなくなるからこの策が成立するということか。
私が感心していると、今まで黙って聞いていたミュリエールはため息をついて口を開いた。
「そこまで読まれてるなら仕方ないね。確かに絵画はこの家に置いてあるわ」
「ずいぶんあっさり認めるんですね」
「あんたたちが本気でこの家を捜索し始めたらどうせ止められないから。でも、ラジエンの居場所が知りたいんだったら、それなりのものをくれないと」
「ラジエンに貰うはずだった金だな。どれくらいだ」
「銀貨500枚よ」
「フィリア、払ってやれ」
「はい」
私たちが500ディリナールを支払うと、ミュリエールはラジエンの居場所―隣の市ベルガンの一軒家の住所を伝えた。
ベルガン市はハレザから北の方角へ馬車を20時間ほど走らせた場所にある街で、漁から帰ってくる船を迎える巨大な港が隣接している。
朝日を浴びながら、私とイベルクはミュリエールに聞いたラジエンの潜伏先を目指して港の傍を歩いていた。
「ずいぶん遠くまで逃げたものですね。ハレザとはずいぶん景色が違います」
右手に見える港にはたくさんの漁船が停泊しており、揚げられた無数のニシンを漁師が吟味しながら後ろに置いてある木箱へ放り投げている。独特な潮の香りに私は顔をしかめた。
「ウチの商会の影響がないとこまで逃げないとすぐ見つかるからな。あまり辺境すぎてもカネが使えないだろうから、そういう意味だとこの辺はちょうどいいな」
「しかし寒すぎますよ。南の方が暖かくて夜逃げ先にいいと思いますが」
「南は南で物価が高いし、商会のつながりがあるからな。こっちで正解だ」
しばらく歩くと、目当ての家が見つかった。古びた煉瓦積みの家で、彼らがもともと住んでいたものに比べるとかなり見劣りする。
イベルクがドアをノックすると、しばらくしてドアが開いた。
「どちらさまで……」
顔をのぞかせた大男―ラジエンは私たちの顔を見ると、続く言葉を飲み込んだ。
「よう、久しぶりだな」
言うや否や、イベルクはラジエンの顔面に拳を叩きこんだ。鼻血を吹き出しながら倒れたラジエンの胸倉をつかむと、顔を近づけて凄んだ。
「手間取らせやがって。カネは返してもらうぞ」
「い、一日遅れただけだろ……」
「ならなんでここまで逃げてきてるんだ? 言い訳はいい。3200ディリナールよこせ」
「ない。船賃と家を借りるのに使った」
「嘘つけ。せいぜい船も家賃も使ってせいぜい銀貨80枚分だろ。他の金貸しから巻き上げた分があるはずだ。どうしても喋りたくないなら、喋りたいようにしてやるが」
そういうと、イベルクは傍にあった椅子にラジエンを座らせた。テーブルの上にラジエンの手を押さえて固定すると、ナイフを懐から取り出す。
「今からお前の指を一本ずつ切り落とす。10本全部落としたら、フィリアに回復させて、また切ってやる」
「や、やめろ!」
「やめてほしかったら金を出せ。ン?」
絶叫が上がった。イベルクがナイフを振り下ろし、ラジエンの人差し指を叩き切ったのだ。
「俺もこんなことしたくないからさあ。早く教えてくれよ。ほら、もう一本」
「あっツツツ……ああああっ!」
今度は中指を飛ばされ、ラジエンは叫び声をあげた。指の断面からは新鮮な血が吹き出してテーブルの上に大きな血だまりを作っている。
イベルクは、涼しい顔をしながら吐き気のするような鬼畜の所業を繰り広げていた。言葉で恐怖をあおり、金を吐き出させる。それでも駄目なら、相手が折れるまで痛めつける。
私はイベルクの際限のない暴力に嫌悪感を抱いていたが、傷を癒せる私がいるせいでこの行為が成り立っているという事実はそれにもまして嫌なものである。
私が凄惨な場面から目をそらそうとした、そのときだった。
戸棚の中から飛び出してきたデネルーが、包丁でイベルクに襲い掛かったのである。
「死ね!」
「……フィリア。盾」
しかし命じられた瞬間、私の身体が勝手に動き、イベルクの前に身を投げ出していた。
「えっ」
気づいたときには、私の腹にデネルーの包丁が深々と突き刺さっていた。
「借金は目一杯借りた。金を持ったまま逃げるぞ」
数日前、そう言われたデネルーは驚いた。
「返さなくていいのか?」
「返す当てなんかあるか。もともと持ち逃げするつもりで借りたんだから」
「だけど、あっちは俺たちを信用して金を貸してくれたんだろ。ここで逃げるのは違うだろ」
「……デネルー、教えてやる。金貸しなんて、貧乏人どもから搾り取ったカネで飯を食ってる悪魔ばかりなんだ。そんな奴らに同情してやる必要なんてない」
そうだろうか、とデネルーは思った。彼らはただ、求められたから金を貸しただけ。金を借りた自分たちが彼らを罵る権利はないのではないか。少なくとも、フィリアやイベルクは言われているほどひどい人間ではないだろう―そう思っていた。今日までは。
