scene7《Dance in the Dark》
目を覚ますと、色とりどりの花に囲まれていた。
むせかえるような香りと共に、花弁や葉がさわさわと身体をくすぐる。
「棺桶の中、ではなさそうですわね」
自分が既に死者だという自覚はある。死の瞬間までも克明に記憶している。
激しい戦いの中、歌乃子は肉体を生体遊星ハイペリオンと同化させて敵と共に自爆し、ミカたちに後のことを託して力尽きたのだ。
ゆっくり起き上がり、ぐるりと辺りを見渡す。歌乃子の周囲だけでなく、広大な土地一面を埋め尽くすように美しい花々が咲き誇っていた。
「あの世にお花畑があるというのは本当でしたのね」
「死後の世界のイメージとしてはポピュラーなものの一つですから、こうして常に具象化しているんですよ」
いつの間にか隣に見知らぬ女性がいて、思わず目を瞬かせる。タイトなシルエットのロングドレスに身を包んだその女性は、二つに分かれた髪がそれぞれ顔の横でカタツムリのように大きく渦を巻いていて、「重そう」とどうでもいい感想が頭に浮かぶ。
「ああ、驚かせてしまってごめんなさい、七宝洞歌乃子さん。私はイマージュ星人、この宇宙の墓場で守り人をしてい」
「宇宙の墓場!」
歌乃子はイマージュ星人の言葉を遮って叫び、衝動的に駆けだした。
「あっ、歌乃子さん、説明がまだ……」
制止を振り切り、走り続ける。
時折立ち止まってはキョロキョロと周りを見回し、また走り出す。
この場所が宇宙の墓場であるなら、きっと『彼女』がいるはずだと信じて――
「どこ? どこにいますの、先輩!」
しつこいほどに繰り返し呼び掛けてはみるが、どこからも返答はない。どんなに声を張り上げても、風に揺れる花や草木に吸い込まれて消えていくような感覚に陥り、次第に絶望感が胸にこみ上げてくる。
「……待っていると言ったのは嘘でしたの?」
青く澄んだ空を見上げ、陽光の眩しさに目を細めた。目尻から一筋の涙が零れ、頬を伝っていく。
「先輩……、先輩!!」
歌乃子の悲痛な叫びは、一帯の空気すら震わせるほどだった。
「うるさいな」
聞き慣れた声に振り返ると、青々と葉が生い茂る木の陰から一人の少女が姿を現した。
恋い焦がれ、必死に追い求めてきた相手が、今再び目の前にいる。
「あ……」
すぐには言葉が出てこなくて、不格好に唇だけがパクパクと動く。
「やれやれ、騒々しくて昼寝もできやしない」
素っ気なく吐き捨てられる言葉。その語り口は生前の千遊と変わらない。何も変わらない彼女が、そこにいる。
「先輩!」
考えるよりも先に身体が動きだし、気付いたときには既に彼女に飛びつき縋りついていた。
「先輩! 先輩! 先輩! 先輩!」
壊れた玩具のごとく同じことしか言えなくなってしまった歌乃子の頭に、千遊の手のひらがポンと置かれた。
「遅かったじゃないか。退屈すぎてまた死ぬかと思ったぞ」
千遊の言葉尻を吸い込むように口付けて、唇を、舌を、昂ぶる感情の赴くままに貪る。剥き出しの欲をひたすらにぶつける歌乃子を、千遊は黙って受け入れてくれていた。
「もう、二度と離しません……。退屈する暇もないくらい、私で満たしてさしあげますから、覚悟してくださいまし」
「フン、まぁ一応は『期待している』と言っておこうか」
「失望はさせませんわ」
二人は互いに揚々とした笑みをたたえ、真っ直ぐに見つめ合う。
「イチャイチャするのはいいけど、おっぱじめるなら私らに見えないところでやってよね、おふたりさん」
呆れ果てた顔で口を挟んできたのは、ミカとるんなの同級生であり歌乃子たちにとっては後輩にあたる堰由布子だった。彼女の両隣には取り巻きの美馬宮火と朱田川嬰もいる。
