scene3《entice》
微かに軋むドアの音、そして他人の気配。振り向けばそこには見知った顔の少女が佇んでいた。
「誰かと思えば……貴様か、七宝洞」
学年の違う久里虫千遊と七宝洞歌乃子は、日々を暮らす寮も違う。しかし、歌乃子が千遊の部屋を訪れるのは珍しいことではなかった。
「鍵、開いてましたわよ」
歌乃子はドアノブを握ったまま、いつもと変わらぬ笑顔を見せる。
「フフフ……今日は気分がいい。お望みなら相手をしてやらんでもないぞ」
今までにないような千遊の軽い口調と、ほの赤く染まった頬の理由は明らかだった。千遊の右手に握られたタンブラーを満たす琥珀色の液体の中で、氷がカランと小さな音を立てる。
「酔っていらっしゃいますの?」
千遊が酒を飲んでいると気付いた歌乃子は、笑みを崩し眉をひそめた。
「この星はつまらん物ばかりだが、こいつだけは気に入ったよ」
千遊はタンブラーを机に置き、人差し指で中をそっとかき混ぜる。そして、ウイスキーと思われるその液体に濡れた指に舌を這わせた。
「感心できませんわね。一応、今のあなたの身分は高校生で未成年扱い。一人部屋だからといって、昼間から堂々と飲酒だなんて非常識ですわ」
歌乃子は静かにドアを閉め後ろ手に鍵をかけながら、不愉快そうに言い聞かせた。
「地球の常識など知ったことか」
千遊の言い分も最もだった。異星人でそのうえ侵略者である千遊が地球の常識や法律に従う謂れはない。
「そうね、飲むなとは言いませんけど、もう少しひっそりとバレないように……」
千遊の腕が歌乃子を引き寄せ、歌乃子の唇をキスで塞いだ。
「うるさい口だ」
唇を離した途端、千遊が吐き出したのは非難の言葉。
歌乃子も負けじと非難を返す。
「お酒臭いキスは嫌いよ」
千遊はよほど度数の高い酒を飲んでいたのだろう。直に口にしたわけではない歌乃子でさえ少しむせている様子だった。
「でも、あなたをこんなふうに積極的にしてくれるなら、お酒も悪くはないわ」
歌乃子の表情に、いつもながらの飄々とした笑みが戻ってきた。
「気付いていないでしょうけど、あなたからキスをしてくれたのは今のが初めてですのよ」
「そうだったか?」
そっけなく答えた千遊を歌乃子は素早く抱き寄せ、すかさずベッドに押し倒した。
「何だ?」
「お望みなら相手をすると言ったのはあなたでしょ」
「ん? そうだったか?」
その言い方からして、どうやら千遊は本気で忘れていたようだ。
「ま、好きにすればいいさ」
自分から誘いの言葉を投げかけたことは記憶の彼方でも、歌乃子の行為を拒否する気はないらしい。
「地球はつまらない物ばかりだと言いましたわね。でも、私をつまらない物とは言わせません」
歌乃子は真剣そのものの表情で千遊を見下ろす。アルコールよりも下に見られるのは、歌乃子のプライドが許さないのだろう。
「つまらない生き物と思われたくないのなら、行動で示してみせるんだな」
こういうときの千遊はどこか挑発的で、そして、仕草や声の出し方までもがたまらなく妖艶で歌乃子を昂ぶらせる。
「上等ですわ」
歌乃子は不敵な笑みを浮かべ、千遊の前髪をかきわけ瞼にキスを落とした。
end