ベルガン市の家に移り住み、一日も経たないうちに金貸したちがここを嗅ぎつけてきた。
ラジエンに隠れていろと言われていたので戸棚に隠れ、隙間から外の様子をうかがっていた。すると、入ってきたイベルクはラジエンを怒鳴りつけ、罵倒しているのが見えた。
まあ、自業自得だな。そう思っていたが、イベルクがナイフを取り出すのを見て、デネルーは息を呑んだ。そして一本一本、ためらいもなく指を切り飛ばしていく光景を見ているうちに、自分の認識が甘かったことを知った。
(親父の言うとおりだった。こいつらは悪魔だ)
確かにラジエンは金貸しにとって許しがたい行為をしたのかもしれない。だが、こんな拷問を行う必要はないではないか。
ふつふつと怒りの滾ってきたデネルーの眼に、一振りの包丁が映った。なかば反射的にそれを取ると、デネルーは戸棚を飛び出し、イベルクに襲い掛かった。
「死ね!」
イベルクの胸に包丁を突き立てるその瞬間、デネルーは思わず目をつぶった。直後、人を刺した生々しい感触と、返り血の温かさが伝わってくる。
デネルーがゆっくりと目を開けると、フィリアがきょとんとした顔のまま、自分に刺さっているナイフを見下ろしていた。
「フィリア……?」
予想外の出来事に固まったデネルーの目の前で、フィリアは糸の切れた操り人形のように倒れる。床に広がっていく血だまりに映る自分の顔は、ひどく歪んで見えた。
「違うんだ。俺は……イベルクを……なんでかばって……」
デネルーは倒れたフィリアに言い訳するように、言葉を紡ごうとする。そのとき、乾いた発砲音がして、右手に激痛が走った。
「いっ!」
思わず包丁を取り落としてしまった。音のした方を見ると、イベルクが拳銃をデネルーに向けていた。
「……いやあ、危ない危ない。たまにいるんだ。お前みたいにやけくそになって突っ込んでくるバカが」
「くそっ」
「手を上げな。これ以上体に穴を空けたくなかったらな」
デネルーが両手を上げると、イベルクは倒れ伏すフィリアの方を向いた。
「おいフィリア。さっさと傷を癒して立て」
「……わ、わかりました」
フィリアはごぽごぽと口の端から血を溢れさせながら答えた。顔を苦痛に歪めながら、腹部に手を当てている。
「治す?」
「こいつは治癒の魔法が使える。運が良かったな。俺の商売道具を殺したら、さらに銀貨1000枚は取らないといけないとこだった」
「……だからって、盾にするか」
「お前が刺したんだろ」
デネルーは歯ぎしりをした。確かにその通りだが、イベルクには言われたくないことだった。
「私たちについてあれこれ言うより、今は自分と父上の心配をした方がいいかと」
声のした方を見ると、フィリアが立ち上がっていた。血は止まり、切り裂かれたローブの向こうには傷一つない白い肌がのぞいていた。
「今のような傷でも、私は治せます。イベルク様も言っていましたが、あなた方親子をいくらでも拷問できるのです。お願いですから、そこまでさせる前に返済してくれませんか。ラジエンさん」
「……だから無いと言って」
「今は、デネルーさんにも訊くことができるんですよ」
ラジエンは黙った。そして憎々しげにフィリアを睨む。
「3700ディリナールも払ったら鼻血も出ねえ。俺たちは飢え死にしちまう」
「だからなんですか」
「待ってくれ」
その瞬間、フィリアはラジエンの手に触れた。暖かい光があふれ出て、それが終わった時にはラジエンの指はくっつき、元通りになっていた。
「イベルク様」
「よし、代われ」
イベルクはためらいもなくナイフを振り下ろした。絶叫があがり、せっかく元通りになった指がぽとりと床に落ちた。
「フィリア。小僧も見とけ。次はそっちもやるから」
「わかりました」
デネルーに駆け寄ってきたフィリアの眼は、何の感情も映さない、冷たい光をたたえていた。
「……頼む。親父にこれ以上ひどいことをしないでくれ」
「お金を返してくれるのならすぐにやめますよ。もしお金の在処をあなたが知ってるなら、お話してほしいです」
「知ってるのは親父だけだ」
「じゃあラジエンさん次第ですね。まあ、子どもを拷問すれば親が口を割ることもあるので、そうなる前に言ってくれるのを期待するしかないですか」
さらりとそんなことを言った彼女に、デネルーは言いようのない怒りを感じた。
「やっぱりあんたもあいつと同じか」
「……言ったはずですよ。お礼なんて言うなって」
無表情のまま、フィリアはそう答えた。
それからラジエンが指を21本と爪を7枚、デネルーが指1本を落とされたところで二人の借金3700ディリナールは支払われた。