三人は千遊に改造されてミカるんXと戦い、途中で乱入してきたゾリンゲン星人に惨殺された。間接的にではあるが、千遊の手によって命を落とした被害者である。
どう接するべきか、迷いが歌乃子の表情を曇らせた。
「ああ、言っとくけど今の嫌がらせとかじゃないし。ちょっとからかっただけよ」
由布子は手をヒラヒラさせながら、あっけらかんと笑ってみせる。宮火と嬰も穏やかな表情で由布子に寄り添っていて、何故か敵意は全く感じられない。
「先輩のこと、恨んでいるんでしょう?」
由布子たちが千遊に怒りや憎しみを抱くのは当然。千遊のしてきたことは、歌乃子にもかばいきれないほどの所業だった。
「んー、それが全っ然なんだわ、不思議なことに」
「この空間には、死者の魂から無念や執着を取り除き安息を与える力が働いているんです。ここにいる限り、争いごとは起こりませんよ」
タイミング良く上空からイマージュ星人が降り立ち、由布子の言葉を補足する。
「ま、そういうことだからさ。うちらがソイツのせいで死んだのは確かだけど、今はそれなりに仲良くやってるわけ」
憑き物が落ちたような由布子の様子に、歌乃子はホッと胸を撫で下ろした。強制的に怨恨を消されてしまうのはまるで洗脳のようで恐ろしくもあるが、大事な人がずっと恨まれながら暮らすよりは良い。
「こうしてアンタらに会いに来たのだって、新入りの歓迎会でもしてやろうと思ったからよ」
由布子の視線を受けて、宮火と嬰はにこやかに頷く。
「イマージュさん、テーブルとティーセット出して! お菓子も!」
「守り人を便利屋みたいに使わないでください~」
「固いこと言わないで、貴女も一緒に楽しみましょ」
嬰からの要求に狼狽えるイマージュ星人を、宮火が優しく宥める。
「はぁ……、仕方ありませんね……。今回は特別ですよ」
どうやら押しに相当弱いらしいイマージュ星人は、渋々といった表情で前方に手をかざし、何もなかった場所にポンッと魔法のようにテーブルや飲食物を出してみせた。
「ボーッとしてないでこっちきなよ、本日の主役さん!」
由布子たちがブンブンと豪快に手を振って歌乃子を呼ぶ。
「じゃあ、行きましょうか、先輩」
「私も行くのか……。パーティーだの茶会だのは苦手なんだが」
よほど気が進まないのか眉根を寄せて顔をしかめる千遊に、歌乃子はそっと手を差し出し微笑む。
「離さないと言ったでしょう? どこまでも一緒ですわ。逃がしませんわよ」
「その黒い笑顔はやめろ、寒気がする」
「あら、私そんな顔してました?」
「自覚がないならタチが悪すぎるぞ」
文句を言いながらも、千遊は歌乃子の手を無造作に掴んだ。情緒に欠ける雑さがかえって彼女らしく思えて、殊更いとおしさが増す。
二人で肩を並べ身を寄せ合って由布子たちの元へと歩き出したとき、歌乃子はふと気が付いた。
「そういえば、こんなふうに手を繋いで歩くのは初めてですわ」
「言われてみれば確かにそうか……」
何度も身体を重ねていながら手も繋いだことがなかったという事実に、歌乃子は首を傾げて呟く。
「私たち、おかしな関係ですわね」
「今更だな。おかしいのは初めからずっとだ」
異星人同士でなければ、侵略する側とされる側でなければ、どこにでもいる平凡なカップルとして付き合えていたかもしれない。平和な世界線で生きて添い遂げることもできたかもしれない。
とはいえ、普通ではない二人が出会い結ばれたからこそ、普通では経験できないことを数え切れないほど経験できた。その一つ一つが、二人にとってかけがえのない大切なもの。
誰に聞かれようと、二人は自信を持って答えるだろう。
――私たちは決して不幸ではない。今までも、これからも――
end