scene4《ひとひら》
歌が、聞こえた。
今まで聞いたことのないような不思議なメロディ。不可解な詩。ただ一つわかるのは、それが愛しい人の声であることだけ。
歌声に引き寄せられるように、歌乃子は屋上へと続く階段を上がっていく。
階段を上がりきった先には、予想通りの人物――千遊が背を向けて佇んでいた。歌乃子の気配に感付き振り向いた千遊は、いつものごとく無愛想に吐き捨てる。
「なんだ、おまえか」
千遊は何も知らない地球人にはそれなりに愛想良く振る舞うが、正体を知っている歌乃子やハインリヒに対しては実に素っ気ない。しかし、そんな本性を知っていながらも歌乃子は彼女に惹かれる。どうしてなのか、歌乃子自身にもわからなかった。
「なんだはないでしょ、恋人に向かって」
口を尖らせる歌乃子に、千遊は尚も冷たい言葉を投げ付ける。
「誰がいつおまえの恋人になった」
「じゃあ愛人でもセフレでもかまいませんわ」
肩書きは何でもいい。歌乃子は自分が千遊にとって特別な存在でさえあればそれでよかった。既に肉体関係がある以上、少なくとも単なる先輩後輩とは言えないだろう。
それどころか――
聖アグリッパ学園の二年生でありながら、同時に東京市営軍対地『球』外知性体特殊戦略本『部』略してCUBE(キューブ)の本部長でもある七宝洞歌乃子。
聖アグリッパ学園三年生・久里虫千遊として地球に潜伏している超銀河霊長(ソウルボイジャー)ナンバー8、うお座M74渦巻銀河霊長カイジャ。
本来であれば、二人は地球を守る者と侵略する者、という穏やかでない関係であるはずなのだが……。
「いったい何の用だ」
「さっきの歌、地球の言語じゃない……。先輩の故郷の歌かしら」
「だったら何だ」
短い言葉を発することすら邪魔くさそうな千遊に、歌乃子は少し意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「先輩、歌のほうはあまりお上手とは思えませんわね」
「うるさい」
千遊は仏頂面の口元を歪めて歌乃子を一睨み。そしてまたくるりと背を向けた。
「でも、素敵な歌でしたわ。もっと聞かせてくださらない?」
歌乃子の頼みに驚いたように振り向き、千遊は前髪の隙間から怪訝そうな視線をぶつける。
「おかしなヤツだな。けなしたり誉めたり、もっと聞かせろと言ったり……。理解不能だ」
「理解不能はお互い様。異星人ですもの」
異なる星に生まれ育った二人、わかり合うのは難しいのかもしれない。それでも愛しい。千遊を想う気持ちは誰にも止められない。幾度も肌を重ねようと変わらない心の温度差がもどかしく、切ない。いつか千遊の胸にこの熱が届きますように、心まで重なるときがきますようにと、願わずにはいられなかった。
「……確かにな」
吐息と共にポツリと呟いた千遊は、微かに笑みを浮かべているようにも見えたが、またすぐに顔をそむけてしまった。
諦めて踵を返した歌乃子の耳に、独特のメロディが届く。
歌っている。
さっきと同じ歌を、千遊は口ずさんでいる。
引き返すのは止めにして、千遊の足元に座り込む。迷惑そうな素振りを見せないということは、自分はここにいてもいいのだろう。
何も言わず、歌乃子は千遊の歌に耳を傾け続けた。
――休む間もなく、侵略は続く。
後日、千遊がターゲットに選んだのは、ミカたちの顔見知りである堰由布子・美馬宮火・朱田川嬰の三人。千遊の改造によりロボット怪獣と化した三人組に、千遊も本来の超銀河霊長カイジャとしての姿に戻って加勢し、それまで圧倒的な力で勝利を飾ってきた合身巨人ミカるんXもさすがに苦戦を強いられていた。
ミカたちにこんなところで敗北されては何かと都合が悪い。本部のモニターで戦闘を眺めている歌乃子は、どうしたものかと思案を巡らす。
「わたしが行こうか」
長い黒髪を揺らしながら言い出したのは、超銀河霊長ナンバー4・ゾリンゲン星人。以前、超銀河霊長同士の争いによって重症を負った彼女は、瀕死のところを歌乃子たちに助けられ一時的に味方に引き入れられていた。
「……」
ナンバー4の提案に歌乃子は一瞬ためらうが、結局は受け入れるしかなかった。
「そうね。お願い……しますわ」
ナンバー4が姿を消した後、無言の歌乃子にハインリヒが問う。歌乃子の膝の上にいるハインリヒは、ただ喋れるだけの犬ではない。アグリッパ・フォン・ネッテスハイム財団総帥、ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ。それが彼の正体だった。
「行かせてよかったのか? ナンバー4が戦闘に介入すれば恐らくカイジャは……」
「ええ……この戦い、既に結末はわかっています。それでも……」
こうするしかなかった。他に方法はなかった。自分自身に言い聞かせる。
案の定、カイジャは乱入してきたナンバー4・ゾリンゲン星人の攻撃に気を取られ、その隙をミカたちに突かれる形になった。
「ミカさんラーンス!」
ミカのしなやかな腕から放たれた光の槍は、カイジャを直撃し貫いた。カイジャの体は砕け散り、細かな肉片が周囲にバラバラと飛散する。
その光景を歌乃子はモニターで見つめていた。目をそらすことなく、最愛の人の肉体が崩壊する様を眺めながら、歌乃子は小さな声で口ずさんでいた。
「その歌……地球のものではないな」
歌乃子の腕の中でハインリヒが呟く。
「あとで見に行きましょうね。欠片くらいは見つかるかもしれませんから」
そう言うと歌乃子は意味深な笑みを浮かべ、また歌いだした。
今でも耳の奥に、胸の奥に、しっかりと残るあの歌を――
end